脱出行(2)
光の彗星は、霊樹の森を一直線広範囲に薙ぎ払い、大軍が走り退ける程度の更地を作り出す。
「第1師団全軍、続け! ワタシが突破口を開くッ」
―― オオッ、カロリーナ様がやってくれた!
―― 密集陣形を組み、魔物を蹴散らせッ
―― “破陣槍”で魔法を弾きながら突き進むぞ!
第1師団は辛うじて陣形を整え、魔物蠢く樹海を抜け出した。木々の無い更地は魔法の的だが、頭上へ広げた魔法障壁と、速度に乗った“破陣槍”の力場が兵達を生かす。
カロリーナも樹海をさらに切り開くべく、再度聖剣に魔力を充填する構え。
―― 「「「 【 霜の巨人よ 涙にぬらせ 】 」」」
「なっ?」
耳鳴り、冷感――突然の不快感に、カロリーナは不覚にもよろめいてしまう。
次の瞬間、非常識な勢いで空に雲が生まれ、暗い鉛色の空から激烈な雨が降り注いだ。
視界が閉ざされ、気温の低下により息が凍る。雨の勢いは自然現象の範疇を超え、滝に打たれたかのような痛みをカロリーナに与えるのだ。
魔力で体を強化した状態であってなお、である。
兵や騎馬達に至っては、魔法障壁を圧する水の重みに負け地面に倒れ伏すほど。
―― ぐ、ご、ゴぶっ
―― 溺、れ――ッ
さらに追い打ちをかけるように、雨水を貯めた地面が急速に泥化する。これも自然の速度では無い。
カロリーナは水圧で膝を着くことを強いられている。魔王種の呪いで弱ったカラダは、地面に溺れる兵士を眺めることしか出来ず、気も狂わんばかりの悔しさだ。
しかし、ようやく雨が止む。
「天候を操る魔法……やはりっ」
「そぉれイクだ、大赤蠍どもっ」
「!?」
立ち上がったカロリーナの背へ、大赤蠍が数匹襲い掛かった。
大赤蠍は強靭な鋏でカロリーナの胸を強打し、彼女を10メートルほど吹き飛ばす。
肺の空気を全て吐き出し、白金の髪を泥に絡めながら、弱る聖剣遣いは魔物を操った下手人を睨みつける。
「お前は……っ」
「い~いザマだな~カロリーナぁ。……あ、その顔……オイラの事忘れちまったって顔だでな? 自分で“冥界牢獄”にブチこんどいてよ~ぉ」
「……早々忘れられる顔と、罪の重さではないぞ……バーダック」
カロリーナは、確かに大赤蠍の後ろで嗤うみすぼらしい男に覚えがあった。
男の名はバーダック。5年ほど前に、重罪とされる魔物の密輸と売買、そして魔物の大軍を従え軍やギルドの捕縛網を逃れようとした男だ。
バーダックは特殊な麻薬と臭いを使った調教で魔物を従える。彼の密売組織は、金冠級冒険者などでは手に負えない軍勢となるも、カロリーナの聖剣で魔物ともども潰され、ウィレミニア最恐の牢獄へと投獄されたのだ。
「覚えてくれてただか! ……他にもオメェに挨拶したいってヤツが居るでな」
「きょほ、いい泥まみれ。土が良いから泥もいい。きょほほほほほほっ」
「“汚泥”のダムイー……っ」
得意の泥化魔術で、集落ごと何十人もの人間を殺めた魔術師ダムイー。彼もカロリーナが捕縛に関わった男。
他にもちらほら、森の影から見覚えのある重犯罪者達がニヤついている。
「お前達……ッ、なぜ牢獄から――!」
「動くな動くな。大事な兵士を生かすも殺すも泥次第、きょっほ~う!」
「――ッ……だが、襲いかかってきた魔物の数といい、泥化魔術の範囲と言い……以前とは比べ物にならない……! お前達、いったい何を――?」
「魔道具っ、これだコレ魔道具! 膨大な魔力が封じ込められたお宝っ。いくら魔法を使っても使っても魔力切れが無い、初めて!! きょほほほほッ」
ダムイーの手には、遠目からでも分かる大宝玉が光る。極大魔石の加工品らしい。
よく見れば宝玉は、高速かつ適切にダムイーへ魔力を注いでいる。外へ無駄な魔力を漏らさず、封じ込める膨大な魔力の気配を悟らせもしない。
罪人が持つには明らかに場違いな性能であり、下手をすれば国宝にもなりうる魔道具だった。
「オイラは秘伝の薬草や調合を教えてもらってよぉ。魔物の反応が馬鹿みてぇにビンビンだべ!……言う事聞かねぇのも多いだがな。流石に、こんだけの魔物を揃えんのは苦労すったら……でもいいだ、オメェを八つ裂きに出来るんだからよぉ。……それに、オイラ達の取引先はこうも言ってたで。“カロリーナはすぐに状況を理解するだろうから、遊ぶな”って。オメェも、殺そうとしてんのが誰だかわかってんだべぇ?」
問いかけは的を得ている。
商品はアレだが、腐っても商売人であったバーダック。身なりからは想像もできない理知的な目でカロリーナを蔑む。
「遊ぶなと、申しつけたでしょうに」
頭上、いつの間にか現れた高台から声がする。
「(……わかっていたことだ……だが)」
木々で編まれた丘に立つのは、女。1人ではないが、特に中央で見下す影は実力者特有の覇気を纏う。
「まさか、本当にアナタだったか……」
覇気とは強さのみで得るモノにあらず。功績、経験、年月……個人が歩んできた道のりの重さに付随するもの。
であれば、諸外国相手に外交と言う戦争を繰り広げた彼女が、カロリーナにも劣らない圧を放つのは必然であろう。
「このような結果になるなど、妾は誠に残念でならん。カロリーナ殿」
下着が透ける程薄いドレスに……不老を表す長い耳。
「--……ミスルム」
後の【星譚至天】、ウィレミニアの公爵位……ミスルム=イシュクルーンが、なんら気負わず平然とした顔でカロリーナを見下ろしていた。
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