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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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第72話:航跡に加わる手

 工房街へ入ったところで、カインは歩調を変えた。それまでの半刻近く、自由港の通りを歩きながら、わざと残していた視線がある。ブラッド・ハウンドの視界端には、今も三つの反応が薄く表示されていた。離れて歩く男。

工具商の前で立ち止まり、こちらが通り過ぎてから動き始めた女。そして、さらに後方。

何度か人を替えながら、それでも途切れずについてきた一人。食堂を出た時から、カインは一度も本気でそれを切っていない。時折、見失わせる。

だが、少し歩けばまた姿を見せる。追いつかせる。自由港にカイン・ウォーカーがまだいる。

そう思わせるための一時間だった。だが、その役目はもう終わっている。先に出るべき者は、すでに自由港を離れた。ここから先まで同じ連中を引き連れて歩く理由はなかった。むしろ、クロン・ワークスへ入るところを見せれば、次に使う船まで繋がる可能性がある。


「……ここまでだな」


小さく呟く。工房街は、身を隠すには都合がよかった。商業区のように人だけが多い場所ではない。大型の搬送台車が通路を横切り、資材コンテナが積み上がり、船体フレームや推進器が天井走行のクレーンに吊られている。工房と工房の間には作業員用の細い連絡路があり、表通りとは別に資材搬入用の通路も幾つも走っていた。カインはその一つへ入った。急いではいない。逃げるようにも見せない。通路脇の中古工具店へ入り、入口近くの棚を眺める。数十秒。

何も買わず、反対側にある資材搬入口から出た。

ブラッド・ハウンドの表示が動く。一人が表へ残った。一人が店内へ入る。もう一人が、先へ回ろうとしている。カインはそのまま作業員の列へ混ざった。ちょうど大型の機関部を積んだ搬送台車が通路を塞ぐように横切る。視線が切れた。その一瞬。右へ。配管の走る狭い保守路へ入る。

十数メートル先。階段を一段下へ。今度は別の工房裏へ続く連絡路。歩調は変えない。

ブラッド・ハウンドが周囲の足音と視線を拾い続ける。一つ。二つ。反応が遅れる。

最後まで食いついていた一人が、上の通路で止まった。カインは角を曲がる。積まれていた船体外板の陰を抜け。作業用ハッチを一枚通る。

その先は。見慣れた工房の裏手だった。


《追跡反応――消失》


表示を確認する。


「こんなもんか」


わざと見せ続けるのと、本気で消えるのは違う。

カインは工具箱を運び込む作業員の後ろを通り、そのままクロン・ワークスへ入った。

中へ入ると、工房の音が一気に近くなった。

金属を削る甲高い音。断続的に飛ぶ溶接光。

床面を走る小型の搬送ドローン。

壁際には取り外された推進器や姿勢制御ノズルが並び、天井から吊られた部品の下を作業員たちが慣れた足取りで行き来している。

自由港へ来てから何度も見た光景だった。

その奥。三番の係留区画にはノクスがいた。粗い民間船風の外装は変わらない。だが、船体下ではまだ一人の若い作業員が工具を手に作業を続けている。カインが近づくより先に。その男が顔を上げた。


「あ」


次いで、明らかに嬉しそうな顔になる。


「兄貴!」


工房内に声が響いた。カインは眉を寄せた。


「……まだ言ってるのか」


「何がっすか?」


「呼び方だ」


船体下から出てきた男――レンは、手袋の油を作業着で軽く拭った。


「もういいじゃないっすか。結構経ってますよ」


「経てば許したことになるのか」


「ならないんすか?」


「ならんな」


「親方も使ってましたよ」


「あいつにもやめろと言った」


レンは笑った。

以前からクロン・ワークスで何度か顔を合わせている。ノクスを預けた時。店の若い連中が集まって騒いでいた時。その中にいた一人だ。

そして。その顔を見ているうちに、レンの方が何かを思い出したらしい。


「そういや兄貴」


「…何だ」


「この間は、ありがとうございました」


「何が」


「遊び代」


カインの目が僅かに細くなる。


「……ああ」


思い出した。世話になっているからと、クロンへ支払いチップを放った。女遊びの金くらい出してやる。そんな話だった。


「…どうだった?」


カインが訊く。

レンが一瞬だけ目を丸くする。

それから。


「最高でした」


即答した。


「ならいい」


「いやぁ、兄貴のおかげで――」


「中身はいらん」


「聞いたの兄貴じゃないっすか」


「結果だけだ」


「結果って」


「満足したなら終わりだ」


「そういう報告だったんすか、これ」


「そうだ」


レンが笑った。


「やっぱ兄貴だなあ」


「だからやめろ」


「何をくだらねえ話してる?」


低い声が割り込んだ。

奥からクロンが歩いてくる。

使い込まれた作業着。いつものように店主らしい格好ではなく、今まで自分も機械の下へ潜っていたような姿だった。


「やっと来たか」


クロンは一度だけカインを見る。


「何かあったな?」


「少し付けられてな」


「振り切ったのか」


「ああ」


「ならいい」


それだけだった。

事情を詳しく聞こうとはしない。

クロン・ワークスでは、客が何処から来て、何を抱えているかより。持ち込まれた仕事が何かの方が重要だった。カインはノクスへ向かう前に、上着の内側へ指を入れた。


「少し場所を借りるぞ」


「好きにしろ」


クロンはノクスの船体へ戻っていった。

カインは工房の端。

資材棚と分解中の船体フレームに挟まれ、表から直接見えない場所へ移る。携行端末へ触れる。

画面は開かない。

ブラッド・ハウンドへ秘匿回線だけを表示した。


《接続先――ライナ・ヴェルグ》


短い待機。


《接続中》


《接続しました》


《俺だ》


《現在位置を》


《工房街》


《追跡は?》


《切った》


《完全に?》


《今のところは》


返信までの間は短かった。


《では動かしますか?》


カインが入力する。


《俺を三つくらいに増やせるか》


少し間があった。


《三つで足りますか》


カインの口元が僅かに動く。


《任せる》


《了解しました》


《自由港内の連絡線から、時間差で目撃情報を流します》


《商業区、外縁側、船着場》


《どれも確定情報にはしません》


《それでいい》


確定させる必要はない。

むしろ。曖昧な方がいい。

さっきまで確実にカインを追っていた連中に、

別の場所で見た。似た男がいた。あっちへ向かったらしい。そんな断片だけを投げる。

追う側は無視できない。だが、一つを選ぶこともできない。


《実行します》


そして。ライナから最後に一文。


《自由港を出るまで、こちらで線を散らし続けます》


《助かる》


通信を閉じる。右目から表示が消えた。

これでいい。カインが今何処にいるのか。

少なくとも。しばらくは一つに絞れない。


     

「兄貴、こっち終わってますよ」


レンの声に振り返る。


「兄貴はや――」


「分かってますって」


「…分かってないだろ」


ノクスの横まで戻る。

クロンが船腹を工具義肢で軽く叩いた。


「ノクスは完了した」


「推進周りとアンカー基部はレンに見させた。俺が最後に確認してる」


「制御系は?」


「そっちはエメリだ」


「エメリ?」


聞き覚えのない名前だった。


「誰だ?」


「そりゃ、そうなるか」


クロンは工房の奥を顎で示した。


「おい、エメリ」


返事はない。

ただ。少し離れた奥の作業区画で、開いていた制御盤の陰から一人の女が顔を上げた。

カインには見覚えがない。作業着。

短くまとめた髪。手には細い診断機器。

周囲の騒音にも、人の出入りにもほとんど興味がないように見えた。女はクロンを見る。


「何?」


「こっち来い」


「今?」


「今だ」


数秒。

エメリは診断機器を置き、制御盤を閉じてこちらへ歩いてきた。カインを見る。それで止まる。


「カインだ」


「知ってる」


「…俺は知らんが」


「私も顔は知らなかった」


それだけ。レンが横から口を挟む。


「え、兄貴、エメリと会ったことなかったんすか?」


「…ないな」


「ずっとここにいますよ」


「基本、奥にいるからな」


クロンが言った。


「精密物は大体こいつに投げてる」


「客前にはほとんど出ねえ」


「出る必要ないから」


エメリ本人が付け加える。

カインは一度頷く。


「ミラは知ってるか」


「知ってる」


今度は少しだけ返事が早かった。


「部材の確認で何度か来た」


「三隻の仕様も、あの子から聞いた」


「三隻?」


カインが聞き返す。

エメリがノクスを見る。


「これと」


「アンブラ」


「ヴェスパー」


クロンが鼻を鳴らした。


「お前、自分の船がどう直されてるか見てねえもんな」


「任せてた」


「信用されてると思っとくか」


レンが笑う。


「俺も結構触ってますよ。ノクスだけじゃなくて、アンブラの機関周りも」


「そうだったのか」


「そうだったんすよ」


エメリも短く続ける。


「三隻とも制御系は見た」


「ミラとも何度か合わせた」


カインの知らないところで。

この二人はすでに、ノクスだけではなく。

アンブラとヴェスパーにも手を入れていたらしい。


「世話になってたな」


カインが言う。

レンが笑う。


「じゃあ、また遊び代――」


「調子に乗るな」


「…はい」


クロンがノクスの点検表を閉じた。


「それでな」


「何だ」


「アンブラだが」


その名前に、レンとエメリも少しだけ反応した。


「先に持ってったな」


「ああ」


「部品も一緒にな」


「そうだ」


「向こうで続きをやれるようにはしてある」


クロンはそこで言葉を切った。

工具義肢の指先が、軽くノクスの外板を叩く。


「だが、どうにも気に入らねえな」


「途中なのが?」


「そうだ」


単純だった。


「動けば終わりじゃねえ」


「俺が見て、ここまでなら出していいと思ったところで渡した」


「だが、あれで仕上げたつもりはねえ」


レンが横で頷く。


「機関側も、もう一回詰めたかったんすよね」


「……制御も」


エメリが続ける。


「まだ調整できる」


クロンが二人を見る。


「こいつらもこんなんだ」


「似た者同士だな」


「お前の投げた仕事が途中になったせいだな」


「俺のせいか」


「大体な」


カインは少しだけ考え。

それから言った。


「…なら、船の続きを見てくれるか?」


「ついでに仕事も頼みたい」


クロンの目が向く。


「今度は何をさせるつもりだ?」


クロンが聞く。


「港の外になるか」


それだけでは、クロンは何も言わなかった。

カインは続ける。


「…古い移動基地があってな」


「長い間、最低限の維持だけされてた場所だ」


「訳あって、これからそこに行くつもりだ」


クロンの表情が僅かに変わった。

何処にある。どんな設備だ。

何処まで動く。そんな質問はしなかった。

今の説明だけで十分だったらしい。


「…移動基地ね」


「ああ」


「簡単じゃねえな」


クロンは即座に返した。


「壊れた船なら、元の形に戻せばいい」


「眠ってた設備を起こすなら、何が生きてて何が死んでるか見るところからだ」


「残ってる設備を使うか」


「捨てるか」


「別の物を繋ぐか」


「現場見ねえと決められねえ」


「腕の良い技師がいる」


カインが言う。

クロンはしばらく黙っていた。

目はノクスを見ている。

だが。考えているのは、その先らしい。


「……悪くねえ」


やがて。小さく言った。


「店はどうする?」


「それを今考えてた」


クロンは工房内へ視線を巡らせた。

誰かが工具を落とす。奥で別の従業員が怒鳴る。

整備ドローンが部品を抱えて走る。

クロンがいなくても。誰も手を止めてはいない。


「ここ数年、俺が仕事抱えすぎてた」


クロンは独り言に近い調子で言った。


「若いのに振っても、最後は俺が見る」


「客との話も俺」


「仕入れも俺」


「面倒な仕事も俺」


「そりゃ親方だからな俺が回す」


「だが良くねえな」


カインは黙って聞く。


「店を任せれる奴もいる」


「独立して店を持ちたい奴もいる」


「だったら」


クロンは工具義肢を見る。


「邪魔になる時も来る」


「今か?」


「ちょうどいい」


少しだけ笑う。


「店が回らなきゃ戻って怒鳴ればいい」


「回ったら?」


「それはそれで腹立つな」


「勝手だな」


「親方なんてそんなもんだ」


そして。クロンはノクスへ目を向けた。


「それに」


「船を最後まで見られる」


「お前らの船が実際どんな使われ方してるかも見られる」


「古い設備を触れる」


「出張仕事なら、当然金も取る」


「勿論払うさ」


「高いぞ」


「いくらでも請求しろ」


「言ったな」


そこで初めてクロンが少し楽しそうに笑った。

それ以上は言わなかった。クロンが行く理由として十分だった。


     

「流石に一人じゃ行かねえぞ」


クロンが言う。


「…誰を連れて行く?」


「決まってる」


工具義肢が動く。


「レン」


「はい」


「来い」


「行きます」


間がなかった。


「…お前は少しくらい考えろ」


「考えましたよ」


「いつだよ」


「今です」


レンは笑いながらノクスの船腹へ手を置く。


「俺、この船の推進系ずっと触ってきたし」


「アンブラも途中だし」


「それに、兄貴ご指名の仕事なら――」


「関係ない」


「いや、そこ結構大事っす」


「どう大事なんだ」


「毎回、普通じゃない物持ってくるじゃないっすか」


「褒めてないな」


「褒めてますよ」


クロンが呆れたように息を吐き。

次に。


「あと、エメリ」


「行く」


今度は呼び終わる前だった。

カインが見る。


「お前も早いな」


「アンブラ、まだ途中」


「それは聞いた」


少しだけ間を置く。


「私も古い設備興味ある」


クロンが鼻を鳴らす。


「こいつはこれだ」


「二人ともいいのか」


カインが二人へ聞く。

レンは一度だけ工房を振り返った。


「残る連中で回せますよ」


「親方いない方が伸び伸びやるかも」


「…聞こえてるぞ」


「だから言ったんすけど」


エメリも続けて一言。


「大丈夫」


それだけだった。


「根拠は?」


「私たちがいなくても、みんなできる」


「それで十分」


クロンが僅かに頷いた。

少なくとも。連れていく二人は、自分たちだけが店を回しているとは思っていない。

それもクロンが二人を選んだ理由の一つなのだろう。問題は、店だった。クロンは少し考えてから、携行端末を取り出した。


「ロイに一言入れとく」


「任せるのか」


「店は任せねえ」


クロンは即答した。


「店はうちの連中が回す」


「ただ、俺がいねえ間に外から面倒なのが来た時、話を通せる奴はいた方がいい」


通信を繋ぐ。数回の呼び出し。

やがて。


『何だ?』


「今いいか」


『用件は』


「しばらく自由港を空ける」


短い沈黙。


『店ごとか?』


「俺と若いの二人だ」


『期間は』


「まだ決めてねえ」


『随分急だな』


「外仕事が入ったもんでな」


ロイは理由を聞かなかった。


『クロン・ワークスは』


「残る連中に回させる」


『なら問題は無いだろ』


「基本はな」


クロンは工房を見回す。


「俺がいねえ間」


「外との取引と、何か揉めた時だけ見てやってくれ」


少し間。


『店の仕事はしないぞ』


「頼んでねえ」


『帳簿も触らん』


「触るな」


『人も貸さん』


「そこまでいらねえ」


今度はロイの方から僅かな間が入る。


『つまり』


『お前のところの若い連中が、自分達で店を回す』


『俺は詰まった時だけ繋げばいい』


「そうだ」


『分かった』


あっさりしていた。

クロンもそれ以上説明しない。


「金は」


『通常の仲介扱いでいい』


「助かる」


『礼は要らん』


『契約分は働く』


クロンが僅かに笑う。


「相変わらずだな」


『お前に言われたくない』


『戻る時は連絡しろ』


「ああ」


『それだけか』


「それだけだ」


『なら切るぞ』


通信が終わった。

クロンは端末をしまう。

カインが言う。


「早いな」


「仕事が決まってりゃ余計なこと聞かねえからな」


それでクロン・ワークス側の話も終わった。

そこから先は職人たちの方が早かった。

大がかりな引っ越しをするつもりはない。

現地に設備が残っているなら。まず、それを使う。何が生きているのか確認し、使える物を起こす。足りない物だけを後で足す。

クロンが選んだのは。携行工具。診断器。

小型の切断・溶接装置。電装補修材。配線。

各種端子。規格違いへ対応するための変換部材。

それと工房で普段使っている小型整備ドローンを二機。


「大型の機材は持ってかないんすか?」


レンが訊く。


「邪魔だ」


クロンが答える。


「向こうに設備があるなら、まず向こうのを使う」


「全部死んでたら?」


「その時考える」


レンが笑った。


「親方まで兄貴みたいなこと言ってる」


「一緒にすんな」


「俺もそこまで酷くない」


「二人とも同じ」


整備ドローンを確認していたエメリが言う。


「何がだ」


「現物見てから考えるところ」


クロンとカインが同時に黙る。

レンが吹き出した。


「似てるじゃないっすか」


「さっさと準備しろ」


「はい」


ノクスの貨物区画へ工具箱が固定される。整備ドローン一号。続いて二号。エメリが二機目を止めた。


「待って」


カバーを開く。アーム基部を確認。


「反応遅い」


「交換するか?」


「いい」


細い工具が入る。数十秒。小さな駆動音。

エメリが再び診断を走らせる。


「直った」


「早いな」


カインが言う。


「普通」


それだけ返し、エメリはドローンを貨物区画へ押し込んだ。


「兄貴、この箱どこ置きます?」


「俺に聞くな」


「…船長っすよね?」


「お前らの荷だ任せる」


「こういう時だけ線引きするなあ」


「重いの下」


エメリが横から言う。


「ほら」


「はいはい」


「返事一回」


「はい」


少し前までカインにとってレンは、クロン・ワークスで顔を合わせる若い従業員の一人だった。エメリに至っては今日初めて顔を見た。だが、三隻の小型船にはすでに二人の手が入っている。ノクスの推進系。アンブラの機関と制御。ヴェスパーへ回された部材。カインたちが乗り、使い、戦ってきた船の裏にはここで油に汚れ。工具を握っていた人間がいた。それだけの話だった。これから向かう場所にはそういう人間の手が必要になる。


 積み込みが終わる頃。

ブラッド・ハウンドへ新しい表示が入った。


《秘匿通信》


《ライナ・ヴェルグ》


カインは内容を開く。


《目撃情報散布済み》


《対象と思われる人物を、自由港内三地点で確認したとの情報が流れています》


《工房街周辺に残っていた監視反応も分散傾向》


カインが短く返す。


《十分だ》


《港外移行後も少し残します》


《引き続き頼む》


《了解》


通信が閉じる。

カインは工房入口を見る。

もう外に何人いるかを確かめる必要はない。

ここへ入ったことすら連中は知らない。

最後に見失った場所は工房街。その後、自由港の別々の場所へカインらしい目撃情報が流れ始めた。追うなら好きな方へ行けばいい。


「兄貴」


レンの声。


「準備できましたよ」


カインが振り返る。


「そうか」


「兄貴――」


「分かった」


レンが目を丸くする。


「え」


「出るぞ」


「……今認めませんでした?」


「認めてない」


「絶対認めた」


「レン」


エメリが呼ぶ。


「何」


「早く乗る」


「はい」


クロンが工具義肢でレンの背を押した。


「さっさと乗れ」


「…親方まで」


三人が順番にノクスへ乗り込む。

レン。エメリ。そしてクロン。

店の奥では。

残る従業員たちが作業を続けていた。

誰も大げさに見送らない。

クロンも。別れの言葉など口にしなかった。


「後、頼むぞ」


それだけ。奥から声が返る。


「了解、親方」


「こっちは任せてください」


「帰ってきた時に泣きつくなよ」


「そっちこそ、店無くなっても泣かないでくださいよ」


「馬鹿。潰すな」


クロンは鼻を鳴らし。

そのままノクスへ入った。店を捨てるわけではない。引退するわけでもない。ただ少し離れる。

自分がいなくてもここが工房として回るのかを見るために。そして自分自身もまだ知らない設備を触るために。


カインが主座へ座る。

操作系を起こす。

ノクスの計器が順番に灯り。

船体の奥で主機が低く目を覚ました。

後ろではレンが固定具を確認している。


「兄貴」


「…何だ」


「一応言っときますけど」


「言え」


「推進器、かなり綺麗に合わせたんで」


「ああ」


「無茶な飛ばし方して壊さないでくださいよ」


「保証できんな」


「早いな!」


エメリが座席の固定具を締める。


「ログ見た」


「何が言いたい」


「諦めた方がいい」


「エメリまで!?」


「壊れたら直す」


「そこじゃないんだけどなあ……」


クロンが笑う。


「いいじゃねえか」


「仕事が無くならなくて」


「親方、それ言っちゃダメなやつっすよ」


「商売だ」


カインは前を見たまま。


「金は払う」


「なら問題ねえ」


クロンが返した。

固定具。解除。

ノクスがゆっくりと三番枠を離れる。

表通りへは出ない。

クロン・ワークスから船を出す時に使う、工房街側の船用搬出路。以前からノクスが何度も通ってきた道だ。外から見れば、クロン・ワークスから小型艇が一隻出ていく。それだけ。その船に。カイン・ウォーカーが乗っていることも。クロンを含む三人の技師が乗っていることも。追跡者たちは知らない。船用隔壁が開く。その先へ。

自由港の外縁灯が続いていた。


「出すぞ」


カインが言う。


「おう」


「了解っす、兄貴」


「了解」


ノクスが加速する。少しばかりの工具。二機の整備ドローン。そして。今までその船を送り出す側だった三人のうち。クロン。レン。エメリ。

その三人を乗せて小型艇は静かに自由港の工房街を離れていった。

作者のモチベになりますので、

★評価よろしくお願いします。

_| ̄|○何卒。

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