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「嘘から始まる一週間」  作者: 柑橘みかん


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41/45

41話

 夜明け前の空は、不気味なほど静かだった。


 戦場なのに。


 叫び声も。


 金属音も。


 確かに鳴っている。


 それなのに世界の中心だけが切り離されたみたいだった。


 正門の前。


 土方と偽物の近藤。


 二人を中心に空気が張り詰めている。


 敵も味方も、無意識にその場を避けていた。


 まるで本能が知っているみたいに。


 ここが最後だと。


 私は沖田たちに支えられながら立ち上がった。


 頭の奥はまだ痛い。


 さっきの声。


 あれは何だったのか。


 夢を見ていた時の感覚と似ている。


 けれどもっと直接的だった。


 まるで。


 向こうもこちらを見ていたみたいな。


 「大丈夫ですか」


 沖田が聞く。


 私は頷く。


 「……うん」


 本当は全然大丈夫じゃない。


 でも。


 今倒れるわけにはいかなかった。


 土方がいる。


 戦っている。


 だから。


 私も立つ。


 偽物の近藤がゆっくり刀を抜く。


 月光を受けて白く光る刃。


 その姿は近藤そのものだった。


 だからこそ不気味だ。


 「土方」


 男が呼ぶ。


 本物と同じ声で。


 「お前は変わらないな」


 静かな口調。


 「守ろうとする」


 一歩前へ出る。


 「失うくせに」


 その瞬間。


 土方の目が細くなる。


 「黙れ」


 低い声。


 男は笑う。


 「違うか?」


 月明かりの下。


 その笑みはどこか悲しい。


 「お前はずっとそうだ」


 土方が動く。


 一瞬だった。


 地面を蹴る。


 距離を潰す。


 速い。


 今まで見た中で一番速かった。


 男も迎え撃つ。


 刀がぶつかる。


 火花。


 轟音みたいな衝撃。


 周囲の空気が震える。


 私は息を呑む。


 二人とも強い。


 いや。


 強すぎる。


 互いに一歩も譲らない。


 男は笑う。


 「怒っているな」


 土方は答えない。


 刀を振る。


 男が受ける。


 「珍しい」


 また笑う。


 「そんな顔をするのは」


 言葉が終わる前に。


 土方の刀が男の頬を掠めた。


 血が飛ぶ。


 初めて。


 男の顔から笑みが消えた。


 「……なるほど」


 静かな声。


 「そういうことか」


 視線が動く。


 私へ。


 嫌な汗が流れる。


 「本当に大事なんだな」


 胸が強く鳴る。


 土方の空気が変わる。


 さらに冷たくなる。


 「名前を呼ぶな」


 男は笑う。


 「面白い」


 まるで観察しているみたいに。


 「何度も見てきた」


 その言葉に引っかかる。


 何度も?


 男は続ける。


 「失敗した未来も」


 刀を受けながら。


 「壊れた未来も」


 さらに。


 「全部」


 頭が痛む。


 夢。


 夢の断片。


 悪夢。


 死体の山。


 繰り返し見ていた光景。


 まさか。


 「……お前」


 声が震える。


 男の目がこちらを向く。


 「気づいたか」


 微笑む。


 その瞬間。


 全てが繋がる。


 私は夢を見ていたんじゃない。


 見せられていたんだ。


 何度も。


 何度も。


 失敗した未来を。


 「お前が……」


 息が苦しい。


 「夢を見せてたの」


 男は否定しない。


 笑うだけ。


 それが答えだった。


 全身が震える。


 怒りだった。


 怖さじゃない。


 今まで感じたことのないほどの。


 「何で」


 声が掠れる。


 「何でそんなこと」


 男は初めて少しだけ寂しそうな顔をした。


 ほんの一瞬。


 本当に一瞬だけ。


 「知りたかった」


 静かな声。


 「変わるのかを」


 意味が分からない。


 男は空を見上げる。


 夜明け前の空。


 薄く白み始めている。


 「人が」


 小さく言う。


 「運命を超えられるのか」


 その言葉に。


 胸の奥がざわつく。


 敵なのに。


 どこか悲しい。


 土方は黙って聞いていた。


 そして。


 「くだらねぇな」


 短く言う。


 男が笑う。


 「そうか」


 「答えなら出てる」


 土方が刀を構える。


 まっすぐ。


 迷いなく。


 「超えたじゃねぇか」


 その言葉に。


 私は息を呑む。


 男も黙る。


 土方は続ける。


 「こいつが変えた」


 私を見る。


 一瞬だけ。


 優しく。


 「皆が変えた」


 隊士たちを見る。


 そして再び男を見る。


 「だから終わりだ」


 夜明けの光が差し始める。


 東の空が白い。


 夢では。


 ここまで辿り着けなかった。


 男は空を見る。


 そして。


 初めて。


 本当に初めて。


 穏やかに笑った。


 「そうか」


 静かな声。


 「成功したのか」


 その言葉と同時に。


 男の体から力が抜けたように見えた。


 刀が下がる。


 抵抗をやめるみたいに。


 でも。


 土方は止まらない。


 前へ出る。


 最後の一歩。


 そして。


 夜明けの光の中。


 決着の時が訪れようとしていた。


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