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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者・幕間・南方留学編〜  作者: 樹弦
南方留学編 10

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ニーナの秘密

「学院長先生いますか?」


 扉がノックされて今度はレイが顔を覗かせる。その後ろからジュディスも現れたがギデオンは思わず胸の紋章の傷跡をまじまじと見つめてしまい、さすがにあからさま過ぎたと慌てて目を逸らした。ジュディスとレイは仕立ての良い南の制服を着ており、胸元の少し開いたブラウスから覗く紋章が高価なネックレスのようでやけに艶めかしかった。


「そんな人の裸を見たみたいな表情をされると困るんだけど…レイの手入れが良すぎてツヤツヤになっちゃったんだよなぁ…目立ちすぎかな?」


 ジュディスは澄んだ赤紫に浮かび上がる紋章を見下ろして笑う。


「あの…それは…王子が刻んだのですよね…?」


 ギデオンの言葉にジュディスはピクリと眉を上げた。


「他の誰が刻むって言うんだ?当然じゃないか」


「いえ…エテルネルの紋章は難しいのによく刻めたなと思ったものですから…」


「自分の太ももで事前に練習したに決まってるじゃないですか。第二王子の挑発に引っかかったフリして乗ってあげて、雄の学生を集めて刻むところまで公開しましたから…大勢の前で失敗したら間抜けにも程がある。エテルネルの恥ですからね」


 レイが苦笑混じりに言うとギデオンは目を見開いた。


「は…?公開…?」


 ギデオンは思わず学院長の顔を見る。


「よく…許可しましたね…」


「やれやれ、ギデオン・ロウにそんなことを言われる日が来るとは思わなかったよ。止めたところでさ聞かないからね。南の女性の胸に無理矢理間違った紋章を刻む輩の抑止力にはなるだろうとも思ったし」


「…紋章の効果もあるのかもしれませんが…以前よりも女性らしく見えますよ?」


 ギデオンはジュディスを見て微笑む。


「なんだ?いちいち言い方に含みを感じるな。まぁいい、第一王女と食事の約束をしているから、そろそろフレディも用意して貰えないかな?こっちにケイレブを呼んだから…」


 少しするとウォードがやってくる。ギデオンは思わず身構えた。この気配を知っている気がしたからだった。相手もギデオンを見て一瞬動きを止める。間違いない。それから破顔した。


「やぁ…これはこれは…昔、首を切り損ねた相手と…随分とまたおかしなところで再会しましたね。あの頃僕は王宮の影であなたが何をしに来たのかは知りませんでしたが、本来ならばいてはならない場所にいた…僕が現役時代に唯一仕留め損ねた相手だったから…ずっと覚えていました…交替しましょう」


 ウォードは両手から蔦を出して近づいてきた。片方の蔦をやんわりと首に巻き付ける。もう片方は学院長とは反対側の手から魔力中枢に向かって差し込むと一気に貫いた。ギデオンはあまりの衝撃に一瞬呼吸が出来なくなる。そのまま魔力中枢を掴まれる。


「……!!」


「あの日何のためにあの場にいたのですか?返答次第では…僕は蔦の加減を誤ってしまうかもしれない…」


「ケイレブ…殺すなよ?怖いなぁ…あくまで治癒なのにいきなり拷問みたいに蔦を突っ込むな。見ていて心臓に悪い…」


 ジュディスはニヤリと笑う。


「殺しませんよ。ただ…ブリジットにしては詰めが甘いと思ったので…」


 蔦が魔力中枢を刺激する。ギデオンは諦めた。


「あの日は…奴隷商から…王宮が押収した帳簿の中から…過去の自分の記録を…抹消しに行ったんですよ…明るみに出れば…全てが終わる記録を…」


 首に巻き付いた蔦がするすると離れる。ウォードは穏やかな表情のまま言った。


「なるほど。でもそれが明るみに出ていれば…ブリジットはもっと早くにあなたを許していたかもしれない…ブリジットは良くも悪くも奴隷の味方だから…あぁ…だからなのか。あなたが半獣人を嫌う理由は。自身が半獣人と同じく西の闇市で取引される側の人間だったから…」


「ウォード止めなさい」


 学院長が制止した。けれどもウォードは首を横に振る。


「その首の後ろにある焼印の跡…僕は影の手になると決まった日に身体に残った自分の痕跡を全て消してもらいました。時間はかかったけれど、見てもすぐには分からない程度にはなった…僕にも最初は焼印と奴隷の番号しかなかった。あなたと同じですよ。あなたはロウの家に入り僕は王宮の影の手になった…違いはたったそれだけだ…」


 ジュディスもレイもずっとウォードが自身の出自について語らない理由について何か理由があるに違いないことは分かっていた。それが、ここにきてようやく腑に落ちたような気がした。


「…私なら…それ…多分消せるぞ?」


 ジュディスは小声で言う。不意にジュディスはウォードに歩み寄ると手招きした。ウォードは不思議そうに屈み込む。ジュディスはウォードを抱きしめると今はだいぶ伸びたクセのある髪をぐしゃぐしゃにしながら撫でた。撫でながらジュディスは言う。


「山ほどある私の昔の異名を言ってみろ…」


「え?贄の…第三王子…悪鬼の…花嫁…」


「うん、それから?」


「…鎖に繋がれし…奴隷の…王子…」


「そう、だから大丈夫だ。出自など…なんだっていい。今ここにこうして生きていることが…大切なんだ…」


 ジュディスはウォードの頭を撫でる。


「…お嬢……すみません…」


「いいよ、その代わり…殺さないでちゃんと面倒みてくれよ?治すのも大変だったんだ。それなのに壊されちゃ私とレイの努力が水の泡だ」


「はい…」


「じゃ、そろそろ行こうか」


 ジュディスはニコリと笑う。呆気に取られたギデオンと目が合ったのでジュディスは告げた。


「私は皮膚を少し溶かして印を消せるよ?唾液に含む毒の成分で。ま、そういうことだから考えておいてくれ」


 ジュディスはレイと学院長と共に部屋から優雅な足取りで出てゆく。とてもそんな異名を持っているようには見えず、ギデオンは急に静まり返った部屋で思わず深いため息をついてしまった。今はウォードの蔦がないと呼吸をするのもやっとだ。彼の機嫌を損ねると命も危ういことを意味していた。


「そう警戒しなくても大丈夫ですよ。その気ならとっくに殺してます」


 実に物騒なセリフを穏やかな口調で言いながら、ウォードはギデオンを見て微笑んだ。自分と同じと言いながら彼の気配は穏やかで、暗殺を生業としている人物には到底見えなかった。


「王立学院にもね、たまに入ってくるんですよ。刺客が。僕もたまに片付けるんですが、王子の方が最近は反応が早くて商売上がったりです」


 再び扉を叩く音がする。先ほどの少年が再び現れた。今度は手を繋いだまま青い髪の少女と一緒に入ってくる。


「あの、学院長先生に預かりました。竜の鱗の入った塗り薬です。学院長先生が初めて竜の姿になったときの鱗だから傷にも効果があるだろうって…あ、彼女はニーナです。死にかけてる竜がいるって言ったら興味を示して…」


 ケリーはニヤリといたずらっ子のように笑った。ニーナと呼ばれた美少女は赤くなる。


「私、そんな風には言ってないわ。ただ…少し怖い気配がずっとしてるから落ちつかないって言っただけじゃない…」


 少女の胸元には包帯が巻かれていた。ギデオンは少女の特徴的な青い髪と琥珀色の瞳を見て、不意に懐かしい人の面影を感じた。


「昔…青い髪の蛇属性の女性に会ったことがある…君は少しその人に似ているな…」


「おいオッサン、ニーナを口説くなよ!」


 ケリーは言ったが、ニーナはピクリと肩を震わせた。


「その人の…名前は覚えていますか?」


「シェーラだよ。忘れる訳がない…」


 ニーナは沈黙する。やがてニーナはギデオンの顔を見ると静かに告げた。


「それは…私の母の名です。多分…会った当時は…奴隷だったと思いますけど…今は子爵の第二夫人です…単刀直入に聞きます。あなたは私のお父さんじゃありませんか?」


「はぁっ!?」


 素っ頓狂な声を上げたのはケリーだった。けれどもギデオンの方が思いのほか慌てた顔をした。


「ちょっと待ってくれ…君は今、何歳だ?」


「私ですか?十二歳です」


「ええっ!?」


 もっと驚いたのはケリーだった。小柄だが自分と同じくらいの年齢だろうと思っていたせいだった。ウォードがケリーに言った。


「こちらは西とは違って種族ごとの成長度合いによって様々な年代が学んでいますから…高等部にニーナがいてもおかしくはないんですよ?」


「十二歳か…参ったな。うーん、そうなると身に覚えがないとは言い切れない…」


「お母さんが子爵の第二夫人になったとき、すでに私の卵がお腹にあったんです。お母さんに聞いてもずっとはぐらかされてきたけれど、一度だけ言ったことがあるんです。あなたのお父さんは広場に立っている銅像に似てる人だよって…だから私、もしかして西の学院長先生なんじゃないかと最初は思ったんです。でも…運び込まれてきたときちらっと見たら…あなたは今の顔じゃなかった…学院長先生に似てた…だからもしかしたらって…」


「……その頃、学院長は国外どころか学院の外にすら出ることを禁じられていたから、彼は一歩も西からは出てはいませんよ。どうなんです?ギデオン…」


 ウォードは尋ねる。


「彼女と会ったときも…俺はいつもの変装をしていたと思う…あの格好は南の女性に人気があるんだ。そこから推察すると…俺の可能性が高い…それにその後は確かに…貴族に買われたと…噂には聞いた…蛇だったから…そのこと自体が少し珍しくて記憶に残ってたんだ」


「…血液を調べますか?少し時間はかかりますが…僕にも幾つか南にもツテがあるんです」


「あぁ、お願いします。ニーナだったか。もう少しこっちに来てくれないか?でも調べなくても多分…かなりの高確率で俺がこの子の父親なんだと思う…だって魔力が強いじゃないか…」


 ギデオンはウォードの蔦に繋がっていない方の手を伸ばす。ニーナはおずおずと手を伸ばしてその指先に触れた。


「みっともない格好ですまないな。ガッカリしただろう?こんな父親で。俺は仮面を被って君の母親を騙したも同然だ…それに魔力中枢を半分ほど失ってこのザマだ…」


 けれどもニーナは首を横に振ると言った。


「いいえ。その時は母はそれが生きるための仕事だったから…仕方ありません…でも…母がそうだったからって…学園でも…そんな風に私を扱っていいって…思われるのはもう嫌…結局貴族になったって…私は奴隷の娘で、本当の貴族とは見なされないんです…私の方が本当は娘失格なんです…」


「ニーナ、それはニーナのせいじゃないよ。君に無理矢理複数の紋章を刻んだ相手が悪い」


 ウォードが言う。胸の包帯と今の言葉でおおよそこの少女に何が起こったのかをギデオンは察してしまった。小さな手を握り返す。深刻になった空気をあえて読まずにケリーが言った。


「えーじゃあもし僕がニーナと番になったら、オッサンとブリジットが義理の父親と一応は母親?になるってことなのか?ややこしいなぁ…あ、でも今は子爵令嬢なのか。ロウ公爵家の方が格は上だけどそうなると、俺はしがない男爵家の末っ子だから勝ち目はなさそうなんだよなぁ…ねぇニーナ、南が嫌なら西においでよ?西も半獣人にはちょっと窮屈なとこもあるけど、悪くはないと思うよ?」


「えっ?ケリー何を言ってるの?」

 

 ニーナは赤くなる。ギデオンはこの榛色の髪の少年がニーナとは案外気が合うのだと認めざるを得なかった。それにこの少年も蛇だ。首の鎖で魔力を封じているのだと近くで見てようやく気付く。巧妙な魔道具だ。ブリジットが入れ込むのも分かる気がした。そこまで考えてギデオンはロウの家に引き込む子どもを検分する感覚で相手を見てしまったことに気付く。良くないとは思いつつも、もはやこれは職業病とも言えた。訓練次第では使えそうだと思ってしまう。不意に扉を叩く音がしてアリシアの声がした。


「失礼します…あの、クリスが手を離せないから頼まれたのだけど…注射器と採血管二つって…何をするんですか?」


「ありがとう。クリスはどうしたの…?」


「あ…ジュディスと王子が蜂蜜草を預けて行ったから…おへそを守ろうと格闘していて…失敗したところなんです…」


 ウォードは吹き出しそうになるのをこらえた。


「あぁ…とうとうクリスも犠牲になっちゃったか…うん、ちょっとね。血液がどのくらい一致するのか調べようと思ってね」


「…それって血縁かどうか調べるってことですか?私はまだ…そこまで覚醒してはいないのだけど…多分それならクリスでも分かると思いますよ?ジュディスでも分かると思いますけど…あの、やっぱり今クリスを呼んで来ますね」


「え…?あ…ちょっと!アリシア!」


 呼び止めようとしたがすでにアリシアは姿を消している。ウォードはギデオンとニーナを見て困ったように言った。


「すみません…クリスは魔族の血が濃いので…調べる際は遮断するのでご安心を…じゃないと体調不良の二人の前で魔力を解放するとキツいかもしれませんから…」


「…さっきの子も魔族の匂いがした…随分と変わったメンツで留学しているんですね…」


 ギデオンはアリシアの消えた扉の方を見てとても興味深そうな顔をした。

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