苦渋の決断
動かぬ証拠を提示されて、しかもアドルファス王子のみならず西の王子までが事態を知っていると知らされたお陰で猫科の部族長会議は言い逃れのできない状況に追い込まれていた。それでも被害に遭った半獣人が蛇属性だと知ると口さがない者は、蛇は雄を惑わすなどとブツブツ言ったりしていた。
「この度の件についてはこちらが非を認めて被害者の少女にはそれなりの賠償をするしかないでしょう。むろんのこと関わった家門が協力して支払うべきであり、二度とその少女には関わらないと誓いを立てさせなければなりません。異議のある者は?」
進行役の虎の公爵は自身の息子が卒業していてホッとしていた。彼も少し羽目を外しやすいところがある。在籍していたらと思うとゾッとしてしまった。会議はお開きとなり、肩を落とす者、息子宛に怒りの遣い鳥を放つ者など様々だった。ラサラスはレオナルド教授を気にしながら歩く。彼は周囲への警戒を怠らなかった。
ところがミューの車の所に到着した彼は異変に気付いた。ウォードが車の車輪を直そうとしているところだった。レオナルド教授の乗ってきた車も同様に壊れている。
「何かあったのですか?」
「いいえ…これはむしろ…出かける前に何か細工がされていて時間差で発動したと見るべきでしょう…会議が長引いたお陰で走っている最中に壊れなくて良かったですが…ここは坂道も多いですから、いい気はしませんね。肝心の部品が溶けてなくなったようなのです…」
「おやおや、大変だ。車が二台とも故障するとは…ついてませんなぁ…」
ちょうど出てきたパルド伯爵家の壮年の男性が嘲笑うかのように声をかけてきた。ラサラスを睨みつける。
「正義を気取っているからそういう目に遭うのですよ。せいぜい寝首を掻かれないように用心することです。君たちのような存在は猫科の部族の統制を乱す…」
「…ご丁寧にどうもありがとうございます。パルド伯爵のご子息は、あの気の毒な蛇の少女を本気で番にするつもりだったとでも仰るのでしょうか?許婚がいるのにそんなはずはありませんよね?では第二夫人ですか?それにしては実に気の早いことだ…」
ラサラスの皮肉にパルド伯爵は忌々しそうに舌打ちをして去ってゆく。
「やれやれ…フロレンティーナの予言は当たるな」
突然背後で声が聞こえて驚いて振り返るとそこには見知らぬ長身の男性とも女性ともつかぬ人物が立っていた。
「ブリジット…!」
ウォードが思わず声を上げて慌てて口を閉じる。
「ちょっと予想外のところで狙われたレオナルド教授の助手を攫ってきてしまった…いや、言い方がおかしいな。おかしな奴に連れ去られそうになっていたから慌てて横取りしてしまったんだ」
ブリジットの後ろから蔦に包まれたフロランが小さく頭を下げた。
「フロラン!!怪我はないか!?」
「かすり傷程度だがそれよりも、植物園を離れたからか調子がいまいちなんだ。とりあえず私の蔦で巻いておいたら少し落ち着いたよ。帰るとするか」
「あの…あなたは…いったい…」
「だからブリジットだ。あっちでは金髪に青い瞳の少女だったが…本来はこっちの姿だ」
「あ…」
ラサラスは自分にとんでもない記憶を託した本人だとようやく気付いたが、レオナルド教授は驚きのあまり硬直していた。
「蔦持ち…なのですか。良かった…フロランは蔦と相性が良いのです。あの…それでどうやって帰るのですか?」
ブリジットは壊れた車とミューを魔力で小さくしてしまった。ミューをウォードの手に渡す。
「おっと!!」
ウォードはミューが逃げないように魔力で小さな檻を作った。ラサラスは器用な魔力だと思って感心して見ていた。
「予言で足がなくなると聞いて…少し慌てたが、なるほど帰りの手段がなくなるという意味だったのかと今更分かった訳だが…帰りはこれだな」
少し歩いた先に木々の生えた森があった。中からガサガサと姿を現したのは翼竜のララだった。ラサラスはさすがに仰天する。
「な…ララ!?どうして…!?主なしに単独で?」
「うーん、ララには申し訳ないが、私の竜の本性がララを刺激してしまって今現在ララは群れから外れた状態なんだ。だからたまに会いに行っているのだが…王宮から許可を貰うのになかなか手こずった。さすがに私が竜になって飛ぶと騒動になるからな。最終的には国王陛下を少し脅してしまった…」
ふふんと笑うブリジットにウォードは寒気がした。あの国王陛下を脅すなど不敬が過ぎる。竜の尊大さの片鱗を見せつけられた気がした。ララはクルルと甘えた声を出してブリジットに首を擦り付けた。
「みんなを乗せて飛んでくれるかい?帰りは私は蔦の羽で隣を飛ぶよ。さすがに皆が乗ると重いだろうから。手綱はラサラスに任せよう」
サラッととんでもない発言を聞いたウォードはブリジットの顔を見たが、逆に何がという表情で見返されてしまった。
「ジュディスやレイも出来ることを私が出来ないとでも?」
ブリジットはフロランを蔦ごと背中に乗せると、その両方の辺りから更に蔦を出した。蔦はどんどん広がって翼の形になる。ラサラスがララの手綱を握り真ん中にレオナルド教授を乗せてウォードは後ろに乗った。
「長居は無用だ。良からぬことを考える輩が近づいている」
ブリジットは飛び上がりながら辺りに魔力を放つ。奇襲を仕掛けようとしていた四人組が地面に倒れるのが見えた。ラサラスも手綱で出発の合図をした。ララは羽ばたいて飛び上がる。気絶した四人組を地面に残して、一匹と一人は皆を乗せて部族長会議の場を後にした。
***
王都に着くとブリジットは蔦の羽をしまって少し手前で降りてララと共に歩いて獣舎に向かった。宿直のアマロックがララの手綱を受け取る。
「マロック、よろしく」
そう言ったブリジットはすでに金髪の美少女に戻っている。
(ったく…器用なことだ…)
(お前こそ。で?何か分かったか?)
(あぁ…あいつが怪しい。ミューの匂いがした…)
(なんとも鼻の利くことだ。私は分からなかったぞ)
蔦を巻き付けたままフロランはブリジットの隣を歩いていたので、知らない者が見たら植物が移動しているかのようだった。
「あ…」
フロランが小さな声を上げて片手で頭を押さえる。皆が見守る中、フロランの頭の上で青い花が開いた。
「おや、開花したね、フロラン」
レオナルド教授が恥ずかしそうな顔をするフロランを見て微笑む。
「今日の飛行が刺激になったのかな?」
「そうかも…しれません…あの…それと…蔦の魔力が…」
フロランは顔を赤らめる。ブリジットは不思議そうにフロランを見つめる。レオナルドはフロランの表情からおよそフロランが何を感じたのか予想できたが、口に出しては言わなかった。フロランにとってはレオナルドが蔦を失って以来、久々の体験だったのだろう。そう思うとやはり自分が蔦の力を取り戻すべきかもしれない、そうも思った。フロランには必要な刺激だ。ブリジットは首を傾げてレオナルドを見ていたが、首に下げていた袋から何かを取り出した。それを口に含む。
「レオナルド先生、私はわりと適当な生き方をしてるから、後から国王陛下に文句を言われたらブリジットが無理矢理やったと言ってほしい。ちょっと屈んでくれ」
レオナルドは何かと思って屈んだところにブリジットに口付けをされた。強引にこじ開けられた唇の間から舌の先で丸い何かを入れられる。舌の使い方に圧倒されている間にレオナルドは何かを飲み込んでしまっていた。
(飲んだな?これでレオナルド先生の願いは叶うはずだ。今飲んだのはジュディスと国王陛下の間にできた蔦の種だ…ようこそ、こちら側へ)
ブリジットはフフッと笑って離れる。フロランもラサラスもウォードもブリジットの奇行にあ然としていた。レオナルドは心の中に響いた声がにわかには信じられなかったが、それが身体の中を通って魔力中枢目指して身体の中を移動するのを感じていた。
「レオナルド先生!申し訳ありません。ブリジットが…」
ウォードが謝罪する。
「い、いや…その…驚いたが…」
レオナルドは魔力中枢の辺りに手を当てて撫でる。蔦の種は魔力の多い場所に根を下ろす。前に偶然飲んでしまったときもそうだった。ウォードが慌ててブリジットを追いかける。ブリジットを狙う者もどこから現れるか分からない。
「待って下さい…ブリジット!」
「なんだ?ウォード先生もするか?」
「冗談でも止めて下さいよ!私には婚約者がいるんですから」
「安心しろ。口付け程度じゃ呪いは移らない…」
クスクスと少女のように笑いながらブリジットは軽い足取りで歩いてゆく。その姿は本物の少女にしか見えない。レオナルドはやや複雑な気持ちを抱えながら、その後ろ姿を見つめた。




