「私を殺してくれませんか?」
「は?」
「私を殺してくれませんか?」
「いや」
「あの、私を殺してくれませんか?」
「いや聞こえてますけど」
「あっ、じゃあ私を殺して」
「聞こえてるって!」
「もう嫌なんです。」
「何がです?」
「私にはもう耐えられません、人を殺すなんて、楽しくありません。もうしたくありません」
お昼休みの真っ最中。俺はトイレに行こうとしていた。あまり人通りは多くなかった。通ったのは俺が見かけた限りでは二人だけだった。その一人との出会いを話そうと思う。
オレは妙に肉付きのいい、健康そうな透き通った白い肌に、前髪重めのボブ、それに金縁の眼鏡をかけた文学的な少女に、唐突な個人的告白を受けていた。
事件は遡るほどそんなに時間はたってないんだが、今日の2時間目ぐらいから、どこかから妙に視線を感じたのは覚えていた。そりゃ殺意が蔓延している学校だから、いつ戦闘が始まってもおかしくない環境な訳で。急に乱闘騒ぎが始まる時もある。返り血とナイフは切っても切れない関係らしい。
俺に心強い味方(?)がいることは百も承知だけど、そいつばっかりに頼ってばっかりじゃこの世界では生きていけないことはこの前実感したばかりだ。警戒心を張り巡らしながら俺は昼休みまで時間を音沙汰立てることなく過ごしていた。
昼休みもそうする、いや、そうなるはずだった。
気づいた頃には少女が俺の目の前に立っていた。ちょうどトイレに行こうと廊下を歩いていた頃だった。
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!無理に決まってるでしょお!」
「何でですか?」
「なんでって、そう簡単に人間は人を殺しちゃいけないからだよ!」
「じゃあ、なぜ君はこの学校に?」
「そ、それは、どうしようもなかったんですよ」
本当にどうしようもなかった。そのどうしようもない部分を説明することができないからだ。
「何でですか?」
あっっっっつ。圧。
逆に俺が殺されるかもしれないほどの重圧だった。
そんな力を兼ね備えているのに、何で殺されたがってるんだ?
そんなに辛いことがあったのか?
「あなたから先にお話ししたらどうです?」
「あ、全然人は殺したことあるんですけど……///」
いやそれは聞いてねぇよ。何照れてんだよ。恥ずかしがるとかの次元じゃねぇんだぞ。
「あ、それは、怖いっすねえ…」相手は殺人者なので、刺激しないように接する。
「いやいや!全然!大したことないです!片手で収まるぐらいなので!」
全然謙遜できてないっすよ。
「なんかもう、疲れちゃって、この学校。」
ん?待てよ。
よく見たら、俺たちと内履きの色が違う?先輩か?
「あの先輩ですか?俺より、俺この前入学してきたばっかで……」
「あぁあさあああああ!そうだったんだね!どうりで弱々しいと思ったら」
どう転んでもその発言は何となく怖いっす。
「それは、そうと、何で、俺なんですか?」
「え?一番親しみやすそうだったから?悩み聞いてくれそうだったから?」
俺はチャッピーか何かですか?
「とりあえず、私を殺して欲しいの」
「だから無理ですって、それは。先輩を殺すなんて、できるわけないでしょう」
「そんな、そんなこと言わないでよおおおおおおお!」
少女は俺の腰あたりにしがみついてきた。角度が角度なら、勘違いされてもおかしくない光景だった。そして少女はヒステリックグラマーである。この女特有の金切り声は、お袋の味そのものであろう。まあ、俺にお袋の記憶なんてないけどな!ははは
「そうだよね、そうだよねそうだよねそうだよねぇ!!!君も他の奴らと一緒に私のことやばい奴だともってゲラゲラ笑ってるんでしょおお!?」
ここにいる奴らは全員もれなくやばいだろ。とりあえず助けてくれ。
「私は、もう、疲れたの、疲れた、疲れたのよ……」
「人を殺すのがですか?」
「そうよ」
なんて無責任な。
「そうよって、じゃああなたはなんでこの学校に来たんです?」
少女は一呼吸置いてから先ほどの感情はどこへ行ったのかと思うほどに、淡々と話し始めた。
「人を殺してみたかった。一度でいいから好きな人の肉を食べてみたかった。そんなところかしら。それもこれも全部あっという間に叶ってしまった。そこで私に残されたものは、何もない。他人の生臭い返り血に染まった両手と、その両手に握られ続けた100均で買った出刃包丁だけ。もう嫌だ。限界なの。半径一メートルさえ何も見えない。おじいちゃんの激励の言葉も一刺しで忘れた。」
闇の底に堕ちたMOR◯HA
なんて悠長なこと言っている場合ではない。こいつは相当やばいやつだ。やっぱり先輩は違う。なにせ“進級“できているのである。これは普通のことではない。彼女は“生き残り“なのだ。
「それだったら、あなたの命はあなたで管理運営してくださいよ。何で通りすがりの俺があなたの命に終止符を打つ羽目になるんですか。命を自分自身でもて遊び始めたらいよいよ世も末ですよ」
「あなたはマダわかってないのよ。この学校のことを」
そりゃ入学して数えるほどしか経ってねえからな。そりゃそうだ。
「とりあえず、先輩には申し訳ありませんが、俺には無理です。俺は、運悪くこの学校に入学してしまっただけで、人を殺してみたいという理由で入学したわけではありません。お役に立てず申し訳ありません。」
よし、なかなかの定型文だ。よく言えている。
俺はそのまま少女の横を颯爽と通り過ぎることにした。バケモノを毎回毎回こんな時間をかけて相手していたら、俺の身が持たない。少女からは少し血の匂いと金木犀の香りがした。
「わかった!」
「……何がわかったんです。俺はあなたを殺せない」
「最後に………。。。ハグしてくれない…?」
んえ?
ハグ?
この俺に?
この少女、ないしは文学的少女先輩に俺は今、
ハグを申し込まれた?
? ? ?
ハグ。 抱擁。
それは互いに愛し合うものだけが行うことができる行為。ハグをすることによって、ストレスの軽減にもつながるらしい。
「何で俺なんかと、何でそんな考えになるんですか!」
「お願い、最後、これで最後だからあ!」
俺は振り向くことさえできない。足音が聞こえた。その人物は、俺の横を通り過ぎて、トイレの中に入って行った。ああ、これは痴話喧嘩でも何でもないんだ。意外と美形に見えたんその人物に、こいつを押し付けたいとさえ思った。
「ハグだけしてくれたら…もうあなたと関わらない。二度ね。」
どうする…?してしまうか?
俺は少し振り向いて、少女の体に視線を向ける。少女は花束を持っていた。
「うぐっ…!ガッハっ……」
少女は俺に勢いよく抱きついてきた。いい匂いがした。
俺と少女のせいで、金木犀の花束が無惨にも潰されていた。
そうして、花束に血液が滲む。床に血が滴る。
「ありがとう」
そうやって一言吐き捨て、少女は俺の胸に倒れ込んだ。
彼女の左胸、ちょうど心臓に当たる部分が、どす黒く真っ赤に滲んでいた。
そう、少女はこの時点で死んでいたのだ。




