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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る〜南からの使者・幕間・南方留学編〜  作者: 樹弦
南方留学編 10

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獣の再来

 鼻歌まじりで上機嫌に歩いていたブリジットだったが、不意に足を止めて急に妙な顔をした。


「どうかしましたか?」


「いや…私は今…何と言った?」


「口付け程度じゃ呪いは移らない…ですか?」


「ハハッ」


 ブリジットは突然乾いた笑い声を上げる。片手で顔を覆ったブリジットがその手を離した瞬間に見せた表情にウォードは背筋が凍りついた。竜の瞳だ。瞳孔が縦長になっている。それは再度まばたきをすると元通りになったが、ウォードは不穏な気配を感じた。


「ウォード…レオナルド先生とフロランを送り届けてもらえるか?」


「いや、でも…」


(大丈夫だ。あれは…私を殺しはしない…)


 振り返ったブリジットはどこか悲しそうに見えた。


「僕が同行します」


 何かを察したのかラサラスがブリジットの隣に立つ。ブリジットは意外そうにラサラスを見たが肩をすくめて言った。


「ウォード、ミューを渡してくれ。壊れた車も返さねばならないからな」


「あぁ…はい」


 ブリジットはウォードから檻を受け取ると、本当にラサラスと共に行ってしまった。仕方なくウォードは言われた通りにレオナルドとフロランを送り届けることに専念する。フロランが誘拐されそうになったことを(かんが)みれば確かに二人で帰すのは危険だった。

 一方ブリジットはラサラスと共に軽やかに歩いて壊れた車を返却しラサラスは部品が何者かに細工されていたことを説明する。ミューは二匹とも無事で万が一走行中に車が壊れて巻き込まれると首が折れたりする致命傷にもなりかねないことが判明した。あの坂道だと下手すれば崖に転落していたかもしれない、とラサラスは思った。王宮に戻るかと思いきやブリジットは不意に空を見上げて立ち止まる。ラサラスはその背中がどこかさみしげに見えて思わず後ろから抱きしめてしまった。


「よせ…」


 ブリジットは口ではそう言ったが抵抗する素振りはなかった。


「竜に手出しは致しません…けれど…魔力が不安定で危ういです…だから少し…鎮めるだけです」


 ラサラスの方から癒しの魔力が流れてくる。この青年はルスランよりも繊細なのだろうと思った。故に瞬時にして相手の感情をも読み取る。


「竜相手に怖くないのか?…私には…君と同じ歳くらいの息子がいるんだ…身体は失ってしまったが愛する人の身体の中でその魂は生きている…死んだものと思っていたら魂は失われていなかったんだ…」


「息子さん…ですか…魂は生きている…そんなことが可能なのですか?」

 

 腕の中の少女の息遣いを感じながらラサラスは脱力する。その気配が声色からも伝わったのか、ブリジットは小さく笑った。


「特殊な状況下だったからな…」


 ブリジットは無言になる。


「そこにいるんだろう?ギデオン…」


 ブリジットは突然少女とは思えない低い声を出した。瞬時に姿が変わってラサラスは背後に庇われる。気配すらなかった場所に男性が一人立っていた。見たことのある顔だと思って、彼はどこか学院長にも似た金髪に青い瞳の男性を警戒して見据える。彼も妙な気配だと思った。ブリジットの身体からも突然燃え上がる獣のような気配がした。これが竜なのかと身の毛がよだつ。鉄臭い血の匂いに内臓から抉られるかのような錯覚に陥る。


「久々に再会を果たしたのに随分なご挨拶ですね…」


 ギデオンは丁寧な口調で言った。


「時間の無駄だ。単刀直入に聞こう。私を犯した後に…いったい何人と寝た?」


 背後のラサラスが息を飲む気配がした。ラサラスはブリジットの口調から彼を瞬時に敵と見なした。それもかなり厄介な。


「おやおや…(たぶら)かしている美しい若者の前でそんなことを言って大丈夫なのですか?」


「…今すぐに答えろ」


「信じてもらえるかどうかは分かりませんが…あの日以来…誰とも寝てはいません。いや二人寝ようとした…要するに試そうと思ったのですが…無理でした。どうやら男として俺は完全に不能になったらしい…」


 ギデオンは気まずそうに頭を掻いた。いつもどこか芝居じみた仕草で周囲を欺いていた相手が珍しく素の表情を晒している。ブリジットは目を見開いて、それから嘲笑した。


「それは本当なのか!?いやはや…予想外の方向に竜の呪いが発動したと言うべきなのだろうな…ハハッ!ザマァ見ろ。打ち止めか。随分と滑稽な報いだな…!」


 相手は大きなため息をついた。ブリジットは笑うのを止めて急に真面目な表情になる。ギデオンは迷った末に口を開いた。


「…あなたも薄々は気づいていると思いますが、これはあなたの父上の計画だったのですよ?あなたが私との間に子をもうけたなら後継者として名乗り出ることを許すと。だが元々彼にはその気はなかったようだ。挙句の果てに薬を盛って流産させるとは…要するに後継者の話も全ては嘘だった…都合良く俺を駒として使うための。それにあなたは数々の男を喜んで受け入れると…話の端々にそう思わせる話題を盛り込まれて…俺はまんまと騙されたんです。あなたを抱いた瞬間にそのことに気付いた。まるで…処女を犯したような感覚に…つい最近彼にその本意を問い詰めたら…実に不快なことを言われました…これは自分を残して去った妻への復讐だと…あの老人は狂っている…」


「もういい!その傲慢な口を閉じろ!」


 ブリジットは叫んだが彼は止めなかった。ブリジットをじっと見てギデオンは告げた。


「…俺はとんでもない過ちを犯したと思い知りました。だからこうなってしかるべきだと、この現実を甘んじて受け入れた。そして…あなたには本当に申し訳ないことをしたと思った。許してもらえるとは思っていませんが、この罪は一生をかけて償うつもりです…俺はあなたを憎みながら…それでもその憎しみ以上に今もなお愛していますから」


「止めろと言っている!」


 ブリジットは語気を荒げて遮る。こんな声鋭いも出せるのだとラサラスは意外に思った。ギデオンは一歩前に出る。


「近付くな。止まれ」


 ギデオンは歩みを止めてわずかに悲しげな顔をした。フレディによく似た顔でそんな表情をするなとブリジットは思った。


「分かりました…近付きません。俺が南に逃れてきたのは…しばらく身を隠す必要があったからです。俺は…あなたの憎き父親を葬り去るのに失敗しました…そしてとどめを刺されたと思った…けれども…俺はまだ生きていました…魔力中枢を半分ほど失いましたが…これも全てあなたに手を出した報いだと思えば仕方ありません…」


 ギデオンは膝をついた。


「…この命ではあなたの怒りを晴らすには到底足りないかもしれませんが、どうぞ好きにして下さい。償うことも許されないなら…生きることにも意味はない…心残りは王子と婚約者の治める輝かしい王国を見られないこと…そのことくらいですが…」


 ギデオンは(こうべ)を垂れる。ブリジットはどこからともなく剣を取り出した、そうラサラスには見えたが、よく見るとそれは蔦で出来た剣だった。


「ブリジット…!」


 ラサラスは思わず声を上げる。本気で首を落とす気かとラサラスは危ぶんだ。ブリジットの振り上げた蔦の剣はギデオンの髪を切り落とした。ギリギリで止めたブリジットの腕は震えている。ラサラスは思わず駆け寄ってその手を相手の首から離した。


「王宮で血を流してはなりません…ましてや竜の血は悪しきモノを呼び覚まします…」


「クソっ…!」

 

 ブリジットは苦しげに息を吐いて剣を消し去る。それからふと、不審そうにギデオンの首を見た。髪を切り落としたことでそれは現れた。焼け焦げた中に消された焼印がある。じっと見つめると浮かび上がるのは南の奴隷商の印だった。


「お前…奴隷か…?まさか…ギデオン…じゃ…ない?」


 彼は首を横に振る。顔を伏せたまま彼は静かに口を開く。


「…ギデオンは俺ですよ。少なくとも買い取られた七歳の頃から…俺はギデオンです…」


「本物は…?」


「さぁ。病死なのか暗殺なのかは知りませんが、俺は替え玉として買われ育てられてこうなった…今はギデオン・ロウでしかない。元の名前は番号でしたから…名乗れる名前はありません…」


 ギデオンはそう言って咳込んだ。袖に血の染みが広がる。


「お前…」


 近くで見ると顔色が悪い。魔力中枢を半分失ったというのは本当なのだろうだと思った。しかも長年憎み合った相手がロウの血筋ですらなく替え玉の奴隷だった事実をブリジットは受け止め切れずにいた。めまいがしそうだった。


「…殺さないんですか…?」


「…気が変わった…私が憎んでいるのはロウの血族のギデオンだ…お前じゃない…クソっ…何なんだ、調子が狂う。いつものように偉そうにしていろ。竜の気配をまといながらそんな今にも死にそうな顔をして…なんでこんなところまで来たんだ?西にだって後ろ暗い治癒師などいくらでもいるだろう。匿ってもらえる相手だって…」


「ブリジット、どうしますか?手当をするなら…とりあえず運びましょう」


「ラサラス…なんで君はそんなに冷静なんだ?」


 ブリジットの言葉にラサラスは困ったような顔をした。


「冷静じゃありませんよ…二人の竜の気配に当てられたら…酔ってしまいました。怖いのを通り越して開き直っただけです…」


 ブリジットは魔力でギデオンを担ぎ上げる。瞬間移動を繰り返して階段を上るとレイとジュディスが足早に降りて来たのとぶつかりそうになった。


「妙な気配がしたから…って、え?ギデオン・ロウ!?」


 レイは慌てて一歩下がる。


「なんで連れてきちゃってるんですか?」


「すまない、説明は後だ。魔力中枢を負傷したままでほぼ放置していたらしい…命を差し出すと言うから拾ってきた…」


「な…」


 ジュディスの顔色が変わる。レイはすでに蔦を伸ばしてギデオンの魔力中枢に触れていた。


「急ごう!」


 ジュディスは厳しい顔付きで言った。

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