表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「嘘から始まる一週間」  作者: 柑橘みかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/24

3話

 翌朝、目が覚めた瞬間にここが現実だと理解してしまう自分がいた。畳の硬さ、障子越しの柔らかい光、遠くから聞こえる人の気配。夢だった頃はもっと曖昧で、触れた感触もすぐに消えていたのに、今は全部がはっきりしている。逃げ場がないという意味での現実感が、じわじわと胸の奥に広がる。けれど同時に、まだ始まったばかりだという感覚もあった。あの惨劇までは時間がある。だからこそ、今のうちに動かなければならない。


 体を起こしながら、昨日のことを思い返す。潜入は一応成功した。処分もされていないし、部屋も与えられた。土方の目の届くところに置かれているという状況も、逆に考えれば“自由に動ける範囲が保証されている”とも言える。問題は、ここからどうやって未来を変えるかだ。


 (情報が足りない)


 夢で見ていたのは断片的な光景だけだ。いつ、どこから、どれくらいの規模で敵が来るのか。具体的なことはほとんどわからない。ただ「全員死ぬ」という結果だけが、異様に鮮明に残っている。


 そのとき、廊下から声が聞こえた。


 「起きてるか?」


 びくりと肩が揺れる。反射的に声を整える。


 「……ああ」


 襖が開き、若い隊員が顔を出した。昨日、声をかけてきた男だ。相変わらず表情は柔らかい。


 「朝餉、できてるぞ」


 「……そうか」


 短く返すと、隊員は少しだけ笑った。


 「無理して低い声出してるだろ」


 一瞬、思考が止まる。


 「……は?」


 完全に素の反応が出かけるのを、なんとか抑える。


 「いや、なんでもねぇ」


 そう言って、くるりと背を向ける。


 「早く来いよ」


 軽い調子。そのまま去っていく。


 取り残された空気が、妙に静かだった。


 (……え)


 今の、どういう意味。


 頭の中で言葉を反芻する。無理して低い声。つまり――


 (気づいてる……?)


 心臓が一気に速くなる。いや、でも違う。あの言い方は、決定的な指摘ではなかった。軽口の延長みたいなものだ。からかわれただけかもしれない。


 (大丈夫、大丈夫……)


 自分に言い聞かせる。まだバレてない。たぶん。きっと。


 そう思い込まないと、足が動かない。


 部屋を出て食堂へ向かうと、すでに何人かの隊員が集まっていた。賑やかな空気。笑い声。夢で見た“平和な時間”そのものだ。


 「お、来た」


 「こっち座れよ」


 自然に席を空けられる。断る理由もなく、そこに腰を下ろす。


 (なんでこんな普通なの)


 違和感が強くなる。昨日からずっと感じている、あの優しさ。怪しいはずなのに、誰も深く追及しない。むしろ、受け入れているような空気すらある。


 食事が運ばれてくる。湯気の立つ味噌汁、白いご飯、焼き魚。普通の朝の光景。こんな時間が、このあと壊れるなんて信じられないくらい、穏やかだ。


 「口に合うかわかんねぇけどな」


 隣の隊員がそう言う。


 「……問題ない」


 箸を持つ手が、わずかに震える。気づかれないようにゆっくりと口に運ぶ。味はちゃんとする。現実だ。


 「へぇ、ちゃんと食うんだな」


 「当たり前だ」


 少しだけ強めに返してしまう。しまった、と思った瞬間、隊員がくすっと笑った。


 「怒んなって」


 空気が柔らかい。あまりにも普通すぎて、逆に怖い。


 そのとき、向かい側に座った男と目が合った。鋭い視線。笑っていない目。


 沖田だ、と直感する。


 「……ねえ」


 穏やかな声なのに、どこか底が冷たい。


 「君さ」


 言葉が続く前に、喉が締まる。


 「どこから来たの?」


 周りの空気が、ほんの少しだけ静まる。試されている。そう直感する。


 「……上だ」


 またそれを言うのかと、自分でも思う。でも他に出てこない。


 沖田は数秒、こちらを見つめたまま動かなかった。


 やがて、ふっと笑う。


 「そっか」


 それ以上は何も言わない。


 けれど、その視線だけはしばらく離れなかった。


 (絶対、気づいてる……)


 確信に近いものが胸に落ちる。昨日までの「もしかして」が、「やっぱり」に変わる。


 でも、誰も言わない。


 誰も追い詰めない。


 それが逆に、怖い。


 食事が終わり、自然と人が散っていく。私はその場に少しだけ残っていた。立ち上がるタイミングを見失っている。


 そのとき、後ろから声が落ちた。


 「……食ったか」


 振り返らなくてもわかる。


 「……ああ」


 立ち上がると、すぐ近くに土方が立っていた。いつの間にいたのか分からない。気配が薄いわけじゃないのに、気づけなかった。


 「来い」


 短い一言。拒否する余地はない。


 そのまま外へ連れ出される。庭に出ると、空気が一気に広がる。朝の光が眩しい。


 「……どう思う」


 突然の問いに、思考が止まる。


 「……何がだ」


 反射で返すと、土方は庭を見渡した。


 「ここだ」


 意味を考える。どう思うか。この場所を。


 夢の光景が頭をよぎる。血に染まる庭。倒れている人影。


 「……静かすぎる」


 気づけば、そう答えていた。


 土方の視線が、ゆっくりこちらに向く。


 「ほう」


 興味を持ったような、わずかな反応。


 「理由は」


 問われる。言葉を探す。嘘と本音が混ざる。


 「……人が多い割に、音が軽い」


 自分でも曖昧な説明。でも、完全な嘘ではない。


 土方は少しだけ考え込むように目を細めた。


 「……面白いこと言うじゃねぇか」


 そう言って、ふっと息を吐く。


 「しばらく付き合え」


 それだけ言って、歩き出す。


 また、ついていくしかない。


 隣を歩きながら、胸の奥がざわつく。


 (試されてる)


 確実に。


 それでも、逃げるわけにはいかない。


 ここで引いたら、全部終わる。


 あの結末も、変わらない。


 だから。


 (やるしかない)


 恐怖も、不安も、全部抱えたまま。


 私は、その背中を追い続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ