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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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第78話:動けない者たち

地球本部、中央統合司令部。

 夜間管制へ移った軍港には、まだ多くの灯りが残っていた。帰投した艦、補給を受ける輸送艇、その間をゆっくりと抜けて係留位置を変える作業船。中央が完全に静まる時間はない。

 

 その一角にあるライナ・ヴェルグの執務室にも、まだ明かりが点いていた。照明は低く抑えられ、扉の外にはアトリー元帥直属の通信保全班。室内には、三重の認証で保護された解析卓が置かれている。


その端に、小さな受信表示が浮かんだ。


《秘匿通信――受信》


《中継識別――PHAROS-α》


 ライナは開いていた資料を一度脇へ寄せ、通信文を呼び出した。


《ファロスα/現地報告》


《送信者――ティルザ・レーヴェン》


《エーテル・ガイスト――到着》


《大型艦ドック――係留完了》


《施設管理系――限定接続》


《生命維持――部分復旧》


《復旧作業――継続》


《カイン――未到着》


《小型船にて後着予定》


《緊急事象――なし》


ライナは最後まで目を通した。特に問題はない。


 エーテル・ガイストを先に出し、カイン本人は自由港に残る。その後、別の船で離脱する。

そこまでは本人から聞いていた。

 

 予定より多少遅れているとしても、緊急信号が出ていないなら、こちらから騒ぐ必要はない。


ライナは返信欄を開いた。


《受領》


《現地判断を継続》


《異常発生時――即時報告》


 送信。

ほどなく、解析卓の隅に別の表示が灯る。


《元帥直通回線――接続》


ライナが回線を開く。

映像はない。聞こえてきたのは、低い男の声だけだった。


『ファロスか』


「はい」


『入ったか』


「はい。エーテル・ガイストは係留まで完了しています」


『カインは』


「後着予定です」


『連絡は』


「ありません」


短い間。


『ならいい』


「はい」


 それ以上、二人ともカインの話を続けなかった。自由港での動きは把握している。今はまだ、予定の範囲内だった。


『それで』


アトリーの声が続く。


『そっちは』


ライナはファロスαからの報告を閉じた。

 その下に開いていた資料が現れる。


《クレイドル事案》


《ネスト事案》


《自由港接触事案》


《人類の夜明け計画》


「現在までの整理です」


『進んだか』


「少しは」


『ヴォルフまで届きそうか』


「まだです」


ライナは資料を順に開いた。


 まずクレイドル。消失した施設と、カインが持ち帰った記録。被験体、セラフィック系器官、そして人類の夜明け。

 

 次にネスト。無人艦、物質変換設備、混成炉、旧式AI。施設処理に関与したハティと、そこからゼルギウスへ繋がる線。


『疑う材料ばかり増えるな』


「はい」


『決め手は』


「不足しています」


『クレイドルは消えた』


「はい」


『ネストも』


「現物として押さえられるものは、かなり減っています」


『カインの証言は』


「重要です。ただ、それだけで元帥を拘束することは難しいです」


通信越しに、アトリーが小さく息を吐く。


『本人の命令が要るか』


「少なくとも、ヴォルフ元帥本人の判断へ直接繋がる記録は欲しいところです」


『他には』


「現在も稼働している関連施設。内部関係者の証言。改竄前の研究記録」


『一つじゃ足りん』


「複数が一致すれば」


『動ける』


「はい」


ライナが別の資料を開いた。


《自由港/接触事案》


「自由港の四名についても、現状は同じです」


『ヴォルフ側ではあると』


「可能性は高いです」


『ゼルギウスは』


「そこまでは確認できません」


表示が切り替わる。


《特殊誘導兵装――STILETTO》


《三機同時制御――確認》


《操者――試作体と思われる個体》


《一機――回収》


『ネストではゼルギウスまで繋がったな』


「はい」


『自由港では』


「四名の所属を示す材料が足りません」


『なら、混ぜるな』


「分けています」


わずかな間。


『それでも、カインは追っている』


「はい」


『だが艦隊は出さない』


「出せば目立ちます」


『それだけじゃないな』


ライナは答えず、続きを待った。


『死んだことになっている英雄を、軍が追う』


 アトリーの声が少し低くなる。


『動かす理由を問われる』


「はい」


『その先を掘られれば』


「クレイドルまで戻る可能性があります」


『こちらとしては都合がいい』


「ヴォルフ元帥には都合が悪い」


『元帥会議まで届けば、隠しきれん』


「恐らく」


少しの沈黙。


『こちらも動けんが』


低い声だった。


『ヴォルフも動けんか』


「現状は」


『現状は、か』


「向こうが何をもって準備完了とするのか、こちらには分かりません」


『その時になれば』


「表へ出ることを恐れなくなる可能性があります」


『……そうだな』


アトリーの声から、僅かな間が落ちた。


『なら、その前にこちらが揃えるしかない』


「その件で、一つ進展があります」


ライナの指が別の資料へ移る。

表示された名前。


《アーデルハイド・ローゼン》


『ローゼン』


「カインから依頼されていた件です」


年代順に記録が並んだ。


《軍籍――確認できず》


《軍共同研究への参加記録――確認》


《エーテル生体適応》


《人工器官》


《共鳴補助》


《人類の夜明け――初期関連記録》


『軍人ではなかった』


「少なくとも、初期記録では」


『外部研究者か』


「その可能性が高いです」


ライナが年代を進める。

初期には、医療、生体維持、人工器官、高濃度エーテル環境への適応、共鳴補助。

年代が進むにつれ、兵器との接続、神経系研究、軍事利用という項目が混じり始める。


「この辺りから、ローゼンの名前が減っています」


『代わりに』


「軍側の管理権限が増えています」


表示の中には、ヴォルフの名もある。


『計画を奪ったと』


「そこまでは言えません」


『ローゼンが離れた可能性もある』


「はい」


『追い出された可能性も』


「あります」


『まだ分からんか』


「まだ」


次の資料。


《ADELEHEID ROSEN》


《公的研究記録――終了》


《死亡扱い――確認》


『死亡か』


「事故記録があります」


『本人確認は』


「一次資料が不十分です」


『死んでいない可能性があると』


「否定できません」


『消息不明に近いな』


「現状では」


『何処へ消えた』


「分かりません」


ライナはもう一つの表示を開いた。


《提供元――カイン》


《対象――アイリス》


自由港で取得された現在データ。

非侵襲検査。胸部器官。共鳴応答。

セラフィック系資料との部分一致。


『アイリスか』


「はい」


『ローゼンと繋がるか』


「まだ」


 ライナはローゼン側の古い研究資料を横へ並べた。人工器官。エーテルへの生体適応。共鳴補助。方向は近い。だが、それだけだった。


『似ているな』


「はい」


『アイリスがローゼンの被験体だった可能性は』


「確認できません」


『過去記録は』


「ありません。少なくとも、こちらで確認できるものは」


少しの沈黙。


『本人の記憶は』


「カインの報告では、断片的と」


『身体が弱かった。白い部屋。薬の匂い。機械音』


「はい。それ以上は分かりません」


ローゼンの初期研究と、現在のアイリス。

その二つを繋ぐはずの記録だけが抜けている。


『綺麗にないな』


「そう見えます」


『消されたか』


「可能性はあります」


『別系統だった可能性も』


「あります」


アトリーはしばらく黙っていた。


『探りに出すか』


ライナもすぐには答えなかった。


「今は勧めません」


『何故』


「行き先が不明です」


『……そうだな』


「それに、ローゼンが生きているとして、軍から姿を消している理由が分かりません」


『制服を着た人間を送り込むのは悪手か』


「その可能性があります」


『こちらで追えるところまで追う』


「はい」


『記録から』


「まずは」


 ライナはローゼンの名前を表示したまま待った。


『外へ繋がる線が出たら』


一度だけ間が空く。


『またあいつになるか』


「今回は違います」


『違う?』


「情報を渡すだけです。行くかどうかは、カインが決めます」


返答はすぐには来なかった。


やがて。


『……そうだな』


それだけだった。

ライナは資料の状態を変更する。


《ローゼン調査――継続》


《外部接触――保留》


《カインへの情報共有――保留》


「カインのファロス到着を確認してから、もう一度整理します」


『頼む』


「はい」


短い沈黙。


『ライナ』


「はい」


『ヴォルフが動く前に揃えるぞ』


「そのつもりです」


『引き続き頼む』


《元帥直通回線――終了》


音声が消れた。

ライナの前には、解析卓に並ぶいくつもの名前だけが残った。


《ヴォルフ》


《アーデルハイド・ローゼン》


《アイリス》


まだ一本の線には繋がらない。

それでも、断片同士の距離は確実に縮まっていた。


*****     


連合軍特務戦艦《スコル》。

艦橋後方の秘匿区画。

通常の軍用回線から切り離された秘匿回線上に、ゼルギウスの姿が投影されていた。


『自由港における調査活動は終了しました』


 ヴォルフ元帥は手元の表示へ目を落としたまま訊く。


「カインは」


『本人との接触を確認。その後、自由港を離脱しています』


「現在位置は」


『不明です』


 星図が開いた。

自由港を出た船。

中継地点で拾われた目撃情報。

時間も進路も一致しない航跡が、複数方向へ散っている。


『追跡に使用できる情報は残っていますが、信頼性の高いものを選別できていません』


「エーテル・ガイストは」


『同様です』


「そうか」


それだけだった。

ヴォルフの表情に変化はない。


「追跡規模は増やすな」


 通信の向こうで、ゼルギウスが僅かに間を置いた。


『よろしいのですか』


「カインが生きている。それは確認した」


『はい』


「なら、いずれまた現れるだろう」


「四人は」


『全員帰投済みです』


 別の表示が開いた。


《独立特務分遣隊》


《FOUR CARD》


《ERIKA WEISS》


《DARIO MARKS》


《NOIN》


《GANTRY》


『暫定登録を解除。独立特務分遣隊フォーカードとして正式運用へ移行します』


「データは」


『順次提出します』


「損耗分は」


『補充を進めています』


「任せる」


『了解しました』


 ヴォルフの視線が、一度だけノインの識別で止まった。


「試作体の記録は継続しろ」


『当然です』


「装備を含めた運用判断も、お前に一任する」


『承知しました』


「以上だ」


 通信が切れた。

ゼルギウスの姿が消える。

カインの所在は失った。

エーテル・ガイストも同じ。

だが、それによって人類の夜明けを止める理由はない。


「プラント02は」


待機していた技術責任者が表示を切り替えた。


《PLANT-02》


《STATUS――LOST》


《施設機能――喪失》


《製造設備――喪失》


《回収研究資産――PLANT-01へ統合》


「指定されていた研究記録、技術者、主要資材については、プラント01への移送を終えています」


「製造艦は」


「施設喪失以前に外部へ移したものに影響はありません」


表示が星図へ変わった。

広い宙域の中に、小さな識別点が散らばる。


《EXTERNAL DEPLOYMENT》


《DORMANT》


《STANDBY》


「稼働状態まで到達した無人艦は、完成後に順次外部へ移していました」


「状態は」


「大半が休眠中です」


デブリ帯。

使われなくなった旧航路。放棄された補給宙域。廃棄軌道。互いを辿られないよう、艦は離して配置されている。


「炉出力は最低限。通信も停止しています。通常の遠距離観測では、放棄艦か航行不能艦との判別は困難です」


「起動は」


「指定信号で可能です」


「可動艦は」


「少数ですが、別系統で運用を継続しています」


「集積群は」


 星図が閉じ、代わりに座標情報を伏せた管理欄だけが浮かんだ。


《RESERVE GROUP》


《STATUS――STANDBY》


「秘匿状態を維持しています」


「そのままでいい」


「承知しました」


「まだ動かす必要はない」


ヴォルフは次へ視線を移した。


「01は」


「稼働を継続しています」


《PLANT-01》


《STATUS――ACTIVE》


その下へ、現在進行中の項目が並ぶ。


《生体適合研究》


《セラフィック系器官長期定着》


《共鳴制御》


《共鳴兵装研究》


《戦闘翼機接続試験》


《共鳴艦艇建造》



 プラント02の喪失が軽いわけではない。無人艦製造設備に物質変換系、混成炉、旧式AIを利用した自律制御試験設備。失ったものは少なくなかった。それでも、あそこは人類の夜明けそのものではなかった。


「試作体は」


「順次、次段階へ移しています」


複数の個体識別が開く。

その横には、それぞれ異なる状態表示が並んでいた。

《継続》

《停止》

《経過観察》

《兵装試験移行》

 どの個体も同じように仕上がるわけではない。

セラフィックコアが定着していても、共鳴出力が安定しないもの。機器との接続までは可能でも制御精度が低いもの。逆に、予定値を超える反応を示すものもいる。


「兵装を動かせる個体は」


「増えています」


小型兵装の構造図が表示された。


《スティレット》


「基準は」


「一機を安定して制御できれば、兵装運用については実用域と判断しています」


「複数は」


「個体差が大きいです」



試験結果が並ぶ。

一機を安定運用する個体。二機を同時制御する個体。短時間だけ複数制御に成功した個体。

一方で、照準精度の低下や負荷上昇、共鳴維持の失敗例もある。

その中に、自由港から持ち帰られた実戦記録があった。


《NOIN》


《スティレット――3》


《実戦環境下同時制御――確認》


「ノインは」


「現時点では上位です」


「自由港の結果か」


「はい。三機を実戦環境下で同時運用。注意配分による一時的な制御精度低下はありますが、接続そのものは維持しています」


ヴォルフは短く頷いた。


「一機で十分という基準なら」


「かなり余裕があります」


「次へ使えるな」


「はい」


表示が切り替わる。


「戦闘翼機です」


 現行主力機を基礎とした試験機。

外形そのものに大きな違いはない。

だが内部には、通常機には存在しない共鳴導体が通されている。搭乗者。操縦系。姿勢制御。推進。火器管制。それらをセラフィックコアと繋ぐ。さらに機体の脇へ、細長い飛翔兵装が表示された。


《大型共鳴誘導兵装》


《レイピア》


「スティレットを大型化した発展型です」


 技術責任者が構造を開く。


「戦闘翼機、および将来的な艦艇搭載を前提としています」


「自律機能は」


「あります。通常誘導でも使用可能です」


「共鳴時は」


「搭乗者が直接、軌道制御と攻撃判断へ介入できます」


 機体。搭乗者。レイピア。三つの波形が重なる。


「現在は、戦闘翼機そのものの共鳴制御と、レイピアの同時運用を中心に試験しています」


「安定時間は」


《安定共鳴運用――300秒》


「五分」


「そこまでは」


「それ以上は」


「現在、延伸試験中です」


時間表示が進む。

二百秒。二百五十。三百。

そこまでは揃っている。

その先から、機体側とレイピア側の双方に僅かなずれが生じ始める。


「三百秒を越えた辺りから、同期誤差が目立ち始めます」


「共鳴者は」


「まだ許容値内です」


「ではクリスタルか」


「はい」


戦闘翼機とレイピア。

それぞれに搭載された人工エーテルクリスタルは、単体なら問題なく機能する。

だが、高負荷共鳴を維持したまま互いを同期させ続ければ、少しずつ位相差が生まれていく。


「五分を越えれば使えなくなるわけではありません」


「なら、まだ延ばせるな」


「可能です。ただし、現段階では五分までを安定運用として扱っています」


「その先はどうだ」


「補正量が増えます。さらに継続すれば、機体側とレイピア側の双方に格子損傷が生じます」


「セラフィックコアにもか」


「同期の乱れが大きくなれば、逆流負荷が戻ります」


「最悪は」


「クリスタル側の崩壊です」


短い沈黙。


「条件が重なれば、急激なエーテル放出を伴う可能性もあります」


「爆発か」


「否定できません」


ヴォルフは表示を見たまま訊いた。


「実用になるか」


「戦闘翼機までなら」


技術責任者は即答した。


「現在の人工エーテルクリスタルでも可能です」


「五分しか使えなくても?」


「完全共鳴を連続使用した場合です」


通常飛行、通常火器、通常機動には制限がない。


「必要な場面だけ共鳴へ移行する運用であれば、現状でも戦闘翼機として成立します」


「レイピアも」


「同様です」


「なら進めろ」


「はい」


「基礎試験が終わり次第、実戦評価へ」


「運用先は」


「ゼルギウスに回せ」


技術責任者が頷く。


《戦闘翼機接続試験――継続》


《実戦評価――準備》


ヴォルフの視線が、その下へ移った。


「共鳴艦の建造は」


「船体側は進んでいます」


大型艦の構造図が開く。

艦体。炉。推進器。姿勢制御。索敵。兵装。

通常の艦艇として必要なものは、すでに形になりつつある。


「通常航行は」


「問題ありません」


「通常兵装は」


「使用できます」


「なら、何が足りない」


共鳴系だけが強調表示された。

艦内を走る共鳴導体と人工エーテルクリスタル。それらが推進系、姿勢制御、兵装区画へ伸びている。


「共鳴運用です」


《共鳴機動》


《共鳴兵装》


《運用基準――未達》


「戦闘翼機より安定しません」


「規模の問題か」


「それが大きいです」


 一機の戦闘翼機なら、搭乗者、機体、数基の兵装と接続対象を限定できる。

艦艇ではそうはいかない。


「推進だけでも複数系統。姿勢制御。索敵。火器管制。共鳴兵装。それぞれに中継点と人工クリスタルが必要です」


「共鳴機動だけなら」


「一定時間は維持できます」


「兵装を加えると」


「安定性が落ちます」


「複数兵装では」


「さらに安定性が落ちます」


試験記録が表示される。

通常航行から共鳴へ移行。

推力配分が変わり、姿勢制御が滑らかになる。通常制御より早く艦が応答する。

複数の波形が重なる。同期していた線に微細なずれが生じ、AIが補正する。再同期した直後、今度は別の結晶にずれが現れた。


「戦闘翼機のように、五分を一律の安全域として設定することもできません」


「条件ごとの差が大きすぎる?」


「はい」


技術責任者が別の試験を開いた。


《人工結晶並列化》


《負荷分散》


《AI同期制御》


《共鳴波形補正》


《結晶系統切替》


「人工エーテルクリスタルを増やす方法も試しています」


「一基当たりの負荷は減る」


「はい」


「だが、同期させる数も増える」


「その通りです」


「AIは」


「補正しています」


「足りない」


「現状では」


「AIによる制御精度そのものは上がっています。ですが、結晶ごとの個体差まで消せるわけではありません」


「系統を切り替えながら使う方法は」


「運用時間を延ばせます」


「根本的には」


 技術責任者は試験結果を見た。


《共鳴艦艇運用基準――未達》


「解決していません」


ヴォルフは大型艦の表示を見る。


「新型クリスタルは」


「生成研究を継続しています」


《次世代人工エーテルクリスタル》


《生成試験――継続》


《高負荷共鳴安定性――要求値未達》


「難航しています」


「純度は」


「上げられます」


「それでもか」


「共鳴艦に必要な安定性へ届きません」


「生成法を変えても?」


「複数試していますが、今のところは……」


 ヴォルフは少しの間、何も言わなかった。

艦は造れる。飛ばすこともできる。

通常兵器で戦わせることもできる。

だが、それでは既存の艦艇を新しく造り直しただけだ。人類の夜明けが求めているものではない。


「打開策は」


技術責任者が一度だけ息を置いた。


「一つ、検討していただきたいものがあります」


「言え」


「エーテライトです」


ヴォルフの視線が動いた。


「……月の新型クリスタルか」


「はい」


新しい表示が開く。


《エーテライト》


《ルナ・ラビット・インダストリーズ》


《所在地――月面都市》


その下に、一般報道の記録が続いた。


《月面企業、新型エーテルクリスタルの研究開発を発表》


《従来型と異なる結晶生成方式》


《高安定化・長寿命化を目標》


《研究協力――Dr. LEON》


「レオン博士も関わっていたな」


「結晶構造解析とエーテル場評価の協力研究者として公表されています」


「まだ研究段階だったはずだ」


「はい」


「何か変わったか」


「研究規模が拡大しています」


材料調達の増加。研究設備への追加投資。専門人員の増員。

公開されている範囲だけでも、以前より動きは大きくなっている。


「完成したか」


「確認できていません」


「なら、何故今持ち出した」


技術責任者は二つの結晶構造を並べた。

一方は現行の人工エーテルクリスタル。

もう一方は、公開資料から再構成したエーテライトの推定構造。


「研究の方向性が違うからです」


「純度ではないと」


「はい。ルナ・ラビット・インダストリーズは、結晶構造そのものの安定化を進めています」


ヴォルフが表示を見る。


「こちらが今ぶつかっている問題だな」


「少なくとも、同じ壁を別方向から越えようとしている可能性があります」


「共鳴艦に使えると思うか」


「現物を見なければ断言できませんが……」


「可能性を聞いている」


「……あります」


 ヴォルフはしばらく《エーテライト》の文字を見ていた。


「分かった」


一度、視線を共鳴艦の試験項目へ戻す。


「エーテライトはこちらで調べる」


「承知しました」


「そちらは止まるな」


技術責任者が顔を上げる。


「現行方式もですか」


「全部だ」


「人工クリスタルの生成も、並列化も、AI同期も続けろ。使える可能性があるものは残す」


「はい」


「エーテライトが使える保証はない」


「承知しています」


「使えなかった時に、こちらまで止まっていては意味がない」


「承知しました」


ヴォルフは月面企業の表示を閉じた。


「こちらで調べる。どこまで出来ているのか、まず確認する」


「必要なものだと分かってから動けばいい」


技術責任者が一礼する。

通信が切れ、表示が一つずつ消えていく。


《PLANT-01》


《エーテライト》


《共鳴艦艇運用基準――未達》


最後の一つが閉じる前に、ヴォルフが言った。


「探索班へ繋げ」


新しい回線が開く。


《秘匿通信》


《遺構調査系統》


 数秒。

別の男が投影された。

軍服ではない。

薄い作業服の背後に、岩塊の内部を透過したような立体解析図が浮かんでいる。


『元帥』


「ゲートは見つかったか」


『まだです』


 返答は短かった。


 候補地点が三つ表示される。

崩落した遺構。埋没した構造体。人工物らしき環状部分。


《候補地点――3》


《構造一致――未確定》


《エーテル反応――微弱》


「三つまで絞ったか」


『はい。ただ、いずれも動作反応は確認できていません』


「エーテルを流しても」


『変化なし』


「クリスタルを近づけても」


『同じです』


ヴォルフは立体図を見る。


「壊れている可能性は」


『あります』


「眠っているだけという可能性も」


『否定できません』


探索責任者が続けた。


『そこで、一つ試したいことがあります』


「聞こう」


『共鳴者です』


 ヴォルフの視線が上がる。


「セラフィックコアを使うか」


『はい』


表示に、遺構側の微弱な波形が現れた。


『通常のエーテル入力には反応しない。人工クリスタルにも反応しない』


『ですが、これが単純な出力の問題ではなく、入力そのものを識別しているのであれば』


「生体共鳴なら」


『応答する可能性があります』


「開けるつもりか」


『いいえ』


 即答だった。


『まず、反応の有無だけを確認します』


 ヴォルフは少し考えた。


「共鳴者を直接現地へ連れていく必要は」


『現段階ではありません』


「なら条件を詰めろ」


『はい』


「必要出力。安全距離。遺構側から返る波形。共鳴者側への負荷」


ヴォルフは表示を見たまま続けた。


「分かる範囲を先に潰せ」


『承知しました』


「候補個体の選定は」


『プラント01から候補を――』


「まだだ」


 探索責任者が止まる。


「条件が固まってからでいい」


『了解しました』


「それと」


ヴォルフは三つの候補地点を見る。


「探査範囲を広げろ」


『現在の三地点以外も?』


「見つけたいのは遺構ではない」


短い沈黙。


「門だ」


『承知しました』


「続けろ」


『はい』


通信が切れた。

今度こそ、室内から全ての表示が消える。

カイン。エーテル・ガイスト。プラント01。

共鳴者。共鳴艦。エーテライト。

そして、まだ見つからないゲート。

一つの線が止まっても、計画そのものが止まるわけではない。

足りないものは探す。使えないものがあれば、別の方法を試す。


ヴォルフは暗くなった表示面を見た。


「まだ足りんな」


その声だけが、静かな区画に残った。

作者のモチベになりますので、

★評価よろしくお願いします。

_| ̄|○何卒。

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