血の繋がり
アリシアに呼ばれてやってきたブラッドウッドはいつにも増して無表情で、入ってきた彼を見た瞬間怯えたニーナの震えがケリーにも伝わってきた。
「大丈夫だよ、ニーナ。彼は先生だから」
ブラッドウッドはブラッドウッドで実はすでに蜂蜜草の一つがへそにくっついて蔦から養分を吸い上げ始めてしまっていたので、このタイミングで呼ばれたことに困惑していたが、なんとか冷静さを保って口を開いた。お腹がムズムズする。
「確認するなら血を少し飲んでみないと分かりませんね。どなたの血を確認するのですか?」
「ギデオンさんとニーナさんだよ」
ウォードに言われたブラッドウッドは目を見開いた。見た目は全く似ていない。だが属性によってはそうなる事例もままあることをブラッドウッドは知っていた。何より自身がそうだった。
「分かりました…直接噛みつくのはお互いに嫌だと思いますから、こうしましょう」
ブラッドウッドはそう言ってギデオンの腕に注射器を刺すと血を抜いた。その間にニーナの腕からウォードが手際よく採血する。ブラッドウッドは口の中にギデオンの血を垂らす。しばらく味わった後にニーナの血も飲んだ。ブラッドウッドは自分の周囲を遮断すると目を閉じて手首のブレスレットを外した。それでも強い魔力を感じる。ニーナは押し潰されそうな感覚になり、察したケリーがニーナを更に遮断して守った。
「……この結果を…ここで言ってしまっても大丈夫ですか?」
ブレスレットをつけ直して遮断を解いたブラッドウッドがギデオンの顔を見て尋ねる。ギデオンは頷いた。ケリーもニーナの遮断を解いた。
「半分ほど…ギデオンさんとニーナさんの血には共通する魔力と特性が引き継がれています。このことから導き出されるのはギデオンさんはニーナさんの父親である可能性が非常に高い、そういうことになります…ただ…ギデオンさんの血はすでに変化し始めています…数年以内に…一致しなくなるでしょう。あなたの血の魔力は年々竜に侵食されてゆく…ブリジットに…最終的にはアドリアーナに近付くでしょう…」
ブラッドウッドはそう告げると足早に部屋を出てゆく。真顔を保つのは限界だった。へその辺りを掻きむしりたくなるのを必死でこらえてブラッドウッドはアリシアの待つ部屋へと戻った。小さな悲鳴が上がる。ブラッドウッドは遅かったことを悟った。部屋に入るとお腹を押さえてアリシアが真っ赤な顔をしていた。そんなこととは知らないウォードはニーナに向かって言った。
「ニーナさん、ギデオンさんはあなたのお父さんですよ。有翼種の魔族の血を引く彼が言うのですから間違いありません」
ニーナは目の前の男性をじっと見つめる。灰褐色の髪に鋭い青い瞳。左の頬には傷がある。母を買った子爵よりもずっと若い。弱っていると口では言っているが怖いくらいの魔力の気配だった。恐らくとても強い人なのだろうと思った。
「ちょっと待って下さい…両手が使えた方がいいでしょう…蔦を移動します」
ウォードは使っていない方の手から蔦を出して腰の後ろ辺りを探る。やがてギデオンは腹の辺りから指先に向かって蔦が広がるのを感じた。同時に蔦で繋がれていた手が自由になった。
「どうぞ?抱きしめてあげたらどうです?」
「あ…あぁ…」
ギデオンは照れ臭そうに咳払いをして、意を決したように両手を広げた。
「ニーナ…おいで。君は俺の娘だ…」
ニーナは少しドキドキしながらギデオンに近付いた。ベッドに上半身を起こした相手は思ったよりも力強い腕でニーナを抱きしめる。本当の父親はとても大きな人だったことをニーナは初めて知った。
「子爵のところで…嫌な目に遭ったりはしてないか?」
ギデオンは遠慮がちに口を開く。
「……お屋敷にはほとんど帰らないから…大丈夫です…子爵の番が…私を嫌がるので…」
「…それは…嫌な目に遭っているうちに入るのではないのか?」
「分かりません…でも無視される方が…殴られたり蹴飛ばされたりするよりは…マシなので…嫌ではないです…慣れました」
ギデオンは次第に妙な顔になってウォードとケリーを見た。
「俺の娘は…南でいったいどんな扱いを受けているんだ?それとも娘は暗殺者を育てる教育でも受けているのか…?」
「え?私は…蛇だから…地面を這いつくばるのがその属性に相応しいと…みんなが思ってる…多分それだけです…」
「ニーナ、ちょっと待とうか。えっと、オッサン、ニーナはまだクソみたいな半端な紋章を消してる途中なんです。まだ残ってる。今日もお茶会から戻ったらジュディスさまが消してくれるから、紋章で縛られたときに植え付けられた歪んだ認識も消えるはずなんですけど…」
ギデオンは少し身体を離してニーナの胸元の包帯を見下ろした。確かに嫌な気配が感じられる。ニーナを弄ぶ複数の雄たちの爪で抉られたのだと分かってギデオンは、今度こそ腹の底からじわじわと怒りが沸き起こるのを感じた。
「ニーナの身体に傷をつけたのはどこのどいつだ?二度と悪いことが出来ないように俺が呪ってやろうか?」
「ギデオンさん!魔力中枢を使わないで下さい!まだ全部は繋がっていないんですから!怒るのは分かりますが、今は怒りを鎮めて下さい」
「クソっ!」
蔦の力を強められてギデオンは悪態をつく。
「ブリジットも怒るとそう言うよ?変なとこ似てるね」
そのとき荒々しく何の前触れもなく扉が開いて大股にブリジットが入ってきた。近付いてきたブリジットは少女の姿から次第に元のブリジットに戻る。ギデオンの腕の中でニーナはぽかんとした。
「え…?ブリジット…?」
「あぁ、本当の姿はこちらだ。ギデオン、ニーナがお前の娘というのは本当か?」
「はい…間違いありません。有翼種の先生が一致を認めたし、実際…自分にも…身に覚えがありますから…」
ギデオンは少し気まずそうに腰に手を当てたブリジットを見上げた。自分が南にいたのは十三年前とその二年後だ。奪還した魔導具を持ち帰り、再び南の歓楽街を訪れたときシェーラはすでに姿を消していた。
「そうか。娘か!ニーナ、訳が分からないだろうが、ギデオンは私の夫になる予定なんだ。私は両性具有で妻もいる。今のところ妻が一人、亡くなった夫が一人、そして…ギデオンは二人目の夫になる予定だ。子どもも何人かいるが…娘はいないんだ。ギデオンの娘なら私の娘も同然だな」
ブリジットはニコニコしながらニーナの頭を撫でる。ニーナは訳が分からないなりに、この人は子爵の番とは違って自分のことを受け入れてくれるのだと感じ取り不思議な気持ちになった。ブリジットはギデオンの腕ごとニーナを抱きしめる。
「ギデオン、新しい身分を用意した。今日からサイラス・ロウだ。君は南の没落貴族の息子で私とは以前から交流があった…情報にニーナを追加してもいい…ニーナはどうしたい?これからも母親と暮らしたいか?それとも…このコロコロと素顔も名前も変える父親についてくるか?ついてくるなら私は歓迎するよ?いかなる手段を使ってでも君を手に入れる。とはいえ夫を持つことを妻に納得してもらうのは、なかなかに骨が折れた…しばらくはご機嫌取りだな…」
「ちょっ…そんな一気に…ニーナだって困るよ?」
ケリーが言う。ニーナはケリーをじっと見つめた。それからブリジットを見上げる。
「ロウの家の子になったら…ケリーと一緒にいられますか?」
ブリジットは意外そうにケリーの顔を見た。
「…それはもちろん。ニーナが望むなら西の学院で勉強することだって出来るし、ケリーだって喜ぶだろう」
「ブリジット!そんな勝手に!」
「ケリー私は…ケリーと一緒にいたいの。私は、残っている紋章を全部消したら…ケリーに番の紋章を刻んでほしい。ケリーは私じゃ嫌?」
南では雌から紋章を依頼された場合、断ることは番に出来ないと拒絶するに等しいことをケリーはすでに知っていた。
「ニーナ…その言い方は…ズルいよ…そんなこと言われたら…僕は断れない…」
ブリジットとギデオン改めサイラスはニーナを抱きしめていた腕を緩めてその背中を押した。ニーナはケリーに近付くとケリーの瞳をじっと見上げた。
「それは…番にしてくれるってこと?」
「あー…もうっ!!ニーナ、紋章が消えて君の気持ちが落ち着いて、ちゃんと判断が出来るまで待とうって思ったのに…そんな目で見られたら僕、困るよ。仮にも…お父さんだっているのにさ…」
「ケリー君はまさか俺の可愛い娘の申し出を断るつもりじゃないだろうな?」
サイラスが言う。思わぬところから現れた強敵にケリーはもはや自分に勝ち目などないことを悟った。サイラスは赤くなった少年の顔を見て楽しんでいた。抱きしめた娘の身体に残る魔力は、彼が彼女を守ろうとしている努力が伝わってきて好ましかった。
「断るわけないじゃないですか!ニーナ、ジュディスさまが戻ったら残りの紋章もすぐに消してもらおう。僕、自分の足で家紋を練習しておくからさ…!」
ケリーは叫ぶようにそう言ってニーナを抱きしめた。




