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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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第76話:拾った航跡

 自由港を離れてから、すでに数時間が経っていた。ノクスは外縁側の航路へ入り、ファロスαへ向けて一定の速度で進んでいる。自由港を出るまでに、こちらを追う線は十分に散らしてある。

その後も何隻かの船と航路を交差したが、こちらへ進路を合わせるものはない。探査波を向けられた形跡もなかった。

カインは操縦席に座ったまま、現在の航行情報を確認する。


《周辺船舶――疎》


《進路一致――なし》


《能動探査――検出なし》


《航路偏差――正常》


《推進系――正常》


ブラッド・ハウンドにも、気になる反応は出ていない。


「……いいか」


操縦盤へ指を滑らせる。


《航路固定》


《自動航行――移行》


《AUTOPILOT――ENGAGED》


短い電子音。

ノクスの船首が僅かに修正され、主機出力が巡航値へ落ち着いていく。

カインは操縦桿から手を離した。


「切り替えたか」


後ろからクロンが言った。


「ああ。ここまで異常なしだ」


「なら、しばらくは放っとけるな」


「次の修正点まではな」


カインは船内時計へ目をやった。

夕刻。自由港を出た時にはまだ慌ただしさが残っていたが、それも今では主機の低い振動へ溶けている。


「そろそろ飯にするか」


「賛成っす」


レンがすぐに答えた。


そのまま固定具を外しかけ――。


「あ」


動きが止まる。

クロンがそちらを見る。


「何だ」


「……親方」


「だから何だ」


「俺ら、自分達の食料積んでないっすよ」


クロンも黙った。

補助席にいたエメリが顔を上げる。


「積んでない」


「エメリも?」


「事実を言っただけ」


「そうだけど」


クロンが眉間を押さえた。


「お前、出る前に気づけよ」


「急に決まったじゃないっすか。工具と機材積むので頭いっぱいだったんですよ」


カインは二人のやり取りを聞きながら席を立った。


「気にするな」


レンが見る。


「いいんすか?」


「ああ。余分に積んである」


ノクスには、もともと数日程度の航行を想定した携帯食が積まれている。

四人になったところで、食事に困る量ではない。


「それじゃあお言葉に甘えて」


カインが生活区画の収納へ向かおうとしたところで。


「そういや」


今度はクロンが声を上げた。


「何だ」


「食いもんなら、もう一つあったな」


「もう一つ?」


「コンテナを積んでおいた」


クロンが後部貨物区画を顎で示す。


「工房に届いてたやつだ」


カインは少し考えた。

積み込みの時。工具箱や診断機器、整備ドローンに混じって、最初から見覚えのないコンテナが一つあった。ミラが用意した補給物資の一つだろう。そう思って、特に気にも留めていなかった。


「誰からだ」


「嬢ちゃんとミラ」


「二人から?」


「ああ」


クロンが先に後ろへ向かう。

カインもその後を追った。


「何て書いてあった?」


「航行用物資とか何とか」


歩きながらクロンが答える。


「中身は食品、飲料、生活消耗品だな」


「中は見たか?」


「開けてねえ」


後ろからついてきたレンが口を挟む。


「確認してないんすか?」


「客の荷を勝手に開けるかよ」


「外からスキャンは通したがな」


クロンが工具義肢の指を軽く振る。


「危険物なし。妙な機械もなし。中身も表示通りだった」


「そこはちゃんとしてるんすね」


「当たり前だ」


「親方だから聞いたんですけど」


「どういう意味だよ」


「そのままの意味っす」


 クロンが振り返る。

レンは何もなかったように視線を逸らした。


後部貨物区画。

 壁際には、クロン達が持ち込んだ工具や診断機器、二機の整備ドローンがそれぞれ固定されている。その並びに、中型のコンテナが一つ。

側面には自由港内の配送票が残っていた。


《配送先――KRON WORKS》


《航行用物資》


《食品/飲料/生活消耗品》


「これだ」


クロンが固定具を外す。

封は切られていない。

カインがロックへ手を掛けた。


「開けるぞ」


「お前らの荷だ。好きにしろ」


蓋が上がる。

中には、船乗り向けの携行食品が種類ごとに収められていた。

肉料理。魚。野菜。スープ。保存パン。

飲料。茶。コーヒー。


さらに奥には、小さな菓子箱までいくつか入っている。


「色々あるっすね」


レンが横から覗き込んだ。


「思ったより入ってるな」


カインも中を見る。

もともと食べるつもりだった携行食より、明らかに種類が多い。


「色々考えてんだろうな」


クロンはそう言いながら、一つの食品パックへ目を留めた。


「お」


「何だ?」


「これ、人気のやつだぞ」


取り出したのは、ビーフシチューだった。

濃い色のソース。

大きめの肉と野菜。

包装越しでも、中身がそれなりにしっかり入っているのが分かる。


「知ってるのか」


「ああ。何度か食った」


クロンがパックをカインへ見せる。


「肉もちゃんとしてるし、ソースが保存パンに合う」


「そうなのか」


「これは美味いぞ」


カインが受け取り裏面を見る。


《加熱時間――03:00》


《常温喫食――可》


「温めるやつか」


「そのままでも食えるが、こいつは温めた方がいいな」


「分かった」


カインはコンテナの中を確認し、同じものを四つ取り出した。


「同じのでいいか?」


「俺はそれでいい」


クロンが答える。


「俺もそれがいいっす」


レンも続いた。

エメリもパックを一度見てから頷く。


「私もそれで」


「ああ」


カインは四つを抱えた。


「飲み物は好きなの取れ」


コンテナの奥を顎で示す。


「水と湯なら向こうにもある」


 ノクスの生活区画には、冷却した飲料水と温水を出せる給水設備が備わっている。

長めの航行に必要な、最低限の設備。

茶やコーヒーを飲みたければ、持ち込んだ物を使う。だが今回のコンテナには、その必要もない程度に何種類かの飲料が詰められていた。


「じゃあ俺、こっちで」


レンがすぐにコンテナへ手を伸ばす。


「お前、楽しそうだな」


「選べるなら選びますよ」


クロンも中を見る。


「コーヒーあるな」


「親方、それさっきから目つけてたでしょ」


「見えてただけだ」


エメリも二人の横から覗く。


「茶もある」


「好きなの持ってけ」


カインはそう言って、先に生活区画へ戻った。


     

簡易卓を展開する。

座席を起こし。

カインは四食分のビーフシチューを加熱器へ収めた。


《加熱設定――03:00》


《四食――受付》


その間に保存パンを出していく。

少しして、三人も戻ってきた。

クロンはボトル入りのコーヒー。

レンは柑橘系の炭酸飲料。

エメリは茶。

それぞれ違う。


「兄貴は?」


レンが訊いた。


「後で取るさ」


「まだ決めてないんすか」


「先に飯の用意だ」


「真面目だぁ」


「何が?」


「いや、何でもないっす」


レンが座る。

クロンもその向かいへ腰を下ろした。

四人が簡易卓を囲めば、互いの距離はそれなりに近い。動けないほど狭くはない。

だが、広い食堂のように好き勝手座れる場所でもなかった。


「整備してる時は気にならなかったですけど」


レンが卓を見る。


「使うと、こういう感じなんすね」


「整備中に中で飯食うことはねえからな」


クロンが答える。


「親方、足当たってます」


「お前が引け」


「俺の方が先に座ったんすけど」


「知らんな」


「邪魔」


エメリが短く言った。

二人が揃って足を引く。


「はい」


「これでいいか」


「うん」


 カインはそのやり取りを横目に、もう一度貨物区画へ向かった。

飲料を一つ取る。無糖のコーヒー。

生活区画へ戻った時。

ちょうど加熱器から電子音が鳴った。


《加熱完了》


「出来たぞ」


カインは一つずつ取り出し、卓へ置いていく。


「ほら」


「悪いな」


クロンが受け取る。


「いただきます」


レンも続いた。


エメリも小さく頷く。


「ありがとう」


「ああ」


最後にカインも自分の席へ座った。

四人分のビーフシチュー。

保存パン。それぞれが選んだ飲み物。

簡易卓は、それだけでほとんど埋まった。

クロンが先に封を切る。

温められた肉とソースの匂いが、生活区画へ広がった。


「これだよこれ」


「そんなに違うのか?」


「パンにつけてみろ」


カインも封を開ける。

保存パンを少しちぎり、濃いソースへつけた。

一口。肉の旨味と、少し濃いソース。

保存パンの淡い味がちょうど合う。


「……美味いな」


「だろ」


クロンが満足そうに頷く。


「これは覚えとく」


「そうしろ」


レンも一口食べる。


「確かに美味いっすね」


「人気あるの分かるだろ」


「分かるっす」


エメリも食べてから、小さく頷いた。


「美味しい」


レンがそちらを見る。


「エメリも気に入った?」


「うん」


「だから美味いって言っただろ」


クロンが返す。

カインはもう一度パンをちぎる。


「次もこれでいいかもな」


「他にも食えよ」


「何で」


「せっかく色々入ってんだろ」


カインが貨物区画の方へ一度目をやる。


「それもそうだな」


 主機の低い振動が、足元から伝わってくる。

壁面の航法表示では、現在位置が静かに更新されていた。今はただ、目的地へ向かって船が進んでいる。食事が半分ほど進んだ頃。クロンがカインを見る。


「お前」


「何だ」


「軍にいたのか?」


レンが僅かに顔を上げた。

エメリは変わらず食事を続けている。

カインも手を止めなかった。


「……まあ、そんなところだ」


「やっぱりな」


それだけだった。

クロンはまた食事へ戻る。

何をしていたのか。

それ以上は聞かない。

カインも続けなかった。

レンだけが二人を見比べていたが、やがて自分の食事へ戻った。

各々食事を終えて空になった容器をまとめる。

クロンは残ったコーヒーを飲んでいた。

カインも自分のボトルを卓へ置いた。

クロンがふと視線を向ける。


「そういや」


「何だ」


「あのデカブツ」


何を指しているのかは分かった。

自由港のアウターリングドライドック六番。あそこに収めた大型艦。


「名前聞いても良いか?」


クロンが言った。


「自由港から出したんだ。いつまでも六番の船じゃ面倒だろ」


カインは少しだけ間を置いた。


「…エーテル・ガイスト」


クロンが目を細める。


「エーテル・ガイスト?」


「あの艦の名前だ」


レンも振り返った。


「へえ、エーテル・ガイストっていうんすね」


「言ってなかったからな」


「そうっすね」


クロンは少しだけ黙る。


「まだ直してんだろ?」


「ああ」


「あれだけ部材食わせたからな」


「そうだな」


「どこまで壊れてた?」


カインは少し考えた。


「ただ壊れてるだけじゃない」


クロンの目が向く。


「あれは元々未完成だ」


「……未完成?」


「ああ」


「修理中じゃなく?」


「修理もしてる」


カインは続けた。


「出来てないところもまだ残ってる」


レンの手が止まる。

エメリもカインを見る。


「今もか?」


「今もだ」


「航行しながら?」


「そうだな」


クロンはそこで黙った。

問いを重ねる代わりに、工具義肢の指でボトルの側面を軽く叩く。


「……なるほどな」


「何だ」


「ミラが持ってきてた規格表だよ」


クロンは少し遠くを見るように言った。


「外板、支持材、配管、導管。妙に細かく指定してくるくせに、こっちで何を組むのかはほとんど言ってこなかった」


「向こうで組むからな」


「そういうことか」


背もたれへ身体を預ける。


「俺は全部、壊れたところへ突っ込んでるもんだと思ってた」


「そっちにも使ってるがな」


「残りは続きを作ってた」


「ああ」


クロンが息を吐いた。


「……そりゃ食うわ」


「かなりな」


「かなりじゃねえだろ」


「金は払えてる」


「そういう話じゃねえ」


クロンはそう返してから、少し黙った。


「……一度、ちゃんと中を見てえな」


 レンが横からクロンを見る。


「親方、そこまで気になってるんすね」


「当たり前だろ」


 クロンは工具義肢の指で卓を軽く叩いた。


「あんなでかい未完成艦が、飛びながら自分の続きを作ってるんだぞ。技術屋なら中身くらい見てえさ」


「まあ、それは分かるっす」


エメリも小さく頷いた。


「私も制御系は見たい」


「お前もか」


「うん」


レンが二人を見比べる。


「じゃあ俺だけみたいな言い方やめてくださいよ。俺だって機関の方は見たいっす」


「結局全員じゃねえか」


クロンが言う。

カインも僅かに口元を緩めた。


「助かったのは本当だ」


クロンの視線が戻る。


「自由港で集めた物がなかったら、もっと色々止まってた」


「……そうか」


短い返事。

クロンはそれ以上何も言わなかった。

しばらくして。


「あの艦に、どうしてお前らが乗ってるかは聞いていいか?」


カインはクロンを見る。


「今は話せん」


「そうか」


「ああ」


「ならいい」


返事は早かった。


「必要になったら、その時聞く」


「話せる範囲で話す」


「十分だ」


それで終わった。

船内時計がさらに進んだ頃。

四人は休む準備を始めた。

ノクスの生活区画。

左右の壁面には、上下二段ずつの簡易寝台が収められている。

クロン達は当然、その存在を知っていた。

整備の際にも展開もしている。


「全部出すんすね」


レンが言った。


「四人いるからな」


カインが答える。


「三人で乗ってましたよね?」


「ああ」


「三つ使ってたんすか?」


「二つだ」


「二つ?」


「俺とアイリスが下を一つずつ。ミラは使わん」


レンが一拍置く。


「ああ。そうか」


アンドロイドであるミラに、寝台は必要ない。


「じゃあ上まで使うの、初めてなんすね」


「そうなるな」


レンが片側のロックを外した。

下段。続いて上段。

反対側ではエメリも二床を展開する。

四つすべてが開く。

それまでの通路が、目に見えて細くなった。


「……全部出すとこうなるんすね」


「整備で見てただろ」


クロンが言う。


「片側ずつですよ。四つ一緒には出してないです」


レンが上段を軽く押す。


「ここ、こう逃がしてあったのか」


「何が?」


「支持具。収納状態じゃ分かりづらかった」


反対側。エメリも上段を動かしている。


「こっち、少し硬い」


「不良?」


「違う」


一度戻す。もう一度展開。


「使われてなかっただけ」


数回動かしてから固定する。


「問題ない」


「俺、上でいいっすよ」


「好きにしろ」


 クロンが言う。


「親方は?」


「下」


「上でも――」


「途中で目を覚まして、お前を踏んで降りてもいいなら上でもいいぞ」


「下どうぞ」


「最初からそう言ってるだろ」


エメリは反対側の下段へ自分の荷物を置いた。

カインは残った上段を見る。


「俺は後でいい」


「まだ起きてんのか」


クロンが訊く。


「次の航路修正まで見る」


「自動だろ?」


「確認だけだ」


「終わったら休めよ船長」


「分かってる」


レンが上段へ身体を入れる。

固定ベルトを軽く引き、天井を見る。


「思ってたより寝られそうっすね」


「そうか」


「天井近いですけど」


「落ちなきゃいい」


「兄貴、そういうところ雑ですよね」


「寝るだけだからな」


「ほら」


「黙って休め」


クロンが下段から言った。

反対側。

エメリはすでに身体を横たえている。


「おやすみ」


「早いな」


「眠い」


「……おやすみ」


「うん」


カインはそれを見届け、操縦室へ戻った。


《自動航行――正常》


《航路偏差――0.02》


《推進系――正常》


《目的地――PHAROS-α》


前方には星しかない。

カインは主座へ身体を預ける。

後ろから、時折レンの声が聞こえ。

そのたびにクロンが何かを返す。

やがて、それも途切れた。

次の航路修正点を通過する。

確認した数値にも異常はない。

それを終えてから、カインも寝台へ向かった。


     

翌日。

ノクスは変わらず、ファロスαへの航路を進んでいた。

船内時計で昼を少し過ぎた頃。

操縦区画の端で、小さな警告音が鳴る。


《前方浮遊物――捕捉》


《人工物》


《熱源反応――なし》


《航路交差予測――軽微》


カインが表示を開いた。

前方。

航路から僅かに外れた場所。

星明かりの中に、細長い影が浮かんでいる。

拡大。船だった。

ノクスより一回り大きい。

外板は何枚も失われ、船尾の一部が黒く焼けている。片側の推進ブロックは沈黙。航行灯もない。

救難信号もない。


「廃船か」


カインが言った。

航路を塞ぐ位置でもない。

このまま通過できる。

操縦表示を戻そうとした時。


「ちょっと待て」


クロンだった。


カインが振り返る。


「何だ」


「もう一回寄せてくれ」


「映像か?」


「ああ」


拡大率を上げる。

クロンが画面を見る。


「……古いな」


レンも寄ってきた。


「作業艇?」


「そんな形だな」


船腹。大きめの搬入口。

外部作業用と思われる基部。

外装は重装甲というより、整備性を優先した単純な構造に見える。

エメリが別の表示を開いた。


「識別、ほとんど死んでる」


「登録番号は?」


「一部だけ」


「所有者」


「読めない」


カインが訊く。


「動くのか?」


「動いてたら廃船じゃねえだろ」


クロンが返す。


「そうじゃない。直るのかって意味だ」


「ここから見て分かると思うか?」


「ならどうする?」


「直接は行かねえ方がいいな」


クロンは即答した。


「ドローン出せ」


カインが一度、船外映像を見る。


「見る価値あるか?」


「あるかどうかを見るんだよ」


「…なるほどな」


「そこで納得すんなよ」


カインは船外作業系を呼び出した。


《船外作業ドローン――起動》


《UNIT-01――正常》


《UNIT-02――正常》


「エメリ」


「見る」


「レン」


「船体側やります」


クロンが言う。


「俺は全体だ」


カインはノクスの速度を落とした。


《相対速度――低下》


《対象距離――縮小》


 船腹の小型ハッチが開く。


 二機のドローンが星の海へ滑り出した。

一機目が廃船の船尾へ。二機目は船腹へ。

投光器が点灯し、暗い外板が白く照らされた。


《外装走査――開始》


《船体気密――喪失》


《主電源――反応なし》


《補助電源――反応なし》


《推進系――停止》


《残留熱――極低》


レンが映像を切り替える。


「船尾、焼けてますね」


「主機は?」


「待ってくださいよ」


ドローンのアームが、剥がれかけた外装の隙間へ入り込む。


 内部走査。


「……主機ブロックそのものはあります」


「生きてるか?」


「今は死んでます」


「それは見りゃ分かる」


「全部焼け落ちてるわけじゃないって意味ですよ」


「最初からそう言え」


「言いましたよ」


エメリは船腹側の走査結果を見ていた。


「制御母線、一部残ってる」


「読めるか?」


「ずいぶん古い」


「どのくらいだ」


「そのままじゃ読めない。変換器が要る」


「読めないわけじゃないな?」


「たぶん」


クロンが腕を組む。


「船体フレームは?」


レンが表示を切り替えた。


《主構造――残存》


《船尾局所変形》


《左舷外板――広範囲欠損》


《中央フレーム――大規模破断なし》


「思ったより残ってます」


「だろうな」


クロンの声が少し変わった。

カインが気づく。


「何だ」


「捨てるには惜しいな」


「動かないだろ」


「動かねえから捨てていいって話じゃねえ」


「使えるか?」


クロンはすぐには答えなかった。

もう一度。船体。主機。制御系。外部作業基部。貨物区画らしき船腹。順に見る。


「ここじゃ分からん」


「そうか」


「ちゃんと開けて、電気入れて、機関見ねえとな」


「なら置いてくか」


「いや。運べるなら持って行きてぇな」


カインがクロンを見る。


「船ごとか?」


「向こうに置ける場所はあるんだろ?」


「ああ。場所ならあるが」


「なら頼む。後で取りに来る方が面倒だ」


レンが表示から顔を上げた。


「引っ張るんすか?」


「ノクスなら出来る」


「まあ……出来ますけど」


その言い方に、カインが眉を動かす。


「問題あるのか」


「問題っていうか」


レンが船体情報をノクス側へ重ねる。


「これ、ノクスより重いですよ」


「見れば分かる」


「そうじゃなくて、曳航したらかなり足落ちます」


エメリが計算を回す。


《推定曳航質量――算出》


《加速性能――低下》


《姿勢変更応答――低下》


《推奨巡航出力――制限》


カインが見る。


「…どのくらいだ?」


「固定方法次第で変わる」


エメリが答える。


「二点なら安定する」


「アンカー二本か」


「うん」


クロンが船外映像を拡大した。


「横っ腹に撃ち込むなよ」


「分かってますよ」


レンが返す。


「船体に穴増やしてどうする」


「親方が一番持って帰る気じゃないっすか」


「使えるかもしれねえからな」


「もう自分の物みたいに言ってるな」


カインが言う。


「まだ言ってねえ」


「まだ?」


「揚げ足取るなよ」


エメリが廃船の船腹を拡大する。


「ここ」


古い係留基部。


片側。

反対側にも、同規格と思われる構造が残っている。


「使える?」


レンが訊く。


エメリが走査結果を確認する。


「係留機構は死んでる。でも構造材は残ってる」


クロンが頷いた。


「そこへ掛けろ」


「了解」


 カインは二機の作業ドローンへアンカー索の誘導を回した。

ノクス左右のランチャーから、低速でアンカーヘッドが送り出される。

射出ではない。

ドローンがそれぞれを受け取り、廃船へ運ぶ。

一基。船腹左側。残存した係留基部へ固定。

二基目。反対側。


《LEFT ANCHOR――固定》


《RIGHT ANCHOR――固定》


《構造負荷――許容》


「少し巻け」


クロンが言う。

カインが操作する。

索が張る。廃船がゆっくりと姿勢を変えた。


「もうちょい…止めろ」


巻き取り停止。

エメリが左右の張力を見る。


《左索張力――正常》


《右索張力――正常》


《偏差――修正可能》


「同期入れる」


「出来るのか?」


カインが訊く。

レンが横から言った。


「この前、アンカー制御合わせた時にエメリが入れたんすよ」


「ほう」


エメリは二人を無視して制御を続けている。


《左右張力同期――開始》


《姿勢制御連動――接続》


《曳航補助――有効》


「これでいけるな」


クロンが訊く。


「無理は?」


「急加速しなければ」


「急減速も駄目っす」


レンが続ける。


「曲げる時もゆっくりで。後ろが振れたらアンカー基部に負荷来ます」


「分かった」


カインが前を向く。


「出すぞ」


「ゆっくりな」


「分かってる」


推進出力を上げる。

ほんの僅かずつ。ノクスが前へ出る。

一拍遅れて。左右の索が張り。

後方の廃船が、ゆっくりと動き始めた。


《曳航状態――成立》


《姿勢――安定》


《主機出力――制限内》


「いけます」


レンが言った。


「じゃあ航路へ戻す」


カインが船首を緩やかに回す。

いつもより鈍い。二本の索の向こうで、廃船が遅れて追従する。

ファロスαへの航路へ戻ったところで、エメリが到着予測を更新する。


《曳航条件――反映》


《巡航速度――再設定》


《到着予測――更新》


数字が変わった。

レンが表示を見る。


「……結構増えましたね」


「それでどのくらいだ?」


「ほぼ一日」


カインも表示を確認した。

予定より二十時間以上。

もともと先行していたエーテル・ガイストとの差は、さらに開くことになる。

クロンが訊く。


「……俺が言い出しといて何だが…捨てるか?」


カインは後方映像を出した。

星明かりの中。

二本の索に引かれた古い船が、静かにこちらを追っている。外板は剥がれ。主機も死んでいる。

何が使えるのかも、まだ分からない。

少しだけ見て。


「…いや持ってくさ」


「だよな」


「何でお前が決めた顔してるんだ」


「拾うって言ったのは俺だ」


「運んでるのはノクスだ」


「細けえな」


レンが笑う。


「もう拾った時点で半分親方の物みたいになってますよ」


「まだ何も決まってねえ」


「まだ?」


「お前ら、そこだけ拾うな」


エメリが航路を確認する。


「新しい到着予測、固定する」


「ああ」


《航路再設定》


《曳航巡航――開始》


《目的地――PHAROS-α》


ノクスの速度は、昨日までより明らかに落ちた。

だが航路は変わらない。前にはファロスα。

後ろには昨日までなかった一隻が増えている。


「向こう着いたら、ちゃんと見るぞ」


クロンが後方映像を見ながら言った。


「直すのか?」


カインが訊く。


「だから、まだ分からん」


「そうだったな」


「使えるなら使う」


「駄目なら?」


「使えるところを外す」


「なるほど」


レンが笑った。


「どっちにしても持ってくんすね」


「当たり前だ」


エメリは廃船の走査記録を保存している。


「制御系見たい」


「向こうで好きなだけ見ろ」


クロンが答えた。


「うん」


カインは前方へ視線を戻す。

エーテル・ガイストは、もう先へ行っている。

この速度ならファロスαへ着く頃には、向こうはとっくに入港を終えているだろう。

それでいい。今は二本の索を切らず、後ろの船ごと目的地まで運べばいい。


《曳航状態――正常》


《左右アンカー張力――安定》


《自動航行――継続》


《目的地――PHAROS-α》


小型艇ノクスは、古い廃船を一隻引き連れたまま、再びファロスαへの航跡を伸ばし始めた。

作者のモチベになりますので、

★評価よろしくお願いします。

_| ̄|○何卒。

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