フライング(2)
「――ッ、“憧れのゴルドス”……力になれるってどういう意味?」
威容。圧倒的な筋肉は、神話の男神を象った彫刻を想起させる。だが大男の実力が、力任せの一辺倒で無い事は明白だ。
聖剣を腰に佩く烈剣姫のカラダが、無意識に警戒の構えをとる。
「(伽藍は油断してない。でもこんな近づかれるまで気づけなかった! 身にまとう魔力が信じられないくらい静か。でも、聖剣でも貫けるイメージが湧かない。この感じ何処かで――……ヒトの姿の時の墨谷七郎に、少し似てる?)」
「オイオイ、そう邪険にすんなよ。驚かすつもりはねぇんだ、悪かったっ」
「まさかこんな所で会うとはねぇゴルドス。てっきり【聖剣】らと一緒に居るのかと思ってましたよ」
「冗談いうなよ“紅天女“。あんな息のしずれぇ場所は願い下げだぜ」
「あ、あのっ……力になっていただけるって……もしかして、今すぐ七郎様の所へ行ける方法をご存じなんですか!?」
「おう、その事よ。ま、ここじゃ何だ。歩きながら話そうぜ」
何処へ向かうというのか。悠々と、しかし控えめな歩幅でゴルドスは歩き出す。まさについてこいと言わんばかりの背中だ。
女性陣は疑問に思いながらも、意を決し彼の後へ続く。
「……なんのつもりだよゴルドス? アタシはあんたに貸しを作った覚えはねぇが?」
「利害なんざ一旦置いとこうぜ嬢王。おらぁオメェらが楽し気な話してるんで、勝手に首突っ込んだだけさ」
「楽し気って……伽藍達は“白旗“の本拠地へ行く方法を話してた。あなたも霊園山の現状は【水鏡】で見たでしょうっ?」
「おれらの世界でも、あんなヤベェ魔力凝縮はそうそうお目にかかれねぇっ。まさしく世界の危機だなっ。腕が鳴るぜ!」
「嬉しそうに語るもんじゃないよゴルドス」
「ガハハッ、戦場に血が沸いてこそ戦士だろうが! おらぁな、前の大狂行の時はノルン神教のバカ共のせいで島から動けなかった。ギルドの爺さん方にゃあ、まだヤツらの権力を重く見てる者も多いからな。ゲートと枢機卿共を守れと泣きつかれちゃな……」
「今回はいいのかよ?」
「だからギルドに捕まる前に、霊園山へ飛んでいく。あの星瞳獣にも蹴りの借りを返さなきゃだからな!」
「と、飛ぶって……なんのことですか?」
「ほら見えたぜぇ」
ゴルドスらは、そう長い距離は歩いていない。たどり着いたのは島の内地にある平坦な空間だ。元は交通が為の大通りであったらしいが、今はひび割れや欠けた建物の一部で乱雑な印象を否めない。
そこへ、伽藍達にとって驚愕すべきモノが着陸していた。
「わあぁ、アレって――」
「帝天島が不時着した後に飛んでた――」
「おうよ。ウィレミニアでも超貴重な、魔力で空飛ぶ飛行船だぜ!」
奇しくも飛行船の形は、日本の海上に浮かぶ高速中型船と似通っている。
航空力学的な観点からか、水船よりもシャープなシルエットながらも、人を船内に乗せて運ぶ構造には変わりない。
この乳白色の船体は、島に居た多くの人間が上空に見たことだろう。
「島の一般人を帝海都の港まで運んでいたのを見ましたねぇ。速度があったので驚きましたが、3隻ぽっちだけじゃ焼け石に水でしたよ」
そうなのだ。クジャクの指摘通り、落島に対して差し出されたウィレミニアからの正式な援助は、実はこの飛行艇3隻のみ。魔法使いを含めた人手はアイテールルの応急処置と移動に駆り出され、島の避難処置に関しては9割がた日本の対応によって成されていた。
あとの異世界人は自主的なボランティアに終始する。
日本の在来世界で起こった事件であるのだから、当然と言えば当然の処理ではある。しかしゴルドスら良識ある者に、負い目に似た思いが在るのもまた事実。
「元はといやぁウィレミニア人が起こした事件だ。もうちっと人手をよこせりゃいいんだがな。だがこの船だってウィレミニアにとっちゃ虎の子のハズだ。なにせ増産不可能なシロモノ……いつかクレルトギスタに聞いた事があるが、首都に仕舞われてんのも全部で5隻だけだってよ」
「あん? この船はウィレミニアが作ったんだろ?」
「正しくは【小さな角】の発明品だ。動力にゃゼナ=マカウしか作れない部品が必要らしくてな、一回壊れたら誰も直せねぇ。……コレはな、元はノルン神教の飛行戦艦に積まれてた“突撃揚陸艇”で、動力が無事だった何隻かのガワを修理しただけなんだとよ」
「ああ、そうなのかい……噂は聞いてたけど、コレが10年前のねぇ……」
100に迫る突撃揚陸艇を格納していた空中空母ディースガルドは、クーデターの際アイテールルの竜炎に砕かれ、反乱に加わった乗組員ごと空の藻屑となった。
修理可能であった数隻は皆、空母からの出撃後に魔法使いの砲撃で墜落した機体ばかり。
当時の現場を知らぬゴルドスやクジャクでさえ、飛行船を見上げる程に憂鬱な気分になってしまう。
それ程にウィレミニア首都での事件は、ある程度詳細は伏せられていながらも、異世界全土に衝撃をもたらしていたのだ。
「……まさか、コレに乗るの?」
しかし伽藍にとっては10年前への追憶より、ハッキリとさせなければならない事がある。
「伽藍達が勝手に使っていいわけないじゃない!?」
「なぁに、少しの間借りるだけさ。それによ、乗り込むのはおれ達だけじゃねぇぜ?」
「やっと来たニャ、ゴルドス。遅いニャ」
ゴルドスの意味深な言葉と同時に聞こえる声。
声の主は大分に目立つ姿であったが、飛行船のおかげかインパクトが和らいでいる。
「(猫耳の獣人?)」
伽藍の視線は、まずやはり声の主の頭に生える獣耳へ。
次に猫を思わせる瞳孔に、布面積の少ない露出過多な服装……だが寒くはないのだろう。人肌との境界線を上手く溶かしながら、カラダの各所に柔らかそうな猫毛が生えている。
思わず撫でたくなるような茶色の毛並みだ。胸元に飾られる牙の装飾品が若干禍々しいが。
「お、獣耳種……もしかして“牙の笛”かッ?」
「そういうアニャタは“悪徳嬢王”。 フニャーン♪ 有名人に顔を覚えられるなんて、アッチも有名になったもんニャ。……ところでゴルドスぅ……説明も無しにここで待っとけって、何のつもりニャ?」
“牙の笛“……異世界ギルドにおいてソレと知られた冒険者の名だ。クラスは銀燭級。
猫耳を跳ねさせる彼女とゴルドスは、以前からの知り合いであるらしい。
「紹介するぜぇ、コイツは“牙の笛”ルールーニ。エイン=ガガンで知り合ってな。知ってる銀燭級のなかじゃアタマ一つ抜けた女冒険者だ」
「ルルって読んでニャ。いやー、島が落ちた時は死ぬかと思ったニャ。ソッチの子はニホン人ニャ? こっちの世界も大変ニャねー」
「オメェは従魔の翼鷲獅子が売りだろう? 飛んで逃げりゃ良かったじゃねぇか」
「無茶言うニャ、ゴルドス。あんなデッカくて恐っろしい船が飛んでる所に、堂々と的になりに飛んでく馬鹿いないニャ。ほーら、おいでニャ。この美人さん達は怖くニャいニャー」
―― GuRUuu……?
―― KUFuuuuッ
獣耳種のルールーニ……ルルが胸元の牙を咥え息を吹き入れる。すると上空から大きな影が舞い降りた。
影は猛禽の爪を地面に降ろし、広げた翼を折りたたみながら嘴を擦りつけてルルに甘え始める。
それは2頭の、重量馬ほどに巨大な翼鷲獅子であった。
「翼鷲獅子を2頭も使役してんのかッ? だけどよ、島で見かけた覚えは無かったぜ?」
「島じゃ目立ちすぎるんでニャ、用意してもらった専用の部屋で休ませてたニャ。島が落ちた後は空から警戒してたからニャー……でもあの細長い魔物とマドーガイカク?とかいう魔法人形はぜーんぶ飛んでちゃったみたいニャ」
「あの柱みてぇな、見たことねぇ魔物はニホン固有の魔物か? いや従魔って雰囲気でもねぇし、アレも魔法人形に近ぇのかもなぁ」
「旦那の手下だったってのは確かみたいですがね。楽々子の家じゃ一芝居うたれたようで」
「それよりゴルドスぅ、アッチの可愛いルッピとラッピまで指名で呼びつけて、いったい何をさせるつもりニャ?」
ルルは翼鷲獅子の嘴を撫でながら、疑り深い目でゴルドスを見る。
「(2頭の翼鷲獅子、ルッピとラッピというお名前なんですね)」
「(思ったよりカワイイ名前ね……)」
「これからあの飛行船をちっと拝借してよ、霊園山へ一番乗りしてやろうって腹だ。だが、こらぁおれの勘だが……飛べる騎獣がいたほうがいい気がすんだよなぁ」
対しゴルドスはどこかとぼけた顔で、平然と飛行船の奪取計画を明かすのだ。
「ええぇー……あの飛行船ブン盗るニャ? おもしろそうニャけど、止めといたほうがいいニャ。ギルドどころかニホンのヒトにも怒られるニャ。ほら、あそこでやさぐれてる”おねーさん”にも迷惑かかるニャよ」
ルルが指さす先には、飛行船の真下で、廃材から引っ張ってきたようなイスに座る女の姿があった。
スーツを着崩しながらタバコをふかしているようだが、どこかヤケクソ気味な印象が否めない。
「見張りがいんのか。くっふふ……ま、ここはアタシがいっちょ“交渉”を――」
「あれっ? あの方って……」
「……ぁ」
覇気のない小じんまりとしたシルエットに、ヴィトーラは意気揚々と恫喝の算段を立てるが、伽藍とリンカは女性の正体に気づき驚く。
「なんか、マドータイ?っていう所のヒトらしいニャ」
「――……裕理さん」
それは極限まで肩を落とす灯塚裕理の、どこまでも疲れ切った姿であった。
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