第57話:ネスト攻略④
ノクターン・デブリ帯の闇に、まだ生まれきっていない艦が浮かんでいた。
艦首らしき輪郭はある。
左右へ張り出した構造も、推進器と思しき発光部もある。
だが、そのどれもが定まっていない。
黒い外殻は膨張と収縮を繰り返し、その隙間から白い光が脈打っている。砲門に見えた穴が塞がり、少し離れた場所に新たな開口部が生まれる。吸収された無人艦の残骸が翼のような形を作ったかと思えば、強度を得られないまま折れ、再び船体へ引き戻されていった。融合は、まだ途中だった。だからこそ、危うい。
艦体の一部は前進しようと推力を生み、別の部分はネストだった場所へ根を張ろうとしている。防衛設備は周囲を敵として捉え、無人艦生成機構は新たな船体を作ろうとし、物質変換機構は足りない材料を求めて残骸を貪っていた。
互いに食い違う命令が、一つの巨大な器の中で暴れている。
『砲撃反応確認!』
臨時作戦管制艦の警告が、戦域全体へ飛んだ。
『射線上の艦艇、散開せよ!』
巨大艦の左舷に、白い亀裂が開いた。
そこへ光が集まる。
狙いを定めているのかさえ怪しい。開口部は船体表面をゆっくりと滑り、退避を始めていた自由港の傭兵船へ向いた。
『避けろ!』
誰かが叫んだ。歪んだ光が放たれた。
光条は途中で枝分かれし、空間を削りながらデブリ群を薙ぎ払う。傭兵船は船首を強引に振り、直撃だけは避けた。
だが、光の端が右舷を掠めた。
装甲は爆発しなかった。赤熱もしない。
船体の一部だけが、最初から存在しなかったかのように消えた。
『右舷区画が持っていかれた!』
『推進器二基停止!』
『生命維持は!?』
『生きてる! だが、自力帰還は無理だ!』
近くにいたギアハンドの作業船が、即座に進路を変える。
『曳航索を出す! 姿勢を止めろ!』
『制御の半分が死んでるんだよ!』
『残った半分を働かせろ!』
太い曳航索が伸び、回転する傭兵船の船尾へ吸着した。
その頭上を、未完成の無人艇が横切る。
右側の装甲はなく、片方の推進器も安定していない。それでも作業船を敵と認識したのか、体当たりするように加速した。
アンブラが反応した。
無人重砲船の船体が静かに旋回する。
『アンブラ、迎撃角確保』
アドミラルの声と同時に、重い砲口が光った。
一撃。無人艇の中央が折れ、前後に分断された船体が作業船の左右を流れていく。
『脅威排除。次目標へ移行』
その報告には、安堵も満足もなかった。
アンブラは無人船だ。
搭載された自律制御が操艦の基礎を担い、その上位からアドミラルが戦域全体を見渡し、迎撃対象と射線の優先順位を書き換えている。
もう一隻の無人船、ヴェスパーも同じだった。
ただし、与えられた仕事は戦闘ではない。
ネストから離れた宙域を、小型の潜入船が加速していた。船内にはティルザと、ペイルワイヤ経由で参加した潜入要員二名がいる。取得したデータも携行端末も、失われてはいない。
その斜め後方を、ヴェスパーが一定の距離で追従していた。
《護衛対象、航行能力正常》
《後方敵性反応、二》
《迎撃経路を算出》
アドミラルの遠隔指揮を受け、ヴェスパーは潜入船の後方へ回り込む。
ネストから吐き出された小型無人艇が二隻、追跡してきていた。
ヴェスパーは船体を傾け、搭載機銃を旋回させる。短い連射。一隻目の推進器が砕けた。機体は制御を失い、回転しながらデブリへ激突する。
二隻目が射撃を始めた。
ヴェスパーは潜入船との間へ割り込み、装甲で数発を受ける。反撃は敵艇の姿勢制御部だけを削り、進路を少しずつ外へ押していった。
その先には、朽ちた大型船の残骸がある。
無人艇は避けきれず、その船腹へ突き刺さった。
《追跡反応、消失》
《護衛任務を継続》
ティルザの声が、カインの通信へ入った。
『先輩、こちらは潜入船で離脱中です。回収データも無事です』
「そのまま戦域外まで下がれ」
『戻って支援した方が――』
「お前達が持ち帰る物も作戦の成果だ。」
『ヴェスパーは護衛対象の安全圏到達まで主戦域へ戻さない』
アドミラルが通信へ加わった。
『現任務の成功率を低下させる行動は認めない』
『随分と厳重ですね』
『取得情報の喪失は許容できない。搭乗者の喪失も同様だ』
機械知性らしい、平坦な言い方だった。
ティルザは短く息を吐く。
『それなら、素直に守られておきます』
「そうしろ」
カインは通信を切った。
カラスは巨大艦の外縁を滑るように飛んでいた。
機体表面には、周囲の星明かりとデブリの陰影を写し取る光学迷彩が展開されている。エーテル反応も限界まで抑えられ、探査上では背景の揺らぎに紛れていた。ステルスモード。
今のカラスは戦闘翼機ではない。
闇に張り付く黒い影だ。
エーテル機銃、翼下エーテルキャノン、レイヴン・ハング。いずれかの火器へ出力を回した瞬間、ステルスは解除される。
戦う時だけ、影から姿を現す。
今はまだ、その時ではなかった。
「カラス、変換反応が薄い場所を探せ」
[Karasu_AI] 探索中。
[Karasu_AI] 対象外形は平均六・二秒ごとに変動。
[Karasu_AI] 固定された脆弱点は確認できません。
「外側じゃないな。変化の基準になっている場所を拾えるか」
[Karasu_AI] 探索条件を更新。
[Karasu_AI] 変換構造の起点を解析します。
カラスは推力を絞り、巨大艦の腹側へ回り込む。
黒い外殻の奥で、白い光が脈打っていた。
一度、大きく膨らむ。
その後、わずかな間だけ弱まる。
再び光が満ち、周囲の残骸を引き寄せる。
巨大艦は、完成へ向けて呼吸しているように見えた。
ハティの主砲が閃いた。
砲撃が巨大艦の側面を直撃し、未完成の外殻を大きく砕く。内部の白い構造が露出した。
だが、傷口はすぐに塞がり始めた。
古い船体、撃墜された無人艇、防衛砲台の残骸。周囲を漂う物質が引き寄せられ、形を変えながら露出部へ貼りついていく。
[Karasu_AI] 損傷部位、再構成中。
[Karasu_AI] ハティ砲撃による質量損失、推定二・八パーセント。
[Karasu_AI] 外部質量の吸収により、一・九パーセントを補填。
「壊した物まで餌か」
[Karasu_AI] 正確には、利用可能な物質として再配置しています。
「同じことだろ」
[Karasu_AI] 意味上の差異は小さいと判断します。
カインは巨大艦を睨んだ。
攻撃は通る。だが、削った端から戦場の残骸を食い、傷を埋めている。
臨時作戦管制艦の艦橋では、戦術表示の半分が警告色に染まっていた。
巨大艦の全長も質量も確定しない。計測するたびに新たな構造が伸び、別の場所が崩れている。
「変換圏、更に拡大!」
「退避中の艦艇を急がせろ!」
「ブラックバナー第五班、応答が遅れています!」
「近隣船へ曳航を要請!」
《リレイ》が把握しているのは、あくまで戦場の表面だけだった。
ネスト内部で何が起きたのか。
誰が無人艦生成用の予備制御キーを書き換えたのか。なぜ施設員を狙う執行部隊が起動したのか。
ハティからネストへ、どのような命令が送られたのか。そのいずれも分からない。
《リレイ》にとって、ネストは不法な無人艦生産施設。
今は、突然巨大艦へ変質した危険構造物でしかない。
「ハティより通信」
「表示しろ」
艦橋前面に、特務戦艦の通信映像が浮かぶ。
画面中央に立っているのは、艦長ではなかった。暗い軍装。抑揚の薄い声。
ヴォルフ元帥が擁する英雄の一人、ゼルギウス。
ハティには正規の艦長も乗艦している。だが、今回の派遣に際し、艦と付随戦力を含めた作戦指揮権はゼルギウスへ与えられていた。
元帥直属の英雄は通常の階級系統の外側に立ち、必要とあれば艦長の判断を上書きできる。
『ハティが対象正面を引き受ける』
ゼルギウスは、変貌したネストを前にしても表情を変えなかった。
「勝算は」
『現状では計算できない』
正直な返答だった。
『だが、自由港船団を逃がす時間は作れる』
「スパロー隊は」
『残存無人艇の排除と、損傷艦の援護へ回した。巨大構造体への接近は禁じている』
「こちらから射線情報を送る」
『受領する』
通信はそこで切れた。
《リレイ》の管制官に、ハティの内部事情を疑う材料はない。
ハティは中央本部の要請に応じて出動した正規軍艦であり、実際に自由港の船を守っている。
ゼルギウスもまた、現場の指揮官として合理的な判断を続けていた。
彼が直後に、別の通信回線を開いたことを知る者はいなかった。
ハティ艦内。
通常の艦内網からも切り離された、元帥直属の暗号回線。ゼルギウスの前に、連合軍特務戦艦の艦橋が映し出された。
中央席に座るヴォルフ元帥は、送られてくる巨大艦の観測映像を黙って見ていた。
「ネストは予定どおり執行しました」
ゼルギウスが報告する。
「指定人員と保全資料の退避も、現時点では計画どおり進んでいます」
『残存人員は』
「執行部隊が処理中でした。ただし、外部協力者と思われる一団が一部を連れ出した可能性があります」
ヴォルフの目がわずかに細くなる。
『最後の荷受けか』
「そのようです」
ゼルギウスは巨大艦の映像を拡大した。
「さらに、その一団か別の侵入者が、施設の物質変換系へ干渉したようです。」
『結果が、あれか』
「はい」
外殻を脈動させ、残骸を吸い込む巨大艦が画面を埋める。
「施設本体、無人艦素体、防衛設備を材料として大型艦体を生成しています。予備制御キーの定義を書き換えたものと推定」
『制御者はいるのか』
「確認できません。生成命令、施設防衛命令、無人艦の戦闘規則が混在しているようです」
『艦の形を与えられた事故だ』
ヴォルフは淡々と言った。
「こちらの無人艦を投入しますか」
ゼルギウスは別の戦術表示を開いた。
ハティの後方、デブリ帯外側に待機する複数の友軍反応。ただし、共同作戦用の戦術網には表示されていない。
「休眠待機させている無人艦が四隻あります。投入すれば、攻撃密度を引き上げられますが」
『出すな』
返答は早かった。
ゼルギウスはわずかに眉を動かす。
「ハティと傭兵戦力だけでは、長期戦になります」
『あれは船体を食っている』
ヴォルフは、ハティの砲撃後に巨大艦が残骸を取り込んだ記録を示した。
『追加戦力を送れば、破壊された船も弾薬も、すべて再構成の材料になる』
「無駄に餌を与えるな、と」
『そうだ。待機艦は現在位置を維持させろ』
「了解しました。」
『ハティは交戦を継続。変換周期、兵装出力、吸収可能範囲を記録しろ』
「撃破を優先しますか」
『可能ならな』
ヴォルフは落ち着いた声で続けた。
『不可能なら、中央本部と自由港の戦力に処理させればいい』
「ネストの残骸が渡りますが」
『渡るのは、すでに切り捨てたものだ』
ヴォルフの表情は動かない。
『必要な人員と資料は、別口で回収する』
「隠密艦からの受領報告は、まだありません」
『報告を出すなと命じている』
ゼルギウスは一瞬黙り、それから小さく頷いた。
「失礼しました」
『痕跡を残す必要はない』
ヴォルフは巨大艦の映像へ視線を戻す。
『それより、戦域にいる黒い翼機を探せ』
「カラスですか」
『可能性があるだけで十分だ』
「現在のセンサーには捕捉されていません」
『なら、撃つ瞬間を待て。戦闘翼機は、永遠に影ではいられない』
通信はそこで切れた。
ゼルギウスの前から、スコル艦橋の映像が消える。彼は数秒だけ暗い画面を見た後、通常の戦術表示を呼び戻した。
「待機無人艦は現状維持」
艦橋の士官へ告げる。
「ハティは正面戦闘を継続する。スパロー隊には索敵記録をすべて保存させろ」
「巨大艦の弱点を探しますか」
「それもだ」
ゼルギウスは、何もいないはずのデブリの闇を見た。
「もう一つ、影が火を噴く瞬間を待つ」
戦闘網にも《リレイ》の監視にも映らない深いデブリの影で、短い誘導波が明滅していた。
ネストが巨大艦へ変わり始める前、いくつかの脱出カプセルが秘密裏に射出されていた。
選別退避対象。
ヴォルフ側が、施設と共に焼却するには惜しいと判断した者たちだった。
研究主任。混成炉制御担当。
無人艦生産工程の管理技術者。
研究記録を圧縮保存した保全ユニット。
脱出ユニットは救難信号を発していない。
推進光も最低限。
ほとんど慣性だけでデブリの間を漂い、事前に設定された座標へ向かっていた。
その先には、艦名も識別信号も持たない小型艦が待っている。
外装は周囲の光を吸い込み、船体の輪郭さえ曖昧だった。
ヴォルフ側の隠密回収艦。
ハティとは異なる航路から先行し、公式の作戦記録にも残されていない船だ。
船腹の回収口が静かに開く。
脱出殻が一つずつ収容されていく。
最後に保全ユニットが格納されると、回収口は閉じた。確認通信はない。受領報告もない。
隠密艦は軍用妨害波と、巨大艦から漏れ出す異常なエーテル放射の隙間へ溶け込む。
そして、そのままノクターンの闇へ消えた。
《リレイ》は気づかない。
自由港の傭兵も知らない。
カインも、アドミラルも、巨大艦への対処に注意と演算を割かれていた。
ネストは失われる。
だが、そのすべてが失われたわけではなかった。
ノクスの操縦席では、ミラが戦域情報を三つの層に分けていた。有人船。無人戦力。巨大構造体。
「救難信号、十」
ミラが告げる。
「生命反応を伴うものは七。ギアハンド回収船へ優先座標を送信」
細い指が操作盤を流れる。
「アンブラの位置を変更。損傷船と巨大構造体の間へ配置」
『承認』
アドミラルが返す。相談ではない。
必要な情報だけを交換し、即座に処理へ移る。
ミラはノクスに搭乗し、局所的な戦術管理を担っている。アドミラルはエーテル・ガイストから、アンブラとヴェスパーを含めた戦域全体を遠隔管理していた。互いに機械知性であるため、長い説明は必要ない。どの船を先に救うか。どの損傷を許容するか。どの船を危険へ差し込むか。
判断は数値として共有され、実行へ移される。
アイリスは、その横で巨大艦を見つめていた。
胸の奥が、一定の間隔で締めつけられる。
白い光が強まるたび、擬似心臓が応えている。
「また来る……」
「対象を説明できますか」
ミラは戦術表示から目を離さずに問う。
「大きくなる前に、一度だけ静かになる」
「次の低下を予告してください」
「うん。たぶん……三、二――」
巨大艦の白い光が弱まった。
「今」
ミラの操作が止まる。
「反応低下を確認。継続時間二・四秒」
観測値がアドミラルへ送られる。
『副艦長の知覚とセンサー記録が一致』
「次も見ればいい?」
『そうだ』
アドミラルは短く答えた。
『感覚の意味を説明する必要はない。強弱とタイミングだけを伝えろ』
「解釈はこちらで行います」
ミラが続ける。
「アイリスさんの感覚を、砲撃可能な座標へ変換します」
慰める声ではなかった。
だが、アイリス一人に理解を求めず、自分たちが処理を引き受けるという意味では、機械知性なりの支え方だった。
巨大艦の前面に、複数の開口部が生まれた。
『高出力反応!』
《リレイ》の警告が響く。
『正面艦艇、退避!』
歪んだ砲撃が三本、戦域へ放たれる。
一本目はハティが回避した。
二本目はスパロー隊の間を抜け、デブリ群へ消える。三本目が、退避中のブラックバナー所属船を捉えた。
『避けきれねえ!』
アンブラが割り込む。
無人の砲船は、傭兵船と巨大艦の射線の間へ船体を滑り込ませた。
「アンブラ!」
アイリスが声を上げる。
『防御行動を継続』
アドミラルの声は変わらない。
アンブラの砲が火を噴く。
迎撃光と巨大艦の歪んだ光が衝突する。
完全には止められなかった。
残った砲撃がアンブラの右舷を掠める。
装甲の一部と副砲基部が、音もなく消失した。
《右舷装甲欠損》
《副砲一門、応答なし》
《推進能力、八六パーセント》
《戦闘行動、継続可能》
アンブラは姿勢を立て直し、傭兵船の前から離れる。
『今の船、どこの所属だ!』
『礼は戻ってからにしろ! 全艦、後退を続けろ!』
《リレイ》の命令が飛ぶ。
ミラはアンブラの損傷値を確認する。
「現状の損耗率では、継戦可能時間が不足します」
『同意する』
「ヴェスパーは護衛任務を継続中。戦域への復帰は間に合いません」
『復帰させる必要はない。護衛対象を優先する』
ヴェスパーを呼び戻せば、戦力は一隻増える。
だが、今離れるとティルザ達と取得データを危険へ晒すことになる。任務を入れ替える理由はない。
カインのブラッドハウンドに、ノクスとアンブラの情報が重なる。
カインはアンブラの損傷表示を見た。
「アドミラル」
『聞いている』
「今の戦力で止められるか」
返答まで、わずかな間があった。
アドミラルが巨大艦の再構成速度、ハティと《リレイ》の残存火力、自由港船団の損耗、アンブラの稼働時間を同時に計算している。
『撃破確率、二一パーセント』
「損害は」
『現状の交戦を続けた場合、自由港側戦力の四割以上を喪失する可能性がある』
カインの表情が険しくなる。
ネストを潰すために雇った戦力だ。
ここで使い潰すために呼んだわけではない。
「物質変換が止まる瞬間は分かるか」
『副艦長が周期を捉えた』
「そこへ全火力を集中すれば」
『現在の出力では、中枢破壊に必要な破壊量へ届かない』
「ハティを含めてもか」
『不足する』
断定だった。
ハティも《リレイ》も、自由港の船も弱くはない。だが、巨大艦を傷つけることと、再構成能力ごと破壊することは違う。
一撃で変換中枢を撃ち抜く火力が必要だった。
カインには心当たりがある。
「…エーテル・ガイストは」
『ノクターン・デブリ帯外縁、予定待機座標へ到達済み』
カインがわずかに眉を上げた。
『本艦は作戦開始前に自由港を出港した』
アドミラルが続ける。
『大型貨物船としての偽装を維持したまま民間航路を経由。』
「近くまで来てたのか」
『ノクス三隻およびカラスが帰還不能となる事態に備えた』
「言わなかったな」
『正確な待機位置を共有する必要がなかった』
「そういう所だぞ」
『何の問題を指しているか不明だ』
アドミラルの返答はいつもどおりだった。
カインは小さく息を吐く。
「そこから撃てるか」
『射撃位置へ移動すれば可能』
「艦影を見せずに」
『偽装を維持し、デブリ帯外側から砲撃できる』
一拍置いて、アドミラルが付け加えた。
『ただし、主砲の発射反応までは秘匿できない』
「ハティにも拾われるな」
『確実に観測される』
「気づかれる可能性は」
『高い』
エーテル・ガイストを動かせば、大きな手掛かりをヴォルフ側へ渡す。エーテルトライデント。
三基の三連装主砲。九門を完全同期させる火器管制。通常戦艦では届かない出力。
艦影を見せなくても、撃った事実は残る。
カインは巨大艦を見た。
船体はまだ完成していない。
だが、時間が経つほど周囲の残骸を取り込み、形を整えている。
自由港の船がまた一隻、歪んだ砲撃を受けて航行不能になった。
救難信号が増える。アンブラは傷ついた。
ノクスにはアイリスとミラがいる。
ヴェスパーはティルザ達を守っている。
ハティも《リレイ》も、いつまでも持つわけではない。隠し通した結果、誰も帰れなくなれば意味がない。
「射撃位置まで、どれくらいだ」
『本艦はすでに移動中』
「また先回りか」
『投入判断が下される確率は七八パーセントを超えていた』
「命令前だぞ」
『兵站とは、必要になってから用意するものではない』
カインは喉の奥で笑った。
巨大艦の表面へ、再び白い光が集まり始める。
アイリスの声が通信に入った。
『…カイン』
「聞こえる」
『あれ、まだ大きくなる』
声は震えている。
『…止めないと、ここにあるものを全部食べる』
カインは巨大艦を見据えた。
ネストだったもの。
無人艦を産み落としていた巣。
人を殺し、証拠を焼き、それでも足りず、船も残骸も自分の一部へ変えようとする怪物。
カラスはステルスを保ったまま、巨大艦の影を回っている。まだ武器は眠っている。
エーテル・ガイストも、遠い闇の中に艦影を隠している。だが、隠れる時間には限りがあった。
「アドミラル」
『何だ、艦長』
「やるぞ」
短い沈黙。判断を問い返すためではない。
命令を受け取り、必要な演算と機構をすべて動かすための時間だった。
『承諾した』
アドミラルの声が、静かに響く。
『戦闘配置へ移行する』
ノクターン・デブリ帯の外縁。
大型貨物船を装って航行していた黒い艦の内部で、偽装外装の下に眠る機構が目を覚ました。
艦橋が戦闘形態へ移行する。火器管制系が接続される。三基の砲塔。九本の砲身。
亡霊の艦が、闇の中でゆっくりと牙を起こし始めた。
作者のモチベになりますので、
★評価よろしくお願いします。
_| ̄|○何卒。




