蓮の妄念(8)
結庚町は、夜を迎えたと言えど時刻は宵の入りといったところで、普段であれば建物家々の明かりが煌々と輝いている。
しかし住人が避難しきった町に光は乏しい。そんな闇夜の中では、町を横断する帯状の人工光源がとても目立ち、夜に戦う人々へ守るべき場所を伝えてくれる。
「……ありえん」
光源の正体は霊園山を包囲する防衛線。特に照明光の集まる防衛線指令室には現在、明色照明を陰らす程の殺伐とした空気が漂っていた。
「現在聖剣を以てして、滅せない魔物だと……? っ、こうなれば、最大出力であの山ごと消し飛ばすしか――」
「お、おちついてメセル。あなたの強さは理解した。あの魔物の再生力が異常なだけよ」
「く……伽藍にワタシの戦いを見せるハズが……。100年以上生きてきて、ようやく出会えた聖剣適合者の前で――、屈辱だ」
「(メセルって初めは冷たい印象だったけど、本当は感情が表にでやすいタイプなのね……。カロねぇさまってヒトも、メセルのこういうところが可愛かったのかも)」
「くふふふふ! 星譚至天もザマァねぇなっ」
「ヴィトーラッ、あなたはサボってただけじゃない!」
ヴィトーラは、机に肘を置いて項垂れるメセルキュリアを嘲笑う。【聖剣】も忸怩たる思いで自信の不甲斐なさに臍を嚙むばかり。
伽藍が反論鋭く庇うも、霊園山の異形達を相手に成果を挙げられなかった事は同じだ。
共に異形を迎え撃った“あかいくつ”灯塚裕理も、スーツのシワを気にせず疲労感一杯に椅子にもたれ掛かる。
「いくら蹴っても痛みを感じて無いみたいに立ち上がる。砕いても再生し、燃やしても効果は一時的……ここまでの不死性を持つ魔物は初めて見ます。そもそもアレは不死者なのですか?」
「墨谷七郎は、“神”と言っていたけど……」
「神?……大仰だけど否定できませんね。しかし私達日本人にとっては【聖剣】の威力も神に近い物に思えます。凄かったですよ伽藍、こんなにすぐ私を追い越してしまうなんて……」
裕理も霊園山に登り、自慢の蹴りで何百もの呪腕を破壊した。しかし蹴りを叩きこむごとに呪いによる痛みが神経を犯す。
吐き気に頭痛、果ては誰の物かも分からない記憶が幻覚として現れ、最後には戦うどころではなくなっていた。
「特に巨大な蛇型、犬型、鳥型の3匹も、殆どメセルキュリアさんや藤堂さんが相手取っていましたから、不甲斐ないのは私の方……魔導隊失格ですね」
「裕理さんが落ち込む必要ない。とにかくあの魔物が異常すぎるだけ」
「ワタシも傍で見ていたが、藤堂領の剣技は驚愕に値する。宿す魔力は多くないように感じたが、卓越した剣技だけでワタシに迫るチカラを示すとはな……ウィレミニアであれば金冠級の称号などすぐに得るだろう。もしかしたら“白星級”に届くやもしれん」
「藤堂さんを褒めていただけるのなら悪い気はしませんね。あの方は、栄誉を捨て剣のみに全てを捧げていて……私たち魔導隊の人間も初め距離を感じていました。剣への没頭は伽藍を養子に迎えてからも――……ですが、ここ数年で少し変わったかも……」
裕理は記憶を辿りながら伽藍の顔を見つめる。藤堂に変化をもたらした鍵は伽藍だったのではと彼女は考えているのだ。
「物静かですがどこまでも冷徹、剣を振るえば断ち切れぬ物は無い。機械のような人だと思った事もあります。でも伽藍が烈剣姫の二つ名を得る頃に、なんというか……人間味を取り戻したように思えて。きっと伽藍の成長が、藤堂さんにも良い影響を与えたのでは、と」
「その養父さんは?」
「あの凄腕剣士なら、山の火が届かない場所でまだ戦ってるみたいだぜ?」
指令室とされた軍用テントの布をヴィトーラがめくる。するとメセルキュリアらの視界はオレンジと白に染められた。
激しく燃え盛る霊園山が、夜を昼間のような明るさに変えている。熱や火の粉が結庚町に届かないのが不思議である。
「現実離れした光景です。霊園山迷宮にまさかこの規模の備えがあったとは……」
裕理は山を包む炎とは裏腹に背筋が寒くなる思いだ。今まで国の管理のもと比較的安定していた迷宮が、世界を脅かす超危険物へと姿を変えたのだから。
「ここを10年守り続けていた義瑠土員達こそ真の英雄ですね。我々は迷宮を甘く見過ぎていた……ここは、ヒトに御せる資源などでは無かった」
山は呪いと共に燃え続ける。しかし炎の揺らめきの中に踊る数多の呪腕は健在。
頻繁に魔犬の王や怪鳥の叫びが轟き、義瑠土員達の精神をかき乱すが、藤堂領やメセルキュリアをはじめとする実力者が交代で斬り伏せる事により山からの侵攻は防げている。
「備えとしては、いささか常軌を逸した規模だがな……さて、藤堂領に任せきりというわけにはいかない。ワタシも戦場に戻ろう。伽藍は聖剣に魔力が満ちるまで、もうしばらく休息を取るといい」
「むぅ……行きたいけど仕方ない……」
「アタシもそろそろ山際の野焼きに加わるか。陸に上がった海賊の怖さを、あの妙な魔物に教え込んでやらぁ!」
「――メセルキュリアさん」
メセルキュリアとヴィトーラがテントを出ようとした矢先、裕理がメセルキュリアを呼び止める。
「うん? なんだ灯塚裕理」
「伽藍の面倒を見てくれた事は感謝します。しかし……伽藍のお姉ちゃん(自称)は私です。そこを譲るつもりは無い」
「ほう……?」
「何を言ってるの裕理さんッ?」
「ワタシの妹(虚偽)だが?」
「メセル!?」
「お、嬢ちゃんがモテてやがる」
伽藍を巡る妙な三角関係は、数分言い争ったあげく決着はつかなかった。
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伽藍の真の姉はどちらか。どちらが勝利しても、家族を騙る不審者が生まれるだけの不毛な言い争いを切り上げ、頭を臨戦態勢に切り替えたメセルキュリアが戦場へと歩む。
「(この火は、何時間燃え続けるのか……いったいどれほどの魔力を消費してる?)」
異形の魔物どもを押しとどめているのは、山肌を焼き続ける火の効果で間違いない。
聖剣で消し飛ばしてなお、ゼロから肉体を再生し直す魔物など初めて遭遇した。悔しいが、ワタシは戦線の維持に貢献できていない。
では誰の功績か?
「あの男か――」
――この……メーター?……とはどのような?
――これは魔力の残量。こっちが温度表示
やはり、あの男から目を離さぬべきだ。ワタシの勘がそう告げている。
濃い瘴気を前にするにしては長閑な会話。声は男と少女の物。ニホンでよく見るキカイで造られた道具について話しているようだ。
ラコウ人特有の……むしろラコウ人にしても深い闇色の肌に、金色の瞳孔を光らせる少女が、隣り合う男を楽し気に見つめる。
眼前の災害など目に入っていないかのように。
対し男は、少女の頭を撫でつつ視線を燃える山から外さない。
「多少、他人より長く生きた女として助言しよう。その男はやめておけ」
ワタシの言葉に、初めて2人は振り返る。
背にする炎より激しい情念を宿す金の瞳。
底知れない何かを秘めた暗黒の瞳。
2対の瞳に射抜かれたワタシの背に、久しく感じていない寒気が走った。
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