11話
短い戦闘のあと、屋敷は再び静けさを取り戻したが、その静けさはさっきまでのものとはまったく違っていた。表面上は落ち着いているのに、内側は張り詰めている。誰もが次を待っている。息を潜めて、見えない何かに備えている。床に残る足音の余韻や、空気に残ったわずかな血の匂いが、これが現実の戦いであることを強く突きつけてくる。
(まだ始まったばかり)
さっきのは前触れだ。本番はこれから来る。夢で見た規模は、あんなものじゃなかった。もっと多くて、もっと一方的で、逃げ場がなかった。
土方は倒れた敵に視線を落としたあと、すぐに顔を上げた。その判断の早さに無駄がない。過去や感情に引きずられない。今やるべきことだけを見る目だ。
「引き上げるぞ」
短く言う。
「ここは一度閉じる」
その言葉で全員が動く。遺体をそのままにして、位置を変える。執着しない。必要以上にその場に留まらない。それが正しいと分かる。
(切り替えが速い)
自分ならまだ動けなかったと思う。目の前の現実に引きずられて、足が止まっていたはずだ。
廊下を移動しながら、耳を澄ます。さっきよりも音が減っている。完全に消えているわけじゃないが、意図的に抑えられているのが分かる。外の気配も薄い。さっきの襲撃で一度引いたのか、それとも次の準備か。
「……どう思う」
土方が前を見たまま言う。
「……様子見」
さっき自分が考えた言葉をそのまま返す。
「……だと思う」
土方はわずかに頷く。
「数も質も足りねぇ」
冷静な分析。
「本命は別だ」
(やっぱり)
予想はしていた。でも、言葉にされると現実味が増す。
「……どこから来る」
思わず聞く。
「分かれば苦労しねぇ」
即答。
「だが」
一瞬だけ視線が横に動く。
「動きは見える」
完全ではないが、掴んでいるものがある。
「さっきの連中、迷いがなかった」
確かにそうだ。位置を知っている動きだった。
「内側を知ってる」
つまり、どこかに情報源がある。
(内部……?)
嫌な考えが浮かぶ。
「裏切り……?」
小さく呟く。
土方は否定しない。
「可能性はある」
淡々とした声。
「だが、決めつけるな」
「……ああ」
軽々しく疑えば、崩れる。信頼も、連携も。
(でも)
完全に否定もできない。そういう構造だ。あの夢の通りなら、内部から崩れていく。
歩きながら、視線を巡らせる。すれ違う隊員たち。いつも通りに見える。でも、ほんのわずかな違和感がある。動きが整いすぎている。全員が同じ意識で動いている。統率されている証拠でもあるが、逆に言えば“誰かがズレたらすぐに分かる”状態だ。
(紛れ込む余地が少ない)
それでも、さっきの敵は入ってきた。ということは、どこかに穴がある。
そのとき、廊下の先で一人の隊員が立ち止まっていた。こちらに気づくと、軽く頭を下げる。
「土方さん」
「どうした」
「外、静かすぎます」
やはり同じことを感じている。
「さっきのあと、気配が消えたままです」
「……引いてる」
土方が短く言う。
「溜めてるだけだ」
その一言で、状況がはっきりする。
(次が来る)
それも、さっきより大きい。
「配置は」
「維持してます」
「崩すな」
「了解」
短いやり取り。無駄がない。
そのまま通り過ぎる。再び歩き出す。
(時間がない)
次が来る前に、どこまで準備できるか。
頭の中で、さっきの光景と夢の記憶を重ねる。どこが違うか、どこが同じか。
(広間……)
あそこが危ない。人が集まりやすい。囲まれやすい。
「……広間」
口に出す。
土方がわずかに反応する。
「……避けた方がいい」
「理由は」
「……集まる」
言葉が足りない。でも伝えようとする。
「……集められる」
夢の中の感覚。誘導されていた。
土方は少しだけ考える。
「……分散するか」
独り言のように呟く。
「だが、散りすぎると逆に弱い」
確かにそうだ。判断が難しい。
「……誘導される前に動く」
自分でも整理しながら言う。
「……集まる前に」
土方の目が少しだけ細くなる。
「先に動くってことか」
「……ああ」
確信はない。でも、夢の中では“受け身”だった。それが崩れた原因だと感じている。
「……悪くねぇ」
短い評価。
「検討する」
その言葉だけで、少しだけ救われる。完全に否定されていない。
(役に立ってる)
ほんの少しでも。
そのとき、遠くからかすかな音が届いた。さっきとは違う音。複数の足音が重なる、重い響き。
止まる。
土方も止まる。
視線が交わる。
「……来るな」
低く呟く。
今度ははっきり分かる。数が多い。さっきとは比べ物にならない。
(これだ)
夢で見た規模に近い。
心臓が強く打つ。呼吸が浅くなる。でも、さっきと違う。完全に崩れそうにはならない。
(やることは同じ)
見る、動く、伝える。
「……配置、動かす」
土方が決断する。
「広間は使わねぇ」
即座に方針が変わる。
「分散して迎え撃つ」
その言葉で、未来が少しだけ変わる。
(変わった)
夢と違う選択。
「伝えろ」
近くの隊員に指示が飛ぶ。
「全員に回せ」
「了解」
動きが一斉に広がる。声は小さい。でも、確実に伝わっていく。
私はその場に立ちながら、拳を握る。
怖い。
でも、それ以上に。
(今度は違う)
そう思える。
あのままじゃない。
このまま終わらせない。
そのために動いている。
そのために、ここにいる。
足音が近づく。
空気が震える。
戦いが、もう一度始まる。
でも今度は。
ただやられるだけじゃない。
変えるための戦いになる。
その確信だけが、胸の奥で静かに燃えていた。




