夢だと思いたい
翌朝。
雨は止んでいた。
だが、平の気分は晴れていなかった。
理由は簡単だ。
「……なぜいる。」
宿の一室。
平が目を覚ますと、そこには当然のように少女がいた。
諏訪之瀬宝。
昨日出会ったばかりの、自称・不老不死の常世神。
「おはよう!」
宝は笑顔で手を振る。
平は無言で窓を見る。
「夢ではないか。」
「ひどい!」
宝は頬を膨らませる。
「ちゃんと現実だよ。」
「なぜ俺の部屋にいる。」
「迎えに来た。」
「意味が分からない。」
平は布団から起き上がる。
そして荷物を確認する。
異常なし。
財布もある。
武器もある。
ただ一つ。
問題がある。
「……。」
「何?」
「お前。」
「はい?」
「昨日からずっと俺についてくる気か。」
宝は当然のように頷いた。
「うん。」
「理由は。」
「あなたを守るため。」
平は一瞬黙る。
「逆だ。」
「え?」
「俺の近くにいると、お前が危険になる。」
宝は首を傾げる。
「でも。」
「あなたは私を助けたよね。」
平の動きが止まる。
「昨日。」
宝は続ける。
「雨の中で倒れていた私に傘をくれた。」
「……。」
「それなのに、危険だから離れろって変じゃない?」
平は視線を逸らす。
「余計なことをしただけだ。」
「優しいね。」
「違う。」
「じゃあ照れ屋?」
「違う。」
即答。
宝は笑った。
「面白い人。」
平はため息を吐いた。
「勝手にしろ。」
「じゃあ一緒に行く!」
その日から。
平の日常は変わった。
以前なら。
一人で歩き。
一人で食事をし。
一人で眠る。
それだけだった。
だが。
今は隣に少女がいる。
「平!」
「何だ。」
「お腹空いた!」
「自分で食べろ。」
「お金ない!」
「……。」
平は財布を見る。
そして小さくため息を吐いた。
「一食だけだ。」
「やった!」
その笑顔を見て。
平は不思議な感覚になる。
昔にも。
こんな時間があった気がする。
仲間と笑った日々。
失う前の時間。
しかし。
その記憶を思い出すたびに、胸の奥が痛んだ。
「平?」
「何でもない。」
宝は少しだけ不安そうに見る。
「無理してない?」
その言葉に。
平は少し驚いた。
「……。」
「あなた、ずっと疲れてる顔してる。」
「疲れているだけだ。」
「違うよ。」
宝は真剣な顔になる。
「悲しい顔。」
平は答えなかった。
そんな顔を見せたつもりはない。
だが。
少女には見抜かれていた。
その日の夜。
二人は小さな村へ辿り着いた。
宿を探していると。
突然、村人たちがざわめいた。
「悪石……?」
「まさか。」
「生きていたのか。」
平の足が止まる。
まただ。
また同じ視線。
恐怖。
嫌悪。
平は宝を見る。
「行くぞ。」
「でも。」
「いいから。」
その時。
一人の老人が近づいてきた。
平は警戒する。
だが老人は頭を下げた。
「お待ちしておりました。」
平の目が細くなる。
「……誰だ。」
老人は微笑む。
「あなたを知る者です。」
「かつて世界を救った英雄。」
「悪石平様。」
宝が驚く。
平は無表情。
「俺は英雄じゃない。」
老人は首を振る。
「それを決めるのは、あなたではありません。」
その言葉に。
平は黙る。
そして老人は続けた。
「お願いがあります。」
「この村を救っていただけませんか。」
平は断ろうとした。
いつものように。
関わらないために。
しかし。
隣を見る。
宝がこちらを見ている。
期待ではない。
信頼だった。
平は小さく息を吐く。
「……内容を聞く。」
宝が笑う。
「やっぱり優しいじゃん。」
「違う。」
「また言ってる。」
こうして。
忘れられた英雄の新たな物語が始まった。




