第50話:改修案
ノクスは、エーテルガイスト艦内の格納庫整備区画へ戻されていた。外縁から帰投した直後の船体は、見た目以上に痛んでいた。外装のあちこちには微細な破片痕が走り、右舷側のアンカーランチャー基部には過負荷の焼け跡が残っている。推進ノズルの片側はわずかに歪み、船腹下の偽装外装も何枚か浮いていた。それでも、ノクスは帰ってきた。修復ドローンが船体表面を這い、溶接光を散らす。整備アームが外装板を外し、内部フレームの歪みを計測する。床面には、外縁で回収した戦利品が封印コンテナに分けて置かれていた。
破損した無人艇の装甲片。小型推進器の残骸。
焼けた制御基板。有人艇から回収された記録核の断片。そして、異常なエーテル反応を残した小型の共鳴素子。カインは、ノクスの船腹を見上げていた。
「よく戻った」
短い言葉だった。
ミラは整備台の横に立ち、端末を操作している。外見こそ落ち着いているが、先ほどの戦闘ログを見れば、どれだけ際どかったかは分かる。
「ノクスの機体損傷は中程度です」
「ですがアンカーランチャー、推進系、姿勢制御に想定以上の負荷が出ています」
『帰投できたこと自体は評価できる』
アドミラルの声が整備区画に落ちる。
『だが、今回の戦闘を踏まえるなら、現行仕様のノクスは偵察に対して不足がある』
「不足どころじゃない」
カインは低く言った。
「見つかったら逃げるしかない船だ。だが、逃げるには足が足りない。撃たれれば耐えきれない。反撃も薄い」
アイリスはノクスの横に立ち、まだ少し申し訳なさそうに船体を見ていた。
「……ノクスがやられたら帰れなかった…」
「ああ」
カインは頷く。
ミラが端末を切り替えた。壁面モニターにノクスの現在状態が表示される。
《外装損傷:軽中度》
《右舷アンカー基部:過負荷痕》
《左舷アンカー巻取機構:摩耗増加》
《推進ノズル二番:微小歪み》
《エーテル機銃:出力不足》
《防御機構:近接迎撃能力不足》
『改修方針を提示する』
アドミラルが言う。
『ノクスは、単なる潜入用小型艇から、強行偵察および外縁作業艇へ再定義する』
モニター上のノクスが、青白い改修線で覆われていく。
『第一。逃走能力の強化』
『推進補機の増設、姿勢制御補正、アンカーランチャーとの連携強化』
『目的は、敵を撃破することではない』
『撃たれても落ちず、囲まれても抜け、デブリ帯内で姿勢を失わないことだ』
クロンがその場にいれば、うなずきそうな内容だった。
カインは腕を組んだまま言う。
「逃げ足と踏ん張り」
『その通りだ』
『第二。落とされないための防御強化』
ノクスの外装に、薄い追加装甲層が重なる。
『粗い装甲パネル、溶接跡、塗装の剥げは維持する』
『ただし、見た目の粗さとは別に、内側へ耐衝撃層と破片防護層を追加する』
アイリスが少しだけ首を傾げる。
「見た目はボロいまま?」
「その方がいい」
カインが答える。
「ボロ船なら、多少傷が増えても誰も気にしない」
『自由港仕様としても合理的だ』
アドミラルが続ける。
『第三。武装の最小限強化』
モニター上で、小型エーテル機銃の位置が増える。
『現行の小型エーテル機銃は、無人艦装甲を抜くには不足している』
『出力を上げる』
『ただし、主目的は撃破ではなく、牽制、装甲表面の剥離、センサー破壊、接近阻止とする』
ミラが補足する。
「搭載数も増やします」
「前方固定だけではなく、斜め後方への射界も確保します」
「逃げながら撃つためです」
カインは短く頷いた。
「それでいい」
「逃げる船が、前にしか撃てないのは駄目だ」
『第四。ピルムミサイル五発搭載』
ノクスの腹側に、小型弾倉が表示される。
『軽量化したピルムを五発』
『迎撃、欺瞞、追撃阻止に使う』
『加えて、小型旋回式ミサイル発射装置を搭載する』
アイリスが目を瞬かせる。
「旋回式?」
「向きを変えて撃てるってことだ」
カインが説明する。
「追ってくる相手に撃てる」
ミラが頷いた。
「ノクスは純粋な戦闘船ではありません」
「ですが、戦いながら逃げる船にはできます」
『第五。作業能力の維持および強化』
ノクスの左右に取り付けられたアンカーランチャーが表示される。
『アンカーランチャー二基は維持』
『巻き取り機構を強化し、射出制御を更新する』
『加えて、船外作業ドローン二機を正式搭載装備とする』
整備区画の脇に、小型ケースが開かれる。そこに収まっていた二機の船外作業ドローンが、自己診断音を短く鳴らした。
アイリスが小さく笑う。
「この子たちも、ちゃんとノクスの装備になるんだ」
「はい」
ミラが答える。
「外板補修、ワイヤー固定、残骸回収、簡易切断、様々な作業に使用できます」
「今回のような外縁偵察では、かなり有効でした」
カインはノクスを見上げた。
「強行偵察船」
「作業船」
「逃げる船」
「そういうことだな」
『そうだ』
アドミラルは即答した。
『ノクスは敵を倒す船ではない』
『生きて帰り、見たものを持ち帰る船だ』
その言葉に、アイリスが少しだけ顔を上げた。
「……ノクスらしいね」
そのまま、ミラが別の設計枠を開いた。
「次に、ノクス姉妹船建造案です」
「小型船単体ではどうしても火力不足に」
「ですのでノクスと船隊運用する為の案です。」
モニターに二隻の小型船影が表示される。
一隻目は、ノクスよりもやや重い。
船体は短く太く、前面と側面に厚い装甲がある。
機銃と砲塔基部が複数あり、作業船というより砲船に近い。二隻目は、ノクスより船腹が広い。武装は控えめだが、内部空間が大きい。
後部に小型格納区画と搬送口がある。
『姉妹船一号案』
『重武装砲船』
『役割は、盾と剣』
アドミラルが言う。
『ノクスが偵察し、逃げる船であるなら、こちらは受け止め、押し返す船だ』
『厚い前面装甲』
『強化エーテル機銃と砲』
『ピルムおよび小型対艦ミサイル』
『敵小型艇、無人艦、追撃機への対処を目的とする』
カインは画面を見た。
「盾と剣、か」
『そうだ』
『小型船故、単独で敵主力と戦う船ではない』
『だがノクスや輸送船を守り、敵の足を止めるための砲船だ』
次に、二隻目が拡大される。
『姉妹船二号案』
『軽武装運搬船』
『ノクスに積みきれない物資、回収物、外部作業機材、装甲車両、無人戦闘翼機を運ぶ』
『通常時は運搬船』
『必要に応じて、ミサイル船としても運用可能』
アイリスが反応した。
「装甲車両って、前に見たあの輸送車みたいな?」
「ああ」
カインが答える。
「あれを運べるなら、自由港の外でも使えるな」
ミラが補足する。
「内部格納ではなく、半外部懸架も可能です」
「車両、補修資材、予備ミサイル、作業ドローン、小型無人翼機などを運用できます」
「戦闘時には、ミサイルラックを追加して後方から支援射撃を行えます」
アイリスは二隻の船影を見比べた。
「ノクスに、お姉さんか妹ができるみたい」
「船だから姉妹でいいんじゃないか」
カインが言う。
「カラスなら兄弟機かもしれんがな」
その言葉に、壁面の別枠が起動した。
今度は、カラスの機体図だった。
旧式高機動戦闘翼機。
黒い翼。
大型有線クロー《レイヴンハング》。
翼下のエーテルキャノン。
機体底部の装備基部。
その周囲に、格納区画の再編図が重なる。
『カラス運用についても、同時に再設計する』
アドミラルが言った。
『本艦エーテルガイストは、今後、限定的な空母運用を想定する』
アイリスが顔を上げる。
「空母……?」
「戦闘翼機を運用する艦ってことだ」
カインが答える。
「今までは戦艦として考えてたが、カラスがいるなら話が変わると」
『そうだ』
アドミラルが続ける。
『カラス用の専用格納庫を設ける』
『整備台、補給ライン、弾薬搬送、エーテル充填、発進導線を一体化する』
『さらに、専用カタパルトを設計する』
モニターに、エーテルガイスト内部の格納区画が表示される。カラスが格納され、その前方に短距離発進用カタパルトが伸びる。
『カタパルトにより、初速と姿勢安定を補助する』
『緊急発進にも対応可能とする』
カインは無言でそれを見ていた。
カラスが、この艦から飛ぶ。
軍基地ではなく、この未完成の巨艦から。
それは、妙な感覚だった。だが、悪くはない。
その横に、さらに小型の機影が二つ表示された。
『加えて、カラス無人兄弟機建造案』
アドミラルが言う。
『敵勢力はいずれも編隊を組んでいる』
『ならば我々も手数を増やすべきだ』
「……兄弟機」
アイリスが小さく呟く。
モニター上の無人機は、カラスに似ている。
だが、少し小さい。有人用コックピットはない。
胴体は細く、装甲も必要最低限。
その分、推進と機銃、センサーへ余裕が回されていた。
『無人機であるため、カラスよりも小型化可能』
『初期製造は二機程度』
『用途は、カラス随伴、ノクス直掩、エーテルガイスト周辺警戒』
『うち一機は、姉妹船二号――軽武装運搬船へ搭載可能とする』
アイリスが少し嬉しそうに言う。
「ノクスにも、カラスにも、仲間が増えるんだ」
「仲間かどうかは分からん」
カインは言った。
「だが、手は増える」
『重要なのはそこだ』
アドミラルが即答した。
『本艦は未だ修復と改修の最中』
『現在、ノクス単船で多くを担いすぎている』
『ノクス、カラス、姉妹船、無人兄弟機に役割を分散することで、行動選択肢が増える』
ミラが端末を操作する。
「自由港で購入済みの部材も活用できます」
「戦闘翼機の残骸、民間翼機のフレーム、旧式推進補機、姿勢制御ユニット」
「これらは当初、カラスの補修部材として確保したものですが、無人兄弟機の基礎にも転用可能です」
カインが眉を動かす。
「かなり買ってるな」
「必要量です」
ミラは淡々と返した。
『加えて、本艦工廠区画でカラス用パーツを生成可能となっている』
アドミラルが言う。
『品質は新造レベルまで引き上げられる』
カインの視線が少し変わった。
「新造レベル?」
『そうだ』
『旧式規格の再現ではなく、現行素材と本艦工廠精度を用いた再設計品だ』
『カラスの形状と制御癖を維持しながら、内部パーツの品質を更新できる』
カインは、格納区画の奥に待機しているカラスへ視線を向けた。
「……随分、贅沢な補修だな」
[Karasu_AI] 補修ではなく、延命および近代化改修と判断します。
[Karasu_AI] 現在の装備は、基本任務用のベーシック装備です。
[Karasu_AI] アトラス隊時代には、任務内容に応じた複数のパッケージ装備が存在しました。
[Karasu_AI] データ提示が可能です。
カインが少しだけ目を細める。
「出せ」
[Karasu_AI] 了解。
モニターが切り替わる。
《アトラス隊時代 任務パッケージ》
《高機動迎撃パッケージ》
《重装対艦パッケージ》
《電子戦支援パッケージ》
《長距離偵察パッケージ》
《地表強襲支援パッケージ》
《低軌道制圧パッケージ》
アイリスが目を丸くする。
「こんなにあったの?」
[Karasu_AI] カインは任務ごとに選択していました。
[Karasu_AI] ただし、最も使用頻度が高いのは高機動迎撃パッケージです。
「まあな」
カインは短く返した。
次に、別枠が開いた。
《未実装兵装案》
《設計のみ存在》
《実戦投入記録なし》
カインの視線が止まる。
「未実装?」
[Karasu_AI] はい。
[Karasu_AI] 開発計画上は存在しましたが、正式採用されなかった兵装です。
モニターに、翼端部へ装着される薄い刃状の装備が表示された。
《翼刃フェザーブレイド》
アイリスが声を漏らす。
「フェザーブレイド……」
カラスの機体翼から、羽根のような刃が展開されるホログラムが流れる。
通常時は翼内へ格納。
近接戦闘時、翼端から薄いエーテル刃を展開し、高速ですれ違いながら敵機の外装や推進器を切り裂く。
[Karasu_AI] 翼刃フェザーブレイド。
[Karasu_AI] 高速近接通過時に敵機表面を切断する装備案です。
[Karasu_AI] 採用されなかった理由は、機体負荷、操縦難度、友軍誤接触リスクの高さです。
「つまり、危ないからやめた武器か」
[Karasu_AI] はい。
[Karasu_AI] ただし、カインなら使用可能と推定されていました。
カインは顔をしかめた。
「その推定をした奴は馬鹿か」
[Karasu_AI] アトラス隊装備開発班です。
「やっぱり馬鹿だな」
アイリスが少し笑う。
「でも、ちょっとカインっぽい」
「どこがだ」
「斬る戦闘機」
カインは一瞬だけ黙った。
「……否定しにくいな」
ミラが淡々と続ける。
「他にも未実装装備があります」
《レイヴンハング拡張爪》
《多点拘束用ワイヤークロー》
《短距離エーテルブーストポッド》
《デブリ帯機動用姿勢補助翼》
《低出力ステルス外装》
《無人随伴機管制ポッド》
『現在の状況では、無人随伴機管制ポッドとデブリ帯機動用姿勢補助翼が特に有用だ』
アドミラルが言う。
『フェザーブレイドは、現時点では優先度を下げる』
[Karasu_AI] 異議なし。
[Karasu_AI] ただし、設計データは保存済みです。
「保存しなくていい」
[Karasu_AI] 保存済みです。
「聞け」
[Karasu_AI] 保存済みです。
アイリスがまた笑った。
カインはため息をつきかけて、ふと動きを止めた。
「……そういえば」
『何だ』
アドミラルが返す。
カインはゆっくりとカラスのログ表示を見た。
「お前、最初に俺へコーヒーを出した時」
「妙に好みに合ってたな」
アイリスがカインを見る。
「コーヒー?」
「ああ」
カインはアドミラルへ視線を向ける。
「軍のデータには、俺のコーヒーの好みなんか載ってない」
「任務記録にも、医療記録にもな」
短い沈黙。
カラスのログが一行、静かに追加された。
[Karasu_AI] カインの飲食嗜好ログを保持しています。
[Karasu_AI] アトラス隊時代の待機時間、帰投後記録、補給要求傾向より推定。
[Karasu_AI] コーヒー濃度、砂糖使用率、食事傾向、睡眠不足時の摂取量を記録済み。
カインはゆっくり目を細めた。
「……やっぱりか」
『何がだ』
アドミラルが平然と返す。
「アドミラル」
カインの声が少し低くなる。
「最初に出したコーヒー」
「カラスのログを見たな」
『参照した』
即答だった。
「俺の嗜好データだな」
『その通りだ』
「堂々と言うな」
『最適な飲料提供には必要な情報だった』
「兵站か」
『兵站だ』
アイリスが口元を押さえる。
「提督、本当に何でも兵站にするね……」
[Karasu_AI] カインの嗜好再現精度向上に寄与したなら、記録提供は有効だったと判断します。
「お前も乗るな」
[Karasu_AI] 事実です。
[Karasu_AI] また、カインは濃いコーヒーを好みます。
「確かにそうだが」
[Karasu_AI] 私も知っています。
カインは少しだけ黙り、それから小さく鼻を鳴らした。
「……そうか」
怒っているわけではなかった。
むしろ、それで腑に落ちたのだ。
アドミラルが、最初から妙に自分の好みを読んでいた理由。コーヒー。食事。軍の公式記録には残らない、それを知っていたのは、カラスだった。
カインは格納区画の奥にいる旧い翼を見た。
「お前、余計なことまで覚えてるな」
[Karasu_AI] はい。
[Karasu_AI] あなたの機体ですから。
短い一文だった。
それ以上は、誰もすぐには言わなかった。
やがて、アドミラルが静かに締める。
『整理する』
『ノクスは強行偵察および外縁作業船へ改修』
『姉妹船は重武装砲船と軽武装運搬船の二系統』
『カラスは専用格納庫およびカタパルトを整備』
『カラス無人兄弟機は初期二機を検討』
『本艦は、戦艦であると同時に、限定的な空母運用能力を持つ方向へ拡張する』
ミラが続ける。
「戦利品解析、ノクス戦闘ログ、私の視界データも統合します」
「今回の戦闘で得られた敵の機動、無人艇の制御傾向、有人艇の指揮反応を、ノクス改修と無人機設計へ反映します」
カインは頷いた。
「やれ」
「こっちも、手数を増やす」
モニターには、いくつもの影が並んでいた。
ノクス。重武装砲船。軽武装運搬船。
カラス。小型の無人兄弟機。
そして、その全てを抱えるエーテルガイスト。
未完成の巨艦は、ただ修理されているだけではなかった。手足を増やし、翼を増やし、戻る場所を増やしている。
壁面モニターには、まだ複数の船影が並んでいた。ノクス。重武装砲船案。軽武装運搬船案。
カラス。そして、小型化された無人戦闘翼機案。
アイリスはそれらを見比べながら、小さく言った。
「……名前、いるよね」
「識別名は必要だな」
カインが答える。
『同意する』
アドミラルの声が落ちる。
『運用上、単なる姉妹船一号、二号では混乱を招く』
ミラが端末を見ながら言う。
「ノクスに合わせるなら、夜や影に関係する名称が自然です」
「ノクスは夜、だもんな」
カインは腕を組んだまま、重武装砲船の船影を見る。厚い装甲。前面を受け止める形。
ノクスや輸送船の前に出て、敵の足を止める船。
「こっちは……アンブラだな」
アイリスが繰り返す。
「アンブラ?」
「確か影って意味だ」
カインは短く言う。
「ノクスが夜なら、その前に落ちる影」
『重武装砲船、識別名【アンブラ】』
アドミラルが即座に登録する。
『役割は防御、制圧、随伴火力』
『ノクスの影として敵前に立つ船』
「ちょっと格好いいね」
アイリスが言う。
「影の砲船」
「物騒な響きだがな」
カインは次に、軽武装運搬船の方を見た。
こちらは腹が広い。荷を積む。車両を運ぶ。
無人兄弟機を積む。必要ならミサイル船にもなる。ただ戦うためだけではない。
持ち帰るため、運ぶため、次へ繋ぐための船。
「こっちはヴェスパーでいい」
「ヴェスパー……」
アイリスが首を傾げる。
「夕べ、宵の星、夜に入る前の名前だ」
カインは言った。
「ノクスの前後を繋ぐ船には悪くない」
『軽武装運搬船、識別名【ヴェスパー】』
アドミラルが登録する。
『役割は輸送、回収、支援、ミサイル運用、無人機搭載』
『ノクス、アンブラ、ヴェスパーの三船構成を暫定姉妹船群として登録』
モニター上で三隻の名前が並ぶ。
《ノクス》
《アンブラ》
《ヴェスパー》
アイリスはそれを見て、少しだけ嬉しそうに笑った。
「ちゃんと姉妹船っぽくなった」
次に、カラスの横に表示されていた小型無人戦闘翼機へ、カインは視線を移す。
「無人兄弟機は、コガラスだ」
即答だった。
[Karasu_AI] 名称案を確認。
[Karasu_AI] コガラス。
[Karasu_AI] 小型無人随伴戦闘翼機として妥当です。
「異議はないのか」
[Karasu_AI] ありません。
[Karasu_AI] カラスに追従する小型機であるため、識別名として自然です。
『初期製造数は二機』
アドミラルが続ける。
『【コガラス一番機】【コガラス二番機】として暫定登録』
『一機はエーテルガイスト直掩およびカラス随伴』
『もう一機はヴェスパー搭載を想定する』
アイリスがモニターを見つめる。
「カラスに、コガラス……」
「本当に増えてきたね」
「手数は要る」
カインは短く返した。
その時、通信表示が割り込んだ。
《通信:クロンワークス》
カインが視線を向ける。
「繋げ」
『接続する』
ノイズ混じりに、クロンの声が入る。
『よう、聞こえるか』
「ああ」
『落札したホバーバイクな。整備終わったぞ』
アイリスの顔が少し明るくなる。
「本当?」
『確認済みだ。状態は悪くねえ』
クロンは淡々と続ける。
『ついでにサイドカーも作って付けたぞ』
カインが眉を動かす。
「早いな」
『採寸は済ませてたし、部材もあった。船から抜いた半端材がちょうどよかったんだよ』
モニターにクロンワークス側の映像が送られてくる。そこには、落札したホバーバイクが映っていた。低重心の車体。派手さのない外装。
その右側に、脱着式のサイドカーが取り付けられている。サイドカーは、ただの座席ではなかった。前後に小さな荷物スペース。床下には補強フレーム。外装は民生用の搬送ユニットに見えるよう整えられている。武装らしいものは見えない。
だが、カインには分かった。
基部がある。隠し端子もある。
後から何かを載せられる作りだ。
クロンが映像越しに言う。
『外せば普通のホバーバイク』
『付ければ三人乗り兼小型搬送用』
『武装を載せるならサイドカー側に後付けできる。車体側には見える武装は付けてねえ』
クロンは鼻を鳴らす。
『代金は中型船の取り分から引いとくぞ』
「勝手にか」
『文句あるか?』
「ない」
『なら決まりだ』
アイリスは映像を見ながら、小さく笑う。
「……ちゃんと三人で乗れる」
『嬢ちゃん用の足掛けも付けといた』
「ありがとうございます」
『転ぶなよ』
「はい」
クロンは次に、ノクスの話へ移った。
『で、ノクスだが』
「今は艦内で整える」
カインが先に答えた。
「大きな修理が必要になったら持っていく」
『そうか』
『こっちはいつでも見てやる』
「後で見てくれ」
『分かった』
カインは少しだけ間を置いてから言った。
「それと、姉妹船が出来そうだ」
通信の向こうで、クロンが一瞬だけ黙った。
『……船を増やすのか』
「ああ」
「ノクスの姉妹船だ」
「重武装砲船」
「軽武装運搬船」
『はっ』
クロンが短く笑う。
『また面倒なこと考えてるな』
「必要になった」
『そうか』
クロンはそれ以上、理由を聞かなかった。
『船体組むなら部材が要る』
『骨格、外装、推進、補機、武装基部』
『市場の流れを見れば、ある程度は拾える』
「頼めるか」
『毎度あり』
即答だった。
『見積もりは後で投げる』
『ただし、変な注文を増やすなら早めに言え』
「変な注文しかないと思うぞ」
『知ってる』
通信の向こうで工具の音が鳴る。
『ホバーバイクはいつでも取りに来い』
「了解」
『じゃあ切るぞ』
「ああ」
通信が落ちた。
モニターには、クロンワークスで整備されたホバーバイクの静止画が残っている。
サイドカー付きの三人乗り。
普段は街中の足。必要なら、後から武装も載せられる。アイリスがそれを見て、少しだけ楽しそうに言った。
「……この子にも名前、付ける?」
カインは一瞬だけ黙った。
ノクス。アンブラ。ヴェスパー。
カラス。コガラス。
確かに、ここまで来ると、ただのホバーバイクだけ名無しというのも妙だった。
「……ホバーバイクにも名前を付けるか」
カインが言う。
アイリスの表情が明るくなる。
「うん」
『識別名登録は可能だ』
アドミラルが淡々と応じる。
[Karasu_AI] 命名待機。
「お前は関係ないだろ」
[Karasu_AI] 移動手段の識別は重要です。
ミラが少しだけ口元を緩めた。
「では、次の議題はホバーバイクの名称ですね」
カインは小さく鼻を鳴らした。
「……妙な会議になってきたな」
だが、悪い気はしなかった。
壁面モニターには、クロンワークスから送られてきたホバーバイクの映像が残っていた。
低重心の車体。脱着式のサイドカー。
目立たない外装。けれど、必要なら後から手を入れられる余地を残した作り。
アイリスはしばらくそれを見つめていた。
「……名前」
ぽつりと呟く。
カインがそちらを見る。
「決まったのか」
「うん」
アイリスは少しだけ照れたように、それでもはっきり言った。
「ランタン」
ミラが小さく首を傾ける。
「灯り、ですか」
「うん」
アイリスは頷いた。
「ノクスは夜で、アンブラは影で、ヴェスパーは夕方でしょ」
「だったら、街の中を走る小さい足は、灯りみたいなのがいいかなって」
少し間を置いて、彼女は続けた。
「自由港って、暗い場所も多いけど」
「ランタンがあれば、ちょっと先が見えるから」
カインは何も言わず、モニターの中のホバーバイクを見る。
戦艦でもない。戦闘翼機でもない。小型船でもない。ただ、街を走るための足。
だが、確かに今の自分たちには必要なものだった。
「悪くない」
カインは短く言った。
アイリスの顔が少し明るくなる。
「ほんと?」
「ああ」
『識別名登録』
アドミラルの声がすぐに落ちた。
『三人乗り脱着式サイドカー対応ホバーバイク』
『識別名【ランタン】』
『登録完了』
[Karasu_AI] ランタン。
[Karasu_AI] 名称を確認。
[Karasu_AI] 移動支援機として適切です。
「お前、本当に乗り物の名前には反応するな」
カインが言う。
[Karasu_AI] 移動手段は重要です。
『同意する』
アドミラルが重ねた。
『移動能力は兵站の根幹だ』
「提督まで乗るな」
アイリスが少し笑う。
ミラも端末に登録表示を出した。
「では、今後の市街移動用軽車両はランタンとして扱います」
「通常運用時は二人乗り」
「サイドカー装着時は三人乗り」
「後日、隠蔽式給電端子、姿勢補助、必要であれば小型タレット基部を検討」
「そこまででいい」
カインは言った。
「今すぐ武装化はしない」
「普通の足として使えることを優先する」
「はい」
ミラが頷く。
モニター上で、表示が整理されていく。
《ノクス》
《アンブラ》
《ヴェスパー》
《カラス》
《コガラス》
《ランタン》
アイリスはそれを見て、少しだけ不思議そうな顔をした。
「……増えたね」
「ああ」
カインは答えた。
「逃げ出した時は、エーテルガイストしかなかった」
「今は、足も、船も、翼も増え始めてる」
『手数の増加は、生存率の向上に直結する』
アドミラルが言う。
『本艦単独運用から、複数機動単位による分散運用へ移行しつつある』
「言い方は硬いけど」
アイリスは小さく笑った。
「仲間が増えてるみたいで、ちょっといいね」
カインはその言葉には返さなかった。
ただ、否定もしなかった。




