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【明けぬ獄夜に縋る糸】~少女の愛が届かない 異世界と繋がる人外暗躍復讐譚~  作者: 三十三太郎
4章ー明けぬ獄夜に縋る糸

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抱きしめる理由なんて


 「(――もう何を信じればいいか、わからない)」


 島の屋外は潮風(しおかぜ)によって、海の香りに満ちている。


 「黒騎士は仲間を見殺しにして……養父(とう)さんは義瑠土(ぎるど)も、何もかもを裏切った……」


 いまの帝天島(ていてんとう)には、島の中枢出力による障壁は存在しない。そもそも守りを固めた所で、こうして海に落とされているのだから、障壁など最初(ハナ)から無意味であったと言わざるを得ないだろう。


 「養父さんはどんな気持ちで伽藍(から)を…………墨谷七郎……あの人は霊園山で会った時から、ずっと嘘を?…………う、ぅ」


 (しろがね)伽藍(から)はぐるぐると回る考えを持て余し、ゲート施設の外へ逃げ出してきたが、不意に気分が悪くなり近くに壁にもたれ掛かる。


 「――嬢ちゃん」


 泣き出したい気持ちのまま(うずくま)ろうかと考えた矢先、覚えのある声に顔を上げた。


 「ヴィトーラ……」


 声の主はヴィトーラ。彼女も帝天島不時着からほぼ不眠不休で働き、自慢のスリットドレスが(ほこり)で汚れてしまっている。

 しかしそれよりも伽藍は、ヴィトーラに普段の快活さが失われている事で、先日の出来事が現実であるのを突きつけられる思いだ。


 「ひでぇ顔だな」

 「あなたこそ」


 女海賊の顔には、剣姫と(そろ)いの影が落ちくぼむ。


 「ハン……まあ、疲れてんのはお互い様ってワケだ。だがそこに来て【聖剣】サマとミスルム相手に(たく)を囲むなんざ、アタシだったら御免だぜ」

 「……見てたの?」

 「見てたっつうか……盗み聞きの相伴(しょうばん)にあずかったっつうか……ほら、こっちだ」


 盗み聞きの相伴(しょうばん)という訳の分からない説明に要領を得ない伽藍であるが、ヴィトーラに(うなが)され場所を変えた事により、ようやく合点(がてん)がいく。


 「ぐすっ……――」


 「リン……カ?」


 少しばかり歩いた先で伽藍が見たものは、昼に染み出した闇であった。


 「しちろうさま、しちろうさま……」


 この体育座りで(ひざ)を抱える漆黒が、人間であるとすぐに分かる者は少ないだろう。

 普段は頭の後ろで()われる黒髪が、持ち主の小柄な体躯を覆い隠す様に広がってる。明らかに元の髪量を凌駕する面積であるが、魔力により(いちじる)しく質量が増大しているのだ。


 まるで日差(ひざ)す日中に、(さび)しく(したた)り落ちた一滴の()み。


 髪と肌、両黒曜の中で、瞳の金色だけが(うる)む涙で(きら)めいている。


 「七郎……いやアイツが本当に七郎なのか、イマイチ自信無ぇけど……ともかくアイツが消えてからずっとこの調子でよ。なんか、操黒糸術をやたらめったらに広げて、島中の声を拾ってんだよ。んで、嬢ちゃんが居た”中”の声も聞いたみてぇでな。だいたいのあらましはリンカに喋ってもらったぜ。……鼻声で半分何言ってっかわかんなかったケドな」


 「ふぐうぅっ!」


 「おわっ、泣きながら怒んなよ」


 ラコウでも一際(ひときわ)深く美しい肌を持つ少女の陰気(いんき)は、穏やかな彼女の人となりを知る伽藍であっても恐怖を(もよお)した。

 しかし、それも一瞬の事。

 伽藍もリンカと同じ理由で心を重くし、泣きすする友達の隣へ腰を下ろす。顔に疲労を刻むヴィトーラも、(そば)の壁にもたれ()かり上を見上げる。


 「……リンカ」

 「ぐすっ、ふえぇッ」

 「いい加減泣き止んでよ……髪も仕舞ったほうがいい」

 「だって……ひぐっ、だって……どうすればいいかわからなかったんですッ」


 無差別な黒糸術の濫用(らんよう)を見て明らかであるが、想い人に置き去りにされたリンカの落胆は深い。だがそれ以上に少女は、魔髪(まがみ)により知る真実に打ちのめされているのだ。


 「七郎様がどこへ行かれたか知りたくて、探ってたら……ひどい……七郎様を裏切って刺したなんて! お友達全員を亡くされて、それでも人を守ろうとされていたのにっ……」


 黒く艶やかな細指が、リンカの着る学園の制服にシワを作る。


 「一緒に頑張ってた真理愛(まりあ)って子を、最後まで守ろうとされていたのに……! 私、ずっと知りたかったんですっ。初めてお会いした時、七郎様は私を真理愛(まりあ)って呼びました。私を誰か違う子と重ねてるんだって、すごく悲しかったんです! でも、こんな――……」


 「顔が似てんのかは知らねぇが、アイツの見る景色にはずっと10年前の地獄がこびり付いてたんだろうぜ。……偉大な勇気セギンでさえ帰らなかったアウズンブラの腹の中でよ、アイツの魂は殺されちまってたんだ。じゃなきゃヒトが、あんな姿にまで堕ちるかよ」


 「伽藍(から)はあのシルヴィアって人に霊園山で会った事がある。今まで記憶が薄れてたのは、たぶんあの人の魔法だと思う。七郎と2人でこんな事を(たくら)んでたなんて……。“白旗”はあの山で、誰かを蘇らせようとしてる」


 「デカさといい密度と言い……ヤツらの術式は相当イカれてやがる。完全な死者蘇生ってのも、あながち馬鹿に出来ねぇぞ、ありゃ」


 「…………」


 ここで、伽藍を始めとする少女らの会話が途切れる。唯一リンカの鼻をすする声だけが()にあった。

 もれなく全員が思い浮かべるのは、この一年の間で刻まれた墨谷七郎との記憶。

 霊園山での出会い。

 自身を救う優しい笑顔。

 懐かしい風を(まと)った勇姿。

 どれもが男の裏切りを否定したくなる思い出だ。心の整理がつかない。


 だが、そんな彼女達の心痛(しんつう)を和らげる新たな声がある。


 「いかにも途方(とほう)に暮れてるって顔だねぇ」


 「 ! クジャク様……」


 「探したよリンカ。操黒糸術の才能がありすぎるのも考え物かね。辿(たど)る糸が多すぎて迷うなんて」


 3人の前に現れた(くれない)天女(てんにょ)は、(あか)い着物衣装から白い足が覗くのも構わずに歩みを進め、気負うこと無くリンカの隣へ腰を下ろす。


 「ほらリンカ、おいで」

 「え、ぁ」


 そうしてクジャクは、涙を流す娘を自らの胸へ抱き込んだのだ。


 「おーよしよし。ったく、旦那も無体(むたい)な事をする。かわいい娘をこんなに泣かせるなんてね」


 「あああ、あの、クジャク様っ?」


 「すまなかったよ。あたしが旦那を引き留めるべきだったんだろうけど、あのトンデモない剣士を前に下手は打てなかった。あの域の剣士は糸使いの天敵だね」


 「……養父(とう)さんが、ごめんなさい」


 「動けなかったのはアンタだけじゃねぇよ紅天女。誰もかれも奴らに圧倒されて動けなかった。まさかナーヴニルの野郎まで仕留めちまうとはなぁ」


 伽藍とヴィトーラも、自身の不甲斐なさを責め謝罪を口にする。するとクジャクは、リンカをさらに腹のあたりへ密着させながら、今度は両手を他の2人へ伸ばす様に広げた。


 「ほら、アンタ達もこっちに来な。遠慮はいりませんよ」


 「え?」

 「ああ? 何言ってやが――」


 2人の困惑は、身体を引き寄せる“赤い糸”によって途切れ消される。気づけば少女3人、仲良くクジャクに抱き込まれていた。


 「伽藍に悪徳嬢王(あくとくじょうおう)……もうまどろっこしいからヴィトーラでいいかい? 2人とも娘と仲良くしてくれて感謝しますよ」


 「オイ、テメ――」


 「でもねぇ……忘れてるみたいだけど、アンタらは揃ってまだ子供なんだ。それが悪い男に(だま)されたとなりゃあ、いっくら泣いても恥ずかし事はありゃしませんよ」


 「伽藍は、泣いてなんか――っ」


 「ふ……ふえ˝えええっ」


 「っ、リンカ……」


 クジャクの優しい言葉と温もりに、(こら)え切れなくなったリンカが再び泣き出す。不思議な事に、つられて他2人の目にも涙が浮かんでいた。


 「――クソッ。アタシの礼の気持ちは、七郎には届いてなかったのかなぁ……? 槍とスキルークをアタシに返してくれた時のアイツの笑顔は、嘘だったのか?」


 「やっと、本当の魔導隊に追いついたと思ったのに……伽藍の正義の剣が、やっとあの人に届いたんだって、嬉しかったのにっ」


 「私……知ってたんですっ……七郎様は、あのお姿の下に何かを隠してるって! それでもいいって思ってたのにっ。お慕いしていたのにっ。……怖かったんです。七郎様が笑って島を落とすのをみて、ただ震える事しかできなかったぁ!」


 それは、嘘偽りのない悲哀だった。裏切りへの慟哭だった。

 少女3人は、世界を襲った運命の分岐点を後にして、ようやく心の傷を吐き出すに至る。


 元より知らない、もしくは失って久しい母性に(うなが)され、貯め込んだ苦しい思いを吐き出せたのだ。


 「(こんなに健気な()達を泣かせるなんてねぇ)」


 クジャクにとってリンカは、血がつながらないだけの大事な娘。そしてリンカを想う年近い少女らは、既に娘と等しい存在。

 彼女達の心を案じ、抱きしめてやる事になんの戸惑いがあろうか。


 「(まったく……――恨みますよ、旦那)」

 

 クジャクは娘を傷つけた男に、恩人とはいえ恨み言を吐かずにはいられない。

 (あで)やかな炎揺らめく母の抱擁は、少女らのすすり声が()むまで続けられた。


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