表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「嘘から始まる一週間」  作者: 柑橘みかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/45

40話

 敵の波が正門へ押し寄せる。


 松明の光が揺れるたび、無数の影がうごめいて見えた。


 だが、新選組は崩れない。


 昨夜までとは違う。


 皆が知っている。


 守るべきものを。


 そして何より、土方が前に立っている。


 「弓!」


 号令が飛ぶ。


 屋根の上に配置された隊士たちが一斉に矢を放つ。


 夜空を裂く音。


 敵の先頭が崩れる。


 その隙に門前へ木柵が押し出される。


 防衛線。


 夢の中にはなかったものだ。


 夢では奇襲だった。


 今は迎撃だ。


 土方が刀を抜いたまま叫ぶ。


 「慌てるな!」


 声が響く。


 「突っ込んでくる奴から落とせ!」


 隊士たちが応える。


 敵がぶつかる。


 金属音。


 怒号。


 火花。


 戦いが始まった。


 私は後方へ下げられていた。


 最前線ではない。


 けれど完全な安全圏でもない。


 避難民の近く。


 怪我人が出れば運ぶ役目もある。


 本当なら戦わせたくないのだろう。


 土方の判断だ。


 その時。


 不意に視線を感じた。


 ぞくりとする。


 正門の向こう。


 敵軍の奥。


 偽物の近藤。


 あの男がこちらを見ていた。


 戦場なのに。


 周囲が見えていないみたいに。


 真っ直ぐ。


 私だけを。


 嫌な汗が流れる。


 「何なの……」


 小さく呟く。


 すると。


 男が笑った。


 遠いはずなのに。


 なぜかそう見えた。


 次の瞬間。


 敵の一部が動く。


 正門ではない。


 北側へ回り込む。


 いや。


 違う。


 私のいる方向だ。


 「っ!」


 背筋が冷える。


 狙いは最初から。


 私。


 思考が繋がる。


 男は言っていた。


 欲しいのは私だと。


 屋敷ではない。


 新選組でもない。


 私。


 「土方!」


 思わず叫ぶ。


 土方が振り返る。


 その瞬間にはもう理解していたらしい。


 「北だ!」


 怒鳴る。


 隊士たちが動く。


 だが敵も速い。


 十数人が突破を狙って駆けてくる。


 真っ直ぐこちらへ。


 怖い。


 足が震える。


 でも。


 逃げるだけじゃ駄目だ。


 今までだってそうだった。


 私は夢を思い出す。


 地下室。


 崩落。


 火。


 全部。


 怖かった。


 それでもここまで来た。


 だから。


 「来ないで!」


 近くの避難民を押し下げる。


 子どもを抱えた母親が震えている。


 守らなきゃ。


 敵が迫る。


 刀が光る。


 その時。


 黒い影が間へ割り込んだ。


 「下がれ!」


 聞き慣れた声。


 沖田だった。


 いつの間に。


 隊士たち数人と共に飛び込んでくる。


 敵を弾く。


 笑いながら。


 「副長に怒られるんですよ」


 敵の刀を受け流しながら言う。


 「信長さんに傷つけたら」


 こんな時なのに。


 思わず笑いそうになる。


 沖田がちらりと振り返る。


 「だから大人しく守られてください」


 その目は真剣だった。


 戦況は拮抗していた。


 正門。


 北側。


 裏手。


 各所で戦いが起きている。


 けれど。


 押されていない。


 夢と違う。


 決定的に。


 皆が連携している。


 誰も孤立していない。


 そして土方は。


 最前線で暴れていた。


 まるで鬼だった。


 敵が近づくたび倒れる。


 一歩も引かない。


 いや。


 押し返している。


 敵軍ですら勢いを失い始めていた。


 なのに。


 偽物の近藤だけは動かない。


 後方で見ている。


 じっと。


 そして。


 その男がゆっくり手を上げた。


 空気が変わる。


 嫌な予感。


 直感だった。


 「だめ!」


 叫ぶ。


 理由は分からない。


 でも。


 だめだと思った。


 男の口が動く。


 聞こえない。


 なのに。


 世界が歪んだ気がした。


 風が止む。


 音が遠くなる。


 敵も味方も一瞬だけ動きを鈍らせる。


 そして。


 私の頭の中へ声が響いた。


 ――見つけた。


 全身が凍る。


 誰にも聞こえていない。


 私だけだ。


 ――ようやく。


 耳ではない。


 頭の奥。


 夢を見る時と同じ場所。


 ――何度やり直しても。


 寒い。


 怖い。


 理解できない。


 ――お前はここへ来る。


 視界が揺れる。


 立っていられない。


 膝が崩れる。


 「おい!」


 沖田の声。


 遠い。


 ――だから待っていた。


 そこで。


 不意に別の手が伸びた。


 強い力。


 腕を掴まれる。


 現実へ引き戻される。


 「こっち見ろ」


 低い声。


 土方だった。


 いつの間に来たのか分からない。


 肩で息をしている。


 敵の血を浴びている。


 それでも。


 真っ直ぐ私を見る。


 「聞くな」


 短い言葉。


 「え……」


 「何言われても聞くな」


 目が鋭い。


 でも優しい。


 私を現実へ繋ぎ止めようとしている。


 「土方」


 声が震える。


 「怖い」


 正直に言った。


 土方は迷わなかった。


 そのまま私の額へ額を押し当てる。


 戦場の真ん中で。


 誰が見ていても関係ないみたいに。


 「俺を見ろ」


 低い声。


 近い。


 呼吸が触れる。


 「お前は一人じゃねぇ」


 胸が熱くなる。


 涙が出そうになる。


 「聞こえるか」


 頷く。


 「なら大丈夫だ」


 たったそれだけ。


 なのに。


 頭の中の声が遠のいていく。


 偽物の近藤が初めて表情を変えた。


 苛立ち。


 怒り。


 そんな色が見えた。


 土方は私から離れる。


 刀を握る。


 そして男を見る。


 「てめぇの相手は俺だ」


 静かな声だった。


 偽物が笑う。


 だがさっきまでの余裕はない。


 月が雲間から現れる。


 夜明けまで。


 あと少し。


 長かった六日目の夜は。


 ついに最終局面へ向かおうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ