フライング(3)
「んあ?……あー……そういや、言われてみれば裕理か。なんつーか、雰囲気が暗すぎて見違えちまったな……」
ヴィトーラも見張り役の正体に気づき、先ほどまでの恫喝に適した表情を一転気の毒そうに歪ませる。
灯塚裕理が何故こうも気落ちしているのか。
これは聞くまでも無い事だ。
伽藍は、どう声を掛けようかと悩むが答えを出せず、とりあえず裕理の傍へ歩み寄る。
「裕理さん……その……」
「ああ、伽藍ですか。ッ、けほっけほっ」
イスでの座位から見上げてくる瞳は、暗い。
「あの、もう動いて平気なの? それと、何でタバコを? 裕理さんタバコなんて吸わなかったじゃない」
「けほっ……藤堂さんからの置き土産です。試しに吸ってはみましたが、ろくなモノじゃありませんね」
裕理は悪態をつくも、タバコの火を消すことなく口先で弄ぶ。そして誰から請われたわけでもなく、不時着前の帝天島で起きた事を話し始めた。
「あの時、論亜ウィズダムと会場に向かう途中で藤堂さんと合流しました」
“ 裕理、お主に伝えねばならぬ事がある ”
「論亜を先に行かせて……その矢先でしたよ」
“ 許せよ ”
「あの人が刀を抜いたことすら分かりませんでした。首筋を打たれ、気づいたら床に倒れていて……でも意識を失う直前に見た藤堂さんは、とても穏やかで、見たことのない明るい顔をしてたんです」
“ この身は魔導隊を退く。もう会うことも無かろうが、達者でな。……おお、煙草はもういらぬ、か。最早、毒で命は縮めぬ。すまぬが処分を頼む ”
「タバコの箱が目の前に置かれたのを最後に、記憶がありません。目を覚ましたら、今度は島が落ち始めて……何が何だか」
「養父さんは“白旗”に取り込まれてた。伽藍の聖剣も斬り折って、大きな飛行艦と一緒に……」
「十中八九、亡くされた奥さんの為ですね。あの人はあまり話そうとされませんでしたけど、形見の簪を肌身離さず持ち歩くほどでしたから……」
「だから伽藍達を……世界の全部を裏切った。 そんなの――」
「考えられない? 正しい事じゃない? あなたは昔から、正義と自分の憧れ以外に興味が無さすぎると感じていました」
「っ」
鋭い指摘に、伽藍の顔色が変わる。
「ずっと藤堂さんと暮らしていたのに、伽藍は奥さんの名まえも知らなかったでしょう? 藤堂さんの、剣の腕前以外の一面を知ろうとしなかった」
「そ、れは――」
「私も似たようなものです。だからこんな事になったんでしょうね。あの人はずっと孤独で、私達の知らない所で過去に縋ってた……初代魔導隊の彼も、きっと同じように苦しんでたのではないかと思います。……けっこう私も憧れてたんですよ、初代の魔導隊には」
苦悩を吐き出す裕理に、ようやく以前の“らしさ”が戻ってくる。重い腰を上げ、ついに加えていたタバコを地面へ捨て、足で踏み消した。
「もーっ! やんなっちゃいますよねッ。あの墨谷七郎のお陰で、やっと伽藍が年相応の女の子らしくなったってお礼を言おうと思ってたのにッ。ホンット魔導隊の男共と来たらーーっ!」
「女の子らしくって……伽藍は、そんなの要らない」
「いいえ。私は、伽藍にもっとゆっくり成長してもらいたかった。正義だって立派なことですよ。でも、もっと色んな事を知ってから、正しさとは何かを考えて欲しかった!」
「な、なによ。伽藍が未熟だって言いたいの?」
「そうでしょう? 伽藍は正義を剣に誓った。でも今、勝手に霊園山へ行くために飛行船を盗もうとしてる」
「うっ」
「おぉっと、バレてらぁ」
「ま、裕理からすりゃ一目瞭然だよな……」
当然の発覚に、伽藍だけでなく後ろで状況を見守っていた面々も開き直るほか無いようだ。
飛行船の警備を担う“あかいくつ”はいよいよボルテージを上げる。赤い魔力が両美脚で回転する様は、さながらチェーンソー。
「それじゃあ剣は、唯の凶器と変わらない。いつか聞きましたが、その聖剣は人間世界の苦難を打ち払う為に現れるのだとか。ですがあくまで力を振るうのは遣い手。聖剣で何を成すのかを、選ぶのは伽藍なんです! それを、今の伽藍が“正しく”選べるとは思えないっ。それでも、どうしても先へ急ぐと言うのなら……私を倒して、納得させてみなさい」
「――倒したら、飛行船を使わせてくれるの?」
「おいおい嬢ちゃん、なに寝ぼけたこと言ってやがる。裕理はな、行かせる理由が欲しいんだよ。倒しちまえば止めるもクソもねぇだろ」
「ごめんなさい裕理さん。私は伽藍ちゃんと一緒に、七郎様の元へ行かなければいけないんです」
「いいでしょう、相手に不足はありません。3人まとめてかかってきなさい!」
霊園山への最短空路。飛行船を守る現魔導隊のエース“あかいくつ”。
七郎の元へ急ぐ少女3人と彼女の戦いは、足技使いの大胆な回し蹴りから始まった。
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