第70話:見せる者、見る者
自由港の別区画。
古い貨物倉庫の地下に設けられた仮拠点では、低い機械音が途切れることなく響いていた。
中央の整備台には、ガントリーの巨体が固定されている。右腕は失われていた。
肩口から切断された人工筋繊維と配線が覗き、胸部外装には深い裂傷。内部フレームの一部も露出している。右膝の駆動機構。左手。
冷却系。どれも、今すぐ停止するほどではない。
だが、再び戦闘へ出せる状態でもなかった。
《右上肢欠損》
《胸部主構造フレーム損傷》
《右膝駆動機構損傷》
《左手部駆動率低下》
《冷却効率、規定値以下》
《現行筐体による戦闘行動――非推奨》
「そこまで壊れてりゃ、見れば分かる」
整備台の横で、男が言った。五十代ほど。
油の染みた作業服。
腰には用途の違う工具をいくつも吊っている。
軍人ではない。自由港で機械修理を請け負う技師。ただし、今回に限ってはゼルギウス・カーマインから事前に話を通された協力者でもあった。
男はガントリーの胸部へ診断端子を差し込む。
「腕は丸ごと交換」
「胸のフレームは一度開ける」
「右膝も駆動部ごと」
「冷却管も二本潰れてるな」
エリカ・ヴァイスが壁際から尋ねた。
「戦闘可能な状態まで戻すなら?」
「部品が全部あって半日」
「無かったら?」
「自由港で探す」
技師は失われた右肩を見る。
「元の腕があれば早かったんだが」
《右上肢は戦闘地点に残置》
「なら期待するな」
技師はあっさり答えた。
「ここじゃ、アンドロイドの腕一本落ちてりゃ誰かが拾う」
「明日には部品屋へ並んでても驚かん」
ノインが整備台を見上げる。
「買い戻す?」
「値段と状態次第だ」
ダリオ・マークスが端末を見ながら答えた。
「別の腕を用意した方が早ければ、そちらを使います」
「色が違っても?」
《戦闘性能への影響なし》
ガントリー自身が答えた。
「そう」
ノインは納得したようだった。
その周囲に浮いているスティレットは二機。
三機あったうち、一機はカインによって破壊されている。
「一つ、なくなった」
「落とされたわね」
エリカが答えた。
「自壊プログラムは?」
「動いた」
ノインが短く言う。
「反応も消えた」
ダリオが戦闘記録を開く。
「機能停止後、自壊シーケンスへの移行を確認」
「その後、テレメトリも途絶えています」
「情報保全は?」
「規定通り作動していれば問題ありません」
エリカは頷いた。
「ならいい」
そこで話は終わった。
壊れた一機について、それ以上追う理由はない。
少なくとも。彼らが把握している限りでは。
《暗号回線接続》
《接続先――ゼルギウス・カーマイン》
エリカが秘匿回線を開く。
数秒後。
『状況を』
短い声が返ってきた。
「カイン・ウォーカーとの接触を終了しました」
『本人か』
「間違いありません」
「直接交戦したのは、主にノインとガントリー」
「ガントリーは御覧の通り」
「ノインのスティレット一機を喪失」
「ノイン本人に大きな損傷はありません」
『ガントリー』
《修復作業待機中》
『戦闘記録は』
「取得済みです」
エリカが記録を送信する。
「三機のスティレットへの対応」
「ガントリーとの近接戦闘」
「ブラッド・ハウンドによると思われる予測補助」
「反応速度、突破能力、攻撃選択」
「必要な記録は取れています」
しばらく返答がない。
転送された内容を確認しているのだろう。
『十分だ』
「損耗は想定を上回りました」
『そうだな』
責める調子ではなかった。
『だが、目的を外したわけではない』
エリカは黙って聞く。
『最初から、カイン・ウォーカーの捕獲を目的にはしていない』
『ノイン』
「いる」
『三本の同時制御は』
「…できた」
ノインは少し考えてから続けた。
「でも、カインが近くに来ると難しくなる」
「三本を動かすだけじゃなくて、自分も見ないといけない」
『その感覚も記録しておけ』
「分かった」
『ガントリー』
《対英雄近接戦闘記録を保存済み》
『なら今回の接触には価値があるな』
エリカが言う。
「私とダリオまで初めから加わっていれば、捕獲できた可能性はあります」
ダリオは否定しなかった。
今回、前に出たのはノインとガントリー。
エリカとダリオは観測と戦場整理、撤退線の確保を優先した。四人が初めから一つの対象へ集中していれば。カインの退路を削り。
複数方向から詰めれば。結果が変わった可能性はある。
『あるだろうな』
ゼルギウスも認めた。だが。
『だが甘く見るな』
「理由を?」
『今回、カインへ見せた手札は二枚だ』
一拍。
『そこで十分な情報が取れた』
『残り二枚まで切る必要はない』
「捕獲できるなら、見合うのでは?」
『できれば、だ』
ゼルギウスの声は変わらない。
『四人を総投入する』
『だがカインに情報を晒す』
『その上で逃げられれば、得る物はない』
「……」
『カイン・ウォーカー一人に固執する理由もない』
エリカの目が僅かに細くなる。
『本来の目的を見失うな』
少女。艦。それらを考えれば、カイン一人へ全てを投入する意味は薄い。
「了解」
その時。ダリオの端末へ新しい報告が届いた。
「追跡屋からです」
『カインか』
「はい」
戦闘後。
自由港内へ散らしていた追跡屋が、再び対象を確認している。
「ジャンクバザール」
「整備区画方面へ移動」
「一度ロスト」
「その後、別の追跡屋が港湾労働区で再確認」
さらに一件。
「また出ました」
エリカが港内図を見る。
「随分、よく見つかるわね」
「そこが少し妙です」
ダリオが答える。
「こちらの監視線を短時間で潰した男です」
「戦闘後にも、一度は完全に追跡を切っている」
「それなのに、その後は別の追跡屋へ何度も拾われています」
『そうだな』
ゼルギウスの返答は早かった。
エリカが通信端末を見る。
「気づいていた?」
『逃げているんじゃないな』
短い間。
『見せている』
ノインが首を傾げる。
「わざと?」
『消えられる男が、人の多い場所で何度も見つかっている』
『偶然と考える方が不自然だ』
エリカが目撃地点を追う。
停泊区画へ真っ直ぐ向かっているわけではない。何かを避けながら逃げている軌跡でもない。
「囮ね」
『可能性は高い』
「エーテル・ガイストから目を逸らしている?」
『それも候補だ』
「なら、追跡を強める?」
『必要ない』
「……」
『本人が自分を見せたいなら、見せておけばいい』
「その間に別を見ると」
『そうだ』
カインの狙いを無視するわけではない。
だが。狙いに乗せられたまま動く必要もなかった。
『ノイン』
「なに?」
『共鳴を試せるか?』
ノインが胸元へ手を置く。
「探す?」
『低出力でいい』
「…分かった」
目を閉じる。外套の内側。
胸部に収められた簡易型のコアが、弱く脈動した。一度。二度。強くはない。
自由港の雑多なエーテル反応へ紛れる程度。
ノインは、その返りを探す。数秒。
「……ある」
「感じる?」
エリカが訊いた。
「たぶん」
「方向は?」
ノインが右へ顔を向ける。
「こっち」
すぐに首を振った。
「違う」
左。
「こっちにもある」
少し前。
「後ろにも」
ダリオが共鳴波を端末へ取り込む。
「散っていますね」
「反射?」
「自然反射ではありません」
波形が重なる。
「返ってくる時間と方向が合わない」
「意図的に複数方向へ散らされている可能性があります」
ノインが目を開いた。
「元が分からない」
「もう少し強くする?」
エリカが通信端末へ視線を向けた。
「位置を絞れる可能性は?」
「あると思う」
ノインが答える。
『やめろ』
ゼルギウスだった。
「ですが」
『出力は上げるな』
「位置を特定できるかもしれません」
『同時に、こちらが探していることも知らせる』
ダリオが波形を見る。
「遮蔽側に共鳴検知能力があるなら、十分あり得ます」
『ノインの負荷も分かっていない』
「まだできるよ」
ノインが言った。
『必要ない』
ゼルギウスの声は淡々としていた。
『反応らしきものが存在した』
『今はそれで十分だ』
ノインは胸元から手を離した。
「…止めた」
『それでいい』
ほんの一瞬。
通信の向こうに沈黙があった。
だが、誰もその意味を問わなかった。
『ダリオ』
「はい」
『自由港の物流網を覗けるか』
「全部は無理です」
『一部でいい』
「配送業者」
「荷役会社」
「共同倉庫」
「店側の発送情報」
「末端なら幾つか穴があります」
『大型ドック周辺へ流れる物を見ろ』
「了解」
ダリオの指が走る。
自由港の物流網は、一つに統合されてはいない。
大小の配送会社。個人商店。倉庫。
工房。荷役業者。
管理系統はばらばらだった。
だから全体を奪うことはできない。
その代わり。穴のある場所から、断片を拾う。
「一つ入りました」
記録が端末へ流れる。
「直近数時間」
「大型ドック方面」
ダリオが品名を追う。
「保存食」
「合成食材基材」
「飲料」
「コーヒー豆」
ノインが顔を上げる。
「コーヒー?」
「珍しくありません」
次。
「空調用フィルター」
「水再生用濾過材」
「汎用気密材」
「配管用継手」
「耐熱電線」
「旧規格対応の電力変換器」
「加工素材」
「交換部品」
エリカが訊く。
「特徴的な物は?」
「ありません」
「船でも工房でも使う物ばかりです」
「配送先は?」
「分散されています」
港内図に複数の線が現れる。
「保存食は共同倉庫」
「飲料は別の荷役会社」
「フィルター類は中央集積所」
「加工素材の一部は工房街側の倉庫を経由」
「そこから先が取れないものもあります」
「大型船一隻へ集まっている?」
「確認できません」
「同じ時間帯に、複数の大型船が補給を受けています」
ダリオは情報を重ねた。
「ただ――」
「何?」
「品目の組み合わせは少し気になります」
『続けろ』
「食料と飲料だけなら航海補給」
「そこへ空調、水再生、気密材」
「さらに旧規格対応部品と加工素材」
ダリオの目が細くなる。
「単純な短距離航行用とは限らない」
ゼルギウスが答える。
『長く動くか』
「あるいは」
エリカが続ける。
「古い設備を使えるようにする」
『その可能性もあるか』
「拠点移動?」
『まだ断定はするな』
だが。何かが、誰かが動く準備をしている。
そこまでは掴んでいる。
「船までは絞れません」
『今はそれでいい』
「監視を続けます」
『そうしろ』
エリカが訊く。
「大型ドックを封鎖すれば早いですが」
『却下だ』
即答だった。
『こちらが何を探しているか教えることになる』
『ヴォルフ元帥の関与まで表へ出かねない』
『船一隻を炙り出すために、自由港全体を敵に回す必要はない』
「了解」
『それとヴォルフ元帥への報告は私から行う』
「今回の損耗も?」
『全部だ』
「承知しました」
※※※
「そろそろ移すぞ」
後方から技師の声が飛ぶ。
ガントリーの胸部。
損傷したフレームとは別の保護区画が開かれていた。内部から取り出される、黒い中枢ユニット。
人格制御。判断系。任務記録。
ガントリーをガントリーとして成立させている部分。
《中枢系統を外部電源へ移行》
《現行筐体との接続解除開始》
人型機体の光学センサーが消える。
技師が中枢を引き抜いた。
「仮の身体はこいつだ」
隣のケースを開く。
四本の脚。細身の胴体。
二つの光学センサー。
大型犬ほどの大きさ。
軍用品らしい無骨さはなく、表面は滑らかに処理されている。
ノインが覗き込んだ。
「ペット?」
「そういう売り方をしてる」
技師が答える。
「富裕層向けの身辺警護ロボット」
「住宅区でも船でも連れ歩ける」
「主人に随伴」
「暴漢の制圧」
「避難誘導」
「追跡」
「最低限の戦闘」
作業台のスピーカーからガントリーの声が流れる。
《代替筐体を走査》
《現行筐体比、戦闘能力大幅低下》
「今は戦わせない」
エリカが言った。
《了解》
「本体が直るまで、それで」
《任務継続可能》
技師が四脚機の背部を開く。
中枢を固定。端子接続。
電源移行。
《代替筐体を認識》
《四脚姿勢制御――正常》
《光学系――正常》
《近接制圧機能――使用可能》
二つの光学センサーが点灯する。
四本の脚が順番に床へ触れた。
《代替筐体への中枢接続完了》
ノインが前へしゃがむ。
「ガントリー?」
《ノインを確認》
「小さいね」
《事実》
「触っていい?」
《任務上の必要性を確認できない》
ダリオが端末から目を上げる。
「その返しなら問題なさそうですね」
また追跡屋から情報が入った。
「カイン、まだ中央寄りです」
ダリオが報告する。
「移動を継続」
「停泊区画へ直接戻る様子なし」
『そのまま見させろ』
「いつまで?」
エリカが訊く。一拍。
『工房街付近で観測されるまで』
「工房街?」
『詳細は今は省く』
ほんの少し間を置き。
『カインが、小型船を所有している可能性がある』
「小型船」
ダリオの指が止まる。
『確定情報ではない』
「工房街へ追跡屋を増やしますか」
『必要ない』
「先回りもしない?」
『しない』
「理由は?」
『監視範囲を教えることになる』
合理的な答えだった。
『カインは今、自分から姿を見せている』
『こちらが配置を変えれば、その変化も読まれる』
「今のまま泳がせる」
『そうだ』
「工房街へ入ったら?」
『位置だけ報告』
「工房へ入るところまで確認できた場合は?」
『それも報告だけでいい』
「接触は?」
『するな』
エリカは僅かに目を細めた。だが。
その命令にも理由はある。
再び近づけば、カインはこちらの監視線を警戒する。先ほどと同じように。
見たいものまで見えなくなるかもしれない。
「了解しました」
『それまで、お前たちには別のことをさせる』
ゼルギウスが言った。
「何を?」
『ノインの環境適応データを取れ』
ノインが通信端末を見る。
「私の?」
『そうだ』
「また共鳴?」
『いや違う』
ゼルギウスの声は少しも変わらない。
『民間人として過ごせ』
「民間人……」
『人の中を歩け』
『店へ入る』
『物を選ぶ』
『買う』
『店員と話す』
『知らない人間に話しかけられたら対応する』
『周囲に合わせて立つ』
『座る』
『待つ』
『それを自然にできるか確認する』
ノインが少し考える。
「隠れる?」
『隠れる必要はない』
エリカが補足する。
「姿を消すんじゃない」
「そこにいても、誰も変だと思わないようにするの」
ダリオも言う。
「機械の検査を通過できるだけでは足りません」
「人は、歩き方や目線や間の取り方でも違和感を覚えます」
「店員との受け答え」
「他人との距離」
「順番を待つ」
「譲る」
「断る」
「そういう部分もデータになります」
ノインは聞いてから尋ねた。
「怪しまれなければいい?」
『それだけでもない』
「じゃあ?」
『記憶に残るな』
ノインが首を傾げた。
『後から店員に聞いた時に、“普通の客だった”で終わる』
「普通の客」
『それが目標だ』
「難しい」
『だから試す』
ノインは少し黙った。
「分かった」
『エリカ』
「はい」
『お前が見ろ』
「了解」
『ただ歩かせるだけでは足りない』
そこでゼルギウスは続けた。
『賭場へ連れていけ』
エリカが僅かに眉を上げた。
「賭場?」
『客同士が一定時間、同じ場所へ座る』
『店員とも接する』
『金銭を扱う』
『勝敗がある』
『周囲の感情も変化する』
『監視設備も多い』
ダリオが頷く。
「環境適応を見るには、条件が揃っていますね」
『そういうことだ』
エリカは少し考えて、港内案内を開いた。
「なら、一つ心当たりがあります」
『何処か知っているのか』
「店に入ったことはありません」
自由港の娯楽区。
その中の一角を拡大する。
「別の任務で近くを通った時に、名前を見たことがあるだけです」
表示された店名。
《シャッフル・マイニング》
ダリオが公開されている店舗情報を開く。
「カードゲーム中心」
「テーブル数、多め」
「本人確認」
「簡易武器走査」
「不正防止用の顔、視線、手元監視」
「警備員も常駐」
「条件は良さそうですね」
「名前、覚えてたの?」
ノインが訊いた。
「少し変わった名前だったから」
「シャッフルはカードの」
「そう」
「マイニングは掘るだっけ」
「そうね」
「何を掘るの?」
「さあ」
エリカは肩を竦めた。
「金か運じゃない?」
ノインは店名を見つめる。
「オールベッドは?」
ダリオが尋ねた。
「あそこは使わない」
「カインが出入りしていたらしい店ですね」
「そういう情報は入ってる」
エリカが答える。
「でも今は、それ以上に追跡屋を邪魔したくない」
カインの所在確認は、既に外部の追跡屋へ任せてある。
こちらが同じ区域をうろつけば。
監視側の動きが変わる。
カインへ余計な警戒を与える可能性もある。
「向こうは追跡屋に任せる」
「私たちは別の場所へ行く」
「それに」
エリカはシャッフル・マイニングの情報を見る。
「こっちの方が、今回の目的には合ってる」
「オールベッドは?」
「多少変わった客がいても、あまり気にされないわ」
傭兵。流れ者。荒事を好む者。
闘技と賭けを目的に集まる場所。
「そこへ混ざれたからって、普通に振る舞えたことにはならない」
「カードの店なら?」
「長く同じ相手と向き合う」
「ディーラーにも見られる」
「他の客にも見られる」
「勝った時」
「負けた時」
「話しかけられた時」
「全部、反応が必要になる」
ノインが少し考える。
「勝ちすぎたら?」
「目立つわ」
「負けすぎたら?」
「それも場合によっては目立つ」
「わざと負ける?」
「不自然よ」
ノインの眉が僅かに寄った。
「難しい」
「だから試験になるの」
足元で四脚のガントリーが頭部を上げる。
《本代替筐体の同行について確認》
「問題ないと思うわ」
エリカが答えた。
「今の体は、富裕層向けの身辺警護機なんでしょう」
《肯定》
「少し上の客も来る店なら、連れて歩いても不自然じゃない」
ダリオが公開情報を確認する。
「警護ロボットの同伴は禁止されていません」
《同行可能》
「ただし」
エリカがガントリーを見る。
「人が近づくたびに戦闘態勢へ入らない事」
《警護機能との矛盾を確認》
「警戒はしていいわ」
「態度に出さないで」
少し間。
《行動補正を実施》
ノインが四脚機を見る。
「私と同じだ」
《相違点多数》
「普通にする練習」
《目的については部分的一致》
「同じ」
《部分的一致》
「そこまで」
エリカが二人を止めた。
『…まず、街を歩かせろ』
まだ接続されていたゼルギウスが言った。
『賭場だけではデータが偏るな』
「服も変えます」
『そこは任せる』
エリカはノインの擦れた外套を見る。
その下には薄いパワードスーツ。
裏通りなら不自然ではない。
だが、今日の目的には少し違う。
「先に服を買う」
「どこ?」
「任務で通った区画に一軒あったはず」
「行ったことある?」
「店の前を通っただけよ」
「また?」
ダリオが端末を確認する。
「まだ営業していますね」
「商船乗りや技師向け」
「価格帯も普通ですね」
「そこにする」
「私が選ぶ?」
ノインが尋ねる。
「最初は自分で選んでみて」
「変だったら?」
「店員の反応を見る」
「止めない?」
「明らかにおかしかったら止める」
「どこからが明らか?」
「……それも覚えればいい」
ノインはしばらく考え。
「分かった」
ゼルギウスの声が最後に届く。
『物流監視は継続』
「ダリオが持ちます」
『追跡屋からの情報も切るな』
「了解」
『カインが工房街へ入っても、こちらから接触するな』
僅かな間。
「了解しました」
『以上だ』
通信が切れる。
エリカは暗くなった端末を一度見た。
すぐに視線を外す。
「行くわよ」
「まず服屋」
ノインが答える。
「その次は?」
「街を歩く」
「その次」
「何か食べてもいい」
「その次」
「シャッフル・マイニング」
「カード」
「そう」
「勝つ」
「だから、勝つことが目的じゃない」
「普通に勝つ?」
「普通に遊ぶの」
「普通……」
また、その言葉だった。
四脚のガントリーが立ち上がる。
《民間環境適応記録を開始》
「あなたも」
エリカが振り返る。
「普通に歩いて」
《四脚歩行は正常》
「そういう意味じゃない」
《指示内容の再定義を要求》
「外へ出てから説明する」
《了解》
ダリオが物流監視と追跡情報を携行端末へ移す。
扉が開いた。自由港の喧騒が流れ込んでくる。
人。店。広告。荷物。
誰もが、それぞれの目的で行き交っている。
その中へ。ノインも混ざる。
隠れるためではない。顔を伏せるためでもない。
そこにいて。歩いて。話して。買って。食べて。
遊んで。それでも、誰からも特別な存在だと思われないために。エリカが先に人波へ入る。
その後へノイン。四脚のガントリー。最後にダリオ。追うべき対象は、別の者たちに任せてある。
今は。こちらはこちらの仕事をする。四人は、仮拠点を後にした。
作者のモチベになりますので、
★評価よろしくお願いします。
_| ̄|○何卒。




