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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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第58話:ネスト攻略⑤



 亡霊の艦が、闇の中でゆっくりと牙を起こし始めた。ノクターン・デブリ帯外縁。

大型貨物船を装っていたエーテル・ガイストの船体から、戦闘には不要な偽装構造が静かに畳まれていく。左右へ張り出していた偽装装甲が艦体側面へ沈み、鈍重な民間船を思わせていた輪郭が細く引き締まる。艦上と艦腹を覆っていた外装の一部がずれ、その下から発射口が姿を現した。

艦影そのものは、戦場から直接捉えられる位置にはない。だが、主機エーテルコアはすでに戦闘出力へ移っていた。


『射撃管制系、接続』


『偽装航行を終了』


『ハルバード発射区画、開放準備』


アドミラルの声が、無人の格納艦橋へ落ちる。

壁面表示に、六本の長大な弾体が並んだ。


《誘導型エーテル飛翔体【ハルバード】》


《搭載数:六》


《取得経路:自由港》


《全弾、発射区画内装填済み》


自由港で入手し、エーテル・ガイストへ搬入した六本。そのすべてが、艦上と艦腹に設けられたミサイル発射口へ収められている。

現行型の中長距離誘導兵装。

弾頭内部には、小型エーテル圧縮炉が組み込まれている。着弾時には圧縮したエーテルを一点へ収束させ、外へ吹き飛ばす爆発ではなく、対象内部を押し潰す局所爆縮反応を引き起こす。

さらに状況に応じて誘導機動を捨て、推進力のすべてを貫通へ回す直進突撃モードへ切り替えることもできる。


『自由港取得分六本、自己診断完了』


『全弾、使用可能』


再補充はない。少なくとも、この戦闘中には。

アドミラルは六本を残弾としてではなく、六つの手段として戦術図へ置いた。

 巨大艦は、完成へ向けて形を変え続けていた。

ハティの砲撃で崩れた左舷へ、無人艦の残骸が引き寄せられている。折れた船体。砕けた装甲板。

推進器や砲身。それらが白い光に包まれると元の形を失い、黒い外殻の一部として練り直されていった。修復と呼べるものではない。

何が必要なのかも分からないまま、空いた場所へ手近な物を詰め込んでいる。

その結果、巨大艦の左右はひどく不均衡になっていた。右舷には推進構造が幾重にも重なり、左舷には防衛砲台が偏っている。艦首らしき先端も、少し前まで向いていた方向から大きく逸れていた。このままでは、エーテル・ガイストから中枢を狙えない。


『艦長』


アドミラルの声が、カラスの操縦席へ届いた。


『現位置からの主砲射撃は可能』


「当たるか」


『外殻には命中する』


「聞いてるのは中身だ」


『変換中枢の位置は確定していない』


 カインはブラッドハウンド越しに、巨大艦の脈動を見た。黒い外装の各所へ白い光が走り、集まり、また別の場所へ散っていく。

どこかに起点がある。

だが、常に構造を組み替えているため、通常のセンサーでは流れを追いきれない。


「アイリスは」


『観測を継続中』


 ノクスの操縦席で、アイリスは巨大艦から目を離せずにいた。

外部映像に映るのは、黒い艦体と不規則に瞬く白い光だけだ。けれど、彼女が感じているものは映像とは違う。胸の奥。セラフィックコア。

擬似心臓の周囲を、冷たい指で押されているような感覚がある。

巨大艦が残骸を取り込むたび、それが強まった。

船体のどこかが光るたび、圧力は少しずつ場所を変える。


「……違う」


アイリスが小さく呟いた。

ミラは巨大艦の観測表示から目を離さない。


「何が違いますか」


「光ってる場所じゃない」


「位置を示せますか」


「うまく言えない……」


「言語化は不要です」


ミラの黄金眼に、細い演算光が流れる。


「アイリスさんは、気になる方向を見てください」


アイリスは頷いた。巨大艦の艦首。違う。

右舷の膨れ上がった推進構造。

そこでもない。


視線が、ゆっくりと艦体中央へ動く。

かつてネストの中枢があった場所。そのさらに奥。何重もの装甲と変換層に覆われ、外からは見えない部分。


そこを見た瞬間、アイリスの胸が強く脈打った。


「……そこ」


ミラが即座に表示を固定する。


「視線座標取得」


ノクスのセンサーが、指定された範囲へ探査を集中した。明確な形は見えない。

だが、周囲とは異なる反応があった。

巨大艦全体へ伸びるエーテル流が、その一点へ集まり、増幅されてから再び船体各部へ配られている。


「高密度結晶反応を検出」


『解析を引き継ぐ』


アドミラルの声が入った。

ノクス、カラス、エーテル・ガイストの観測値が重ねられる。

ぼやけていた反応が、少しずつ輪郭を持った。

 巨大なエーテル結晶。

本来ネストの物質変換機構に使われていた複数の結晶構造が、暴走の中で融合し、成長したもの。

結晶内部には、人類製の制御信号とエーテリアン遺構の変換命令が入り乱れている。

艦を作れ。敵を排除しろ。素材を集めろ。損傷を修復しろ。

互いに矛盾する命令を受けながら、それでも巨大艦を作り続ける変異型エーテルクリスタル。


『巨大構造体の変換中枢と推定』


アドミラルが結論を出した。


「…壊せる?」


アイリスが聞く。


『現時点では、撃破可能性が最も高い』


巨大艦中央の座標が戦術網へ送られる。


『目標を変異型エーテルクリスタルへ設定』


『ただし現状では、外殻および変換層により直接射撃不能』


「引きずり出すしかないな」


カインが言った。


『肯定』


《リレイ》へ、発信元を伏せた戦術データが届いた。


「未確認回線から情報!」


「なんだと?」


「巨大構造体中央に、中枢候補を表示しています」


戦術画面へ、巨大艦を貫く一本の射線が描かれた。さらに複数の攻撃点が示される。

右舷推進部。背部融合節。

旧ネスト中枢の周囲。

そして、黒い外殻の奥に隠された中央部。


『長距離主砲による中枢攻撃を予定』


アドミラルの声が流れる。


『現状の対象姿勢では射線が成立しない』


『第一段階。推進構造を破壊し、対象の艦首方位を固定』


『第二段階。物質変換経路を遮断』


『第三段階。中央外殻を局所爆縮させ、中枢を露出』


《リレイ》の指揮官が眉を寄せる。


「こちらに何をさせるつもりだ」


『ハルバード級の使用を要請する』


「こちらの兵装まで把握しているのか」


『戦術上、必要な情報だ』


「所属を明かす気は」


『ない』


即答だった。


「信用しろと?」


『信用は不要』


巨大艦の右舷に、複数の砲口が生まれる。

アドミラルはそれらの射線予測を戦術図へ重ねた。


『十四秒後、自由港船二隻が射線へ入る』


《リレイ》の指揮官は即座に全体通信を開く。


『ブラックバナー第三、第四班! 針路を左へ切れ!』


『何だ、急に――』


『いいから切れ!』


二隻が進路を変えた直後、巨大艦から歪んだエーテル光が放たれた。

先ほどまで二隻がいた場所を光が通り抜け、後方のデブリ群をまとめて消し去る。


艦橋に短い沈黙が落ちた。


 《リレイ》の指揮官は、匿名の戦術図を睨んだ。


「……終わったら話を聞かせてもらう」


『対応を検討する』


「そこは断言しろ」


返答はなかった。


指揮官は舌打ちし、兵装担当へ向き直る。


「ハルバードの数は」


「二発です」


「発射準備」


「全弾ですか」


「出し惜しみをして、艦ごと食われる気はない」


同じ戦術情報は、ハティにも届いていた。

ゼルギウスは表示された射線を無言で見つめた。

巨大艦の右舷推進部を破壊し、残された左舷側の推力で船体を強制旋回させる。

さらに背部の融合節を切断し、再構成速度を落とす。最後に外殻を内側へ崩し、中枢へ届く穴を作る。乱暴だが、理にかなっている。


「ハルバードを使う」


ゼルギウスが告げた。


兵装士官が振り返る。


「使用数は」


「六発」


ゼルギウスは右舷推進部へ攻撃点を置いた。


「向きを変える」


「まだ完全に艦になりきっていない。壊れた推進器の分まで姿勢を補正できないはず」


ハティの艦上装甲が左右へ開く。

内部に収められていた六本のハルバードが、発射位置へ持ち上がっていく。

誘導飛翔で防御火器を避けながら目標へ接近し、着弾と同時に局所爆縮を起こす重対艦兵装。


「第一から第四弾、誘導モード」


「第五、第六弾は直進突撃へ切り替え」


「前四発で表面を崩す。残り二発を推進部の奥へ通せ」


「了解」


ゼルギウスは別画面に映るデブリ帯の闇を見た。

匿名の戦術情報。通常の軍用AIを上回る戦域演算。そして、遠方から放たれようとしている大火力。


「お手並み拝見と行こうか」


誰へともなく呟く。


「その後で、正体を確かめる」


作戦は、《リレイ》の指揮下で共有された。


ブラックバナーは巨大艦周辺に残る無人艇を押さえる。スパロー隊はハルバードの進路上に現れる迎撃砲を排除する。

ギアハンドは射線を塞いでいる大型残骸を曳航し、砲撃路を空ける。ペイルワイヤは軍用の射撃座標を自由港船の規格へ変換し、参加船へ流した。アンブラは損傷した右舷を庇いながら、巨大艦の左側へ回り込む。

ヴェスパーは戻らない。ティルザ達の潜入船と取得データを守り、戦域外への護衛を続けている。


『攻撃開始まで三十秒』


アドミラルが告げる。

カラスは巨大艦中央の下方、外殻に最も近い位置を飛んでいた。


ステルスモードは維持されている。

だが攻撃が始まれば、その影に隠れ続けることはできない。


[Karasu_AI] 複数の近接防御反応を確認。


[Karasu_AI] ハルバード進路上に十二。


「撃ち落とせるか」


[Karasu_AI] 火器使用時、ステルスモードは解除されます。


「もう隠れたままの状況じゃない」


[Karasu_AI] 同意します。


 機体各部へ出力が流れる。

光学同化外装が停止し、背景に溶けていた黒い輪郭が宇宙へ戻った。機体底部へ格納された、鳥の爪を模した大型有線クロー。翼下の高出力エーテルキャノン。闇に潜んでいたカラスが、戦闘翼機として姿を現す。


[Karasu_AI] ステルスモード終了。


[Karasu_AI] 火器管制、起動。


ハティのセンサーが即座に反応した。


《未確認戦闘翼機を捕捉》


《機体規格照合》


《旧式高機動戦闘翼機カラスとの一致率、九二パーセント》


ゼルギウスは表示を一瞥した。


「全記録を保存」


「攻撃対象へ指定しますか?」


「するな」


彼の視線は、巨大艦へ向かって加速する黒い翼を追っている。


ゼルギウスが右手を下ろした。


「ハルバード発射」


ハティの艦上発射口から、六本のハルバードが打ち出された。

弾体は船体から十分な距離を取ると、それぞれの小型エーテル圧縮炉を起動する。


光が弾頭から後部へ走った。

一段目の加速。続いて二段目。

六本の誘導飛翔体が、デブリを縫いながら巨大艦の右舷へ殺到する。

巨大艦の表面に小さな砲口が次々と生まれた。


「カラス、前を開けるぞ」


[Karasu_AI] 迎撃対象を表示。


カインは操縦桿を倒した。

カラスがハルバードの前へ躍り出る。

エーテル機銃が火を噴き、最初の砲口を撃ち抜く。二つ目が光を集める前に、翼下エーテルキャノンが白い閃光を叩き込んだ。

砲口周辺の外装がめくれ上がる。

三つ目。四つ目。

カラスは巨大艦表面を斜めに駆け上がり、ハルバードへ向けられた火線を一つずつ潰していく。

黒い外殻から、細長い構造物が伸びた。

枝分かれしながらカラスへ迫る。


[Karasu_AI] 接触型変換構造を確認。


[Karasu_AI] レイヴン・ハングによる迎撃は非推奨。


「同化されるか」


[Karasu_AI] 有線接続部を経由し、機体へ変換反応が侵入する可能性があります。


「分かった」


カインは機体を捻った。


機体底部のレイヴン・ハングは格納されたまま動かない。

代わりに、翼下のエーテルキャノンが咆哮した。

迫る黒い枝を根元から撃ち抜き、カラスは爆ぜた破片の間を通過する。

その背後から、ハティのハルバードが飛び込んだ。

第一弾。

巨大艦の右舷外装へ着弾。

局所爆縮。

黒い装甲が外へ弾けるのではなく、着弾点へ向かって一瞬で引き絞られた。周囲の外殻が内側へ崩れ、大きな窪みを作る。

第二弾、第三弾が近接して着弾。

爆縮域が重なり、歪んだ装甲層がまとめて押し潰される。

第四弾が生成途中の推進器基部を抉った。

その直後。

直進突撃モードへ切り替えた第五、第六弾が、誘導機動を捨てて一直線に加速する。

外殻に開いた窪みへ突入。

装甲を貫き、推進構造の奥まで食い込んだ。

二つの小型エーテル圧縮炉が同時に臨界へ達する。白い光が内側へ沈んだ。

巨大艦の右舷が、握り潰されたように大きく陥没する。複数の推進器が一斉に消えた。


『右舷推進構造、出力低下』


『残存左舷推力により、対象旋回開始』


巨大艦が傾いた。

艦体左側に偏った推進器が暴れ、巨体をゆっくりと回転させる。

アドミラルが描いた射線へ、巨大艦の中央が近づいていく。


「撃て!」


《リレイ》の艦腹から、二本のハルバードが発射された。


数は少ない。

その分、狙いは一点に絞られている。

巨大艦背部。旧ネストの施設構造と、生成途中の艦体をつなぐ二本の太い融合節。

スパロー隊が先行し、融合節周辺の迎撃砲を潰す。一発目のハルバードが背部装甲を斜めに貫いた。二発目は反対側から食い込む。

爆縮反応が二方向から発生した。

背部構造が内側へ折れ曲がる。

白い光の流れが、そこで途切れた。

巨大艦の外殻を走っていた変換反応が、一瞬だけ鈍る。


「…弱くなった……!」


ノクスでアイリスが声を上げた。

ミラは即座に数値を読み取る。


「中枢から外殻への供給量、二七パーセント低下」


エーテル・ガイストの艦上、艦腹に設けられた発射口が一斉に開いた。

内部に収められているのは六本。

自由港で手に入れたハルバードのすべて。


『一番、二番弾、誘導モード』


『三番から六番弾、直進突撃モード待機』


『発射』


六本のハルバードが、亡霊の艦から放たれた。

最初の二本は大きく軌道を開く。

上下へ分かれ、巨大艦の周囲を回り込みながら、ハティと《リレイ》が作った二つの傷口へ向かう。

後続四本は、まだ直進しない。

先行弾が道を作るまで、デブリの陰を縫って接近する。

巨大艦が新たな迎撃砲を作り始めた。

アンブラの砲が閃く。

重いエーテル光が、形成途中の砲口をまとめて吹き飛ばした。


『アンブラ、射撃継続』


右舷を損傷した砲船は、それでも射点を動かさない。ミラとアドミラルが共有する演算に従い、ハルバードの進路上へ現れた脅威だけを選んで撃ち抜いていく。

先行した二本が巨大艦へ到達する。

一番弾は、ハティが破壊した右舷推進部へ。

二番弾は、《リレイ》が断ち切った背部融合節へ。二つの局所爆縮が、修復を始めようとしていた外殻を再び内側へ引き潰す。


『侵入経路、形成』


『後続四弾、直進突撃へ移行』


四本の弾体から誘導翼が収納された。


小型エーテル圧縮炉の出力が、誘導ではなく推進へ集中する。

四本の光が、一つの束となった。

カラスがその軌道の直前を飛ぶ。

巨大艦中央へ最後に残った薄い外殻を、左右のエーテルキャノンが交互に撃ち抜く。

一発。二発。三発。

外殻の内側から、青白い輝きが漏れた。


「見えた」


カインのブラッドハウンドが、結晶反応を捉える。まだ全体ではない。


黒い変換膜の奥に、巨大な結晶の一角だけが覗いている。

四本のハルバードが、その周囲へ突入した。

直接、結晶には当てない。

一発目は上。二発目は下。三発目と四発目は左右。変異型エーテルクリスタルを包む外殻と変換層へ、四方から深く突き刺さる。


『ハルバード全弾、配置完了』


弾体はすぐには爆発しなかった。

巨大艦がそれらを取り込もうとする。

黒い膜が弾体表面へ這い上がる。

ハルバードに内蔵された小型エーテル圧縮炉の出力が、一段上がった。


『起爆時刻を副艦長の観測へ同期』


アイリスは息を止めていた。

巨大艦が脈打つ。強い。まだ違う。もう一度。

白い光が艦体全体を走り、中央へ戻ってくる。


「次……」


ミラが数値を追う。


「中枢出力、七四」


「まだ」


「六一」


「まだ……」


「四八」


巨大艦が失った推進器を作り直そうとする。

だが背部の融合節は途切れ、四本のハルバードが変換層の内側で異物として残っている。

外殻が震えた。中央の青白い光が、一瞬だけ暗くなる。


「…今!」


『ハルバード、局所爆縮』


四本の弾頭に内蔵された小型エーテル圧縮炉が、一斉に解放された。

巨大艦中央部が、四方向から内側へ引かれる。

外へ爆炎は広がらない。

装甲も変換膜も、その下の構造も、変異型クリスタルを包んでいた殻ごと四つの着弾点へ引き寄せられた。張力に耐えきれなくなった黒い外殻が裂ける。巨大な亀裂が上下へ走った。


アンブラが、その亀裂へ主砲を撃ち込む。

カラスも機首を向ける。


「エーテルキャノン、最大出力」


[Karasu_AI] 変換中枢への直接射撃は、反射反応の可能性があります。


「結晶は撃たない。蓋だけ飛ばす」


[Karasu_AI] 照準を補正。


左右のエーテルキャノンが同時に火を噴いた。

二本の光が亀裂の縁を貫き、残っていた外殻を左右へ引き剥がす。黒い構造が崩れた。

その奥から、変異型エーテルクリスタルが姿を現した。巨大だった。


小型船数隻を丸ごと包み込めるほどの結晶体。

整った宝石の様な形ではなかった。

無数の結晶柱が互いを突き破り、癒着し、枝分かれしている。透明な青白い内部へ、黒い筋と人類製の配線が血管のように入り込んでいた。

表面には、艦の骨格らしき金属片まで半ば溶け込んでいる。それは炉心ではなかった。機関でもない。エーテリアンの結晶と、人類の制御装置と、書き換えられた巨大艦の定義が一つに固まった、異形の命令核だった。結晶が明滅するたび、巨大艦全体が痙攣する。砲口が開く。推進器が生える。吸収された残骸が外殻へ変わる。

すべての流れが、そこから始まっていた。


アイリスの声が通信へ届く。

恐怖で声が震えている。

それでも、目を逸らさなかった。


「…あそこを壊せば…」


ミラが観測値を重ねる。


「全変換流の起点と一致」


アドミラルが告げた。


『目標、変異型エーテルクリスタル』


『射撃可能時間を算出』


巨大艦が、露出した中枢を守ろうと動き始めた。

裂けた外殻の左右から、黒い物質が伸びる。

傷口を閉じ、結晶を再び覆おうとしている。


『再閉鎖まで、およそ180秒』


カインのブラッドハウンドへ、遠方にいるエーテル・ガイストの火器管制情報が開いた。

三基の主砲塔。

前部第一砲塔。

前部第二砲塔。

後部砲塔。


各砲塔に三本、合計九門のエーテル・トライデントが、巨大艦の中枢へ向けて旋回を始めている。

その表示を見て、カインは眉を寄せた。


「アドミラル」


『聞いている』


「確認しておくぞ」


カラスを巨大艦から離脱させながら、カインは九門の状態表示へ目を走らせる。


「トライデントを九門まとめて撃つのは、これが初めてだな」


『実戦環境における全砲門同時射撃は、今回が初となる』


「ぶっつけ本番か」


『表現としては正しい』


アドミラルは否定しなかった。

カインは喉の奥で短く笑う。


「使えるんだろうな」


『全砲門の稼働に問題はない』


返答は即座だった。


『前部第一砲塔、砲身接続正常』


『前部第二砲塔、砲身接続正常』


『後部砲塔、砲身接続正常』


『旋回機構、仰角制御、砲身冷却、位相同期、すべて規定値内』


 九門の状態表示が、順に待機色から点灯していく。


『砲弾型カートリッジ給弾機構にも異常なし』


『全九門、発射可能』


「試射もなしでな」


『単砲身での通電試験、疑似負荷試験、砲身内エーテル流動試験は完了している』


「実際には撃ってない」


『撃たなければ実射試験にはならない』


「開き直るな」


『事実を述べた』


 アドミラルの声は淡々としている。


『各砲門の構造強度は規定値を満たしている』


『九門同時射撃時の艦体負荷も許容範囲内』


『火器管制同期誤差、〇・〇〇三秒未満』


『目標への同期着弾に支障はない』


そこで一拍だけ置き、アドミラルは続けた。


『本艦の主砲は使用可能だ、艦長』


カインは巨大艦中央で明滅する変異型エーテルクリスタルを見た。黒い外殻は、すでに傷口を閉じ始めている。


「分かった」


カインは操縦桿を倒し、カラスを砲線の外へ向けた。

 

エーテル・ガイストの砲塔下部で、給弾機構が駆動を始める。

弾庫から運ばれてきたのは、通常の砲弾に似た形を持つ大型カートリッジだった。

九本。一門につき一本。


砲弾型カートリッジが、それぞれの閉鎖機へ送り込まれていく。内部に封入された高密度エーテル。射撃時の拡散を抑える収束材。

九門を同じ一点へ到達させるための位相制御層。

カートリッジは薬室内で接続され、砲身へ青白い光を満たしていく。


『前部第一トライデント、装填完了』


『前部第二トライデント、装填完了』


『後部トライデント、装填完了』


九本の砲身が、遠方のただ一点へ向いた。


カラスは巨大艦の亀裂から離脱する。

その背後で、黒い外殻が閉じ始めていた。


[Karasu_AI] トライデント射線を確認。


[Karasu_AI] 離脱経路を算出。


「全速で抜ける」


カラスが黒い翼を翻す。

変異型エーテルクリスタルが、最後に大きく脈打った。アイリスが息を呑む。


「…閉じる…!」


《リレイ》が戦域全体へ叫ぶ。


『全艦、射撃を停止!』


『長距離砲撃線へ入るな!』


ハティが砲口を下げる。

スパロー隊が散開する。

ブラックバナーの傭兵船が、追っていた無人艇を振り切って射線外へ逃れる。

アンブラも主砲を下げ、損傷した船体を横へ滑らせた。広大な宙域から、友軍反応が消えていく。

残ったのは、露出した変異型エーテルクリスタル。それを覆おうと迫る黒い外殻。

そして、遠い闇の中から重なる九本の砲線。


『全トライデント、照準同期』


『砲弾型カートリッジ、圧縮開始』


『射線上、友軍反応なし』


エーテル・ガイストの九門が、青白い光を蓄えていく。カインは巨大艦から離れながら、ブラッドハウンドに映る照準線を見た。

九本。すべてが、ただ一つの結晶へ重なっている。


『艦長』


アドミラルの声。

許可を求める言葉はなかった。

必要なのは、最後の命令だけだった。

カインは変異型エーテルクリスタルを見据えた。


「照準、そのまま」


九つの槍が、亡霊の命令を待っていた。

作者のモチベになりますので、

★評価よろしくお願いします。

_| ̄|○何卒。

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