音もなく染みは滲んで
魔戦大会から一夜明け、熱気冷めやらぬ島の午後。
朝も昼も夕暮れも、俺の頭は夜にしか感じてくれないが、時計を見ればまだ陽が出ている時間だと分かる。
――00101101010101..
「……ありがとう」
路地を縫いながら島に放った【人工魔・逆柱】の機体に触れ、魔力信号による報告を受ける。
振動や暗号音声に近い独自の言語を読み解けば〔異常無し。予定通り継続待機〕の文章に組み替えることが出来た。
イレギュラーが無いのは喜ばしい。これも魔法学園にいる協力者達の献身があってこそ。彼らは優秀であり、これ以上ない程に俺達の“成果”を心待ちにしてくれている。
「(そう、彼等の仕事は完璧だ。……問題があるのは俺……シルヴィアに何て説明しよう……)」
誰も居ない海辺の公園に辿り着いたところで、俺は盛大に頭を抱えた。
気分は叱責に怯える子供。怒られる理由など胸に手を当てずとも湧き出すように浮かぶ。
「(魔導外殻の使用に魔戦大会への出場、極めつけは白旗を嗅ぎまわっていた論亜ウィズダムに“明”を譲り渡した)」
遠い水平線を眺めて現実逃避気味に黄昏る。しかしこんな事をしていても、俺の行動は無かったことにならない。
鋼城やノルン神教に抱くわだかまり、セギンの娘シーリーンへの罪滅ぼし……璃音の忠告に込められた願い。
“――覚悟を決めて、君にまとわりつく過去の鎖は精算しておくべきだとも。未練なんていう塵芥は、愚直に進むしかない凡人の君には重い足かせになるだろうから”
「(確かに心は軽くなったよ、璃音)」
鋼城への憎しみは、捨てきれないまでも置いておく。
シーリーンには槍を返し、スキルークが彼女の手に渡るよう手配した。獣牙種自治区への道のりも示す事が出来た。
……論亜ウィズダムの事は予想してなかったな。璃音め、いつ気づくかと影でニヤニヤしていたに違いない。でも、璃音の言葉と思いを伝えることは出来た……後悔はしていない。
「ん……どこに仕舞ったかな?」
自身の影に手を差し入れて中を探る。
“明”が影収納に居ないせいで、内容物を取り出すのにとても苦労するようになった。中身を整理して減らさなければ。
これじゃあ戦闘時に武器を出せず隙だらけになる。
「お、あった」
目当てのモノを探り当てた。取り出したのは黒電話の形をした、霊園山中枢への秘匿直通回線発信機。
無論物理的な電話回線など存在しないが、シルヴィアお手製の魔術式が距離を超えて俺達の声を繋ぐ。
隠蔽や完治妨害、逆探知対策も折り紙付き(らしい)。白旗構成員以外にコレの存在を知る者は皆無だ。
受話器を取って数秒――呼び出し音の後に回線が開く。
「もしも――」
≪ はぁい! お電話お持ちしていましたよぉ ≫
俺の言葉へ被さるように、シルヴィアの嬉々とした声が電話口に聞こえた。
・
・
・
≪ お話は分かりました。随 分 と 魔法学島への遠出を楽しまれたようですねぇ? ≫
「……」
俺は直近で起こった事の次第を説明する。
シルヴィアの相槌にやや含みを感じるも、全て俺が悪いので致し方ない。ヘタをすれば“白旗”の存在や計画を暴かれかねない行動だった。
「特に“明”を渡したことが危険なのは分かってる。言い訳はしない。俺は友達の遺した想いを無視できなかった……シルヴィアが必死に築いてくれた情報封鎖に綻びを作ったんだ」
≪ 私達ですよ、七郎。“白旗”を作り上げたのは私だけのチカラだけでなく、神聖騎士の皆様や志を同じくする同士……そして、なにより貴方の献身が掛け替えのない支えとなったのです。貴方自身の功績を卑下なさらないで。――亡き友を想っての決断に、私は異を唱えません ≫
シルヴィアの優しく真心の籠った言葉が耳を撫でる。それだけで心が息を吹き返したような気持ちになった。
≪ それに“明”の損失は、確かに七郎の戦術に制限を生むでしょうが……白旗内部の情報が外へ漏れる事態にはなり得ません。“明”は記録や入力を元にした命令でなく、機体自身の状況判断で指示に従っていたのです。私達の行いを立証する証拠は、初めから機体の中に残っていないのですよぉ ≫
シルヴィアの言う通りではあるが……”明”を手にしたのは璃音の才を継ぐ妹だ。彼女であれば、俺の想像もつかないヒントから全てを暴きかねない気がする。
兄の痕跡を追う目的は果たしたのだろうが、油断は出来ない。
≪ ――いよいよ待ちに待った刻がやってきます ≫
凛とした宣言に背筋が伸びる。彼女の言葉に実感が湧いた。
心配な事も多いが、俺達の計画が晴れて終盤を迎えることも事実。
魂を賭して待ち望んだ再会――、その一歩目を踏み出す瞬間が近づいているのだ。これ以上に心躍る事があるだろうか!
≪ 真竜アイテールルの目覚めも予測通り、魔法学島への準備も完了致しました……“翼”と“術式”も、あとは始まりの声を待つのみです……っ ≫
「ああ……ああッ、そうだなシルヴィア! ついに、君も……!」
電話口からシルヴィアの興奮が手に取るように分かる。今頃満面の笑顔で踊り出さんばかりなのだろう。
彼女の喜びが自分の事のように嬉しく思える。
≪ ええ、ええ! 私の愛しい子っ、私の光! おかあさんが、アナタを世界から奪い返してあげますからねぇぇッ ≫
「真理愛の光を――あの子の魂を、必ず世界に取り戻す」
俺も、シルヴィアと同じくらいに強く願う。
10年経っても真理愛の存在は未だに俺の救い。贖わなければいけない後悔なのだ。
取り戻せたのなら……許しを請おう。守れなかった俺にもう一度チャンスが欲しい。
それこそが、理不尽に奪われた仲間との朝に繋がるのだから!
≪ あははははははははッ。ああ、はやく顔がみたい! 今からあの子が好きな物を揃えておきませんとっ。お花のご本に、ひろいひろい外で食べるお弁当っ。全部ですっ、私のむすこが奪われたモノ全て! ≫
………………………………………………?
≪ 七郎はこのまま魔法学島で準備をっ。でもお使いも頼まれていただけませんか? あの子の為に買いたいものがたくさんあるのに、霊園山では難しくて―― ≫
シルヴィアの楽し気な声に反し、俺の心と思考は混乱に塗りつぶされていく。
「6番」
≪ ……ハイ? ≫
つい、なぞった記憶を声にこぼしてしまう程に。
「お弁当……外で……思い出の場所で家族とお弁当を食べたがってるのは、転生試験体6番の竜之進くんだ」
≪ …… ≫
ピクニックの記憶は、享年7歳の少年の思い出。
徐々に頭が混乱から醒め始め、背筋が氷のように冷えていく。
ありえない、不可能なハズだ。
「花の絵本が好きなのは3番の千恵奈ちゃん……何故、他でもない君が間違える。自分の子とあの子達との記憶が混ざってる」
転生試験体の子らは死から目覚め、ヘイロニア内の保護室で家族やシルヴィアに愛されながら進化の時を待っている。俺でも手を焼く、元気いっぱいの屍鬼たちだ。
嫌な予感がする。予感を通り越して確信するしかない。
浮き沈みの激しい彼女であるが、あの人は誰よりも子供を想う慈悲深い女性。例え他者の子であろうと、その慈愛と聡明な母性を遠慮なく与える人なのだ。
なのに、あろうことか、他でもない彼女が――
「それに…………子供は娘だろう」
絶対に間違えるはずの無いことを間違えた。
「 お前誰だ? 」
≪ あha あ あ あぁ ぁぁあああああああああああああ バレちゃッタアaaaaaaaaaaaaaッ!!≫
間違いなくシルヴィアの声で発せられる狂った嬌声。
描いていた最悪の状況が現実味を帯びる。
「墨谷七郎っ」 「七郎様!」 「七郎――」
悍ましい魔力と寒気のせいで麻痺していた耳が、ようやく3人分の駆け寄る気配を拾った。
反射で振り向くが、意識は全て回線先の嘲笑に捕らえられている。
次の瞬間、頭蓋の内外を殴打するのは、腐臭を伴う強力な呪い。
「ぐ、ぅッ!?」
「七郎様ぁッ、ああこんなに血がッ」
「何がおきたのッ? あなたが倒れるなんて!?」
「大丈夫かよ!? クソっ、コレが原因かッ」
シーリーンは呪いの魔力を垂れ流し続ける受話器を踏み砕いた。
烈剣姫とリンカ、シーリーンの3人がなぜ此処に居たのかは分からない。
だがそれどころではないッ。
顔じゅうから黒い血が滴る不快感を無視し、俺はありったけの力で空に激情を吐き出す。
「 や 、 や ら れ た あぁぁぁぁぁぁ!? 霊園山を奪われたああああ ! ! 」
響く叫びは、男を案じる少女達を置き去りにして暮空へと溶けていった。
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