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「嘘から始まる一週間」  作者: 柑橘みかん


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13/24

13話

 敵が引いたあとの静けさは、さっきまでとは違う重さを持っていた。張り詰めたままの空気の中で、誰も無駄に動かない。呼吸だけがやけに大きく感じる。自分の鼓動も、まだ落ち着ききらない。けれど崩れてはいない。あの夢のように、一気に押し潰される流れにはなっていない。それだけで、確かに何かが変わっていると分かる。


 (持ちこたえた)


 その事実が、遅れて実感として胸に落ちる。足の震えが少しずつ強くなる。今まで止まっていた分、まとめて押し寄せてくるみたいに。


 「……大丈夫か」


 低い声がすぐ近くで落ちた。


 顔を上げると、土方が立っていた。いつの間にここまで来ていたのか分からない。さっきまで前線にいたはずなのに、気づいたら隣にいる。


 「……ああ」


 反射で答える。でも声が少しだけかすれる。


 土方は一瞬こちらを見て、わずかに眉を寄せた。


 「強がるな」


 短く言う。


 その一言で、押さえていたものが少しだけ揺れる。


 (ばれてる)


 弱さも、怖さも。


 でも、それを責めるような言い方じゃない。ただ事実を見ているだけの声。


 「……平気だ」


 もう一度言う。今度は少しだけ息を整えて。


 土方はそれ以上何も言わなかった。ただ、ほんの一瞬だけ視線を外さずにいたあと、軽く息を吐く。


 「ならいい」


 それだけ。


 でも、その“確認して終わる”距離が、妙に近く感じる。


 (なんで……)


 さっきまでの戦闘の緊張とは違う、別の感覚が胸に残る。怖さじゃない。緩むような、でも落ち着かない感覚。


 「水、飲め」


 不意に差し出される。


 見ると、手に持っていた水筒をこちらに渡していた。


 「……」


 一瞬、言葉が出ない。


 「早くしろ」


 ぶっきらぼうな言い方。でも、手はそのまま差し出されている。


 「……ああ」


 受け取る。指先が少し触れる。ほんの一瞬なのに、その感触が妙に強く残る。


 (近い)


 さっきまで刃を交えていた距離よりも、今の方が近く感じるのが不思議だった。


 口をつけて、水を飲む。喉を通る感覚がやけに鮮明だ。体に戻ってくる感覚。


 「……ありがとう」


 自然と出た言葉に、自分でも少し驚く。


 土方は一瞬だけ目を細めた。


 「礼はいらねぇ」


 いつもの言い方。


 でも、その声が少しだけ柔らかい気がしたのは、気のせいじゃないと思った。


 水筒を返すと、土方はそれを受け取りながら軽く視線を落とした。


 「手、震えてるぞ」


 「……」


 言われて初めて気づく。握っていた手がわずかに揺れている。


 「……さっきの、だ」


 言い訳みたいに答える。


 「分かってる」


 即答。


 否定も、追及もない。


 「初めてであれだけ動けりゃ上出来だ」


 淡々とした評価。


 でも、その中にちゃんと“見ていた”という意味が含まれている。


 (見てたんだ)


 あの混戦の中で。


 自分の動きを。


 「……」


 何か言いたいのに、言葉が出てこない。代わりに、胸の奥がじわっと熱くなる。


 「勘違いするな」


 ふいに言われる。


 顔を上げる。


 「まだ使えるレベルじゃねぇ」


 きっぱりと言い切る。


 「……ああ」


 思わず笑いそうになるのをこらえる。厳しいのは変わらない。


 「だが」


 一拍置く。


 「無駄じゃなかった」


 その言葉が、まっすぐ落ちてくる。


 (……ずるい)


 そんな言い方をされると、余計に胸に残る。


 「……次も、やれるか」


 低く問われる。


 試すような響き。でも、さっきとは違う。完全な疑いじゃない。


 「……やる」


 迷いはなかった。


 怖さはある。でも、それよりも。


 (ここで止まりたくない)


 その気持ちの方が強い。


 土方はわずかに頷いた。


 「ならいい」


 それだけ言って、前を向く。


 その横顔を見て、ふと思う。


 (この人も……)


 怖くないわけがない。数も状況も、全部分かっているはずだ。それでも、この顔で立っている。


 逃げずに。


 迷わずに。


 (だから……)


 守りたいと思った。


 この人を。


 この人たちを。


 理由なんて、もういらない。


 そのとき、遠くで再び音がした。さっきよりも重い、密度のある足音。


 空気がまた引き締まる。


 「……来るぞ」


 土方が低く言う。


 その声を聞いた瞬間、不思議と呼吸が整う。


 さっきまでの震えが、少しだけ引く。


 (大丈夫)


 隣にいる。


 それだけで、少しだけ違う。


 「……ああ」


 頷く。


 木刀を握り直す。さっきよりも、手が安定している。


 (やれる)


 完全じゃなくてもいい。


 ここで、一緒に立つ。


 それだけでいい。


 土方が一歩前に出る。


 その背中を、今度は少し近い距離で追う。


 戦いはまだ終わらない。


 でも、その中で。


 確かに何かが変わり始めているのを、はっきりと感じていた。


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