微睡む姫は土の中
冷えた闇沈む土の中。骨は在るべき場所に。しかし魂は妄念と共に。
救いは、愛する男を胸に抱くこと。
これが運命だというのか。なぜ愛する者達にまで、身勝手な悪意を向けたのか。
恨みに狂い、世界を濁し、瞼の裏の空洞が魂の嘆きに鳴いている。
見るモノ全てが輝いていた、美しい思い出を映す眼球は、腐り落ちて血に溶けて。
記憶。人生。過去。途切れ途切れの魂の揺らぎは、怨念の源だけを繰り返す。
土の重みにひび割れる音を、決して止まない怨嗟のかわりに。
・
・
・
「どうぞカロリーナ様、馬車の用意はできております」
仰々しく爺やが手を差し出す。ただの慣習だろうが、今更ダナンディグに目上扱いされると、いささか気恥ずかしい。
「馬車なんて無くともいいけれど……」
「なーにをおっしゃいますか。エスコートする爺の楽しみを奪わんで下され。それにカロリーナ様が小さい頃は、“お姫様みたいな馬車がいい”と駄々をこねておったではないですか」
「蒸し返すなッ、もう……これからラコウへ出発だというのに」
「輿入れを断る為に、当の本人が直接出向くなど剛毅な事で」
「我を通そうというからには、誠心をもって向き合う他ない。それがワタシのやり方だ。……王にも承諾いただいている。幸いラコウも、ワタシの返答で殺気立つ様子はないと聞くが……」
「真で? ラコウの連中は一度決起すれば、死兵になるを厭いませんからなぁ」
「外交づての確かな話だ、間違いないだろう」
馬車は真竜城を出発し揺れ始める。ラコウへの遠征など、飼いならした亜飛竜でワタシだけ移動すれば済むことなのだが、外交使節としての体裁を求める周囲が良しとしなかった。
ワタシの率いる師団の約半数を連れ、周辺都市を慰撫しながらラコウへ向かう旅路となる。
「(ウィレミニアを横断していれば、ラコウへの港に到着するまで2ヶ月はかかる……)」
馬車の中ひとり溜息を付くが、実はそこまで長期の旅路に悲観している訳ではない。
―― 大丈夫ですか?
「馬車に慣れていないだけだ。問題ない」
―― 腕の傷に障りがあれば、すぐに言ってください
「ワタシはそこまで柔じゃないぞハインリヒト。……しかし……道中、呪いの類に効く霊泉の湧き出る村があるらしいな。そこには多少長めに滞在しようか……護衛はお前だけにして」
―― 旅行みたいですね
「 ハ イ ン リ ヒ トォ、護衛中に気を抜くとはいい度胸じゃ。お主には遠征中も基礎訓練3倍メニューを課す」
―― お、お許しをダナンディグ副長ッ
「はっはっは! がんばれハインリヒト」
ワタシの傍にはハインリヒトが居る。爺やも居る。
死線を共に潜り抜けた、精強な兵たちが居る。
幼い頃は、聖剣を振るうだけの生涯だとも嘆いたが……存外、ワタシの道行は殺戮だけに澱まなかったらしい。
多くの者と信頼し合えた自覚を、唯一の人を愛せる喜びを知る今に、なんの不満があるというのか。
「(ダンスの秘密練習が出来ない事だけが、不満といえば不満だが……城に帰った後また始めればいい)」
“きゅくく。すきなひととは、いっぱいおどりたいもんね? ‘わえ’こいばなだいすき。れっすん、はりきっちゃうから!”
ダンス講師については、立場的にはよろしくない人選だろうが……元々ハインリヒトを驚かせたいが為の、秘密の練習なのだ。
気の遠くなるような昔から世界をからかい、ヒトに恋し恋されるあの方を憎むなど、ワタシには始めから出来ない。このまま彼女に対して、聖剣を振るう機会が訪れない事を願うばかりだ。
ワタシの心は、戦いに彩られた生涯に咲く、初めての安寧に華やいでいる。
………………………………だからだろうか?
―― 警戒しろ!! 伸びきった陣形を整えるんだッ
―― どこだココ!? さっきまで交易路に沿ってたじゃねぇか!?
兵たちの悲鳴が聞こえる。
「どうなっているんじゃッ。なぜワシらは“森”に居る!?」
爺やの、かつてない焦りが伝わる。
ひと時の安らぎを求めたのが、間違いだったのか?
―― ま、魔物だあぁぁぁぁぁッ
―― これしきっ騎士の名に懸けッ、ぐ、ぐあああああっ?
―― っ、魔法が、正確に我らを狙ってッ? 魔物の襲撃ではないのか!?
もしくは、これが人並みの生を夢見た罰だとでも?
「カロリーナ様を守れッ。よいなハインリヒトッッ」
―― 無論!!
鍛えたはずの五感、戦歴を経て学んだ危機への予感が、なぜこの時ばかりは沈黙したのか。
それはこの四面楚歌が、綿密に、油断なく、埒外の術技を以て準備された罠であるからに他ならない。
突如広がる、押さえつけてくるような樹海。
不可思議に現れる、血に飢え狂う魔物。
自然を手繰り、有利を以て不利を悟らせる、冷酷無比な攻撃魔法。
“ もはや 決しました ”
寒々しいまでに平坦な、悪意の声がどこかで響く。
『ブックマーク』と★★★★★評価は作者の励みになります。お気軽にぜひ!




