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「嘘から始まる一週間」  作者: 柑橘みかん


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23/26

23話

 広間へ戻ると、さっきまでの混乱はひとまず収まりつつあった。避難していた者たちは部屋ごとに分けられ、怪我人には手当てが施されている。隊員たちも持ち場を再配置し、入口と通路を押さえていた。誰も油断はしていない。火は消えたが、敵の意図までは消えていないと全員が理解している空気だった。


 土方は私の手を離し、そのまま中央へ進む。離れた指先が急に冷たく感じる。


 (……慣れるな)


 数歩前を歩く背中を見ながら、自分に言い聞かせる。こんな非常時だ。手を引かれただけで胸がざわついている場合じゃない。


 それでも、さっき腰を支えられた感触や、煙の中で壁際へ囲われた距離感が、頭から離れなかった。


 「捕えた奴は?」


 土方が隊員へ問う。


 「奥の部屋で縛ってます。口は割りません」


 「割らせる必要はねぇ」


 即答だった。


 その一言で、周囲の空気が少し変わる。土方は感情で動かない。必要な情報だけを取る人間だと、皆が知っている。


 「見取り図を広げろ」


 机の上に紙が置かれる。さっき敵が持っていたものだ。広間、西の棟、裏口、そして屋敷の一階奥――あの隠し扉の位置まで記されている。


 背筋が冷えた。


 (やっぱり、あそこが関係してる)


 死体の山。過去にも同じ事件があった痕跡。今回だけの襲撃ではない。


 「……地下」


 思わず口に出る。


 土方が視線を向ける。


 「何かあるか」


 「分からない。でも……夢で、最後に人が消えてた」


 言いながら、自分でも曖昧だと分かる。けれど感覚として残っている。戦って死んだだけじゃない。どこかへ連れていかれた人々がいた。


 土方は少しだけ考えた。


 「広間を守る班、地下を探る班に分ける」


 判断が速い。


 「俺が下へ行く」


 反射的に声が出た。


 「私も行く」


 周囲の隊員たちが一瞬こちらを見る。土方は露骨に眉を寄せた。


 「遊びじゃねぇ」


 「分かってる」


 「下は狭い。危険だ」


 「だから行く」


 言い切ると、土方の目が細くなる。


 「……なんでそこまで来る」


 その問いに、もう誤魔化す気になれなかった。


 「一人で行かせたくない」


 広間の空気が少しだけ止まる。


 隊員たちが気まずそうに視線を逸らした。誰かが咳払いする。


 土方は数秒黙り、それから低く言った。


 「……お前ら全員、外行け」


 「え、俺たちですか?」


 「聞こえなかったか」


 「了解!」


 一斉に散っていく。広間に私と土方だけが残された。


 「……怒った?」


 恐る恐る聞く。


 「違う」


 短く返される。


 「調子が狂うだけだ」


 またその言葉だった。


 近づいてくる。逃げる理由はないのに、心臓だけが逃げ出しそうになる。


 「お前、そういうことを人前で言うな」


 「……本当のことだし」


 言った瞬間、土方の手が伸びてきた。顎を軽く持ち上げられる。


 「っ……」


 顔が近い。低い視線に射抜かれる。


 「本気で言ってる顔するな」


 声が少し掠れていた。


 「こっちは余計に狂う」


 胸が痛いほど鳴る。


 そのまま額が触れそうな距離まで近づき――止まる。


 あと少しで唇が触れそうな距離なのに、土方はそこで止めた。


 「……今は駄目だ」


 自分に言い聞かせるような声だった。


 ゆっくり手が離れる。離れたことにほっとして、同時に残念だと思ってしまう。


 (もう本当にだめだ)


 この人のことで頭がいっぱいになる。


 土方は深く息を吐き、いつもの顔に戻った。


 「下へ行くぞ」


 「……ああ」


 声がうまく出ない。


 奥の廊下を進み、隠し扉の前へ着く。灯りを持った隊員が二人待っていた。土方が頷くと、扉が開かれる。湿った冷気が流れ出た。


 地下へ続く階段。


 前に見た死体の山とは別方向へ、さらに奥へ続いている。


 「……こんなの、前は」


 「気づかなかっただけだ」


 土方が先に降りる。


 狭い階段を下りるしかない。私は後に続いた。暗く、足場も悪い。自然と距離が詰まる。


 一段踏み外しかけた瞬間、前の土方が振り返り、腰を支えた。


 「気ぃ抜くな」


 低い声。


 手は腰に置かれたままだった。狭い階段では離す方が危ないと分かっている。分かっているのに、そこばかり意識してしまう。


 「……抜いてない」


 「震えてる」


 「寒いだけ」


 「嘘だな」


 いつものやり取りに、少しだけ救われる。


 階段を下り切ると、石造りの通路が続いていた。奥から微かな声がする。人のうめき声にも聞こえる。


 土方の顔つきが変わる。


 「生きてる奴がいる」


 低く言う。


 胸が強く鳴った。


 夢では、ここまで来られなかった。見つけられなかった場所だ。


 つまり。


 (変わってる)


 確実に未来が変わっている。


 土方がこちらを一瞬見る。


 「離れるな」


 今度の声は命令というより、確認に近かった。


 「……離れない」


 はっきり答える。


 その言葉に、土方の口元がわずかに緩む。


 そして二人で、暗い通路の奥へ踏み込んだ。


 夜の本当の核心が、そこに待っていた。


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