蓮の妄念(2)
場面は伽藍達が結庚町に到着する前日にさかのぼる。
墨谷七郎は帝海都魔法学島から疾走と跳躍を繰り返し、緊急事態を発した当日の日没後には霊園山に到着していた。
――義瑠土員は一般人の避難を最優先に!
――いったい何が起こったっていうの!?
――わかりません、急に全域避難の指示が出て……
夜間であるが、霊園山は緊急的に人々の避難誘導を開始。以前の大狂行とは異なり、魔物による侵攻が無いぶん山内の混乱は幾分かマシだ。
避難や義瑠土登録者の移動を助ける為、”北星号”もフル稼働で線路を往復している。
「よかった……華瓶街の避難はおおむね問題無さそうだ」
霊園山が大怨霊の手中に墜ちる最悪はまだ訪れていない。つまり中枢の完全陥落は免れているということ。
「(シルヴィアは無事なのかっ? どうか生きていてくれッ)」
すぐにでも中枢へ乗り込みたい気持ちを押さえ、義瑠土の混乱に乗じ回線を繋げる。
“白旗“の危機とはいえ単騎で異界内部に突入するわけにはいかない。シルヴィアとすり替わった……または支配した者の正体が予想できるからだ。
”彼女”をおいて他にない。
しかし解せない事も多い。彼女は存在こそ無量大数と言えど、あくまで負の感情を源にする魔力炉。呪い、恨み、嫉妬、暴力的な母性を司る全ての権能は、シルヴィアの術式で山中異界の奥のまた最奥に隔離できていた。
いったいどうやってシルヴィアが手掛ける封印を破った?
アレは彼女の決して叶わぬ願い……我が子の回帰を望みながら、我が子すら殺す矛盾――救いの無い自縄自縛を利用した永劫迷停の術式。
無限の魔力をもってしても、出来て残穢の漏洩程度。封印の破壊自体は不可能な作りにしたはず!
≪ ――七郎ッ? 帰ってきてくれたか! ≫
「!!」
電話口から見知った声がする。応答したのは聖堂神聖騎士のひとり。
「無事か!? 怪我はッ? 何があったっ?」
ひとまず同胞の無事に安堵するも、続く彼の言葉は状況の深刻さを物語る。
≪ お前の連絡から間を置かず、シスターシルヴィアから恐ろしい量の魔力が溢れ出したっ。明らかに普段のシスターではない! 突然苦しみ出し、かと思えば凄まじい精度の魔法を駆使し、成す術無く…… ≫
聖堂神聖騎士を追い立てる程の魔法を使うということは、やはりシルヴィア本人。すり替わりではない。
≪ しかしシスターは自ら魔力を押さえ、破壊衝動に抗っている。証拠に我らは誰一人欠けていない。魔法を振るいながらも、我らに’ヘイロニアへ逃げよ’とおっしゃられた。今はかねてより用意のあったヘイロニアの防呪システムで籠城中だが……外の呪詛は濃くなるばかりだ ≫
「転生試験体の皆はっ?」
≪ 怯えているが無事だっ――……ぐ、通信が――七郎ッ、この呪詛は迷宮核でなくシスターから溢…いる。迷宮核に依り代として利用されている..だっ。最後にシスター...、お前を信じていると――……お前なら罪なき人々を呪詛から遠ざけ――……≫
“ 私を、救いに来てくださると信じて――耐えてみせます ”
≪ 我らはヘイロニアを守る! 七郎ッ、どうか我らが聖女を――… ≫
ついに通信が途絶えた。中枢の魔力濃度が回線の防護を上回ったのだろう。
「……そうか……そういうことかッ!」
シルヴィアが迷宮核の依り代にされた。コレが伝える事実はひとつ。
「シルヴィアへの浸食に意識を注いで一点突破したのかッ。封印を破壊せず、術者を犯す為の接続点にした! 全てを隔てなく憎む怨霊が、シルヴィアだけを区別して攻撃を――……知性を持った……!」
彼女が得た想定外の成長に、一瞬呆然自失となる。しかし時間を無駄にしている暇は無い。こうしている間にもシルヴィアの限界は近づいているのだ。
霊園山が沈まないのは、未だシルヴィアが浸食に耐え、澱みの完全な降臨を防いでいるからに他ならない。
急がなければ。避難を終わらせ準備を整えなければ。
自分達の罪そのもの――自業が生む偽りの神と対峙し、滅する時が来た。
でなければシルヴィアは救えない。真なる悪は己なのだとしても。
神を造り、神を利用してまで成し遂げようとした俺達の願い……掛け替えのない共犯者シルヴィアをここまで来て失うことなど、あってたまるか!!
そうして踵を返した俺はシルヴィアを信じ一昼夜、霊園山と結庚町の避難に尽力する。
…………。
「七郎様?」
たった一夜と半日……されど澱みの決壊に怯え、緊張が濃くなるばかりの時間経過。
魔法学島から連続した不測の事態による精神的疲労を、真理愛の面影を宿すリンカが押し込めてくれた。
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