蓮の妄念(5)
異変の先ぶれは…………あった。外でなく私の中で。
日に日に声は大きくなる。私の物でない声が、私の心をなぞる様に叫ぶのです。
同じでした。声が叫ぶ寂しさも、憎しみも、私が魂に刻むモノと同じ。全て手に取るように共感できる。
何度言葉を返してしまいそうになったか。
しかし耐えなければ。己を見失ってはいけない。“彼女“の呼び声に応えてはいけない。
私達の願いの果ては、もうすぐそこなのです。
聖騎士の皆様の献身に報い、七郎と共に奪われた運命を取り戻すまで、私は愛と復讐に身を焦がすを耐えなければ――……。
赤ん坊の泣声。
「 はぁい、泣かないで――……………… ぁ 」
手に我が子の重みは無い。突きつけられた狂おしい寂寥が、魔力の守りに空白を生む。抗呪の術式が綻んで、小さな小さな穴が開く。
私は、我が子の声と“彼女”の思い出を履き違えた。
呪いの千手が、魂に触れる。
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手塊の怪物達の多くは墓地区画から形を成し始め、彷徨うように華瓶街や霊園山の麓を目指し動き回っていた。
「人間を模している――いいや、元の身体が懐かしいのかっ」
大怨霊も基は人間、悲痛に死した女、不死者のはしくれ。脳が無くとも、心が求めるものは痛いほど理解できる。
誰かに縋りつく腕がほしい。誰かに歩み寄る足がほしいのだ。
「(でもお前の腕は……っ)」
――Hiィ ィィ イい いい いいいいッ!!
「魔物達がこちらに気づきました!」
動きを察知したのは俊敏に駆けるリンカ。
手が蠢き溶けた様な肌を晒す異形達が、斜面を駆け上る俺達に気づき絶叫を上げた。
走り寄ってくる動きは狂人そのもの。両手を振り回し、手を寄せ集めて作った爪を振るう。
「お前は腕は、何もかもを呪うだけだ!!」
俺は虎郎剣で、異形の群れを横薙ぎに斬り払った。放出される斬波は、千手混濁の異形達を正しく肉塊へと還す。
ヴィトーラやリンカは一瞬で生み出された惨状に目を見張る。
「やるじゃねぇか七郎!」
「詠唱も無しに大魔法と変わらない威力を……やっぱりすごいです!」
「負けてられない。聖剣、抜刀ーッ」
続いて銀伽藍の聖剣が閃けば、光線の見た目をした魔力が、広く異形達を上半身と下半身に切り分ける。
破壊では無く切断、断面の美しい両断が広範囲の怪物を斬り割った。
「どう!? 伽藍の剣は、前の霊園山の時とは――」
剣技によって放たれた光の斬撃に隙は無く、魔力の消費は剣自体が担う。見れば見る程反則じみた攻撃だ。
「(だけど観察している暇は無い)」
烈剣姫が開いた道を通り、とにかく剣を振るい前へ進む。どんどんと少女達から距離が離れていった。
「ってちゃんと見ろーー! 置いてくなーー!」
あまりにも素っ気ない七郎の態度に、伽藍は悔しさと寂しさをない交ぜにしながら後を追おうとした。
だがヴィトーラが冷静に待ったをかける。
「焦んなよ嬢ちゃんッ、バケモノがもの凄ぇスピードで湧いてきてやがるっ。深追いすると囲まれるぞ!」
「それだけじゃありません。魔物が倒した傍から次々再生してるんですっ」
リンカの叫びどおり、手塊の異形は烈剣姫の攻撃を嘲笑うように復活を遂げていた。全ての異形の切断面が‘どぷり’と泡だったかと思いきや、白い腕が浮かび上がって生えてくる。
腕は互いを繋ぎ合わせ体を元の形に……ともすれば切断前より醜悪な様相で甦った。
これではいくら倒してもきりが無い。
「そ、そんな……ぅ……肉が盛り上げって、どんどんくっついてる……っ」
「あーいう不死の類には七郎の言った通り、火が効くって相場が決まってる! いくぜ【燦炎燐】ッ」
業火を秘めた炎の鱗が宙に散る。素早く飛んだ小さな火は、異形に触れると数百倍の大きさに燃え上がり瞬く間に軍勢を燃やした。
確かに、燃え苦しむ異形達に瞬時の再生は無い。しかし完全消滅とはいかないのも明らかである。前に進むには急ぐ必要があるだろう。
「よっしゃグズグズしてらんねぇっ、七郎に追いつくぞ!」
ヴィトーラは意気揚々と振り向くが、後ろに控えていたリンカの返事は無い。かわりに聞こえたのは震える吐息。
「――ぅ? ッ、ぃや」
「リンカ!?」
「どうしたのリンカッ?」
ヴィトーラと伽藍が駆け寄る先で、リンカは膝を着き息を荒げている。頬から顎にかけて汗が滴り、闇肌を艶めかせるほどに顔が赤らんでいた。
ラコウの着物から火照った肌が覗き、切なげにすり合わされる両足から苦悶が伝わる。
「わ、わか、りませ……お手伝いしようとッ、髪を広げたら――くぅ!」
「――直接触れるなってことは……っ、髪で触れただけても影響があるの!?」
「何だッ、毒かッ?」
「違うと思う。伽藍も前の大狂行で味わされた。黒い水に触れた時の――」
――大丈夫か!?
――ケガしたなら下がってッ、わたしたちが時間を稼ぐ
――怪物を近づかせるなっ、いけっ【火燃弾】!
尋常でないラコウ人少女の様子に、七郎に追従していた義瑠土員が助け舟を出す。彼らはなにより大切な目的のために動くも、目の前で苦しむ人間を見捨てるほどに墜ちてはいない。
そんな善心を捨てられない人間だからこそ、“白旗”の声が掛かったのだ。
「七郎様、の、前で……足手まといに、なるわけには……っ」
「いいから一旦下がるぞっ、挽回は回復してからでも遅くねぇ!」
リンカは歯噛みしながらヴィトーラの手を借りて立ち上がる。顔を上げ、墓地区画の遥か上に見るのは、七郎が放ったと思われる黒い斬撃と熱砲弾。
「(七郎様……ッ、まだ何もお役に立てていないのに!)」
リンカにとって不運であったのは、大怨霊の持つ性質との相性。
肉体そのものを術の媒介とする操黒糸術は、世界を呪いで浸さんとする怨霊には都合の良い繋がりとなる。
まして、リンカは女。年齢はともかく、恋焦がれるを知る女なのだ。“彼女”にとっては格好の標的。
「(どうしてっ? こんなに苦しいのに、お腹の下がヘンに熱くて……! 誰かの声が聞こえる――、誰ですか? この流れ込んでくる記憶は誰のものですかッ?)」
魂を掻きむしられる苦痛と、知るには早すぎる肉欲の灼熱……呻く少女の吐息が引き金になったのか。
それとも、肉のカラダを削る男への恐怖がそうさせたのだろうか?
―― AAァ……オ
霊園山迷宮の主は、まるで生まれたての幼子のように、自らに出来る事を確かめ始めた。
手に入れた“最上の依り代”の思考を奪い、神としての権能を覚醒させる。
―― オ オ iぃ DEぇぇぇeeeeeeeッ ! !
異形達が一斉に絶叫する。これは山全体の震えに等しい。山中に居る少女達だけでなく、麓で防衛戦を張る義瑠土員をも戦慄させる声だ。
地鳴りとするにはあまりにも生々しい音階であり、誰もが女の絶叫であると理解する。
「うぐ!?」
「な、なんだッ? カラダが引っ張られやがるッ」
「体を、何かが通り過ぎて――まるで吸われてるみたいです!」
伽藍やヴィトーラをはじめ、急な熱感から解放されたリンカも、絶叫と共に襲い来る妙な感覚に悪寒を感じた。
―― あぎいい!?
―― いやあああッわたしを覗かないでぇ!
それは義瑠土員達もまた同様。
例えるなら、冷たい泥水を浴びせかけられた不快感から始まり、次いで自分自身の‘中身’を舐られながら抜き取られる感覚。覗き見られたという確信。
‘中身’とは腸だけに留まらず、記憶や心といった不定形の範囲も当てはまる。
形容しがたい不吉な現象であった。
「……?……静かに、なりやがった……」
異形達も静止する、束の間の静寂。しかし異変は直に起こった。
―― ア HA ッ
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