土と血に沈む恨みこそ(2)
「――あ」
「精強な其方らを相手取るに、万全を期す為とはいえ……エルフの秘伝転移術式まで使わされるとは。やはり其方らを失うは惜しい。……まあよいでしょう、転移の術を徐々にウィレミニアへ公開するなど、武力の欠けはエルフの魔法で補えば良し」
ハインリヒトが血だまりに沈む。赤が地面を黒く染めるにつれて、ワタシの魂が欠けていく。
「あ˝、あ˝ああああああああああアアッ!?」
「んん? なんで? コイツ体の殆ど埋まってた。魔法緩めてない。なんで抜けれた? ちょっと泥に戻った? ??」
“汚泥”のダムイーが気色悪い速さで首を左右に傾げる。
ミスルムがわざわざハインリヒトの土の拘束を緩め、自らの手で処刑する理由など、半ば狂気に墜ちるダムイーには想像も出来ない。
「やめてッッ、もうやめてくれ!! ああ、ハインリヒトッ!? いやだ、死ぬな! じ、爺やっ、ハインリヒトがぁっ」
ダナンディグの眼に光は無い。怒りの形相のまま、既に事切れている。
「なんだ、急にオンナみてぇな声で泣くな聖剣サマよぉ。あ、女か。忘れてたぜ」
「死体に縋りついないで裸にでもなれよ! オンナらしくしてみろっ、ギャハハハハハハ!」
犯罪者のひとりが、カロリーナの上半身の鎧を剥ぎ取った。
服を切り裂き乳房を露出させ、その傷だらけの肌を見た男達はさらに嘲笑を強める。
男達は、ついに魂の武装を失うカロリーナを目の当たりにして、いよいよ興奮の最高潮に至っているのだ。
「こりゃ誰も相手にせんわ」
「今死んだ騎士はよっぽど物好きらしいっ」
鎧を剥がれ、尊厳を踏みにじられながら、カロリーナはハインリヒトへ這いずっていく。
土に立てた生爪が剥がれても、必死に。
「ハイン……リヒト」
兜を脱がし、冷たくなった顔を撫でてもハインリヒトは微笑んでくれない。
温める為に彼を抱き寄せる。
「まだ終わってねぇぞっ、カロリーナさまよぉ!」
「ほら聖剣拾ってもいいぜ? 拾えるならなぁッ」
「 ッッ!? ぎゃああああああああッ」
呪いに侵された腕を踏み砕かれる。最悪の激痛。
それでもハインリヒトは離さない。ハインリヒトだけは渡さない。
「これ……以上……傷つけさせは、し……ない」
よく顔を見せてくれ。抱きしめてやるから、いつもみたいに抱きしめ返してくれ。
ワタシの肌を、いつも愛おし気に撫でてくれるじゃないか。
……どうして何も言ってくれない?
何をしている、剣を手放すなど……。
「いぎ、ぐ」
「おーおー……ぐちゃぐちゃの腕で剣拾おうとしてるぜ?」
「そりゃ聖剣は大事だろ」
――黙れ。キサマらに何がわかる。聖剣など、望んで手にしたワケじゃない。
「いいかげん、褒美の時間は終いです」
一帯の魔力が、まるで呼応するようにミスルムへ流れた。世界樹の魔力を自由に扱うエルフから逃れる術など皆無。
……だが何故なんだ……聖剣は変わらずワタシに輝いて。
「戦え」と、女神の意思を光で語る。
「は、はは――ははっははははひひひあはははははっは!!?!」
ふざけるな! ふざけるな!!
「この後におよんで――グ、うぅぅぅッ……ただかえと……いう˝のか!? それが運命だとでも˝!?」
なら望み通り戦ってやろうッッ、殺戮してやろうッ。
ワタシの邪魔をする者は、誰であろうと斬り殺す!!
世界なんて守るんじゃなかったッ。
爺やも、ハインリヒトも奪った世界なんて!!
奪った。ヤツが奪った! あのエルフが、ワタシの全てをッ!
「 ミ ス ル ムゥゥゥ おまえ などを信じたのが ま ち が い だ っ たッッ」
もはや世界を救った剣姫は死に、死に際の息すべてで吐く恨みがあるだけ。
「う、おぉ、なんだ急にっ」
「……ミスルムが魔法を使うべ。下がるだ」
「許さないいぃぃぃッ、調 和な どオマエに 成せ はし ない!! ワタシが おま えを 八つ裂 き にし て殺すか ら だ あ あ あ あッ」
世界樹の森が恨みに震え、憎悪に澱む血が土に染み、黒土となって世界を犯す。
愛しい男と剣を抱き、溶け合わんばかりに剣姫が狂う。
「――っ……さらば、共に世界を救った盟友よ」
「 ミ ス ル ムゥゥゥ ! ! 」
ミスルムは、憎悪を叫ぶカロリーナを土で、霊樹のうねりで、ありとあらゆる自然の操作で地中深くに埋め殺す。無論、全ての近衛師団兵と共に。
魔法の迅さは恐れが故か、彼女自身にもわからない。
酷い疲労感がミスルムを襲う。しかし立ち止まる暇は無い。犠牲に見合う成果を……世界に流れる、魔力の調和を果たす為に。
さしあたり次に片付ける仕事は決まっている。
「ご苦労でした。最後に世界樹の森の糧となる事、光栄に思いなさい」
「え、はっ、な、ぎゃあああああああッッ」
「話、ちが、うげあああああああああ!」
「にに逃げ、逃げる。まだ泥でいっぱい殺――」
「……ま、こうなるべな。いいべ……落とし前は……つけてやっただからな」
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ウィレミニアが誇る“彗天聖剣”、カロリーナ=レイルムーンがウィレミニア国内で消息を絶つ。
この衝撃の報せは、ウィレミニアに留まらず世界に轟くことになった。
国一番の精鋭、第1近衛師団が痕跡を残さず突如失踪した事件は、ラコウやエイン=ガガンの関与が疑われるも、結局のところは原因不明のまま……。
次代の聖剣遣いの誕生と、その後に流れた長い刻が、英雄である故人を忘却の彼方へ押しやっていく。
記憶に刻むのは数人の長命種と、呪いを秘め隠す世界樹の森だけ。
以後世界樹の森に住まうエルフは、永遠の罪を背負うことになる。
エルフ達は知ったのだ。ミスルムがしでかした惨劇を、全てが取り返しのつかなくなった後で。
世界樹の森地下深くで、英雄が憎悪にすすり泣く。
森の根を通じて罪に触れた彼らは、しかしミスルムの思惑通りに沈黙した。
己の誇りを穢さぬために、己らの罪を認めぬ為に。なにより数千年のエルフの歴史を、怒り狂った真竜に焼かれぬ為に。
同時に、森に棲むエルフ達はひどく恐れてもいる。
森羅万象の循環する世界樹の森……その一部に染みだした、黒土と呪樹ざわめく死の大地を。
執拗に、何重にも抗呪の術を施し、罪の証が立ち還るを封じる。
いつか訪れるであろう、女神の怒りに怯えながら……。
“我らの誇りは、彼の日に腐りを得てしまった。虫に喰われた果実のように”
“穢れを知らぬは、100年前より帰還を果たさぬ同胞のみ。彼らを森へ迎えてはならぬ。罪に染まらぬ誇りを、尊ばねばならぬ”
森の秘密を守るエルフの日記 ―― “誇りが死した日” との題より抜粋。
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肉の無い胸で息は吸えない。腕の中で腐る愛した人を、骨になっても離さない。
土の汚れに塗れながら、魂が当然の決意に燃える。
愛する者が沈むのは、全てワタシと同じ場所。ならば墜ちて憎むは知れたこと。
栄光を捧げよう――、誇りも、女神への信仰も、ワタシの証たる魂も全て。
世界を穢す魔に成れ果てて、愛しい男と骨を咬む。
逢禍暮市……悪夢の爪跡。今は塩の漂白だけが、厄災の悪意を偲ばせる。
その地下で彼女は時を待っていた。
不滅の復讐心を、黒土から解き放つ日を夢見て。
斬り踊れ、斬り踊れ、裏切り者に届くまで――……。
おまえと、城で踊ってみたかったな……ハインリヒト。
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