フライング(1)
クジャクの胸に抱かれ5分か、10分か。
「~~ッ、忘れろよ!? いいなっクジャク!」
少女達は例外なく恥じらいに顔を赤らめ、互いに顔を見れないでいた。
「はいはい、さっぱり忘れてあげましょうかね。可愛らしかったけどねぇ?」
「クッソ! 何してんだよアタシは!? 別に、な、泣いてなんかねえからなッ」
特に、長年を荒くれの頭領として生きたヴィトーラの羞恥は強い。
その様子を微笑ましく見つめる成熟した女の顔が、またさらに若い少女のプライドを刺激しているのだが。
「さて、それじゃ本題にはいろうかね」
「本題?」
クジャクは母性溢れる柔らかな笑顔から一転、真面目な表情へ変わった。いつかの折に見た紅蓮の首領としての威厳に、伽藍は姿勢を自ずと正す。
「リンカ、あたしと一緒にラコウへ戻ろうじゃないか」
「……え?」
突然の言葉にリンカは戸惑うが、冷静に考えるなら理由は明白だ。
「元々リンカをニホンへ残したのは勉強の為。これからの世を生き抜くに必要な、異なる世界の知識を学んで欲しかったからですよ。リンカはよくやった。ニホンの事どころかユイロウ流の鍛錬も欠かさず、見違えるほど強くなった。……だから、もう潮時じゃないかい?」
クジャクの表情は、真に娘を案じ心を砕く母親そのものだ。うつむき手を握りしめる、大切な黒い華を撫でながら、諭すように故郷への帰還を勧める。
「島はこの有様だ。ゲートだって、いつまで解放されてるか分かりゃしない。旦那の事はスッパリ忘れて、また家族そろってラコウで暮らそうじゃないか?」
正しい。クジャクの意見はまったくもって正しい。
その正当性を理解できるがゆえに、リンカ本人はおろか、伽藍やヴィトーラも反対はせず無言。
息苦しい静寂が満ちる。
「でもクジャク様……私、決めてるんです」
数拍の逡巡を経て、リンカは顔を上げてクジャクを見つめ返した。
「(――ああ、やっぱりこの娘は……)」
幼い頃より育て上げた自慢の娘。この一年で見違えるほどに開花した、可憐で美しい黒い華。
瞳を見ただけで分かってしまう。どうしてこの年齢で早すぎる、情念を燃やす女の貌だ。
ウィレミニア人の自身には無い、ラコウの貴血成す業愛の火が、金の双眸に燃え直す。
「学園はすごく楽しかったんです。伽藍ちゃん達と過ごす時間は、とっても温かくて、眩しい日々でした。今までの大変な事を忘れちゃうぐらい、楽しかったんです…………でも、七郎様がいらっしゃらなかった。日に日に、叫びたいほどに苦しくなって……それで、あの方が魔法学島へいらして、やっぱりこの気持ちを抑えられないって分かったんです」
少女が語る心は、いじらしく可愛らしい。しかしだんだんとその表情に、学園では終ぞ見ない、狂う程の情念を宿らせていく。
「七郎様が私を見てないのは知ってます。なら刻みつけて振り向かせればいいんです。最後に私のモノに出来るなら――愛してくださるのなら、リンカはなんだって耐えてご覧に入れます。あの夜に、そう決めたんです」
クジャクは諦めたように溜息を吐く。言葉で退く覚悟ではない。それどころか例え今、髪で縛り上げラコウへ連れて帰ろうと、いずれは好いた男をまた絡めに走るだろう。
「――わかったよ、好きにしな。それに、あたしも旦那には言いたいことが山ほどあるしねぇ? このまま引き下がっちゃ女が廃るってもんだっ」
「はいっ、クジャク様!」
「(リンカって、もしかしてよ……アレか? かなりヤバめの女か?)」
「(う、うん……)」
「(ラコウの女っておっかねぇ)」
どうにも覚悟の重い“紅蓮”の母娘に、他2人は半歩後ずさって顔を見合わせる。
だがリンカの言葉がきっかけで、萎んでいた怒りに火が灯ったのも事実。
「ちっ、“悪徳嬢王”と呼ばれたアタシが、何を弱腰に怯えてんだか。おかげで目が覚めたぜっ。アタシだってこのままじゃ収まりがつかねぇ!! ……よっし、決めた。七郎にはアタシを騙した落し前をつけてもらわねぇとなっ? ツラ突き合わせて殴り飛ばして、言い訳を聞くのはその後だッ」
「能天気ねヴィトーラ。相手は空飛ぶ戦艦まで用意してるのよ? 聖剣クラスの攻撃力も無いのに、どうやって墨谷七郎の所までたどり着くつもり?」
伽藍の懸念どおり、墨谷七郎を追おうにも問題は山済みだ。移動方法に戦力……全てにおいて足りないものが多すぎる。
「ハン、嬢ちゃんは無理して付いてこなくていいんだぜ? 当の聖剣は“一輪挿し”が折っちまっただろうが」
「聖剣は時間が経てば、剣自体から湧く魔力で再生するっ。あの時は虚を突かれただけ。伽藍だって、このまま何もせずに居るつもりは無いッ」
「くっふふ、調子が出て来たな? さーて、そうと決まれば段取りを決めようぜ。七郎のヤツは今、ガッチガチに守りを固めた霊園山に居るんだろ?」
「でもこんな状況じゃ移動も――」
「 ガッハハハハ! 話は聞かせて貰ったぜぇ? 」
「「 !? 」」
いよいよ気炎を上げ始める美貌の魔剣士たちであるが、そこへさらに暑苦しい笑い声が覆いかぶさった。
少女らにとっては見上げる巨躯。人類の枠を飛び出した筋体が清々しく直立している。
「テメェ……ゴルドスっ!?」
「よう、悪徳嬢王。楽し気なこと企んでんじゃねぇか。もしかしたらおれが力になれるかもしれねぇぜぇ?」
ゴルドスはニンマリと歯を見せ、含みのある笑顔で愛用の戦斧を担ぎ直すのだった。
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