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「嘘から始まる一週間」  作者: 柑橘みかん


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20/25

20話

 扉が砕ける音と同時に、広間の空気が裂けた。木片が飛び、悲鳴が上がる。入口から雪崩れ込んできた影は、これまでで一番多かった。先頭が道を開き、その後ろが一気に流れ込む。狭い入口を逆に利用した、押し込み型の侵入だった。


 「下がるな!」


 土方の声が広間全体に響く。


 それだけで隊員たちの動きが揃う。入口付近で無理に押し返さず、半歩引いて受ける。左右から挟み、流れを削る。さっきまでの戦いで掴んだ形を、全員が自然に使っていた。


 (強い)


 この人たちはただ腕が立つだけじゃない。状況を吸収して変わっていく。だからここまで持ちこたえている。


 私は広間の端、避難した人々の近くに立ちながら、視線を巡らせた。泣いている子ども、震える女将、必死に人を庇う宿の者。ここを抜かれたら終わる。


 (見ろ)


 自分に言い聞かせる。怖がるだけなら意味がない。今、自分にできるのは見ることだ。


 敵の一部が正面でぶつかりながら、別の数人が柱沿いに滑っていくのが見えた。広間中央ではなく、側面へ回り込む動き。


 「右!」


 叫ぶ。


 隊員が即座に反応し、位置をずらす。回り込もうとした敵とぶつかり、流れが止まる。


 「助かる!」


 誰かの声が飛ぶ。


 胸が熱くなる。まだ役に立てる。


 そのとき、別の敵が避難民の方へ走った。武器を持たない者を人質にするつもりだと一瞬で分かる。


 体が勝手に動いた。


 「待て!」


 木刀を握りしめて前へ出る。怖い。足がすくむ。でも止まれない。


 相手が振り向き、苛立ったようにこちらへ向かってくる。腕が上がる。振り下ろされる。


 (間に合わない)


 目を閉じかけた瞬間、横から強い衝撃音が走った。敵の体が弾かれる。


 土方だった。


 「馬鹿か、お前は」


 低く吐き捨てるように言う。


 その声に怒気が混じっている。初めて向けられる種類の強さだった。


 「……ごめん」


 反射的に謝る。


 土方は敵を捌きながら、苛立ったまま続ける。


 「一人で出るな」


 「でも……」


 「でもじゃねぇ」


 きっぱり遮られる。


 その言葉に胸が詰まる。正しい。正しいけれど、ただ守られているだけも嫌だった。


 土方は敵を倒しきると、乱れた呼吸のままこちらへ向き直った。


 「怪我は」


 「……ない」


 「ほんとか」


 肩を掴まれ、強引に確認される。腕、首元、頬。乱暴に見えて、怪我がないか確かめる手つきだった。


 「……ない」


 もう一度言う。


 土方は数秒黙ったあと、深く息を吐いた。


 「……二度と勝手に出るな」


 さっきより少し低い声。


 怒っているだけじゃない。そこに別の感情が混じっていると分かる。


 (心配……してる)


 そう思った瞬間、胸の奥が強く鳴った。


 「……あんたが危なかった」


 思わず口をつく。


 土方の眉がわずかに動く。


 「だからってお前が出てどうする」


 「……助けたかった」


 言ってから、自分で驚くほどまっすぐな言葉だった。


 土方は一瞬だけ黙る。周囲ではまだ戦っている音がしているのに、その数秒だけ別の時間みたいに感じた。


 やがて、低い声が落ちる。


 「……そういう顔で言うな」


 「え?」


 意味が分からず見返す。


 土方は視線を逸らした。


 「調子が狂う」


 ぶっきらぼうに言い捨て、再び前へ出る。


 胸が熱くなる。


 (この人……)


 自分だけじゃないのかもしれない。そう思うだけで、怖さより先に力が湧く。


 戦いは続いていた。入口側はまだ押し合っているが、敵の勢いは少し落ち始めている。こちらが崩れないと分かり、焦れている。


 「灯り落とせ!」


 土方が叫ぶ。


 隊員の一人が行灯を倒す。広間の半分が暗くなる。敵の足が一瞬止まる。地形を知っているのはこちらも同じだ。


 「今だ!」


 一斉に前へ出る。隊員たちが押し返し、敵の列が乱れる。


 (すごい)


 土方の判断はいつも速い。そして迷いがない。


 その背中を見ていると、胸の奥に自然と感情が積み重なっていく。ただ格好いいだけじゃない。強いだけでもない。誰より冷静に全体を見て、誰より先に危険へ出る。そのくせ、自分の怪我より他人を先に見る。


 (好きになるに決まってる)


 そんな言葉が頭をよぎり、慌てて振り払う。


 まだ戦っている最中だ。


 けれど否定しきれなかった。


 敵がついに後退し始める。完全な撤退ではない。牽制しながら少しずつ引いている。


 「追うな!」


 土方が止める。


 隊員たちがそこで止まり、陣形を維持する。熱くなった勢いで追わせない判断だ。


 広間に静けさが戻る。泣いていた子どもの声だけが小さく残る。


 私は張り詰めていた糸が切れたように、その場に座り込みそうになった。


 「おい」


 すぐに腕を掴まれる。


 土方だった。


 「座るなら端で座れ」


 口調はいつも通りなのに、支える手はしっかりしている。


 「……足が」


 力が入らない。


 「分かってる」


 短く言って、そのまま人目の少ない柱の陰まで連れていかれる。


 座ると、ようやく息ができた。手も足も震えている。


 土方がしゃがみ込み、私の顔を覗き込む。


 「無茶しすぎだ」


 「……あんたに言われたくない」


 かすれた声で返すと、土方が少しだけ口元を動かした。


 笑ったのだと分かった。


 「生意気になったな」


 「……誰のせい」


 「知らねぇ」


 そう言いながら、額にかかった髪を指で払われる。その仕草は自然なのに、心臓だけが不自然なくらい跳ねた。


 「……怖かったか」


 急に静かな声で問われる。


 さっきと違う。からかいも命令もない、本当の問いだった。


 「……怖かった」


 素直に答える。


 「でも、あんたがいたから」


 そこまで言って止まる。


 土方は何も急かさない。


 「……平気だった」


 言い切ると、自分の顔が熱くなるのが分かった。


 土方はしばらく黙っていた。そして、誰にも聞こえないくらいの声で言った。


 「……俺もだ」


 意味を問い返す前に、立ち上がってしまう。


 「休んでろ」


 いつもの調子に戻った声。


 けれど、その耳が少し赤いことに気づいてしまった。


 胸の奥が、戦いの熱とは別のもので満ちていく。


 まだ夜は終わらない。


 でも確かに、二人の距離は少しずつ変わり始めていた。


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