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「嘘から始まる一週間」  作者: 柑橘みかん


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39話

 夜風が止んだように感じた。


 正門の上。


 こちら側には新選組。


 向こうには松明の海。


 その中心に立つ偽物。


 誰も動かない。


 誰も目を逸らせない。


 まるで空気そのものが張り詰めている。


 「本物をよく知っている、だと」


 土方が低く言う。


 偽物の近藤は笑った。


 その顔だけ見れば本物と変わらない。


 だから余計に気味が悪い。


 「そうだ」


 穏やかな声。


 「誰よりも長く見てきた」


 敵軍が静まり返っている。


 まるでこの男の言葉を待っているみたいに。


 「誰よりも多くの絶望を見た」


 月明かりが顔を照らす。


 その目だけが暗い。


 底なし沼みたいに。


 「人は変わらない」


 男が言う。


 「守ろうとする」


 笑う。


 「信じようとする」


 また笑う。


 「そして裏切られる」


 胸がざわつく。


 その言葉はどこか悲しく聞こえた。


 怒りじゃない。


 憎しみだけでもない。


 もっと長い。


 もっと深い。


 何か。


 土方も気づいたらしい。


 眉を寄せる。


 「お前は何者だ」


 男は答えない。


 代わりに。


 ゆっくりこちらを見る。


 私を。


 真っ直ぐ。


 「夢見のお嬢ちゃん」


 その呼び方に鳥肌が立つ。


 「楽しかったか?」


 声が出ない。


 何を言っている。


 男は続ける。


 「未来を知るのは」


 月光の下。


 微笑む。


 「救えた気分になれるだろう?」


 背筋が冷たくなる。


 知っている。


 こいつは知っている。


 私が夢を見ていたことを。


 未来を知っていたことを。


 なぜ。


 どうして。


 土方が半歩前へ出る。


 私を隠すように。


 「答えろ」


 低い声。


 男は初めて笑みを消した。


 「答える必要があるか?」


 静かな声。


 「お前たちは、もう勝った気でいる」


 風が吹く。


 松明の火が揺れる。


 「違うのか」


 土方が言う。


 「違う」


 男は即答した。


 その声に確信がある。


 嫌な予感が走る。


 夢は変わった。


 何度も。


 でも。


 変わったからこそ起きたこともある。


 「お前たちは一つ勘違いしている」


 男が言う。


 「私はこの屋敷を壊したかったわけじゃない」


 その言葉に。


 全員の顔色が変わる。


 じゃあ何だ。


 何が目的だ。


 男はゆっくり手を上げる。


 その先。


 私だった。


 心臓が止まりそうになる。


 「最初から欲しかったのは」


 月明かりの中。


 男の目が細まる。


 「お前だ」


 時間が止まった。


 意味が分からない。


 私?


 どうして。


 何で。


 周囲の隊士たちも息を呑む。


 土方だけが動かなかった。


 ただ。


 空気が変わる。


 静かに。


 冷たく。


 恐ろしいほどに。


 「もう一回言ってみろ」


 声が低い。


 聞いたことがないくらい。


 男は笑った。


 「聞こえなかったか?」


 挑発するように。


 「その娘を寄越せ」


 瞬間。


 殺気が爆発した。


 門の上にいた隊士たち全員が息を呑む。


 土方から放たれたものだった。


 怒鳴っていない。


 叫んでもいない。


 ただ立っているだけ。


 なのに。


 怖い。


 敵ですら一瞬黙る。


 「……土方」


 思わず呼ぶ。


 土方は振り返らない。


 ただ。


 右手だけが伸びる。


 私の手を探すみたいに。


 私は迷わず握った。


 その瞬間。


 少しだけ肩の力が抜ける気配がした。


 男はそれを見て笑う。


 「なるほど」


 面白そうに。


 「そういうことか」


 その目が細まる。


 「だから未来が変わった」


 何かを納得したように。


 「面倒な」


 その言葉に引っかかる。


 未来が変わった?


 つまり。


 夢の中では。


 土方と私はこうなっていなかった?


 男は続ける。


 「本来なら」


 静かな声。


 「お前はもっと早く壊れていた」


 心臓が鳴る。


 「一人で」


 言葉が刺さる。


 「誰にも信じられず」


 また刺さる。


 「絶望して」


 息が苦しい。


 夢の中の私だ。


 たぶん。


 そうなっていた。


 男は私を見ている。


 まるで観察するみたいに。


 「だが」


 そこで。


 初めて土方を見る。


 「こいつがいた」


 空気が変わる。


 土方の目も。


 男の目も。


 真っ向からぶつかる。


 「だから面倒になった」


 男が言う。


 「だから潰す」


 その瞬間。


 敵軍が動いた。


 号令もない。


 ただ一斉に。


 波のように。


 正門へ向かって走り出す。


 「来るぞ!!」


 隊士たちが叫ぶ。


 戦いが始まる。


 本当の最後の戦いが。


 だが。


 その喧騒の中で。


 土方だけが一瞬振り返った。


 目が合う。


 そして。


 「終わったら」


 低い声。


 戦場には似合わないくらい静かな。


 「続きを聞かせろ」


 一瞬意味が分からない。


 でも。


 すぐ気づく。


 告白の返事だ。


 こんな時に。


 本当にこの人は。


 思わず笑いそうになる。


 怖いはずなのに。


 不思議と力が湧く。


 私は頷く。


 強く。


 「ちゃんと聞かせる」


 土方の口元が少しだけ上がる。


 それを見た瞬間。


 私は確信した。


 この人となら。


 運命だって変えられる。


 たとえ最後の敵が何者でも。


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