44話
告白から三日後。
屋敷はようやく本来の静けさを取り戻し始めていた。
壊れた箇所の修繕も進み、避難していた人々もそれぞれの日常へ戻っていく。
敵軍の残党も完全に散った。
新選組の任務も終わりが近い。
つまり。
別れの時も近づいていた。
その事実を、私はなるべく考えないようにしていた。
考えたくなかった。
だって。
帰れるかもしれないから。
そして。
帰れないかもしれないから。
どちらも怖かった。
縁側へ座り込み、ぼんやり庭を眺める。
夕方の光が長く伸びていた。
「また考え込んでる」
後ろから声が落ちる。
土方だった。
今では当たり前みたいに隣へ座る。
その自然さが嬉しい。
けれど今日は少しだけ違った。
土方も何か考えている顔をしている。
「副長」
「何だ」
「聞きたいことある」
土方がこちらを見る。
私は少しだけ迷った。
でも。
聞かなきゃいけない気がした。
「もし」
声が小さくなる。
「私が急にいなくなったらどうする」
沈黙。
風だけが吹く。
土方はすぐに答えなかった。
それが逆に怖い。
やがて。
「探す」
低い声。
私は笑う。
予想通りだった。
「見つからなかったら」
「探す」
即答。
「何年も?」
「探す」
変わらない。
その答えに胸が苦しくなる。
土方は前を向いたまま言った。
「嫌だからな」
珍しく弱い声。
「何も言わず消えられるのは」
私は何も言えなくなる。
この人は。
こういう時だけ真っ直ぐだ。
誤魔化さない。
だからずるい。
「私も嫌」
小さく言う。
「そうか」
それだけだった。
でも。
土方は安心したように息を吐いた。
その時。
廊下の向こうから賑やかな声が聞こえてきた。
「いたぞ!」
「副長!」
「信長殿!」
嫌な予感しかしない。
振り向くと。
隊士たちがぞろぞろやって来る。
沖田もいる。
近藤もいる。
全員いる。
嫌な予感しかしない。
「何」
思わず聞く。
沖田が満面の笑みで答えた。
「宴です」
「何の」
「婚約祝い」
盛大に吹き出した。
「してない!!」
全力で否定する。
隊士たちが大笑いする。
近藤まで笑っている。
土方は頭を抱えた。
珍しい。
本当に珍しい。
「お前ら……」
低い声。
だが全然怖くない。
皆知っているのだ。
今の土方が本気では怒らないことを。
「いやぁ」
沖田が肩を竦める。
「副長、ここ数日ずっと機嫌良いですし」
「良くねぇ」
「良いですよ」
即答。
周囲が頷く。
私も頷きそうになる。
土方がこちらを見る。
「お前まで頷くな」
図星だった。
結局そのまま宴になった。
宿の人々も参加した。
笑い声が絶えない。
夢では絶対に見られなかった光景だった。
死ぬはずだった人たちが笑っている。
生きている。
それだけで涙が出そうになる。
夜が更ける。
宴も終わりに近づく。
皆が酔い潰れ始めた頃。
私は一人で庭へ出た。
空を見上げる。
星が綺麗だった。
その時。
背後から足音。
振り返らなくても分かる。
土方だった。
「逃げたな」
「うるさいから」
正直に言う。
土方が少し笑う。
そして隣へ立つ。
肩が触れる距離。
静かな時間。
やがて。
私はぽつりと言った。
「夢を見なくなった」
土方がこちらを見る。
「いつからだ」
「戦いが終わった日から」
そう。
あれ以来。
一度も。
悪夢を見ていない。
土方は少しだけ空を見る。
そして。
「終わったんだな」
静かに言った。
その言葉に。
ようやく実感が湧いた。
本当に。
終わったのだ。
長かった悪夢は。
全部。
そして。
私たちは知らない。
翌朝が。
本当の別れの日になることを。
まだ。




