野生の勘
村長の家を出る頃には、すっかり夜になっていた。
平は村の外れにある小さな丘へ向かう。
隣には当然のように宝がついてくる。
「……。」
「……。」
しばらく無言。
先に口を開いたのは宝だった。
「ねえ。」
「何だ。」
「本当に助けるつもりなんだよね?」
平は歩みを止めない。
「依頼された。」
「それだけ?」
「それだけだ。」
宝は少し不満そうに頬を膨らませる。
「またそうやって。」
「何がだ。」
「自分の優しさを隠すところ。」
平は答えない。
村長から聞いた話。
最近、この村の周辺では魔物の被害が増えている。
家畜が襲われ。
畑が荒らされ。
ついには村人まで襲われた。
だが、ただの魔物ではないらしい。
「黒い霧をまとった獣。」
村長はそう言っていた。
平は空を見る。
「……。」
嫌な予感がしていた。
「平?」
「明日、調べる。」
「今夜は?」
「寝る。」
「意外。」
「何がだ。」
「ずっと警戒してると思った。」
平は少しだけ目を細める。
「昔ならな。」
宝はその言葉を聞き逃さなかった。
「昔?」
平は歩みを止める。
「聞くな。」
「……。」
宝は少し寂しそうな顔をする。
しかし、それ以上は聞かなかった。
翌朝。
村の外。
森の入り口。
平は地面を調べていた。
「足跡。」
宝が覗き込む。
「大きいね。」
「ああ。」
普通の狼の数倍。
だが、平が気になったのは別だった。
「魔力の痕跡がある。」
「強い?」
「……いや。」
平は首を振る。
「不自然だ。」
その時。
森の奥から音がした。
木々が揺れる。
低い唸り声。
宝が身構える。
「来る。」
次の瞬間。
巨大な獣が飛び出した。
黒い毛皮。
赤い瞳。
鋭い牙。
村を襲っていた魔物。
だが。
平は違和感を覚えた。
「……。」
「平?」
「こいつ。」
「操られている。」
獣が襲いかかる。
宝が手を伸ばす。
「止める!」
だが。
平が前に出た。
「下がれ。」
「でも!」
「大丈夫だ。」
平は右手を上げる。
かつて世界を救った英雄。
その力を使うことを避け続けた男。
しかし。
今だけは。
目の前の命を救うために。
「……少しだけだ。」
瞬間。
空気が変わる。
獣が動きを止める。
平の目が鋭くなる。
「眠れ。」
低い声。
それだけ。
次の瞬間。
獣はその場に倒れた。
宝は驚く。
「すごい……。」
平は答えない。
獣へ近づき、首元を見る。
そこには。
黒い刻印。
「やはり。」
宝が覗き込む。
「何これ?」
平の表情が変わる。
「誰かが魔物を操っている。」
「そんな……。」
平は刻印に触れる。
その瞬間。
一瞬だけ。
記憶が流れ込んだ。
炎。
血。
そして。
聞き覚えのある声。
『先生。』
平の顔から血の気が引く。
「……成宮。」
「え?」
宝が振り返る。
「今、誰の名前?」
平は答えなかった。
ただ。
森の奥を見る。
まだ終わっていない。
これはただの魔物騒ぎではない。
誰かが。
意図的にこの村を狙っている。
その夜。
村の外れ。
一人の男が笑っていた。
「やっぱり生きてたんだ。」
「先生。」
月明かりに照らされる顔。
それは。
かつて平が知っていた少年だった。
「やっと会えるね。」
「悪石平。」




