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不老不死と名乗る少女

雨が降っていた。


石畳を叩く雨音だけが、静かな街路に響いている。


街を行き交う人々は皆、傘を差し、足早に家路を急いでいた。


そんな中。


一人の男だけが、軒下に立ち尽くしていた。


黒い外套。


伸びた髭。


疲れ切った目。


どこにでもいる旅人のような姿。


だが、その男を知る者が見れば、決してそうは思わないだろう。


悪石平。


かつて世界を救った英雄。


そして現在。


世界で最も忌み嫌われる存在。


平は手にしていた新聞を折り畳む。


そこに書かれた文字を見る必要はなかった。


何度も見た。


何度も聞いた。


『戦争犯罪者』


『大量虐殺の元凶』


『世界最悪の科学者』


世間が自分に向ける言葉。


それが真実なのか。


それとも誰かが作り上げた物語なのか。


今となっては、平自身にも分からなかった。


ただ一つ分かること。


それは。


自分がどこへ行っても、平穏には暮らせないということだった。


「……雨か。」


小さく呟く。


昔なら、こんな雨の日でも仲間と笑っていた。


世界を救うために戦い。


未来を信じていた。


だが。


あの日を境に、全ては変わった。


平は過去を振り払うように歩き出そうとした。


その時。


「あなたが忘却の英雄さん?」


背後から声がした。


平の足が止まる。


その呼び名を使う人間は、今ではほとんどいない。


忘却の英雄。


世界を救ったにも関わらず、歴史から消された英雄。


平はゆっくり振り返った。


そこにいたのは、一人の少女だった。


年齢は十六、七ほど。


雨の中だというのに傘も持たず、濡れた髪のまま立っている。


普通なら寒さで震えているはずだ。


だが少女は、楽しそうに笑っていた。


「やっぱりそうだ!」


平は眉をひそめる。


「人違いだ。」


「違わないよ。」


少女は迷いなく答える。


「悪石平。」


その名前を聞いた瞬間。


平の目が僅かに細くなる。


逃亡生活の中で、何度も見てきた。


自分の名前を知った者の反応。


恐怖。


嫌悪。


怒り。


憎悪。


だが。


目の前の少女には、それがなかった。


ただ純粋な興味。


いや。


もっと近い。


ずっと探していた人間を見つけたような顔だった。


「……俺に近づくな。」


少女は首を傾げる。


「なんで?」


「ろくなことにならない。」


「そうなの?」


「ああ。」


平は淡々と答える。


「俺の近くにいる人間は、不幸になる。」


それは脅しではなかった。


事実だった。


過去に何度も。


守ろうとした人間を失った。


だからもう、誰かと関わるつもりはなかった。


「帰れ。」


「やだ。」


即答だった。


平は思わず少女を見る。


「……なぜだ。」


「だって。」


少女は笑う。


「やっと見つけたから。」


「何を。」


少女は少しだけ胸を張る。


「あなたを。」


意味が分からない。


平はため息を吐く。


「名前は。」


少女は嬉しそうに答えた。


「諏訪之瀬宝!」


そして。


雨音に負けない声で宣言する。


「不老不死の常世神だよ!」


数秒。


沈黙。


平は少女を見る。


冗談を言っているようには見えない。


だが。


信じられる内容でもない。


平は真顔で言った。


「病院へ行け。」


「ひどっ!?」


少女は頬を膨らませる。


「本当なのに!」


「自分で言う奴ほど信用できない。」


「じゃあ証明する!」


宝は勢いよく手を差し出した。


「私と一緒に来て!」


「断る。」


「即答!?」


平は歩き出す。


雨はまだ降っている。


「待ってよ!」


少女は追いかけてくる。


「悪石平!」


「俺に関わるな。」


「嫌だよ。」


「なぜ。」


宝は少しだけ笑った。


「だって。」


「あなた、本当は優しい人だから。」


その言葉に。


平の足が止まった。


雨音だけが響く。


その言葉を。


もう何年も聞いていなかった。


平は振り返らない。


「……勝手にしろ。」


宝は笑う。


「うん!」


こうして。


世界から忘れられた英雄と。


不老不死の常世神の少女。


二人の物語が始まった。


挿絵(By みてみん)

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