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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者・幕間・南方留学編〜  作者: 樹弦
南方留学編 11

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レオナルドの選択

 竜の二人とウェスリー教授が鉢を抱えて出て行った温室で、フロランはいつものようにレオナルド教授と二人きりになった。一夜にして萎んだフロランの花は種になる準備に入っていた。


「少し休憩しようか…おいで、フロラン」


 レオナルド教授に呼ばれていつものように来客用のソファーの向かい側に座ると、彼は珍しくフロランの隣に移動してきて、その肩に手を回した。体温の感じられる距離にフロランは少し緊張しながらもそのままじっとしていた。


「昨日ブリジットに蔦の種を飲まされたから…もうすぐ私の中にも蔦が芽吹きそうだよ。要するに…何が言いたいかというと…助手と教授のみの関係ではなく…私も少し踏み出してみようかと…そう思ったんだ…」


 植物としての属性を多く持つフロランには雄や雌といった明確な性別が存在しない。ただ蔦持ちの蔦には反応する。発情期もないが成長すれば植物が自然と花開き実を結ぶように、フロランも他の蔦を無意識に求めるようになっていた。


「フロラン…私は蔦持になったとしてもどのくらい長く生きられるのかは分からない。それでも良ければ…君の気持ちに…その孤独に…少しは寄り添うことができると思う…」


「レオナルド先生…?」


「魔力交換をしようか。種ができると消耗するだろうから…」


 レオナルド教授は普段よりも更に密着してフロランを背後から抱きしめるようにして両手を握る。その手から魔力が流れてきてフロランは自分よりも大きな相手を恥ずかしそうに見上げた。心臓がバクバクしている。でも今言わなければと思った。


「先生…でしたら…私を…一人前の大人として…扱って下さい…」


「うん、そうだね。これからはきちんと大人として触れ合うよ…」


 レオナルド教授の顔が近付いてきてフロランは目を閉じた。ずっと親の代わりとして見なければいけないと思っていた。でも彼は親ではない。数年前からフロランはひっそりといつかこうなれたらと望むようになっていた。どこかぎこちなく唇が重なる。フロランの身体はいつも植物の葉や花の匂いがしていた。その芳香に少し異なる香りが混ざる。フロランは初めてレオナルドの雄の香りを嗅いだ。肉食の半獣人なのに、どこか抑圧された彼の魔力が重なった唇からもゆっくりと注がれる。フロランが初めて体験する子ども扱いではない大人の魔力交換だった。時折学生同士もそうしているのを見かけて、なぜ雌が目を閉じて顔を赤らめるのかフロランにはその理由がよく分からなかった。けれども今、ようやくその理由が分かった。意思とは無関係に頬が熱くなりフロランは呼吸が少し乱れていた。


「私の…番になってくれるかい?本物の…家族になろう…」


 フロランは頷く。植物の扱いも心得ているレオナルド教授なら怖くないと思ったのに、声を出すと震えていた。


「はい…番に…して下さい…」


 それは昨日フロランが誘拐されそうになったと聞いたときからレオナルドがずっと考えていたことだった。フロランの植物としての優しさと弱さを守るには今のままでは限界だった。ブリジットに種を飲まされて願いは叶うはずだと言われたときに、彼はこれまでは選択肢からも早々に除外していた唯一の方法に思い至ったのだった。同時にそれは同族以外の婚姻を認めない一族からの離脱をも意味していた。彼はフロランの首に口付けをした。元より紋章を刻むつもりはなかったし、一族を捨てた今彼に紋章など必要なかった。それでも牙が伸びる。こんな時でも彼の本性はやはり肉食の獣の獅子のそれなのだった。


「首を噛むよ…?血を交わそう…」


 細い首に牙を立てるとフロランは震えた。フロランの血は半獣人とは違う。ほんのり甘みを感じるサラリとしたフロランの血を飲んだレオナルドは伸びた牙で自分の舌を傷付けると再びフロランに口付けをした。


(ゆっくり…飲みなさい…)


 フロランのどこか拙い舌の動きを感じたレオナルドは形容しがたい愛しさに支配されながら相手を抱きしめた。フロランの血を飲んだことで少なからず彼は影響を受けた。


「フロラン…大丈夫かい?」


 フロランは赤い顔でこくりと頷く。幼い頃からフロランの成長を見守りその身体の変化を事細かに見てきたレオナルドは研究者としての立場からフロランが身体機能的には雄や雌としての触れ合いも可能であることを理解していた。その適切な交配相手としてはあまり自分は向いていないことも。フロランの相手はもっと穏やかな種族の方がふさわしい、彼は長らくそう考えていた。それにここにきてレオナルドがフロランを番にするとこれまでの研究からは大きく逸脱してしまう。観察対象を番にしてしまうと研究者としての信念がブレる。それが何だとレオナルドは自分自身を叱咤した。特殊な身体から薬を生み出す研究よりもフロランの幸せの方が優先すべき事項だと彼は思った。一方でフロランは観察と記録の中でレオナルドに素肌を何度も見せてきたにも関わらず、なぜこんなに心臓がバクバクするのかと、自身の変化に戸惑っていた。


「いつもは脱いでも照れないのに…君でもそんな顔をするんだね…」


 レオナルドの言葉にボタンを外されたフロランは恥ずかしそうに顔を上げた。レオナルドもすでに上着のボタンを外している。レオナルドはいつもはきっちりと結んでいる髪を解くと首を振った。それだけで急に年齢相応に若返る。貫録のある落ち着いた教授が突然盛んな雄に見えてフロランは慌てた。


「だって…先生…記録のときに…そんな格好…しないじゃないですか…!」


 レオナルドはその言葉に微笑むと雄らしくフロランの下着を剥ぎ取って口付けを始めた。


「私だって…雄になるときは…なるんだよ?大人扱いするということは…これからはそういう触れ合いもする…私たちは番になったんだからね」


 フロランはいつもは真面目な教授の知らない一面に遭遇した。記録のときには決して素手で触れられなかった部分にもそのまま触れられる。番になるということがそういうことだと知識の上では分かっていたし心のどこかでそれを望んでいた自分もいた。でも。


(先生が…こんなに…雄になるなんて…聞いてない!!)


 慌てたがすでに遅い。肉食の獣の本性をにじませながら、フロランを求める瞳は熱く燃えていた。再びレオナルドの唇が重なる。フロランはレオナルドの体温を感じながら観念したように目を閉じた。



***



 植物園から出て歩いていたブリジットは不意に足を止める。学院長も少し妙な顔をして植物園の方を振り返りそうになり、傍らのブリジットがニヤニヤしているのを見て、慌てて前を向いた。


「感じたか?レオナルド先生がついに…腹を括ったな」


「…気配をそれ以上読むな…」


「いいじゃないか。別に。それに…お互いの刺激で…蔦の種も芽吹いたんじゃないかな…いい傾向だ」


「は?蔦の種だと…?」


「うん?私が無理矢理キスをして飲み込ませた。だから不可抗力だな」


「…ブリジット…また勝手なことを…」


 フレディはため息をつく。


「使えそうな駒は多いに越したことはない。それにフロランを守る力になる…一族から離脱する覚悟を決めたんだ。蔦持ちにしておけば、いずれはフロランの持つ野生の蔦とも交配するだろ…フロランは同族のいない孤独から救われる…ジュディスもだが…自分と同じ者がいないというのは…孤独なんだよ。私には少なくともフレディがいる…図らずも…あいつまで…呪ってしまって同じ者を増やしてしまった…愛で受け入れるには…あの瞬間は屈辱過ぎて私には到底無理だった…」


「ブリジット……」


 フレディは思わず先の言葉が続けられずに今はそこまで長身ではないブリジットを見下ろした。


(それでも…そのことすらが父の計画の一つに過ぎずあいつはそれに利用されただけの哀れな奴隷だったと知ってしまった…私が憎んでいたのはいったい誰だったのかと…結局あの老いぼれは母を呪い憎み、その面影をずっと私に重ねていたんだ…あいつはその憎しみの矛先を逸らすためのニセモノだった…)


「ブリジットよせ」


 フレディは瞬時に二人の周囲を遮断してブリジットを正面から抱きとめた。魔力が不安定で危険な気配がした。


「ブリジットのせいではない。ギデオン…いやサイラスはむしろ自ら望んでその呪いに足を踏み入れたんだよ。彼は呪われることすら望んでいたのかもしれない…どうせ死ぬならブリジットの目の前で死にたかったから、死ぬ前にもう一度会って今度こそきちんと謝りたかっただけだと、南に来た理由を尋ねたらそう言っていたんだ。狡猾なフリをしているが実際のところはかなり不器用な男だ。そこまで愛されているのに、ブリジットは男は受け入れられない…それでも構わないと側にいることを選ぶのだから彼は相当な変わり者だよ…」


「あぁ…だから厄介なんだ…愛には愛を…返さないといけない…なのに…私の身体は彼を拒絶する…最初の夫のときにも…すでに違和感はあったんだ…でも…大量の媚薬を盛られていて…正気に戻ったときに初夜はすでに終わっていた…私がフレディに気を許すのは…フレディが絶対的にフロレンティーナの物だからだ…こうして寄りかかっても…お前は私を抱かない」


「そもそも私なら怖すぎてアドリアーナのものに手を出そうなどとは思わないよ…サイラスは…どこか(たが)の外れた男だな…不器用なのに君のこととなると、とんでもなく大胆なことをする…」


 フレディはブリジットの背中を撫でる。優しく慎重に。ブリジットは目を閉じる。常に警戒を怠らないブリジットが目を閉じるのはフレディが隣にいるときくらいだった。


「ブリジットのお陰で…私は少し肩の荷を下ろしている部分もあるんだ…だが少し頼りすぎたかな。たまには頼ってくれてもいい…長い時間の間に…サイラスとの関係性も、変わるかもしれない。ブリジットは変に真面目なところがあるから、律儀に愛には愛を返そうなどとしなくてもいいんだ…ただ、側にいたいと言うなら置いてやればいい。たとえ裏切られても大人しく寝首を掻かれるような君ではないだろう?だったらいいじゃないか」


 ブリジットは沈黙する。しばらくするとブリジットはようやくフレディの腕の中から顔を上げた。


「…頼ってくれていい…一人で抱え込んで行方不明になられる方が困る」


 フレディは死にかけてフロレンティーナに匿われていた頃のことを思い出した。


「…そういえば…私もフロレンティーナに見つけられたときは…今のサイラスよりも酷い状態だったよ…だからかな。私は彼を嫌いになれない…竜に惚れた…似た者同士だからだろうな」


 ブリジットは眉をひそめた。


「さらっとのろけるな。それに…あいつはフレディの信奉者だ。お前が行方不明の間もあちこちで目撃情報があったのは…あいつが化けてうろついていたからだ。これは後になってから分かったことだが…」


 ブリジットの言葉に今度はフレディが妙な顔付きになった。


「…やはり…相当な変わり者だな…自らお尋ね者の影武者を買って出るなど聞いたことがない…」

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