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トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


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第52話:ティルザ・レーヴェン

ティルザ・レーヴェンは、少しだけ視線を動かして周囲を確認した。

オールベッドの前は騒がしい。勝った者、負けた者、景品交換へ向かう者、飲み直す者。歓声と不満と笑い声が、自由港らしい雑音になって通路へ溢れている。


「安全な飲食店があります」


ティルザは言った。


「話すなら、そこへ」


「お前が奢るのか」


 カインが言うと、ティルザは少し得意そうに口元を上げた。


「ええ」


「ラーベに賭けて、たんまり儲けましたので」


アイリスが瞬いた。


「……ラーベって、カインの?」


「はい」


ティルザは当然のように頷く。


「先輩、顔を隠していても動きで分かります」


カインの目が細くなる。


「お前な」


「休暇中ですから」


「本当に休暇なのか」


「本当です」


ティルザはあっさり言った。


「ただし、休暇先に自由港を選んだだけです」


「随分と都合のいい休暇だな」


「ええ。ライナ副官が、偶然にも大変都合のいい休暇申請を通してくださいました」


ミラが静かに言う。


「つまり任務ですね」


「表向きは休暇です」


ティルザは笑顔のまま訂正した。


「中身は、カイン先輩の任務の続きと、バックアップです」


そこで声が少しだけ低くなる。


「ヴォルフ元帥側の動向確認」


「それから、報告にあった“人類の夜明け計画”を決定的に示す証拠の入手」


カインは黙った。

ティルザはさらに続ける。


「アトリー閣下は、連合軍の内輪揉めにも、派手な荒事にもしたくありません」


「けれど、放置する気もありません」


「だから私が来ました」


「……お前が」


「はい」


ティルザは軽く胸を張る。


「元アトラス隊の後輩を、あまり軽く見ないでください」


カインは小さく鼻を鳴らした。


「軽くは見てない」


「では、食事へ」


そう言って、ティルザは通路の向こうを指した。


「私はチャーター機で追います。先輩たちは、確かホバーバイクですよね」


ランタンはオールベッド近くの駐車区画に置いてある。カインは頷き、アイリスとミラを促して歩き出した。人混みを抜ける途中、ティルザがカインの装備をちらりと見た。


左腰に吊り下げた崩兼元。


右腰に切り詰めたレバーアクションショットガン。


右腿にセミオート。


左腰のリボルバー。


金属の左義手。


自由港の傭兵風の衣服。


ティルザは少しだけ目を細めた。


「……似合ってますね」


「何が」


「その格好です」


「褒めてるのか」


「ええ」


ティルザは真面目に答える。


「軍服より、今の方が先輩らしいかもしれません」


「それは褒めてないだろ」


「褒めています」


そう言ってから、彼女の視線が左腕に落ちた。


「左腕は……どうしたんですか」


カインは短く答えた。


「クレイドルに置いてきた」


ティルザの表情から、笑みが消える。


「……そうですか」


「生きてるだけマシだ」


「先輩らしい言い方ですね」


それからティルザは、アイリスとミラへ視線を向けた。


「報告通り、お二人」


「内一人はアンドロイド」


ミラが軽く頭を下げる。


「ミラです」


「ティルザ・レーヴェンです」


ティルザも丁寧に返した。


「先輩の面倒を見るのは大変だと思います」


「はい」


ミラは即答した。


「おい」


カインが低く言う。


アイリスは少しだけ笑った。


その時だった。


駐車区画へ向かう脇道の手前で、三人組の男が道を塞いだ。


傭兵崩れか、チンピラか。


服装は武装した流れ者風。だが、動きは半端だ。武器を持っていることで強くなったと勘違いしている類いだった。


「おいおい、景気良さそうじゃねえか」


一人が笑った。


「オールベッドで勝ったんだろ?」


「少し分けてけよ」


カインは足を止めた。


ティルザも止まる。


二人とも、アイリスとミラの前に自然に立った。


それだけで、空気が変わった。


男の一人が腰のスタンナイフに手を伸ばす。


「聞いてんのか――」


最後まで言わせなかった。


カインの左義手が男の手首を掴む。


金属音がした。


捻る。


男の膝が落ちる。

ティルザは同時に横へ滑り、別の男の肘を外側から打った。武器を抜く前に落とす。続けて鳩尾。男は声を出す前に崩れた。

三人目が怯んで下がる。

だが、カインが一歩で詰めた。

肩を押さえ、壁へ押しつける。


「金をせびるなら、相手を見ろ」


 低い声だった。

男は青ざめた顔で頷いた。

カインが手を離すと、三人は転がるように逃げていった。ティルザは服の袖を軽く払う。


「自由港らしい歓迎ですね」


「日常だろ」


カインはそう言って、何事もなかったように歩き出した。

アイリスが小さく言う。


「……二人とも、早い」


「慣れてるだけだ」


「慣れたくないですけどね」


 ティルザが軽く笑った。

駐車区画で、カインはランタンに跨がった。

アイリスはサイドカーへ。

ミラはカインの後ろへ乗る。


 ティルザは近くに待機していた無人浮遊タクシーへ乗り込んだ。自由港のチャーター機らしく、丸みのある小型キャビンが無人で滑るように浮いている。


 ランタンと無人タクシーは並んで走り出した。

向かった先は、工房街と居住区の境にある小さな飲食店だった。

外から見れば、ただの地味な店だ。看板も控えめで、客層も落ち着いている。だが入口に立つ店員の視線が鋭い。奥には半個室があり、音漏れ防止の簡易フィールドも張れる。


ティルザは慣れた様子で奥の席を取った。


「ここなら、多少の話はできます」


「随分と詳しいな」


「休暇中ですので」


「便利な休暇だ」


 席に着くと、すぐに料理が運ばれてきた。

煮込み肉。焼いた穀物パン。香辛料の効いたスープ。自由港の店にしては、かなりまともな食事だった。


ティルザは支払い端末を先に押さえる。


「ここは私が」


「儲けたからか」


「はい」


「ラーベ様のおかげです」


「やめろ」


 アイリスが少し笑う。


「ティルザさん、けっこう楽しそう」


「久しぶりに先輩で儲けましたので」


「昔もあったのか」


カインが言うと、ティルザは目を逸らした。


「訓練場の模擬戦で、多少」


「お前ら賭けてたのか」


「先輩が強すぎるのが悪いんです」


 カインは深く息を吐いた。


 食事が一巡し、音漏れ防止フィールドが有効になったところで、ティルザの顔つきが変わった。

休暇中の後輩ではなく、アトリー側の潜入要員の顔だった。


「カイン先輩の生存は、すでに知らされています」


「ライナ副官が通信を受けました」


「現地連絡員から、現在の風貌、同行者、自由港内での動きも一部報告されています」


「なら、俺に聞きたいことも分かるな」


「はい」


ティルザはまっすぐに聞いた。


「どうやって脱出したんですか」


アイリスの表情が少し硬くなる。

ミラは静かにカインを見た。


カインは少しの間だけ黙り、それから低く答えた。


「アイリスを連れて逃げた」


「途中で、アドミラルと繋がった」


「アドミラル?」


「艦載AIだ」


「艦載……」


ティルザの眉が動く。


「クレイドルにあった艦ですか」


「ああ」


「正式には、創世級試作実験艦」


 その言葉で、ティルザの顔が明確に変わった。


「創世級……」


「知ってるのか」


「ライナ副官が、予算の流れだけは掴んでいました」


ティルザは声を落とした。


「クレイドル周辺で、創世級建造計画とかいう名目の予算が動いている、と」


「ですが、実体は不明」


「艦名も不明」


「試作エーテル炉関連の大型実験設備、あるいは大型艦用構造物かもしれない、という程度でした」


「名前はエーテルガイスト」


カインが言った。


「それで脱出した」


ティルザは一瞬だけ黙った。


「……建造中の試作艦で?」


「ああ」


「飛べたんですか」


「飛んだ」


「無茶苦茶ですね」


「俺もそう思う」


 アドミラルの声が、カインの携行端末越しに静かに入った。


『補足する』


ティルザの視線が端末へ向く。


『私はエーテルガイスト艦載AI、アドミラル』


『クレイドル脱出時、艦長とアイリスを収容し、施設崩壊から離脱した』


「……なるほど」


ティルザはアイリスを見る。


「あなたが、報告にあった保護対象ですね」


アイリスは小さく頷いた。


「……はい」


ティルザはそれ以上、強く踏み込まなかった。


 代わりに、カインへ視線を戻す。


「クレイドルは、試作エーテル炉の事故として処理されています」


「事故で崩落」


「カイン・ウォーカーは死亡判定」


「遺体は未確認ですが、状況上生存困難」


「ヴォルフ側の報告はその形です」


「都合がいいな」


「ええ」


ティルザは静かに頷いた。


「先輩が軍に帰れない理由も、そこにあります」


 カインは水を一口飲んだ。


「俺の方から言っておく」


「俺はクレイドルで、人類の夜明け計画の一端を見た」


「ブラッドハウンドにも断片的なデータは残ってる」


「だが、詳細な中枢データは持っていない」


「見たものと、保護した被験体」


「それだけだ」


ティルザは黙って聞く。


「軍に戻れば、ヴォルフ側は必ず動く」


「軍内部に目がある」


「宇宙軍港のこの辺りは、ほぼヴォルフ側の管轄だ」


「エーテルガイストには軍籍もない」


「未登録の試作艦だ」


「軍港に寄った時点で面倒になる」


カインは淡々と続けた。


「俺の英雄権限で、秘匿任務中だと言って潜り込むことはできるかもしれん」


「だが、アトリー閣下よりヴォルフの方が早い」


「せめて閣下に大義名分があればどうとでもなる」


「だが表向きは、俺は視察任務に出ただけだ」


「その先で、俺は施設内で発砲した」


「撃たれる前にな」


ティルザの目が少し細くなる。


「先に撃ったのは、先輩ですか」


「ああ」


「機材を破壊した」


「被験体を連れ出した」


「エーテルガイストを持ち逃げした」


「ヴォルフ側の兵士も撃った」


「殺してはいない」


「だが撃った」


「強化兵はやむなく斬った」


アイリスが少しだけ視線を落とす。

カインは続ける。


「軍に戻ったら、俺をどうにかする理由はいくらでもある」


「反逆罪」


「施設破壊」


「機密艦の奪取」


「被験体の拉致」


「軍人への暴行」


「ヴォルフは好きな名目を選べる」


「下手に戻れば、アトリー閣下も道連れだ」


ティルザは小さく息を吐いた。


「……証拠が足りない」


「そうだ」


カインは頷いた。


「人類の夜明け計画の詳細データがない」


「ヴォルフはいくらでも言い逃れできる」


「俺が見たものだけじゃ足りない」


「だから探ってる」


「エーテルガイストでアトリー閣下の管轄宙域まで行くのが最善だ」


「だが今は行けない」


ティルザは少しだけ目を伏せた。


「理解しました」


そして、小さな黒い記録端末を取り出した。


「アトリー閣下からです」


「私も内容は知りません」


「再生後、自動消去されます」


カインの目がわずかに動いた。


「……閣下からか」


「はい」


ティルザは端末を卓の中央へ置く。


アドミラルが通信越しに言う。


『外部端末を隔離状態で受信する』


「頼む」


端末が起動した。

小さなホログラムが立ち上がる。


エドワード・アトリー元帥の姿だった。


実務用の軍服。

飾り気のない顔。


『カイン』


『この記録を見ているなら、少なくとも生きているということだな』


短い沈黙。


『それでいい』


『生きているなら、それでいい』


カインは何も言わない。


アトリーの声が少しだけ低くなる。


『すまなかった』


『君を亡霊にしたのは、私のミスだ』


『恐らく、ヴォルフ側が挑発したのだろう』


『君が止まらないことも、読んでいたはずだ』


アトリーは苦く笑った。


『出世するもんじゃないな』


『自分で動きたい時に、動けん』


『私は大っぴらには動けない』


『軍には戻らなくていい』


『いや、戻れないだろうからな』


『そのまま、ヴォルフ元帥のことを探ってくれ』


カインの指が、卓の端を軽く叩いた。


アトリーは続ける。


『お前のことだ』


『私が用意したカラスを、上手いこと隠して持っているな?』


カインの表情が止まった。

アイリスがそっとカインを見る。


『あの機体には、ビーコンに細工を施してあった』


『私へ直接連絡が飛ぶようにな』


『追跡回避のために弄った時点で、信号は来た』


『ヴォルフ側の報告では喪失と書かれていたが、私は喪失とは考えていない』


『不問にする』


『上手く使え』


カインは低く呟いた。


「……閣下」


ホログラムのアトリーは、まるでそれを聞いているかのように少しだけ笑った。


『お前は英雄だから、一人でどうにかすると思っている』


『だが、連れを保護したいならライナに言え』


『手配する』


『それと、お前は正式に死んだことになった』


『葬儀も内々に済ませる』


『心配するな』


『私物はこちらで預かる』


『軍用物はこちらで処理する』


『民間向けのお前の銃、刃物、車両、機材は取っておいてやる』


そこで、アトリーの声がわずかに軽くなった。


『お前のコレクションもな』


『中々いい趣味をしている』


『私も負けてられんな』


カインの眉間に皺が寄った。


「何の話だ」


アトリーの映像は続く。


『形見分けで元アトラス隊員に配ってもいいが、どうだ?』


『あと、お前に貸していた兵器カタログとグラビアガール特集は回収しておくぞ』


そこで、別の声が割り込んだ。


『閣下』


ライナ・ヴェルグの声だった。


『余計なことは言わないでください』


アトリーが少しだけ横を見る。


『必要な情報だろう』


『不要です』


『そうか』


カインは片手で額を押さえた。

ティルザは必死に笑いを堪えている。

アイリスは意味がよく分からず、首を傾げている。


ミラだけが冷静に言った。


「コレクションとは、何の分類でしょうか」


「聞くな」


カインが即答した。

ホログラムの中で、アトリーは咳払いした。


『私物が必要なら、どこかへ送らせる』


『軍に戻る気があるなら、それもライナに言え』


『まあ、今すぐとは行かんがな』


ライナの声が再び入る。


『カイン』


『連絡線は維持します』


『必要時は私へ』


『ただし、無理に戻ろうとはしないでください』


アトリーが最後に言う。


『それから、言い忘れた』


『ティルザが次の英雄だ』


ティルザの表情が一瞬だけ固まった。


 知らされていなかったのか、あるいは正式に言われるのは初めてだったのか。


『手を貸してやってくれ』


『くれぐれも、二人目の亡霊にはするな』


『我々元アトラス隊の、可愛い後輩だろう』


カインは静かにティルザを見た。

ティルザは視線を逸らさなかった。


ホログラムのアトリーは、最後に少しだけ表情を緩めた。


『生きろ、カイン』


映像が消える。


端末の表面に赤い線が走り、内部データが焼却された。


《再生完了》 《記録消去》


半個室に、しばらく沈黙が落ちた。


最初に口を開いたのは、カインだった。


「……相変わらずだな、閣下は」


「はい」


ティルザは少しだけ笑った。


「相変わらずです」


それから、彼女は小型ケースを取り出した。


「こちらはライナ副官からです」


中には薄い認証カードと、複数のデータチップが入っていた。


「正規の宇宙都市に出入りするための民間身分証」


「大型貨物船用の証明データ」


「輸送業者登録、補給契約、入港履歴の偽装テンプレート」


「アドミラルが上手く処理すれば、表だって動ける範囲が増えるはずです」


『受領すれば運用可能』


アドミラルが言う。


『艦影偽装および外部登録偽装と組み合わせれば、正規港への限定的入港が可能となる』


「ライナらしいな」


カインが言った。


ティルザはさらに、小型の秘密通信機を三つ取り出した。

掌に収まる薄い端末。

ホログラム投影部と、音声入出力部。チャット通信も、対話も可能。救援要請用の緊急キーもある。


「アトラス隊内で使っていた秘密通信機の改良型です」


「カイン先輩、アイリスさん、ミラさんへ」


「私以外にも、表に出ないバックアップがいます」


「万が一の時を考えて、お二人にも」


アイリスは少し驚きながら受け取った。


「私にも……?」


「はい」


「保護対象であると同時に、もう当事者ですから」


ミラも端末を受け取る。


「救援要請機能付きですね」


「はい」


「押した場合、私とライナ副官側の隠し経路へ飛びます」


「ただし乱用はしないでください」


「理解しました」


カインは通信機を手の中で一度転がした。


「使い方は?」


「前の型と同じです」


 ティルザは答えた。


そこでカインは、ブラッドハウンドへ意識を向けた。


「こっちからも渡すものがある」


右目の奥でデータパッケージが展開される。


《人類の夜明け計画 / 視認報告》 《クレイドル遭遇記録》 《被験体関連断片》 《強化兵戦闘記録》 《混成無人艦関連》 《三箱解析概要》 《エーテリアン技術関与可能性》


「俺がまとめた、人類の夜明け計画の報告データだ」


「まず渡しておく」


「何があれば確たる証拠になるか、そっちで見てくれ」


「人類の夜明け計画には、エーテリアンの技術も絡んでいる可能性がある」


「無人艦や遺構の話も入っている」


「詳しくは報告データを見ろ」


ティルザは端末を差し出した。


「受け取ります」


データ転送。

短い電子音。

ティルザの端末に受領表示が出る。

彼女はそれを確認し、表情を引き締めた。


「これを持ち帰るのも、私の任務ですね」


「持ち帰れるならな」


「持ち帰ります」


ティルザは即答した。


「私は、そのために来ました」


カインはしばらく彼女を見ていた。

かつてのアトラス隊の後輩。

今は、次の英雄と呼ばれる立場に置かれた女。

アトリーが送り、ライナが通し、自由港へ来たバックアップ。カインは低く言った。


「二人目の亡霊にはなるなよ」


ティルザは少しだけ笑った。


「先輩が言うと、重いですね」


「重い話だからな」


「では、亡霊にならないように動きます」


アイリスが小さく言う。


「ティルザさんも、危ないんだね」


「危なくない仕事なら、私には回ってきません」


ティルザは優しく返した。


「でも、大丈夫です」


「一人ではありませんから」


その言葉に、アイリスは少しだけ頷いた。

半個室の外では、自由港のざわめきが続いている。誰も、ここで何が話されたか知らない。

カインが生きていること。

エーテルガイストが飛んだこと。

人類の夜明け計画の証拠を探していること。

アトリー側が、静かに動き始めたこと。

それらはまだ、薄い線でしかない。


だが、切れてはいない。


カインは卓の上の通信機を握り、静かに息を吐いた。


「……線が増えたな」


『肯定する』


アドミラルが答える。


『だが、同時に敵の線も増える』


「分かってる」


ティルザが頷いた。


「自由港には、すでにヴォルフ側の目があります」


「私が見た範囲でも、協力者らしき動きが複数」


「詳細は後で共有します」


カインは立ち上がった。


「なら、長居はしない」


「この後どうしますか」


ティルザが聞く。


「まずは戻る」


カインはアイリスとミラを見る。


「エーテルガイストへ」


ティルザは静かに頷いた。


「私は別経路で動きます」


「私との連絡は新しい通信機で」


「ああ」


カインは短く返した。

半個室を出る前に、ティルザがふと思い出したように言った。


「そうだ、先輩」


「何だ」


「食事代は本当に私が払います」


「ラーベのおかげで、まだまだ余裕がありますので」


カインは一瞬だけ黙った。


「……好きにしろ」


「はい」


 ティルザ・レーヴェンは、嬉しそうに支払い端末へ手を伸ばした。

 自由港の午後は、まだ終わらない。

 だがカインたちの周囲では、確かに次の局面が始まっていた。

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