表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「嘘から始まる一週間」  作者: 柑橘みかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/41

34話

 六日目の夜は、ゆっくりと更けていった。


 広間の崩落騒ぎが落ち着いた頃には、空は完全に暗くなっていた。負傷者の確認も終わり、幸い命に関わる怪我人はいない。昨夜までなら考えられない結果だった。


 それでも誰も油断していない。


 夢の中で惨劇が起きた時間帯は、まだ終わっていなかったからだ。


 屋敷全体に見張りが配置され、隊士たちは交代で巡回している。宿の者たちも別々の部屋へ分散され、広間へ集められることはなかった。


 何度も夢をなぞり、その都度違う選択をしてきた。


 だから今ここにいる。


 私は縁側に座り、夜の庭を見つめていた。


 風が涼しい。


 戦いの匂いも、煙の匂いも薄れてきている。


 けれど胸は落ち着かなかった。


 (本当に終わるのかな)


 あとどれくらいだろう。


 夢の記憶では、空が白み始める前には全て終わっていた。


 つまり残り数時間。


 それを越えられれば――。


 「また難しい顔してるな」


 聞き慣れた声が横から落ちる。


 振り向くと土方だった。


 隊服ではなく、軽い羽織姿。


 怪我のせいか少しだけ疲れた顔をしている。


 でも目は優しかった。


 「考え事」


 「知ってる」


 当然みたいに返される。


 土方は私の隣へ腰を下ろした。


 肩が触れそうな距離。


 前なら緊張したはずなのに、今は少し安心する。


 「巡回は?」


 「交代した」


 短く答える。


 「珍しく休めって言われた」


 その言葉に思わず笑う。


 「言われるんだ」


 「隊士どもがうるせぇ」


 土方が眉を寄せる。


 「副長が倒れたら困るから休めだと」


 少し不満そうだ。


 でもどこか嬉しそうでもある。


 皆に慕われているのが分かる。


 しばらく二人で夜を眺める。


 虫の音だけが聞こえる。


 静かだ。


 不思議なくらい。


 その静けさの中で、ふと土方が口を開いた。


 「お前、元の世界に帰るのか」


 心臓が止まりそうになる。


 考えていなかったわけじゃない。


 でも。


 意識的に避けていた。


 帰れるのかも分からない。


 そもそもどうやって来たのかも分からない。


 「……分からない」


 正直に答える。


 「帰る方法も知らないし」


 土方は何も言わない。


 けれど横顔が少しだけ固くなる。


 その表情を見て。


 胸が痛くなる。


 「でも」


 続ける。


 「帰れって言われても困る」


 土方がこちらを見る。


 「何でだ」


 分かっているくせに。


 そんな顔をしている。


 私は少しだけ笑う。


 「好きな人がいるから」


 今さら隠す意味もなかった。


 土方は数秒黙った。


 それから大きく息を吐く。


 「……だから」


 低い声。


 「そういうことを不意に言うな」


 また同じ台詞。


 でも今度は照れ隠しだと分かる。


 私は肩を揺らして笑う。


 土方がじろりと睨む。


 「笑うな」


 「だって」


 「だってじゃねぇ」


 そう言いながら。


 不意に手が伸びてくる。


 頬を軽くつままれた。


 「いたい」


 「嘘だな」


 「痛くないけど」


 正直に言うと、今度は呆れられる。


 夜風が吹く。


 距離が少し近づく。


 自然に。


 何の理由もなく。


 土方の肩が触れた。


 「……なあ」


 珍しく少し迷うような声。


 「何」


 「夢が終わったら」


 そこで言葉が止まる。


 土方が言葉を探している。


 そんな姿は初めて見た。


 「うん」


 急かさず待つ。


 しばらく沈黙。


 そして。


 「ちゃんと口説く」


 真顔だった。


 一瞬意味が理解できない。


 理解した瞬間。


 顔が熱くなる。


 「今まで何してたの」


 思わず聞いてしまう。


 土方が眉を寄せた。


 「知らねぇ」


 「十分口説いてたと思う」


 「そうか?」


 本気で分かっていない顔。


 ずるい。


 あれだけ抱き寄せたり手を握ったりしておいて。


 「自覚ないんだ」


 「ねぇな」


 即答だった。


 私は笑う。


 土方も少しだけ笑う。


 その空気が心地いい。


 戦いの最中に生まれたとは思えないほど穏やかだった。


 その時。


 遠くで鐘の音が鳴った。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 夜半を知らせる音。


 私は無意識に息を呑む。


 夢の中で、最後の惨劇が起きたのは――この時間帯だった。


 土方も気づいたらしい。


 表情が引き締まる。


 「あと少しだな」


 静かな声。


 「……うん」


 頷く。


 怖くないわけじゃない。


 でも。


 最初にこの世界へ来た時とは違う。


 もう一人じゃない。


 土方がいる。


 皆がいる。


 そして何より。


 ここまで未来を変えてきた。


 土方が立ち上がる。


 自然に手を差し出す。


 私は迷わず掴んだ。


 「見回るぞ」


 「副長は休みじゃなかった?」


 「気が変わった」


 即答だった。


 絶対嘘だ。


 たぶん。


 私と同じで落ち着かないのだ。


 だから何も言わない。


 ただ繋いだ手だけが少し強く握られる。


 六日目の夜。


 運命の分岐点。


 あと少しで、夢の終わる時間がやってくる。


 その先に何が待っているのか。


 まだ誰も知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ