土と血に沈む恨みこそ(1)
「……聖剣を敵に回す事がどういうことか、わかっているのか。犯罪者の手駒をわざわざ調達するのは……襲撃はエルフの総意ではないのだな。ミスルム……あなたの独断か」
カロリーナは辛うじて言葉を絞り出す。
耐えなければならないのだ。両腕の痛みにも、裏切られた哀しみにも負けず、聖剣遣いとして誇り高く振る舞わなければならない。
「(いまは、ただ――)」
「時間を稼ぐ。隙を見出す。……全て無駄と知りなさい」
「っ」
「聖剣の威を盾になど、あなたらしくも無く……演じるのであれば、普段からの印象操作が重要ですよカロリーナ殿」
「お、連れてきただか。生きてんのが驚きだぁ……ほれっ」
バーダックと同じ重犯罪者数人が、カロリーナの前へボロボロになった鎧を重そうに投げる。
鎧からは荒い呼吸とうめき声が漏れていた。
「何人殺られただ?」
「6人だクソが。兵隊共と紛れ込んだオレら……どっちも魔物に見えるようにして、区別出来ねぇハズだろ!? こんなん聞いてねぇぞっっ」
「エルフの“惑わし”は破られてねぇ。仲間を斬ってでも、カロリーナを助けるつもりだったべな」
「カロリーナさ、ま……もうし、わけ……。おのれキサマらぁ……ワシにっ……兵を、斬らせ、おってぇぇ……!」
「――爺や」
「天晴な覚悟だが、結末は定まった。カロリーナ殿も、潔く運命を受け入れてくれるとありがたい」
ミスルムが伝えた通り、カロリーナの兵に状況を打破できる力は無い。
虫の息の副長、泥を硬化させた土に半ば生き埋めの師団。
しかしカロリーナ自身には、まだ逆転の一手がある。湧き出す魔力が刀身を満たし、ようやく【彗天聖剣】を放つ準備が整ったのだ。
「……意図が伝わっていないようですね? これだから政治を介さない人種は……。反抗すれば其方の大切な者達を、全て、今すぐに、処分すると申し上げています」
聖剣の輝きが萎み、カロリーナの動きが止まる。
「以前のカロリーナ殿であれば、そこから問答無用で妾を斬る事も出来たでしょうに……。世界を救った代償に最美の剣技を奪われ、戦うには聖剣の魔力に頼るほかない」
「……」
「妾は感謝していたのですよ。世界を蹂躙せんとした魔王は討たれ、妾達エルフの守る世界はこれからも繁栄を続ける。だからこそウィレミニアの象徴と言える武力を失い、世界の調和に不要となった其方へ、最後の役割を与えてあげましたのに」
「……頼む」
「あろうことか、他でもないカロリーナ殿が再び世界へ不和をもたらそうなど。其方も気づいているはず――……その両腕の呪いは、数年程度で其方の命運を食い尽くすほど根深いのだと」
「ラコウ公家との婚約を拒否するのは、ワタシの一存だ。兵達は何も知らない。彼らの……命だけは……!」
「そりゃあッ、オマエ次第ってヤツだべ!」
「――ッッ!」
バーダックが、辺りに散らばる霊樹の破片を拾いカロリーナの顔面を殴打する。すると他の重犯罪者達も、反撃が無いと悟るや同じように武器を握りカロリーナへ殺到した。
彼女は黙って暴行を受け入れる。
白金の髪を千切らんばかりに掴まれて、地面へ引き倒され、いいよう殴り、蹴られ、踏みつけられるのだ。
男達の怒号と、カロリーナの苦悶の叫び、そして人質に墜ちた近衛師団兵の絶望をミスルムは傍観する。
「醜いモノです。争いと血で乱れる世界で生きるヒトは、こうも自らを堕落させる。運命神の慈悲も報われない」
「ミ、ミスルム……醜いと思うなら、なぜ止めない」
惨い行いを平然と見下ろすミスルムへ、彼女の傍に立っていたエルフの1人が彼女の真意を問う。
彼ら傍に立つエルフ達は、アウズンブラ襲来を機に、森の外の世界へ関りを持たんとした者たち。世界樹より読み取る魔力世界の大局的視点でなく、自らの眼で世界を知ろうとした者達だ。
彼らはミスルムの理念や功績に感銘を受け、彼女に協力していた。
そして今、取り返しのつかない罪を犯そうとしている。
「褒美ですが?」
「ほ、褒美……?」
「“冥界牢獄”より解き放ったあの者らは、カロリーナ殿……ひいてはウィレミニアへの復讐と釈放をエサに働かせている。ですのでカロリーナ殿を排除できるのであれば、多少の非効率は許そうではないですか」
高台の下で聖剣遣いの、吐血交じりの嗚咽が続く。
「あんな者達を森に入れる必要は無かったはずだっ! 我らだけでも近衛師団程度っ……ソレをッ、こんなッ…………例え世界のため死すべき定めがあるのだとしても、【聖剣】に相応しい最後があるのではないかミスルムっ!?」
ミスルムとしても、可能であればエルフの力だけで事を成すのが望ましい。
事実、雨のように降らせた攻撃魔法と、実際に烈雨を降らせた超極地天候操作魔法も、ミスルムと数人のエルフのみで行ったのだ。
森内の地面操作も、本来はエルフの得意分野。世界樹の森の魔力を大いに利用できる有利があるとはいえ、やはり只人とは一線を画す魔法種族なのである。
「妾は森に住まう他のエルフに最後まで悟られぬよう、ここ一帯の世界樹の同調を誤魔化す必要があります。曲がりなりにも国1番の精鋭を妾たちだけで鏖殺するには、少々不安がありましたので。同胞に事の次第を知らせるのは、全てが終わった後でなくては」
「世界樹の根に干渉をっ? このような所業……同胞は納得しない!」
「だからですよ。妾には少々理解しがたい感情ですが……この事が外に知れれば、誇りに生きる同胞にとっては度し難い恥辱でしょう。全てが終わり、時間は巻き戻らないと悟れば、皆は口を噤まざるをえない。それに……妾達の行いが明るみに出れば、激昂したアイテールルが森を焼き払うは必然であるに……」
「ミスルムお前……最初から」
「妾とてカロリーナ殿が憎いわけでは無いのです。故に、数年の内に命を落とすのであればと、ラコウへの輿入れを打診しました。聖剣の刃が世界樹へ向くとしても、こちらは座して死を待つだけ。只人の寿命は刹那の間……ラコウで余生を過ごし、世界の調和にも貢献する役割を与えたのは、紛れもなく“情け”と言えるのでは?」
「……しかし……」
「ですがカロリーナ殿は、3国の関係に亀裂を入れかねない愚行を犯しました。ラコウとの和議を蹴るなど……っ。ふぅ……幸い、ラコウにはカロリーナ殿の返答を伝えていません。醜い戦乱の無い魔力世界の均衡、調和……その礎にも成れず、争いの火種と成るを望むなら、消えていただくほか無いのです。まずウィレミニアが当代の【聖剣】を失えば、ラコウも牙を収める他ないでしょう?」
虚脱した表情で後ずさる同胞を尻目に、ミスルムは再び眼下の暴力を眺める。
苛烈な暴行は尚も続き、聖剣騎士の姿は血と埃に塗れていた。
‘ふ’と、ミスルムは周り中に満ちる重い響きを聞く。それは声であった。
埋まり、魔物に食われ、もはや少なくなった生存兵が涙を流し慟哭する声。
エルフを呪い、主君に責め苦を与える男共を憎悪し、己の無力を悔い……自分達こそが敬愛する姫騎士を殺しているのだと、血涙を流し無力に咽ぶ声なのだ。
「妾を呪うか。呪うがいい。だがじきに魂となって気づくであろう。己の犠牲が、世界の調和に必要なモノであったと、な」
ミスルムは、自分の肌が泡立つを自覚できないまま森を見下ろす。下では既に男達の復讐が佳境に入っていた。
・
・
・
カラダのどこか、いくつ目か分からない、骨の折れる音を聴く。
「オラッッ」
「ぐッ!?」
激痛。髪の引きちぎれる感触を味わう。
片目は潰されてもう見えない。ひしゃげる胸当てが骨に刺さる。息をするたび、肺の奥から妙な音がする。
「ぐ、ごプッ!?」
片目の視界が真っ赤に染まった。これは血か? ワタシが吐いたのか?
妙に寒い。
「お、お逃げ、おぉぉ……コヤツら、どうせワシらを、殺す……のじゃ。カロリーナ様だけでも……どうか――どう、か――っ」
「いい加減死んでろジジイッ!」
既に土に埋もれ死んだ兵士から、未だ死なずワタシの身を案じてくれる兵士から……どちらに関わらず奪い取った槍が、爺やの背に突き刺さる。
槍は5本目だ。それでも爺やは、まだワタシに逃げろと言ってくれる。
「(……まだだ……あきらめたくない……みなを見捨てて逃げるなど……!)」
逃げる術は………………ない。聖剣を握るチカラが湧かない。痛みで思考が砕けていく。
「(ならワタシは……何を……あきらめたくない?)」
決まっている。ワタシは……まだ大切なヒトと一緒にいたい。
国に裏切られ、運命がワタシを見捨てても、愛したヒトを守りたい。
共に戦った兵達。爺や。城で帰りを待つメセル。
ハインリヒト。
ハインリヒト。
ハインリヒト。
ハインリヒト。ハインリヒト。ハインリヒトっ、ハインリヒトっ!!
「(ワタシは――命尽きるまで、おまえと……!)」
「 ――カロリーナぁぁ!! 」
「!! ああ……っ」
硬化した地面を抜け出し、剣を振り上げ……いいや、埋まりきった片腕を引きちぎりハインリヒトが駆けて来る。
血が溢れているじゃないか。お前は爺やのように頑丈ではないのだぞ。
……まて。なぜワタシは彼に手を伸ばす。やめろ、よせ。
逃げろと叫ぶべきなのに、お前だけでも逃げてほしいはずなのに。
「ハイン、リヒ……」
「この方に触れるなぁ!!!! 私が相手に――ッ」
「カロリーナ殿の想い人よ、妾の外交成果を無為にした罪……贖うがよい」
上から降る苛立ちを孕んだ冷たい声。次の瞬間、霊樹を絞った槍がハインリヒトの腹を貫いた。
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