第53話:ヴィジル
リアルが忙しく投稿頻度が更にバラバラになります。気長にお付き合い下さい。
ティルザと別れ、エーテルガイストへ戻った頃には、自由港の照明は夜間運用の色へ変わっていた。ランタンの後部には、オールベッドで手に入れた細かな部材と日用品の袋が積まれている。サイドカー側にも、工具箱、ミラ用のレーザー拳銃整備キット、星守兼元の仮拵え用素材、小型ドローン部品が固定されていた。
アウターリング・ドライドック六番へ入ると、すでに別の搬入が進んでいた。
《オールベッド景品部材:搬入完了》
《高出力収束制御リング:再加工区画へ移送》
《大型砲塔補助軸材:検査待機》
《B-17由来旧式隔壁材:加工継続》
壁面モニターの表示が、淡々と作業の進行を告げている。カインはランタンを停め、サイドカーの固定具を外しながら小さく息を吐いた。
「こっちも動いてるな」
『当然だ』
アドミラルの声がドックの上から落ちる。
『賭博場で暴れている間も、本艦は改修を継続していた』
「暴れてはいない」
『賭博闘技場で二戦し、対戦者二名を戦闘不能にした』
「勝っただけだ」
アイリスがくすりと笑う。
「でも、ラーベって名前、ちょっと似合ってたよ」
「忘れろ」
「忘れないと思う」
ミラはサイドカーから荷を下ろしながら、淡々と続けた。
「配当金と景品を含めれば、極めて効率の良い外出でした」
「そういうまとめ方をするな」
カインはそう言ったが、否定はしなかった。
数時間前までの賭博場の熱気。ティルザ・レーヴェンとの再会。アトリーからの再生後消去型メッセージ。ライナが用意した民間身分証と大型貨物船用証明データ。すべてが、頭の中ではまだ新しい。だが、今はそれを大きく動かす時ではなかった。翌日から、カインたちは自由港の中で、意識して大人しく過ごした。理由は単純だった。
ヴォルフ側の手が、すでに自由港へ伸びている。
ティルザからの情報では、ヴォルフ派はカイン本人の生存を確定していない。だが、クレイドルから逃げた何者か、行方の消えた被験体、そして妙に動きのある大型艦の噂を、細く拾い始めているらしかった。だから、目立たない。動きすぎない。だが、止まりもしない。それが数日間の方針になった。
カイン、アイリス、ミラは、表向きには自由港へ馴染み始めた流れ者として振る舞った。
クロンワークスへ顔を出し、ジャンクバザールで小物を買い、トイ・ボックスでドローン部品を受け取り、時々ブラック・ネビュラ・バーへ短く寄る。ティルザとは直接会いすぎず、アトラス隊改良型の秘密通信機で短い連絡だけを交わした。
ティルザから来る報告は、どれも短かった。
《港内で軍系の聞き込みあり》
《カラスという単語を使う者はまだ確認なし》
《大型貨物船に関する曖昧な照会あり》
《強化兵らしき人員の流入は未確認。ただし傭兵を装った外部人員あり》
カインはそれを読むたび、返事を最小限に留めた。
《了解》
《深追いするな》
《危険なら引け》
ティルザからの返答は、いつも少し軽い。
《了解です、先輩》
《休暇中なのでほどほどに働きます》
《賭けで儲けた分はまだ残っています》
アイリスはそれを見て笑い、ミラは「緊張感の保持に個体差があります」と評した。
その間にも、エーテルガイストの外見は変わっていった。これまでの偽装は、傷んだ大型輸送船に見せるためのものだった。粗い外装板。剥げた塗装。溶接跡。古い貨物船らしい鈍い汚れ。
だが、ライナが送ってきた偽造身分証と大型貨物船用証明データは、もう少し違う形を要求していた。登録上の船は、古いが整備記録のある大型貨物船。違法改造臭が強すぎる船ではなく、長距離輸送に使われる民間船。過剰に綺麗ではないが、港湾審査で即座に怪しまれない程度には整っている必要がある。だから、エーテルガイストは“ボロい大型貨物船”から“小綺麗な大型貨物船”へ、少しずつ皮を変えていった。
『偽装外装、第三層調整完了』
『外装色を証明データ上の登録船影に近似』
『砲塔格納部、外部からは貨物補助ハッチとして偽装』
『格納式艦橋上部、民間観測ブリッジ風外装へ変更』
ドライドック六番の白い作業灯の下で、巨大な艦体の荒々しさが削られていく。完全に民間船に見えるわけではない。近くで見れば、分かる者には分かるだろう。だが、少なくとも遠目には、軍用未登録実験戦艦には見えなくなりつつあった。
アイリスは艦外作業を眺めながら、小さく言った。
「……前より、ちゃんと街に入れそう」
「入れるようにしてる」
カインが答える。
「でも、なんか少しだけ寂しいかも」
「何がだ」
「前の、すごく傷だらけで大きくて、隠れてる感じも……ちょっとエーテルガイストっぽかったから」
その言葉に、アドミラルが即座に返した。
『本艦の本質は外装に依存しない』
「そういうことじゃなくて」
『だが理解はした』
ミラが静かに補足する。
「装いが変わっても、艦は艦です」
アイリスは少し笑った。
「うん。分かってる」
改修は外装だけではない。
艦内工廠区画では、ノクスの姉妹船二隻が仕上がっていった。
小型重武装砲船。
小型軽武装運搬船。
アンブラは、ノクスよりも重い外装と火器管制系を持つ。正面から敵を受け止め、撃ち返すための船。小型艇でありながら、盾と剣を同時に持つような設計になっている。ヴェスパーは、その逆だった。火力は抑えめ。だが積載と搭載性を重視している。小型車両、回収コンテナ、追加ミサイルラック、簡易整備キット、そして必要なら無人戦闘翼機一機を抱えることもできる。
エーテルガイスト単艦では大きすぎる場所へ、ノクスだけでは荷が重い任務へ。その隙間を埋めるための姉妹船だった。同じ頃、艦内の秘匿格納区画では、コガラス二機も完成へ近づいていた。
カラスを基にした無人兄弟機。
カラスより小型で、操縦席を持たない。その分、機体は細く、反応は鋭く、直掩と随伴を目的にまとめられている。フェザーブレイド装備案はまだ試験段階だったが、少なくとも一機は通常武装、もう一機は格闘補助装備寄りに調整されていた。
ただし、それは外には出さない。
クロンワークスへ持ち込むのは、ノクス、アンブラ、ヴェスパー。
カラスとコガラスについては、カインたちは一切話さなかった。
数日後。
クロンワークスの係留ドックには、三隻の小型船が並んでいた。
ノクス。
アンブラ。
ヴェスパー。
クロンは腕を組んで、その並びをしばらく眺めていた。
「……増えたな」
「ああ」
カインは短く答えた。
「増やした」
「簡単に言うな」
クロンは鼻を鳴らす。
「ノクスは分かる。前から見てる」
彼は次に、重武装砲船アンブラを見る。
「こっちは喧嘩する気満々の小型船だな」
「正面から受ける役だ」
「小型船で正面から受けようとすんな」
「受ける必要がある時に受ける」
「なお悪い」
クロンはそう言いながらも、船体の基部、装甲の重ね方、砲座の逃がしを確認していた。
「ただ、悪くねえ」
「重いが、芯は通ってる」
次にヴェスパーへ視線を移す。
「こっちは運び屋だな」
「軽武装運搬船だ」
ミラが答える。
「ノクスに積みきれない装備、回収物、場合によっては車両を運びます」
「小型船に車両を積むのか」
「想定しています」
「お前ら、船を何だと思ってる」
クロンは文句を言いながら、すでに端末へ調整項目を打ち込み始めていた。
「ノクスはアンカーまわりの再確認」
「アンブラは火器の重心で癖が出る。姿勢制御を見直す」
「ヴェスパーは積載時の重心変化だな」
「積むなら、固定具と切り離し機構をちゃんとしねえと」
カインが頷く。
「そこを見てほしい」
「最初からそれを言え」
クロンは工具義手を鳴らしながらぼやいた。
その日の午後、カインたちはビークルヤードへ向かった。前に見た、旧軍系の低浮上装甲輸送車。
低く潰れたような輪郭。車輪のないホバー型。船底のように広い腹部。斜めに切り上がった前面装甲。上部には武装マウントの跡。後部には兵員区画兼荷室。まだ残っていた。
以前より、少しだけ埃を被っている。
だが、骨は死んでいない。
カインは車体の前に立ち、しばらく何も言わなかった。
アイリスが横から見上げる。
「……これ、前に見たやつだよね」
「ああ」
「買うの?」
「今なら使い道がある」
ミラが端末を開いた。
「ヴェスパー搭載を前提にするなら、寸法はぎりぎり許容範囲です」
「固定用レールを追加すれば、強襲車両として切り離し投入も可能です」
「地上、コロニー内、低重力施設での強行突入用ですね」
カインは車体を見る。
「ランタンじゃ薄い」
「ノクスでは入れない」
「ヴェスパーで運んで、こいつで突っ込む」
アイリスが少しだけ緊張した顔になる。
「……突っ込む前提なんだ」
「そういう時が来るかもしれない」
カインは短く答えた。
購入は早かった。
ビークルヤード側も、長く置いていた車両が売れるなら文句はない。値段は安くないが、装甲とフレームが生きていることを考えれば悪くない。
問題は、その後だった。
クロンワークスへ車体を運び込むと、クロンは最初に黙った。次に、深く息を吸った。そして言った。
「お前ら」
「ああ」
「俺を何でも屋と勘違いしてねえか?」
カインはすぐには答えなかった。
アイリスは少しだけ目を逸らした。
ミラは正面から答えた。
「船関連作業の延長として、搭載車両の整備が必要です」
「言い方を変えるな」
クロンは低浮上装甲車両の車体を指さした。
「ランタンはな。うちにも似た足があるから見た」
「ホバーバイクの整備とサイドカーくらいなら分かる」
「だがこれは何だ」
「装甲車だ」
カインが答える。
「見りゃ分かるわ!」
クロンの声が工房に響いた。
「本業は船屋だぞ」
「知ってる」
「なら、なんで装甲車を持ってくる」
「ヴェスパーに積む」
クロンは一瞬、言葉を失った。
それから、顔をしかめた。
「……積むのか」
「ああ」
「コイツを?」
「想定している」
クロンはしばらく天井を見た。
「マジか最悪だな」
そう言ってから、工具を取った。
「下を見せろ」
アイリスが小さく笑った。
「見てくれるんだ」
「見るだけだぞ」
クロンはぶっきらぼうに言う。
「修理と基礎改修までだ」
「武装は知らんぞ」
カインが答える。
「それでいい」
「よくねえ」
クロンは膝をつき、車体下部を覗き込む。
「低浮上ユニットは古いが死んでねえ」
「補助姿勢制御もまだ使える」
「装甲は外側がかなり傷んでるな。交換式の板を貼る前提ならいける」
「気密は死んでる」
「後部ハッチも歪んでる」
「上部マウントは……まあ、後で何か載せる気満々だな」
ミラが端末へ記録する。
「修理項目に反映します」
「勝手に反映するな」
クロンはそう言いながら、すでに従業員へ声を飛ばしていた。
「低浮上ユニット検査」
「後部ハッチを起こせ」
「気密ライナーは全部張り直し」
「追加装甲は仮板でいい」
「ヴェスパーに積むなら下部固定点を見る。車体側にも受けを作るぞ」
カインは車体の前に立ち、しばらく眺めていた。
ランタンは灯り。
ノクスは夜。
アンブラは影。
ヴェスパーは宵。
そしてこれは……
「これも名前を付けるか」
カインが言うと、アイリスがすぐに顔を上げた。
「この子に?」
「この際だ」
アイリスは少し考えた。
装甲に覆われた低い車体。人を守り、荷を運び、必要なら前へ出る。速さよりも、硬さと重さ。ランタンのように軽く照らすものではない。
「……砦、みたい」
「なら、バスティオンか」
しかしその並びの中に、この重い車両を置くなら、ただ硬いだけの名前では少し違う気がした。
「……ヴィジル」
アイリスが言った。
カインが視線だけを向ける。
「夜警、だったか」
「うん」
アイリスは頷いた。
「夜の中で、見張って、守るもの」
「この子、そういう感じがする」
カインは低浮上装甲車両を見た。
「悪くない」
カインが言う。
『登録名、ヴィジル』
アドミラルの声が即座に落ちた。
クロンが車体下から顔を出す。
「名前は?」
「もう決まった」
カインが答える。
「低浮上装甲輸送車【ヴィジル】だ」
クロンは少しだけ鼻を鳴らした。
「洒落た名前だな」
そして、工具で車体の腹を軽く叩いた。
「今回だけだぞ」
「頼む」
「金は」
「売却分から引け」
「特別料金だ」
「払うさ」
「毎度あり」
クロンはいつものように言った。
その数日間、カインたちは大きく動かなかった。
だが、何もしていなかったわけではない。
B-17の中型船は、クロンワークスで必要部材を抜かれたあと、外装を整えられ、部品取り用ジャンク船として売れた。買い手は小規模工房と仲買の共同名義だったらしい。クロンは「悪くない値だった」とだけ報告した。
エーテルガイストは、小綺麗な大型貨物船めいた外装へ変わりつつある。
ノクス、アンブラ、ヴェスパーは、クロンワークスで基礎調整を受けている。
カラスとコガラスは艦内秘匿格納庫で待機。
ヴィジルは、低浮上ユニットと気密を起こされ、ヴェスパー搭載用の固定具を組まれ始めている。そして自由港の中では、ヴォルフ側の目を避けるため、カインたちは静かに息を潜めていた。
急がない。だが、止まらない。
亡霊と少女と軍神は、自由港の雑音の中で、次に出るための形を整え続けていた。
作者のモチベになりますので、
★評価よろしくお願いします。
_| ̄|○何卒。




