聖剣の記憶(3)
魔王の死体から立ち上る、瘴気とも言うべき魔力の塵は、解体作業にあたる魔法使い達のお陰か、城まで流れてくることは無い。
風はいつもどおりに穏やか。しかし花畑から花びらを舞わせ、花弁の一枚が鼻をくすぐった。
「へくしゅっ」
「あはは、かわいいなぁ」
ねぇさまはベンチに腰を下ろしながら、かゆかった鼻をさすってくれる。それだけで、なんだか嬉しい気持ちになった。
でもすぐにねぇさまの顔は曇る。
「首都の被害はアイテールル様のお陰で少ない。だが周辺都市や他国の復興は、あまり進んでいない様だな。ワタシの力が及ばないばかりに……」
「ねぇさまはアイテールル様と一緒に世界を救ったっ。アイテールル様も休眠しなければいけない程の傷を負ってまで戦ったんだよっ。責める人なんていない!」
「ありがとうメセル……ただ、あの亡骸を見るたびに、どうしてか悲しくなってしまってな。……らしくない、かな?」
「それは……ねえさまに酷い傷を負わせた魔王だもの。ねぇさまは悲しむんじゃなくて怒るべきよ」
「……違うんだメセル。ワタシは……あの魔王の額を貫いた時、一瞬ヤツの中身に触れた。記憶……だったのかもしれない。頭の中に流れてきたのは――……」
普通の、愛する人が家で待っている獣人の生涯。
戦争で……妻をウィレミニアに奪われて、必死になって取り戻そうとした男の慟哭。
「ワタシの物で無い感情が、苦痛が、ワタシの頭から離れない。……ワタシは聖剣を賜ってから、人生をウィレミニアの勝利の為に捧げてきた。戦って、味方を救い、敵を殺して……でも、その結末があの魔王」
「ねぇさま……」
「ワタシはもう、前のようには戦えない。3国間の戦争は、国の復興を名目に集結したけど……平和が続く保証はないんだ。今のワタシに出来る事があるとすれば……」
「っ、だから、ラコウの公家と結婚するつもりなの?」
今日ねぇさまを探していたのは、この事を聞きたかったからだ。
アウズンブラを倒す為に手を結んだ3国だったが、長年争っていた敵国同士……急に仲良くはなれない。
現在の平和は、ウィレミニアの政治家たちが、これを機に3国の同盟を永続させようと奔走したお陰なのは知ってる。
中でも山海連邦国家ラコウとの終戦調停・同盟に含また条件が、ウィレミニア最高戦力のラコウへの輿入れだった。
もちろん、ウィレミニア側に反対意見も多かったけど……。
「ミスルム様が苦心して引き出した同盟条件だからな。無視はできない」
「でも……いくらなんでも……」
「さっきも考えていたんだ。ワタシに出来る事……これから、ワタシは――」
本当に行くの? 海を越えた別の国に、結婚をしに?
だって、それじゃあ……ねぇさまがあんまりにも……。
「――はっ……はっはっはっは! メセルぅ……ワタシが、大人しく嫁に行くとでも?」
「え?」
だって、ねぇさまが自分で無視は出来ないって。
「ワタシに出来るのはな……こんな腕の傷になんか負けず、この場所でウィレミニアを守る事だ」
「!」
「聖剣は変わらず、ワタシの手に在り続けてくれる。確かに腕は少し不自由だが、修行をし直せばいいだけのこと! 魔王の未練も、国同士の確執も乗り越えて、ワタシはワタシのやり方で平和を目指す。聖剣も、今度は戦争の道具で無く本来の姿で……女神様の慈悲として光り輝く時が来るッ」
「――うん! それでこそカロねぇさまッ!」
「だろう?」
自信たっぷりに笑うねぇさまは、わたしが好きなキレイでカッコイイいつものカロねぇさまで。
恐怖も吹き飛ばして飛んでいく、聖剣の光そのものみたいな人なのだ。
「ああ、でも」
思い出したようにねぇさまが、ひと指し指を立てて考え込み始めた。悪戯気なようで、頬を赤らめながら何かを期待するようにも見える。
「相手のラコウの公家も、聞けばイイ方らしいなー。才気に溢れ、大きな領土を統治しているとか……」
―― ん˝!?
ねぇさまの大きな独り言に、ちょうど中庭の入り口に現れた騎士がせき込む。
……あー、なるほど。どうりでねぇさま楽しそう。彼もねぇさまに会いに来たんだろうから。
「やっぱり結婚してもいいかもなぁー。これを逃すと、嫁に貰ってくれる人はいないか?」
―― そ、そんなっ
「……他の令嬢達のような、ダンスだって踊れない……好き好んで、ワタシとなんて……」
―― そんなこと無いですッ! 私があなたとっ……あ
「……あっはっは! 冗談だよハインリヒト」
そうだ、彼の名はハインリヒト。兜で顔が見えないけど、若くして第1近衛師団次期副長の候補にもなっている騎士だ。
ただ、わたしは面白くない。なぜかというと……。
「ねぇさまを幸せにできるのかー???」
―― はっ、命を掛けて!! メセルキュリア様ッ
近衛師団でもダナ爺ぐらいしか知らない秘密。
実は、ねぇさまとハインリヒトは好き合った仲であるらしい。
「バカ、誓うならワタシに誓え。メセルも、そうイジメてやるな。ワタシが秘密にするよう頼んでるんだ」
わたしも、ねぇさまと彼が2人で抱き合っているところを偶然見てしまい知った事実だ。
ねぇさまを盗られたようで、本当に面白くないが……ねぇさまが幸せそうだから仕方ない。
ちなみにダナ爺も、幼い頃から可愛がっているねぇさまの門出に泣き、ハインリヒトへの訓練がついハードなモノになるとか、ならないとか……。
「しかたない、少しだけハインリヒトにねぇさまを譲ってあげよう。ねぇさま、王宮剣術の稽古には遅れないでね」
「剣術だけじゃなく他の勉強もがんばりなさい」
「ねぇさまも、練習……応援してるから」
「 ! ……見ていたのか」
悪戯が成功したような楽しい気持ちのまま、城の中に走って戻る。
あんなに幸せそうな顔をされたら、邪魔出来るわけがない。
“La、La――ラ……”
中庭へ入る直前に見た、ねぇさまの姿を思い出す。
“La――La、?……剣術のようにはいかんな”
1人でくるくる回りながら、ダンスの練習に励む姿を。
「ふふ」
いつかカロねぇさまが社交の場で寂しく溢していた、ささやかな願い。
“戦いしか知らぬワタシだが、舞踏会で踊るのは……貴族の女として、人並みに憧れる気持ちはある。傷だらけの肌では、今さら他の令嬢のように着飾れないがな……。でも出来ることなら……好きな人と、いっしょに――”
だからああやって、人知れず練習しているのだ。ハインリヒトと踊る為に。
叶えて欲しい。ねぇさまには、世界一幸せになってほしい。
「(ねぇさまはスゴイから、きっと全部自分で叶えてしまうだろうけどっ)」
でなければ世界の為、魔王すら討ち果たしたねぇさまに、あまりにも不公平ではないか。
最後に中庭の方を振り向く。
そこには、わたしの憧れそのままの、幸せな2人の姿があった。
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