第54話:ネスト攻略
『前方、無人艦群起動確認』
軍中央本部航路警備隊の臨時作戦管制艦から、硬い声が飛んだ。
『小型艦四、小型艇七。反応増加中』
『ブラックバナー先鋒、接敵まで二十秒』
『全委託戦力、交戦規定を確認。エーテリアン系部材、混成炉、共鳴導体、識別不能中枢部品は取得禁止。該当物は軍側回収対象、または現地焼却対象とする』
ノクターン・デブリ帯の暗い外縁で、自由港の船団が一斉に散った。
黒く塗られた傭兵艇が前へ出る。
船体に古い補修痕を残した護衛船が、その左右に展開する。ギアハンド系の曳航船と回収艇は、少し後ろでタグ付き残骸の回収準備に入った。
ペイルワイヤの通信中継艇は、デブリの陰に半分身を隠しながら、細いアンテナを花のように広げている。その後方に、軍艦がいた。
数は多くない。航路警備隊の小型艦と、臨時管制艦。
だが、その存在は大きかった。
作戦指揮。
監督。
不測事態への対処。
そして、自由港の派閥が好き勝手に戦利品を拾い、危険な部材を抱えて帰ることを防ぐための目だ。
軍艦は砲を向けているわけではない。
だが、そこにいるだけで、戦場の形を決めていた。
『ブラックバナー先鋒、交戦開始』
誰かが笑った。
『了解。仕事を始める』
次の瞬間、暗いデブリ帯に光が走った。
自由港の傭兵船が放った初弾が、前方から現れた小型無人艇の群れへ叩き込まれる。
古い軍用フレームに、異質な炉心反応を抱えた黒い船体。
無人艇は散開し、細いエーテル光弾を返してきた。光の糸が交差する。
傭兵船の一隻が機体を横へ流し、外装板を掠めさせる。火花が散る。
別の船が低い角度から弾幕を張り、無人艇二隻を押し返す。アンブラがその後方から重い一撃を撃ち、こちらへ突っ込んできた小型艇の胴を貫いた。
『アンブラ、命中』
ミラの声が落ち着いて響く。
『敵小型艇、一隻沈黙』
アイリスはノクスの副席で、前方の戦闘表示を見つめていた。手は震えていない。だが、指先には少しだけ力が入っている。
「……数、多いね」
「外縁防衛だけでこれです」
ミラが答える。
「奥にはまだ残っていると見るべきです」
ノクスは正面戦闘には入らない。
低出力で側面へ回り、敵の動きとデブリの流れを拾う。アンブラは火力支援。
ヴェスパーは後方で回収船に紛れ、カラスを収容できるだけの空きを開けたまま待機していた。
カインはそのさらに奥、カラスのコックピットにいた。黒い戦闘翼機は、デブリの影に溶けている。光学同化外装が周囲の残骸と星明かりを拾い、機体の輪郭を曖昧にしていた。
火器管制はまだ起こしていない。
撃てば隠れられない。
そして、カイン本人もまた、カイン・ウォーカーには見えなかった。
顔を晒さない暗色ヘルメット。
傭兵風の戦闘用宇宙服。
軍人らしさを消すために、肩と胸の装甲は自由港流の雑な外装で覆われている。
英雄ではない。
亡霊ですらない。
今は、自由港で雇われた潜入要員の一人。
[Karasu_AI] ステルス維持中。
[Karasu_AI] 火器管制、未起動。
[Karasu_AI] このまま接近すれば、施設外縁への潜入可能域に到達します。
「十分だ」
『艦長』
アドミラルの声が、細い通信で入る。
『自由港戦力は予定通り敵を引きつけている』
「見えてる」
『ただし、小型艦級反応が増えつつある。予定より早い』
「ネストが焦ってるんだろ」
カインは前方を見た。
ノクターン・デブリ帯の奥。
カラスが以前視認した遺構改造施設。
便宜上、ネストと呼ぶことになった場所。
あそこから、無人艦は産み落とされる。
その名前は、最初からあったわけではない。
ブラック・ネビュラ・バーの安全通信区画。
数日前、カインはそこでティルザ、アイリス、ミラ、そして通信越しのライナ副官と向き合っていた。卓上に浮かんでいたのは、カインが潜入して抜いたデータだった。
外縁整備ログ。
搬出記録断片。
無人艦素体。
混成炉制御。
共鳴導体ユニット。
データ焼却進行。
残存素体、破棄対象。
そして、カラスが撮影した映像。
無人艦が組み立てられる瞬間。
軍規格に近いフレームに、エーテリアン系に似た混成部材が噛み合い、赤いセンサー光が灯る瞬間。
「小型艦と小型艇を合わせて、少なくとも十隻以上」
ミラが解析結果を読み上げた。
「外部に出ていたものだけで、です」
『内部に未完成素体、待機艇、防衛ドローンが残っている可能性が高い』
アドミラルが続ける。
『施設は捨てられ始めている。だが稼働は止まっていない』
カインはモニタを見たまま言った。
「叩くなら、明日か明後日だ」
ティルザが眉を動かす。
「早いですね」
「早くしないと、産み落とされ続ける」
カインは答えた。
「それに、もぬけの殻になる」
通信の向こうで、ライナ副官の声が低くなった。
『施設を破壊するだけなら、エーテルガイストを出せば可能ですか』
「焼くだけならな」
カインは否定しなかった。
「だが、出したくない」
『当然です』
「ノクス三姉妹とカラスだけでは、正面からは厳しい。敵の数も読めない。施設内部に何が残ってるかも分からん」
彼はそこで、短く言った。
「自由港を使う」
アイリスが少しだけ顔を上げる。
「自由港を……」
「三派閥を巻き込むぞ」
カインは続けた。
「ブラックバナーだけでも戦力は出せる。だが、それだけじゃ角が立つ」
ティルザが頷く。
「自由港の中で、どの派閥が何を得たかが見えすぎますね」
「ああ」
「それぞれの強みを使う」
カインは卓上に三つの名を並べた。
「ブラックバナーは傭兵戦力」
「ギアハンドは部材の回収、傭兵用の船の調達、タグ付き残骸の回収」
「ペイルワイヤは依頼と参加人員の斡旋、それから情報共有の裏方」
ミラが追加する。
「ペイルワイヤには、記録係としても機能してもらいます」
「誰が何を回収したか、何が禁止対象か、どの部材が軍回収か」
「戦場で曖昧にすると、後で必ず揉めます」
『報酬はどうします?』
ライナが問う。
「金で足りるなら金」
カインは答えた。
「足りなければ、倒した無人艦の戦利品と参加者によるサルベージ権を付けるのはどうだ?」
『線引きが必要ですね』
「当然だ」
カインの声が低くなる。
「エーテリアン関係は絶対に渡せない」
部屋の空気が少しだけ変わった。
「混成炉、共鳴導体、識別不能の結晶部材と接続できるような部品」
「そういった物は取得禁止。軍回収対象。無理ならその場で焼く」
『自由港側は不満を持つでしょうね』
ライナが言う。
「だから、それ以外をくれてやる」
「外装、通常フレーム、推進器、武装の一部、船体残骸、加工し直せる部材」
「おこぼれだ。だが、自由港には十分だ」
ティルザが小さく息を吐いた。
「……先輩、本当に自由港に馴染んできましたね」
「褒めるな」
「褒めてます」
そこで、ライナが言った。
『連合軍中央本部からの討伐依頼とします。』
『故に軍艦も入れます』
カインは頷いた。
「いるな」
「自由港の船だけでは、中型艦や大型艦が出た時に支えきれない」
「それに、軍艦がいれば作戦指揮と監督ができる。不足の事態にも対処できる」
『航路警備隊の数隻と、臨時管制艦を回します』
「アトリー閣下側か」
『直接ではありません。ですが、ヴォルフ元帥側の直轄ではない艦を選びます』
「十分だ」
「だが、ヴォルフ側にも要請を出せ」
アイリスが驚いたようにカインを見る。
「ヴォルフ元帥にも……?」
「ああ」
カインは卓上の映像を見たまま言った。
「ヴォルフ元帥の管轄宙域に近いしな」
「カマをかける」
ライナは、わずかに間を置いただけだった。
『中央本部から、自由港傭兵戦力との共同による危険無人艦討伐への協力要請を出します』
「受けるか、断るか」
『断れば、なぜ拒むのかを説明しなければならない』
「受けた場合は」
カインが言う。
「友軍がいる手前、正面から口封じはできない」
『ええ』
ライナの声は冷静だった。
『ただし、裏から証拠を消そうとする可能性は高い』
「それを見ればいい」
カインは短く言った。
『あなたは?』
「俺は潜入する」
ティルザが表情を引き締める。
「施設内部へ?」
「ああ」
「ドンパチに紛れてな」
「自由港で潜入要員を何人か。後、お前と組む」
カインはティルザを見る。
「表向きは、自由港任務の内部潜入班」
「中で見るのは、ネストの中枢だ」
『ネストですか』
ライナが復唱した。
「便宜上の名前だ」
カインは言った。
「無人艦の巣みたいなものだったからな」
ライナはすぐに応じる。
『了解。以後、当該施設をネストと呼称します』
その時、名前が決まった。
無人艦を産む巣。
証拠を焼き始めた巣。
それを焼く作戦が、そこで形になった。
現在。
自由港の船団は、ネスト外縁の無人艦群とぶつかっていた。ブラックバナーの傭兵船が、敵の小型艇を誘い出す。アンブラが横から刺す。
航路警備隊の小型艦が、傭兵船団の背後から中距離支援射撃を行う。軍艦の火力は控えめだ。自由港の手柄を奪わない程度。だが、敵の突出を抑えるには十分だった。
『敵小型艦、前進』
『中型反応、デブリ影より出現』
リレイの管制官が声を上げる。
『自由港先鋒、無理に追うな。外縁封鎖線から離れるな』
軍艦を入れた意味が、そこで出た。
自由港の傭兵は強い。
だが、稼ぎが見えれば前へ出る。
残骸が見えれば拾いたくなる。
敵を追い過ぎる者もいる。
それを止める声が必要だった。
『ブラックバナー三番艇、突出禁止。戻れ』
『ギアハンド回収艇、まだ前に出るな。タグ付き残骸は戦闘終了後だ』
『ペイルワイヤ、敵通信反射を記録。中継網を維持』
自由港の船が舌打ち混じりに返事をする。
『分かってるよ、軍人さん』
『こっちは稼ぎに来てんだ、死にに来たわけじゃねえよ』
『ギアハンド回収隊、後方維持。くそ、いい外装が流れてやがる』
アイリスはその通信を聞きながら、小さく呟いた。
「……本当にいろんな人が動いてる」
ミラが答える。
「私達だけでは、こうはできませんね」
その時、ノクスの警告が鳴った。
《大型反応、奥側で増幅》
アイリスの表情が変わる。
「奥……また」
「感じますか」
「うん」
アイリスは胸元へ手を寄せる。
「嫌な感じ。前より強い」
カインにも同じ情報が届く。
ネストの奥が、動いている。
『艦長』
アドミラルが言う。
『外縁戦闘は予定通り敵を引きつけている』
「潜入路は」
『前回確認した外縁保守口、まだ使用可能と推定』
カインはカラスの機体をさらに沈める。
ヘルメットの中で、呼吸が少しだけ低くなる。
「ティルザは」
『潜入班、別経路より接近中』
ミラが答える。
『自由港雇用の潜入要員二名、ティルザさんと合流済み』
カインは前方の暗い残骸帯を見た。
外では自由港戦力が戦っている。
軍艦が監督している。
ヴォルフ元帥の協力艦はまだ到着していない。だが来るなら目の前で派手な口封じはできないはずだ。だからこそ、今が潜る時だった。
[Karasu_AI] 潜入推奨タイミング、現在。
[Karasu_AI] 施設外縁、防衛密度一時低下。
「行く」
『了解』
カラスは影から離れた。
火器はまだ起こさない。
撃つためではない。近づくために飛ぶ。
黒い機体が、デブリの色へ溶けながら、ネストの外殻へ滑り込んでいく。
その背後で、自由港の船団と無人艦群の戦闘はさらに激しくなっていた。
光が走り、残骸が砕け、通信が飛び交う。
誰かが敵を撃ち、誰かが拾うべき残骸に目を付け、誰かが記録を取り、軍艦がそれを押さえる。
そして、その騒ぎの奥で。
顔を隠した傭兵姿のカインが、巣の中へ入ろうとしていた。
作者のモチベになりますので、
★評価よろしくお願いします。
_| ̄|○何卒。




