20話
扉が砕ける音と同時に、広間の空気が裂けた。木片が飛び、悲鳴が上がる。入口から雪崩れ込んできた影は、これまでで一番多かった。先頭が道を開き、その後ろが一気に流れ込む。狭い入口を逆に利用した、押し込み型の侵入だった。
「下がるな!」
土方の声が広間全体に響く。
それだけで隊員たちの動きが揃う。入口付近で無理に押し返さず、半歩引いて受ける。左右から挟み、流れを削る。さっきまでの戦いで掴んだ形を、全員が自然に使っていた。
(強い)
この人たちはただ腕が立つだけじゃない。状況を吸収して変わっていく。だからここまで持ちこたえている。
私は広間の端、避難した人々の近くに立ちながら、視線を巡らせた。泣いている子ども、震える女将、必死に人を庇う宿の者。ここを抜かれたら終わる。
(見ろ)
自分に言い聞かせる。怖がるだけなら意味がない。今、自分にできるのは見ることだ。
敵の一部が正面でぶつかりながら、別の数人が柱沿いに滑っていくのが見えた。広間中央ではなく、側面へ回り込む動き。
「右!」
叫ぶ。
隊員が即座に反応し、位置をずらす。回り込もうとした敵とぶつかり、流れが止まる。
「助かる!」
誰かの声が飛ぶ。
胸が熱くなる。まだ役に立てる。
そのとき、別の敵が避難民の方へ走った。武器を持たない者を人質にするつもりだと一瞬で分かる。
体が勝手に動いた。
「待て!」
木刀を握りしめて前へ出る。怖い。足がすくむ。でも止まれない。
相手が振り向き、苛立ったようにこちらへ向かってくる。腕が上がる。振り下ろされる。
(間に合わない)
目を閉じかけた瞬間、横から強い衝撃音が走った。敵の体が弾かれる。
土方だった。
「馬鹿か、お前は」
低く吐き捨てるように言う。
その声に怒気が混じっている。初めて向けられる種類の強さだった。
「……ごめん」
反射的に謝る。
土方は敵を捌きながら、苛立ったまま続ける。
「一人で出るな」
「でも……」
「でもじゃねぇ」
きっぱり遮られる。
その言葉に胸が詰まる。正しい。正しいけれど、ただ守られているだけも嫌だった。
土方は敵を倒しきると、乱れた呼吸のままこちらへ向き直った。
「怪我は」
「……ない」
「ほんとか」
肩を掴まれ、強引に確認される。腕、首元、頬。乱暴に見えて、怪我がないか確かめる手つきだった。
「……ない」
もう一度言う。
土方は数秒黙ったあと、深く息を吐いた。
「……二度と勝手に出るな」
さっきより少し低い声。
怒っているだけじゃない。そこに別の感情が混じっていると分かる。
(心配……してる)
そう思った瞬間、胸の奥が強く鳴った。
「……あんたが危なかった」
思わず口をつく。
土方の眉がわずかに動く。
「だからってお前が出てどうする」
「……助けたかった」
言ってから、自分で驚くほどまっすぐな言葉だった。
土方は一瞬だけ黙る。周囲ではまだ戦っている音がしているのに、その数秒だけ別の時間みたいに感じた。
やがて、低い声が落ちる。
「……そういう顔で言うな」
「え?」
意味が分からず見返す。
土方は視線を逸らした。
「調子が狂う」
ぶっきらぼうに言い捨て、再び前へ出る。
胸が熱くなる。
(この人……)
自分だけじゃないのかもしれない。そう思うだけで、怖さより先に力が湧く。
戦いは続いていた。入口側はまだ押し合っているが、敵の勢いは少し落ち始めている。こちらが崩れないと分かり、焦れている。
「灯り落とせ!」
土方が叫ぶ。
隊員の一人が行灯を倒す。広間の半分が暗くなる。敵の足が一瞬止まる。地形を知っているのはこちらも同じだ。
「今だ!」
一斉に前へ出る。隊員たちが押し返し、敵の列が乱れる。
(すごい)
土方の判断はいつも速い。そして迷いがない。
その背中を見ていると、胸の奥に自然と感情が積み重なっていく。ただ格好いいだけじゃない。強いだけでもない。誰より冷静に全体を見て、誰より先に危険へ出る。そのくせ、自分の怪我より他人を先に見る。
(好きになるに決まってる)
そんな言葉が頭をよぎり、慌てて振り払う。
まだ戦っている最中だ。
けれど否定しきれなかった。
敵がついに後退し始める。完全な撤退ではない。牽制しながら少しずつ引いている。
「追うな!」
土方が止める。
隊員たちがそこで止まり、陣形を維持する。熱くなった勢いで追わせない判断だ。
広間に静けさが戻る。泣いていた子どもの声だけが小さく残る。
私は張り詰めていた糸が切れたように、その場に座り込みそうになった。
「おい」
すぐに腕を掴まれる。
土方だった。
「座るなら端で座れ」
口調はいつも通りなのに、支える手はしっかりしている。
「……足が」
力が入らない。
「分かってる」
短く言って、そのまま人目の少ない柱の陰まで連れていかれる。
座ると、ようやく息ができた。手も足も震えている。
土方がしゃがみ込み、私の顔を覗き込む。
「無茶しすぎだ」
「……あんたに言われたくない」
かすれた声で返すと、土方が少しだけ口元を動かした。
笑ったのだと分かった。
「生意気になったな」
「……誰のせい」
「知らねぇ」
そう言いながら、額にかかった髪を指で払われる。その仕草は自然なのに、心臓だけが不自然なくらい跳ねた。
「……怖かったか」
急に静かな声で問われる。
さっきと違う。からかいも命令もない、本当の問いだった。
「……怖かった」
素直に答える。
「でも、あんたがいたから」
そこまで言って止まる。
土方は何も急かさない。
「……平気だった」
言い切ると、自分の顔が熱くなるのが分かった。
土方はしばらく黙っていた。そして、誰にも聞こえないくらいの声で言った。
「……俺もだ」
意味を問い返す前に、立ち上がってしまう。
「休んでろ」
いつもの調子に戻った声。
けれど、その耳が少し赤いことに気づいてしまった。
胸の奥が、戦いの熱とは別のもので満ちていく。
まだ夜は終わらない。
でも確かに、二人の距離は少しずつ変わり始めていた。




