表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「嘘から始まる一週間」  作者: 柑橘みかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/40

33話

 部屋を飛び出した瞬間、嫌な既視感が胸を貫いた。


 夕暮れ。


 火。


 慌ただしく走る人々。


 夢の終盤で何度も見た光景だ。


 だが決定的に違うことが一つあった。


 夢の中の私は、ただ巻き込まれる側だった。


 今は違う。


 何が起きているかを知ろうとしている人たちがいて、動ける人たちがいて、その中心に土方がいる。


 そして私は、その隣にいる。


 北側の棟へ向かう途中、隊士たちが次々と合流してくる。


 「火は大きいのか!」


 土方が問いかける。


 「まだ小規模です!」


 「人は!」


 「全員避難済み!」


 その報告に少しだけ息を吐く。


 夢では違った。


 火が出た時にはもう人が逃げ遅れていた。


 つまり、やはり流れは変わっている。


 北棟へ着くと、確かに一角から煙が上がっていた。


 だが昨夜の放火ほどではない。


 隊士たちも落ち着いて対応している。


 それなのに。


 胸の奥の不安が消えない。


 (違う)


 火そのものじゃない。


 何かが違う。


 土方も同じことを感じたらしい。


 燃える柱を見つめながら眉を寄せる。


 「妙だな」


 低い声。


 「……うん」


 思わず頷く。


 火にしては騒ぎが小さい。


 敵にしては動きが見えない。


 まるで。


 誰かがこちらの注意を引いているだけのような。


 その瞬間だった。


 頭の奥で何かが繋がる。


 夢の断片。


 火。


 混乱。


 人が走る。


 そして――誰もいなくなった場所。


 「広間!」


 叫んでいた。


 土方が即座に振り返る。


 「何だ!」


 「違う! 狙いはここじゃない!」


 胸が苦しい。


 必死に記憶を辿る。


 「最後、人が集まってた場所!」


 夢の中で死体が積み重なっていた場所。


 火が起きた後、皆が安全だと思って集まった場所。


 広間。


 土方の目が鋭くなる。


 「全員戻れ!」


 怒鳴るような声が飛ぶ。


 隊士たちが一斉に動き出す。


 私も走る。


 息が苦しい。


 嫌な予感が加速する。


 広間へ近づくほど、人の声が増える。


 避難した者たち。


 宿の人々。


 子ども。


 老人。


 昨夜守った人たち。


 全員がそこに集まり始めていた。


 夢と同じだ。


 「散らせ!」


 土方が叫ぶ。


 「ここに集めるな!」


 隊士たちが慌てて誘導を始める。


 人々が戸惑いながら動く。


 その瞬間。


 広間の天井から鈍い音が響いた。


 全員が顔を上げる。


 嫌な音だった。


 木材が軋む音。


 重い何かが動く音。


 そして。


 「下がれ!!」


 土方の叫びと同時だった。


 天井の一部が崩落する。


 轟音。


 悲鳴。


 土煙。


 私は反射的に身を縮めた。


 目の前へ土方の腕が伸びる。


 抱き寄せられる。


 視界が塞がれる。


 耳元で木が砕ける音。


 誰かの叫び。


 数秒。


 いや、もっと短かったかもしれない。


 やがて静寂が戻る。


 ゆっくり顔を上げる。


 土方の胸に押し込まれるような体勢だった。


 「……土方」


 声が震える。


 「怪我は」


 即座に聞かれる。


 「ない」


 「本当か」


 肩を掴まれる。


 顔を見られる。


 必死な目だった。


 私は頷く。


 すると土方は大きく息を吐いた。


 その姿を見て初めて気づく。


 自分を庇ったせいで、土方の肩へ木片が当たっている。


 着物が裂けていた。


 「怪我してる!」


 「かすり傷だ」


 即答。


 だが血が滲んでいる。


 私は眉を寄せる。


 土方はそれ以上何も言わず、広間全体を見る。


 崩れたのは一部だけ。


 昨夜までに補強を進めていたおかげで、大規模な崩落にはならなかった。


 怪我人も少ない。


 夢なら。


 ここから大量の死者が出ていた。


 今は違う。


 明らかに違う。


 その事実が胸を震わせる。


 「変わったな」


 ぽつりと土方が言う。


 私は顔を上げる。


 土方も崩れた天井を見ていた。


 「……うん」


 「お前が変えた」


 静かな声。


 胸が熱くなる。


 私は首を振った。


 「一人じゃ無理だった」


 本心だった。


 夢を知っていても。


 私一人では誰も救えなかった。


 土方がいて。


 隊士たちがいて。


 皆が信じて動いてくれた。


 だから今がある。


 土方はしばらく黙っていた。


 そして。


 「そうだな」


 珍しく素直に頷く。


 「だから」


 そこで視線が合う。


 夕陽が差し込む広間。


 人々のざわめき。


 その中で。


 土方だけが妙にはっきり見えた。


 「終わったら」


 低い声。


 「今度こそ邪魔させねぇ」


 一瞬意味が分からない。


 そしてすぐ思い出す。


 さっき。


 部屋で。


 隊士に邪魔されたことを。


 顔が熱くなる。


 「こ、こんな時に何言ってるの」


 「こんな時だからだ」


 真顔だった。


 だから余計に困る。


 周囲ではまだ救助や誘導が続いている。


 なのに。


 この人は。


 土方は少しだけ口元を緩める。


 「六日目の夜は長ぇぞ」


 その言葉に。


 胸の奥で、恐怖とは違う熱が静かに灯った。


 運命の夜はまだ終わっていない。


 けれど。


 もう結末は、あの悪夢とは違う場所へ向かっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ