南の風習
食事会から戻る途中でレイは一番会いたくない人物に遭遇してしまった。こちらに向かって歩いてくるのはルドルフ第二王子だった。向こうも首輪に鎖をつけた奴隷の女性と青年を連れている。一人は遠目にも分かる青い髪色のマリサだった。青年は白銀の髪に桃色の瞳で、やはりこの系統の瞳の色はリオンのように人気があるのだと思った。二人ともリオンと同じような衣装を身に付けている。
「これはこれは、レイ第八王子。珍しいお買い物ですか?」
ルドルフ王子がわざわざ第八王子と呼んだことに対してレイは何かしらの含みを感じた。ニコリと微笑む。
「こんにちは、ルドルフ第二王子。彼は第一王女から引き取らせていただいただけですよ」
レイは余計なことは言わずに、やや怯えた様子のレックスを自分の方に引き寄せた。レイが頭を撫でるとレックスは少し落ち着きを取り戻す。ジュディスはレックスの手を握っていたが、ルドルフの視線を感じずにはいられなかった。胸元に不躾な視線が注がれる。目を覗き込めたら睨み返してやれるのにとジュディスが思ったところで、レイがジュディスの胸元を袖で覆い隠した。
「まだジュディスの胸元は敏感なので、これ以上はご容赦を。ルドルフ王子のお陰で貴重な体験をすることができました。何事も経験してみないと分からないものですね」
レイはそう言って微笑む。ルドルフ王子が動揺する気配を感じて、後ろで少し面白そうな顔をしているマリサと一瞬目が合った。
(マリサ大丈夫?)
(大丈夫ですよ。食事会の席で彼…ルカとキスしていただけですから…)
(それって…王子の趣味?)
(えぇ…食欲が増すそうですよ…)
(こっちは王女とリオンのキスを延々と見せられて食欲が減退したけど…なるほどね)
王子二人は傍目には和やかに会話を終わらせてお互いに通り過ぎる。ルドルフ王子が去ってゆくと、レックスは明らかにホッとした様子になった。
「南の風習に慣れるのも一苦労だよ…僕には向いてないな」
「その割には、卒なくこなしていたよ」
後ろで成り行きを見守っていた学院長が苦笑混じりに言う。
「そりゃ、一応は八番目の僕だって王子ですから。でも南では順番も重要なんだって思い知らされましたよ。別に僕だって好き好んで八番目な訳じゃないんだけど…」
レイがぼやきながら西の一行が使用している部屋へ続く階段を上る。近くにいた使用人が頭を下げる。通り過ぎると彼はレックスを見て気の毒そうな顔をした。元王女の奴隷だと知っている素振りだった。テラスにはケリーとニーナがいて、こちらを見ると立ち上がって駆け寄ってきた。
「ジュディスさま!早くニーナの紋章を消して下さい!!」
「なんだケリーどうしたんだ?」
ジュディスは慌てる。一方のレックスはニーナを見てすぐに彼女が蛇の半獣人だと気付いてやや警戒した。ケリーはケリーでレックスの首の鎖を持ったレイを見て首を傾げる。
「レイ王子って、そちらの趣味もあったんですか?」
真面目な顔で問いただされたレイは即座に否定した。
「違うよ!放っておいたら、王女の前で首を切って死ぬところだったから連れてきたんだよ」
「えぇ…怖いところだなぁ…」
「あぁおかえり、ちょっといいかなジュディス」
部屋から顔を出したブリジットに呼ばれてジュディスはギデオンのいる部屋の中へ入った。
「何かあったのか?」
「ニーナはギデオンの娘だ。ギデオンは今日より名を改めてサイラスになった。一応南の没落貴族だ。ギデオンの方は私が始末したことにでもしておくさ。どうせ西に戻る頃には魔力も変わっていて人相も変えてしまうから誰だか分からなくなるしな…」
「相変わらず乱暴だなぁ。本人はそれでいいのか?って、ニーナがギデオンの娘??いや、サイラスか!サイラス…サイラス…と」
ジュディスはウォードが何かの折に使える正式な書類を依頼した形跡に気付いた。それでも残りの血が注射器に入っている。
「これもらうぞ」
ジュディスは魔力で凝固せずに新鮮さを保っている血液を口に入れた。
「こっちはニーナだな…ふーんなるほど」
ジュディスはサイラスの血も飲み干すと、目を見開いた。
「熱いな…竜になり始めるとこうなるのか…うん、これは親子だな。しかもニーナは姿は母親似なのに魔力はどちらかというと父親似なのか。磨けばもっと強くなるな。あれだけ紋章を刻まれたのに発狂しなかったのは、サイラスの魔力のお陰だったんだ。人としてどうかは微妙なとこだけど、サイラスはニーナの父親としてはちゃんと役に立ったってことだよ」
ジュディスに言われたサイラスは褒められたのか貶されたのか分からないまま、ジュディスの顔を困ったように見た。
「役に立ったんですか…?俺の…魔力が?」
「うん、そうだよ。精神を紋章で絡め取られても全てを相手に委ねてしまわない強い部分はサイラスの魔力の根本にもあるんだと思う。服従の魔力が効く効かないのと理論的には同じだな」
「ところでジュディス、レイはどうして性奴隷なんかを連れ帰ってきたんだ?」
ブリジットの言葉にウォードが思わず吹き出した。
「すみません、つい…王子のことですから芸を披露する奴隷だとでも勘違いしたんじゃないですか?」
「まぁ…当たらずとも遠からずかな。レイは性奴隷だとは思ってもみなかったらしい。そういうとこは純粋だよな…って、何だ?ブリジット」
「いや…別に。レイにも可愛らしいところもまだあるのだなと思っただけだよ。私とサイラスはうっかり関わると呪われるから、相手は無理だな。ウォード先生が躾けてやればいい」
「なんてことを言うんですか!!私には婚約者がいるんですよ?」
「南の流儀に詳しい婚約者なら、夫が奴隷の一人を躾けたところで文句も言わないよ。それにジュディスはどうせ鎖の支配から解放しようと思っている…そうだろ?」
「話が早くて助かるよ…ブリジットはお見通しだな。少しずつその方向に導いていけたらと思っているよ。ところでケイレブは何の奴隷だったんだ?」
ジュディスの言葉にウォードは困ったような顔をした。
「…お嬢…そこまで聞くんですか。別に隠す必要もありませんけどね。闘技奴隷ですよ…」
「あーなるほどね。だから影の手か。ケイレブはどうやって鎖を克服したんだ?私はけっこう時間がかかったから…」
「首の鎖は徐々に装飾品に変えていきましたね…お嬢はどうしてました?」
「うん?ジェイドの頃はフレディに繋いでもらってたな…夜の間だけ…フレディはめちゃくちゃ渋い顔してたけど。オーブリーは寝相が悪くてダメだったんだ。それにベッドからしょっちゅう落ちるから、首を吊りそうになった」
ジュディスはニヤッと笑う。ブリジットはジュディスの頭をよしよしと言いながら撫でた。後ろから抱きしめて胸元の紋章を確認する。
「そのとき私がいたなら、抱きしめて眠ってやったものを…なるほど…こうやって覗き込むのもなかなかに良い眺めだな…レイはこんな淫靡なものを刻むくせに、性奴隷を知らぬとは…ったく…」
ブリジットが笑っていると扉の外でレイの声がした。
「ジュディス、話は終わったの?ケリーが待ちきれないって」
「分かった今行くよ!」
「あ、サイラス、首の後ろはどうする?消した方がいいと思うけど…」
「あ…あぁ…お願いします…」
「分かった。じゃあ、ニーナの紋章を消したらその後で…」
「そうだった、もう一つ気になることがあったんだ。ニーナの紋章の気配のない一直線…か弱い乙女が一人で行くと危ないから、フレディを連れてちょっと確認しに行ってくるよ」
「か弱い乙女…?」
サイラスが眉を寄せるとブリジットは肩をすくめた。
「真面目に悩むな、冗談に決まってるだろう」




