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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者・幕間・南方留学編〜  作者: 樹弦
南方留学編 11

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奴隷の尊厳

 一方その頃、第一王女イルヴァの食事会の席でジュディスとレイ、それに学院長は実に奇妙な光景を目にしていた。できる限りそれを視界に入れないようにしようと思っても、王女が離さないので結局見る羽目になる。王女はお気に入りの奴隷を侍らせて、食事会を楽しんでいた。南ではよくある光景なのだが、その奴隷が問題だった。際どいところまでが見えそうな肌の透ける衣装に身を包み、薄化粧をして王女の給仕を務めているのはリオンだった。リオンはとうとう首に王女のお気に入りの所有物である証の紋章入りのチョーカーまでつけられていた。可愛くてつい噛みつきたくなってしまうから、それを防ぐ意味もあるのだと、王女の口から聞かされたジュディスは吹き出しそうになるのを懸命に堪えるあまり難しい顔をしてしまった。魔力を込められた布で織り込まれているので、噛みついても大事に至ることはない。王宮でそのチョーカーをつける意味は、他の兄弟たちにその奴隷を渡さない意味も込められているとのことだった。兄弟間での奴隷の共有はしない、それが王族の流儀だった。


「この子は…南ではちょっと珍しい瞳の色をしているでしょう?まだ牙がないのは残念だけれど、そのうちこの子の牙も鋭くなるわ。いらっしゃい」


 王女はリオンの首のチョーカーに触れると胸元にまで下がる美しい装飾のついたリングに指をかけて引き寄せた。王女は唇を重ねる。ジュディスの想像以上にリオンは気に入られている。これではサフィレットの気配を探りに行く余裕はないかもしれない、そう思った。


「ジュディスは知っていて?半獣人と交われば次第にその身体も獣のように変えられる…もちろん番になるのが一番なのだけれど…なれなくても、影響を与えることはできるのよ?あなたの南の血は…どのくらい王子に影響を与えているのかしら?興味深いわ」


 王女は再びリオンに口付けをする。ぴちゃぴちゃと音を立てて王女はわざとリオンの唇を舐めた。いつの間にかリオンは舌を噛まれていた。王女は喉を鳴らしてリオンの血を味わっていた。奴隷でなければ番にするくらいの気持ちなのだろうか、ジュディスには狼の気持ちはいまいち分からないが、血を飲みたいほど相手を欲する気持ちは理解できた。


「リオン…こんなときでもあなたは顔色一つ変えないのね。その冷たい瞳が私だけを見つめて熱く喜ぶさまをいつかみんなにも見せてあげたいわ…フフッ、冗談よ。さすがに動揺したかしら?」


(僕たち何を見せられてるのかなぁ…)


(うん…ま、南では食事も艶事(つやごと)も同列に語られることも多々あるから…食べたいくらいに好きってことなんじゃないのかな?狼だし)


 ジュディスはグラスの飲み物を口にして、ちらりとフレディを見上げた。


(フレディ…大丈夫?)


(あぁ…見ていられなくて前庭に少し降りていた…あっちはあっちでアドリアーナが暴れていてちょっと前まで大変だったよ)


(あーブリジットが夫を持つから?不能なら問題ないだろ)


(不能って簡単に言うけど男としては大問題なんじゃないの?あれ?でもそれでいくと、ブリジットや学院長先生は大丈夫なんだよね?呪いの発動条件って何なのかな?)


 レイが心の中で不思議そうに言う。


(相手を受け入れるか受け入れないかの違いじゃないのか?ブリジットが屈辱を感じるかどうか…それにフレディはそもそも欲望そのものが薄そうだしなぁ…フロレンティーナの方がグイグイ来そうだもんな)


 澄ました顔で食事をしていたジュディスの言葉に学院長は思わずむせ返りそうになる。


(レイ、戻ったら血が欲しい)


(あれを見せられて刺激されちゃった?前庭で飲まなくて大丈夫?)


(あぁ…とりあえず今はね)


 そのとき、ジュディスは何か妙な気配を感じた。王女はまだリオンに口付けをしている。何かがキラリと光る。学院長が素早く防御しジュディスとレイはほぼ同時にその方向に向かって蔦を伸ばしていた。ジュディスとレイの蔦に拘束されて地面に落ちてきたのは、奴隷と思われる首輪のついた栗色の髪の半獣人の青年だった。犬だろうか、とジュディスはその明るい茶色の瞳と魔力の様子を見ながら見当をつける。防御したことで免れたがそれは手製の槍のような物だった。王女はリオンから離れると立ち上がってその青年の前に立った。ジュディスとレイは拘束を解いて再度魔力で捕らえる。


「イルヴァさま…」


「誰が発言を許したかしら?言ったわよね?あなたはもう用済みだって」


「どうしてですか!?私よりこの若者がいいと…そんな酷いことを仰るのですか!私よりも…人間を選ぶのですか!?」


 彼は泣いていた。リオンが頭角を現したことで落ちこぼれる者がいる。奴隷の世界も厳しい。王女に見限られたらこの青年はどうなるのだろうとジュディスは思った。女王はテーブルの鐘を鳴らす。どこからか現れた屈強な身体つきの男性が半獣人の両脇を持った。


「処分してちょうだい」


 王女は冷たい声で言い放つ。


「お待ち下さい…!」


 レイは思わず声を上げてしまった。


「あの、処分とは…?」


 レイの言葉に王女は微笑む。


「言葉通りの意味よ?処分の方法は何種類かあるけれど…そうねぇ。殺処分は報告が手間だから、王女に対する不敬罪で去勢して売り払ってしまっていいわ。いっときでもあなたにチョーカーを与えた私が間違っていたのよ。リオンは従順だけど時々雄らしいところが(そそ)るの。這いつくばって足の指まで舐めるあなたとは違うわ」


「お許し下さい…!どうか、それだけは…!!だったら…いっそのこと…ひと思いに殺して下さい」


「嫌よ。死ぬなら自分でやってちょうだい」


 王女は足元に落ちていた手製と思われる槍をへし折ると先端を放り投げた。それを受け取った青年は震える手で掴み取るとそれで首を切ろうとした。レイの蔦が瞬時にそれを弾く。同じ雄としていたたまれなくなったレイは口を開いた。


「あの…彼を僕が引き取ってはいけませんか?」


 王女は驚いた顔をした。


「あら、王子はこの子が好みなの?そうねぇ…私があなたに与える分には、兄弟でもないから問題ないわよ?でもね、こういう子はすぐに他人を恨んで裏切るわ。せいぜい寝首をかかれないことね。離してあげてちょうだい。あなたの好きにしていいわ。食事会はこの辺でお開きにしましょう」


 青年は地面に崩れ落ちた。王女はリオンを連れて去ってゆく。


「レイ…どうするんだ?」


 ジュディスが小声で言った。青年は俯いたままひざまずく。その手のひらには深い切り傷ができていた。先ほど首を切ろうとした際に誤って刃を握ってしまったのだろう。ジュディスはその手を取ると思わず舐めてしまった。レイが眉を上げる。やはり血を飲ませるべきだったと思った。青年は何も言わなかったが、少し驚いた顔をしてジュディスを見つめた。彼の手は血を舐め取られると痺れたようになりズキズキする痛みが遠のいた。


「…思ったよりも旨いな」


 ジュディスが笑う。


「えぇと…発言を許可するよ。君の名前は?」


 レイが尋ねると彼は慌ててジュディスから視線をレイの方に向けた。王族の目は見てはいけない。彼は首元を見つめた。


「レックスです。助けて下さってありがとうございます!!」


 彼は頭を下げて尻尾を出して振ってしまってから恥ずかしそうにそれを引っ込めた。その下半身を覆うのは特徴的な下着のような透ける黒い布一枚のみだった。遣い鳥が飛んできて彼の所有証と首輪の鍵がレイの手に渡された。レイはその所有証でレックスが自分と同い年だと知って何とも言えない気持ちにさせられる。


「成り行きでレックスの主人になってしまったけど…君は今まで…どんな仕事をしていたの?」


 ジュディスが途端に呆れた顔をしてレイを見上げた。


「レイ…見たら分かるだろう。あれ?そうか…レイは分からないのか。うん…すまない。今の言い方は私が悪かった。彼は主に性処理専用の奴隷だ…やっぱり知らないで引き取ったのか…」


「……」


 レイは片手で顔を覆う。所有証にもそう明記されているのを読み取ってしまったところだった。


「知らなかったんだな。仕方ない。マックス、見ての通りレイは君がどういう奴隷なのかは分からずに引き取ったんだ。性的なこと以外に何か特技はないのか?」


 マックスは二人が西から来た王子と婚約者であるのは知っていた。遠目に見たからだ。けれども話してみると随分と印象が違った。婚約者の方がまるで雄のようだと思う。けれども胸に刻まれた紋章を見て彼はそのあまりの美しさに雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。本能が刺激されそうになる。とても美しい番だと彼は思った。


「…特技ですか?身体の疲れを取る…揉みほぐしならできますが…すみません。他にはあまり…役に立ちません…給仕は…ここで学びました。その程度です…後は狩りを少々…」


 彼は次第に小声になり、しゅんとしたように項垂(うなだ)れる。


「文字の読み書きは?」


 ジュディスに聞かれて彼は首を横に振った。


「すみません…できません」


「なるほど、分かった。読み書きは教える。自分の名前くらい書けたほうがいい。それに文字を読めないと所有証に何が書かれているのか、それが正しい自分の価値なのかも分からないだろう?それと、私には有角種の雌の血が入っている。レイが所有するからにはいずれは慣れてもらわないといけない。あぁ、性的な処理は私にも不要だ。レイで間に合ってるから…」


 レックスは何の匂いも感じられない目の前の少女にそんなことを言われて驚いた。それに華奢な見た目はフォス族に近い。彼はイルヴァ王女に捨てられて絶望して死のうとしていたはずなのに、新たに現れた所有者のお陰で再び生きる希望すら湧いていることに気付いていた。そもそもほんのわずかな希望にでもすがりつかなければ奴隷はやっていられない。


「すみません…勝手に決めてしまって…」


 レイは学院長に向かって頭を下げる。


「いや、レイが言わなければ私も同じことをしていただろうから…それにこれも何かの縁だ、気にする必要はない」


 レイは自分よりも少し小さい相手を見つめる。どちらかと言えば目の大きい可愛らしい顔立ちをしており、王女がリオンに夢中になるのも分かる気がした。


「レイ、このままじゃレックスはここから出られないよ」


 ジュディスは椅子の上に残されたままの鎖を手に取ると自分よりも背の高いレックスの首輪に引っかける。そしてその鎖をレイに渡した。


「決まりは守らないとダメだ。人目のつく場所を長く移動する際は鎖をつけなければいけない。逃亡防止というよりは、これもレックスにとっては必要な行為に含まれる…レイは本当に何も知らないんだな…鎖なしの状態で長時間放置されるとレックスは不安になるんだ。今はチョーカーがないから余計に…王女を襲撃したのだって…そうだろ?違う?喋っていいよ?」


 レックスは少し恥ずかしそうに頷いた。首の鎖に触れてホッとする。その鎖を美しい王子が握っている事実にレックスは喜びを覚える。


「鎖をなくすにしても、急には無理だよ。かえってレックスの精神的負担になる。繋がれていることに慣れてしまうと、急に自由を与えられても心に不調が出る。首輪もそうだ。外してやるのが一番だって考えるかもしれないけど、奴隷の扱いは思うほど簡単じゃないんだよ」


 不意にレイはウォードの言葉を思い出す。鎖に繋がれし奴隷の王子、彼はジュディスの異名をそう呼んだ。それは穴を掘って大勢の子どもたちを弔っていた頃の姿だ。


(今、私を繋いでいるのはレイだよ。私はその絆を感じて安心できるんだ。だから目に見える鎖は私にはもう不要だけどね。レックスにはまだ必要だ)


「レックス、行こうか」


 ジュディスはニコリと笑って歩き出す。


「やっぱりこうかな?」


 ジュディスはレックスの手を握るとニッと笑う。


「少しは触れ合いも必要だろう。向こうに着いたらレイに魔力を流してもらうといい。その方が安心できるだろ?」


(やれやれ…ジュディスの方が慣れてるね)


(当たり前だろ。何人の奴隷と向き合ってきたと思ってるんだ。性奴隷は身体より心の病を抱えることの方が多いんだよ。レイがそういう濃厚な触れ合いをする必要はないけれど、少なくともケリーにやったくらいのことはしてやらないと、多分レックスも満たされない。特に今は王女に捨てられて不安定だから…優しくしてやれよ?それが引き取った責任だ)


(…分かったよ。軽々しく口出しした責任はちゃんと取るよ…)


(それでいい…)


 レイは自分が奴隷についてもっと詳しく勉強をする必要があると思い、戻るまでの間レックスの鎖を何とも言えない後ろめたさのような気持ちを抱えながら引くことになった。

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