表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「嘘から始まる一週間」  作者: 柑橘みかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/25

17話

 右側の通路へ駆け込むと、空気の質が違った。さっきまでの正面衝突とは違い、ここは狭く、暗く、音が反響する。板張りの床が足音を拾いすぎて、距離感を狂わせる。敵が何人いるのか、どこまで近いのか、一瞬では掴みにくい場所だった。


 (嫌な場所)


 直感的にそう思う。夢の中でも、こういう狭い場所から流れが崩れていた。逃げ場がなく、誰か一人の転倒が全体を止める。


 土方は速度を落とし、手を横に出してこちらを制した。


 「下がってろ」


 「……いやだ」


 反射的に返してしまう。


 「邪魔になる」


 「なら、邪魔にならない位置にいる」


 言い返した瞬間、自分でも生意気だと思った。けれど引く気にはなれなかった。


 土方は一瞬だけこちらを見る。呆れたような、でもどこか諦めたような目。


 「……勝手にしろ」


 ぶっきらぼうに言って前を向く。


 (許された……?)


 ほんの少しだけ嬉しくなる自分が、我ながら単純すぎる。


 通路の奥から影が二つ、滑るように現れた。狭さを利用した連携。前の一人が視界を塞ぎ、後ろが横から刺し込む形だ。


 「左、後ろも見るな」


 土方が短く言う。


 「……ああ」


 意味はすぐ分かった。目の前の敵に釣られるな、ということだ。


 最初の一人が踏み込む。土方が受け流し、その勢いを横へ逃がす。後ろの敵が間合いを詰める。そこへ土方の肘が入る。鈍い音。体勢が崩れる。


 (速い……)


 狭い場所なのに、動きが止まらない。壁も床も全部、自分の味方みたいに使っている。


 そのとき、三人目の気配がした。


 「……上!」


 咄嗟に叫ぶ。


 天井近くの梁から影が落ちてくる。土方が一瞬で半歩引き、その落下地点を外させる。着地した敵に対し、横から一撃。崩れる。


 「助かった」


 短く言われる。


 そのたった一言で、胸が熱くなる。


 (また……)


 こんな状況で、褒められることばかり気にしている自分が信じられない。でも嬉しいものは嬉しい。


 敵が一度退く。通路に短い静寂が落ちる。


 「前出ろ」


 土方が言う。


 「……え?」


 「ここ、狭い」


 それだけで意味が分かった。後ろにいれば視界が塞がれる。前で見た方がいい。


 「……ああ」


 一歩前に出る。土方との距離が急に近くなる。肩が触れそうなくらい隣だ。


 (近い)


 戦闘中なのに、そこばかり意識してしまう。


 「集中しろ」


 小声で言われる。


 「……してる」


 「してねぇ顔だ」


 耳元に近い位置で低く言われ、ぞくっとする。


 (ずるい)


 わざとなのか無意識なのか分からないのが一番困る。


 次の波が来た。今度は四人。狭い通路に無理やり押し込んでくる。数で潰すつもりだ。


 「下がるな」


 土方が言う。


 その声と同時に、一歩踏み出す。前へ。守られる側だった自分が、少しでも流れを止めるために。


 木刀を振る。浅い。けれど相手の腕に当たる。動きが止まる。


 そこへ土方が入る。無駄なく崩す。


 「いい」


 また短い声。


 息が上がる。腕が痺れる。でも、その一言で立てる。


 敵の一人が横から突っ込んできた。反応が遅れる。


 その瞬間、腰を抱かれるように後ろへ引かれた。


 「……っ」


 体が土方の胸へぶつかる。背中側から腕が回り、そのまま位置を入れ替えられる。自分がいた場所へ敵の刃が走る。


 「前見ろ」


 耳元で低く言われる。


 熱い。近い。苦しいくらい近い。


 でも怖さより先に、ときめきが来る自分に頭が痛くなる。


 「……分かってる」


 声が震える。


 「分かってねぇ」


 即答だった。


 そのまま土方は腕を外し、敵を弾き飛ばす。離れた瞬間、急に心許なくなる。


 (だめだこれ)


 戦いの最中に、守られて安心している。


 敵がまた退く。通路に荒い呼吸だけが残る。


 土方がこちらを見る。額に汗が流れ、呼吸も少しだけ深い。さすがに疲労はある。それでも姿勢は崩れない。


 「怪我は」


 「……ない」


 「嘘つくな」


 手首を取られる。見ると、さっき木刀を受けた腕が赤く腫れていた。自分では気づいていなかった。


 「これくらい」


 「強がるな」


 そう言って、親指で腫れた場所の少し下を軽く押される。


 「いたっ」


 反射的に声が出る。


 「ほらな」


 少しだけ勝ち誇ったような声。


 「……意地悪」


 「お前が馬鹿なだけだ」


 言いながら、自分の帯紐をほどくと、その一部を裂いてこちらの腕に巻き始めた。


 「……え」


 「固定だ」


 「いや、でも」


 「黙ってろ」


 近い距離で手元を見ている横顔が、やけに綺麗に見える。長い指が布を結ぶたび、腕に触れる感触が妙に生々しい。


 (心臓うるさい……)


 戦いの音より自分の鼓動の方が大きい気がする。


 結び終えると、土方が軽く腕を持ち上げる。


 「動くか」


 「……ああ」


 「痛みは」


 「……少し」


 「我慢しろ」


 ひどい。


 でも、その言い方が優しいと感じてしまう自分がもっとひどい。


 遠くで再び足音が鳴る。次が来る。


 土方が立ち上がる。


 「行けるな」


 振り返らずに言う。


 「……行ける」


 即答する。


 その背中が少しだけ止まる。


 「なら来い」


 短く言って歩き出す。


 私はその後ろを追う。巻かれた布が腕に食い込み、そこからじんわり熱が広がる。


 痛みもある。


 怖さもある。


 でも、それ以上に。


 この人に触れられた場所が、ずっと熱いままだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ