↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/93

第50話:改修案

 ノクスは、エーテルガイスト艦内の格納庫整備区画へ戻されていた。外縁から帰投した直後の船体は、見た目以上に痛んでいた。外装のあちこちには微細な破片痕が走り、右舷側のアンカーランチャー基部には過負荷の焼け跡が残っている。推進ノズルの片側はわずかに歪み、船腹下の偽装外装も何枚か浮いていた。それでも、ノクスは帰ってきた。修復ドローンが船体表面を這い、溶接光を散らす。整備アームが外装板を外し、内部フレームの歪みを計測する。床面には、外縁で回収した戦利品が封印コンテナに分けて置かれていた。

破損した無人艇の装甲片。小型推進器の残骸。

焼けた制御基板。有人艇から回収された記録核の断片。そして、異常なエーテル反応を残した小型の共鳴素子。カインは、ノクスの船腹を見上げていた。


「よく戻った」


短い言葉だった。

ミラは整備台の横に立ち、端末を操作している。外見こそ落ち着いているが、先ほどの戦闘ログを見れば、どれだけ際どかったかは分かる。


「ノクスの機体損傷は中程度です」


「ですがアンカーランチャー、推進系、姿勢制御に想定以上の負荷が出ています」


『帰投できたこと自体は評価できる』


アドミラルの声が整備区画に落ちる。


『だが、今回の戦闘を踏まえるなら、現行仕様のノクスは偵察に対して不足がある』


「不足どころじゃない」


カインは低く言った。


「見つかったら逃げるしかない船だ。だが、逃げるには足が足りない。撃たれれば耐えきれない。反撃も薄い」


アイリスはノクスの横に立ち、まだ少し申し訳なさそうに船体を見ていた。


「……ノクスがやられたら帰れなかった…」


「ああ」


カインは頷く。



 ミラが端末を切り替えた。壁面モニターにノクスの現在状態が表示される。


《外装損傷:軽中度》

《右舷アンカー基部:過負荷痕》

《左舷アンカー巻取機構:摩耗増加》

《推進ノズル二番:微小歪み》

《エーテル機銃:出力不足》

《防御機構:近接迎撃能力不足》


『改修方針を提示する』


アドミラルが言う。


『ノクスは、単なる潜入用小型艇から、強行偵察および外縁作業艇へ再定義する』


モニター上のノクスが、青白い改修線で覆われていく。


『第一。逃走能力の強化』


『推進補機の増設、姿勢制御補正、アンカーランチャーとの連携強化』


『目的は、敵を撃破することではない』


『撃たれても落ちず、囲まれても抜け、デブリ帯内で姿勢を失わないことだ』


 クロンがその場にいれば、うなずきそうな内容だった。


カインは腕を組んだまま言う。


「逃げ足と踏ん張り」


『その通りだ』


『第二。落とされないための防御強化』


ノクスの外装に、薄い追加装甲層が重なる。


『粗い装甲パネル、溶接跡、塗装の剥げは維持する』


『ただし、見た目の粗さとは別に、内側へ耐衝撃層と破片防護層を追加する』


アイリスが少しだけ首を傾げる。


「見た目はボロいまま?」


「その方がいい」


カインが答える。


「ボロ船なら、多少傷が増えても誰も気にしない」


『自由港仕様としても合理的だ』


アドミラルが続ける。


『第三。武装の最小限強化』


モニター上で、小型エーテル機銃の位置が増える。


『現行の小型エーテル機銃は、無人艦装甲を抜くには不足している』


『出力を上げる』


『ただし、主目的は撃破ではなく、牽制、装甲表面の剥離、センサー破壊、接近阻止とする』


ミラが補足する。


「搭載数も増やします」


「前方固定だけではなく、斜め後方への射界も確保します」


「逃げながら撃つためです」


カインは短く頷いた。


「それでいい」


「逃げる船が、前にしか撃てないのは駄目だ」


『第四。ピルムミサイル五発搭載』


ノクスの腹側に、小型弾倉が表示される。


『軽量化したピルムを五発』


『迎撃、欺瞞、追撃阻止に使う』


『加えて、小型旋回式ミサイル発射装置を搭載する』


アイリスが目を瞬かせる。


「旋回式?」


「向きを変えて撃てるってことだ」


カインが説明する。


「追ってくる相手に撃てる」


ミラが頷いた。


「ノクスは純粋な戦闘船ではありません」


「ですが、戦いながら逃げる船にはできます」


『第五。作業能力の維持および強化』


ノクスの左右に取り付けられたアンカーランチャーが表示される。


『アンカーランチャー二基は維持』


『巻き取り機構を強化し、射出制御を更新する』


『加えて、船外作業ドローン二機を正式搭載装備とする』


整備区画の脇に、小型ケースが開かれる。そこに収まっていた二機の船外作業ドローンが、自己診断音を短く鳴らした。


アイリスが小さく笑う。


「この子たちも、ちゃんとノクスの装備になるんだ」


「はい」


 ミラが答える。


「外板補修、ワイヤー固定、残骸回収、簡易切断、様々な作業に使用できます」


「今回のような外縁偵察では、かなり有効でした」


カインはノクスを見上げた。


「強行偵察船」


「作業船」


「逃げる船」


「そういうことだな」


『そうだ』


アドミラルは即答した。


『ノクスは敵を倒す船ではない』


『生きて帰り、見たものを持ち帰る船だ』


その言葉に、アイリスが少しだけ顔を上げた。


「……ノクスらしいね」


そのまま、ミラが別の設計枠を開いた。


「次に、ノクス姉妹船建造案です」


「小型船単体ではどうしても火力不足に」


「ですのでノクスと船隊運用する為の案です。」


モニターに二隻の小型船影が表示される。

一隻目は、ノクスよりもやや重い。

船体は短く太く、前面と側面に厚い装甲がある。

 機銃と砲塔基部が複数あり、作業船というより砲船に近い。二隻目は、ノクスより船腹が広い。武装は控えめだが、内部空間が大きい。

後部に小型格納区画と搬送口がある。


『姉妹船一号案』


『重武装砲船』


『役割は、盾と剣』


アドミラルが言う。


『ノクスが偵察し、逃げる船であるなら、こちらは受け止め、押し返す船だ』


『厚い前面装甲』


『強化エーテル機銃と砲』


『ピルムおよび小型対艦ミサイル』


『敵小型艇、無人艦、追撃機への対処を目的とする』


カインは画面を見た。


「盾と剣、か」


『そうだ』


『小型船故、単独で敵主力と戦う船ではない』


『だがノクスや輸送船を守り、敵の足を止めるための砲船だ』


次に、二隻目が拡大される。


『姉妹船二号案』


『軽武装運搬船』


『ノクスに積みきれない物資、回収物、外部作業機材、装甲車両、戦闘翼機を運ぶ』


『通常時は運搬船』


『必要に応じて、ミサイル船としても運用可能』


 アイリスが反応した。


「装甲車両って、前に見たあの輸送車みたいな?」


「ああ」


カインが答える。


「あれを運べるなら、自由港の外でも使えるな」


ミラが補足する。


「内部格納ではなく、半外部懸架も可能です」


「車両、補修資材、予備ミサイル、作業ドローン、小型無人翼機などを運用できます」


「戦闘時には、ミサイルラックを追加して後方から支援射撃を行えます」


アイリスは二隻の船影を見比べた。


「ノクスに、お姉さんか妹ができるみたい」


「船だから姉妹でいいんじゃないか」


カインが言う。


「カラスなら兄弟機かもしれんがな」


その言葉に、壁面の別枠が起動した。

今度は、カラスの機体図だった。

旧式高機動戦闘翼機《カラス》。

制式採用から外れた古い黒い翼。

大型有線クロー《レイヴンハング》。

翼下のエーテルキャノン。

機体底部の装備基部。


その周囲に、格納区画の再編図が重なる。


『カラス運用についても、同時に再設計する』


アドミラルが言った。


『本艦エーテルガイストは、今後、限定的な空母運用を想定する』


アイリスが顔を上げる。


「空母……?」


「戦闘翼機を運用する艦ってことだ」


カインが答える。


「今までは戦艦として考えてたが、カラスがいるなら話が変わると」


『そうだ』


アドミラルが続ける。


『カラス用の専用格納庫を設ける』


『整備台、補給ライン、弾薬搬送、エーテル充填、発進導線を一体化する』


『さらに、専用カタパルトを設計する』


モニターに、エーテルガイスト内部の格納区画が表示される。カラスが格納され、その前方に短距離発進用カタパルトが伸びる。


『カタパルトにより、初速と姿勢安定を補助する』


『緊急発進にも対応可能とする』


カインは無言でそれを見ていた。


カラスが、この艦から飛ぶ。

軍基地ではなく、この未完成の巨艦から。

それは、妙な感覚だった。だが、悪くはない。

その横に、さらに小型の機影が二つ表示された。


『加えて、カラス無人兄弟機建造案』


アドミラルが言う。


『敵勢力はいずれも編隊を組んでいる』


『ならば我々も手数を増やすべきだ』


「……兄弟機」


アイリスが小さく呟く。

モニター上の無人機は、カラスに似ている。

だが、少し小さい。有人用コックピットはない。

胴体は細く、装甲も必要最低限。

その分、推進と機銃、センサーへ余裕が回されていた。


『無人機であるため、カラスよりも小型化可能』


『初期製造は二機程度』


『用途は、カラス随伴、ノクス直掩、エーテルガイスト周辺警戒』


『うち一機は、姉妹船二号――軽武装運搬船へ搭載可能とする』


アイリスが少し嬉しそうに言う。


「ノクスにも、カラスにも、仲間が増えるんだ」


「仲間かどうかは分からん」


カインは言った。


「だが、手は増える」


『重要なのはそこだ』


アドミラルが即答した。


『本艦は未だ修復と改修の最中』


『現在、ノクス単船で多くを担いすぎている』


『ノクス、カラス、姉妹船、無人兄弟機に役割を分散することで、行動選択肢が増える』


ミラが端末を操作する。


「自由港で購入済みの部材も活用できます」


「戦闘翼機の残骸、民間翼機のフレーム、旧式推進補機、姿勢制御ユニット」


「これらは当初、カラスの補修部材として確保したものですが、無人兄弟機の基礎にも転用可能です」


カインが眉を動かす。


「かなり買ってるな」


「必要量です」


ミラは淡々と返した。


『加えて、本艦工廠区画でカラス用パーツを生成可能となっている』


アドミラルが言う。


『品質は新造レベルまで引き上げられる』


カインの視線が少し変わった。


「新造レベル?」


『そうだ』


『旧式規格の再現ではなく、現行素材と本艦工廠精度を用いた再設計品だ』


『カラスの形状と制御癖を維持しながら、内部パーツの品質を更新できる』


 カインは、格納区画の奥に待機しているカラスへ視線を向けた。


「……随分、贅沢な補修だな」


[Karasu_AI] 補修ではなく、延命および近代化改修と判断します。

[Karasu_AI] 現在の装備は、基本任務用のベーシック装備です。

[Karasu_AI] アトラス隊時代には、任務内容に応じた複数の換装装備が存在しました。


[Karasu_AI] データ提示が可能です。


カインが少しだけ目を細める。


「出せ」


[Karasu_AI] 了解。


モニターが切り替わる。


《アトラス隊時代 任務別換装装備一覧》

《高機動迎撃パッケージ》

《重装対艦パッケージ》

《電子戦支援パッケージ》

《長距離偵察パッケージ》

《地表強襲支援パッケージ》

《低軌道制圧パッケージ》


アイリスが目を丸くする。


「こんなにあったの?」


[Karasu_AI] カインは任務ごとに選択していました。

[Karasu_AI] ただし、最も使用頻度が高いのは高機動迎撃パッケージです。


「まあな」


カインは短く返した。

次に、別枠が開いた。


《未実装兵装案》

《設計のみ存在》

《実戦投入記録なし》


カインの視線が止まる。


「未実装?」


[Karasu_AI] はい。

[Karasu_AI] 開発計画上は存在しましたが、正式採用されなかった兵装です。



モニターに、翼端部へ装着される薄い刃状の装備が表示された。


《翼刃フェザーブレイド》


アイリスが声を漏らす。


「フェザーブレイド……」


カラスの機体翼から、羽根のような刃が展開されるホログラムが流れる。

通常時は翼内へ格納。

近接戦闘時、翼端から薄いエーテル刃を展開し、高速ですれ違いながら敵機の外装や推進器を切り裂く。


[Karasu_AI] 翼刃フェザーブレイド。

[Karasu_AI] 高速近接通過時に敵機表面を切断する装備案です。

[Karasu_AI] 採用されなかった理由は、機体負荷、操縦難度、友軍誤接触リスクの高さです。


「つまり、危ないからやめた武器か」


[Karasu_AI] はい。

[Karasu_AI] ただし、カインなら使用可能と推定されていました。


カインは顔をしかめた。


「その推定をした奴は馬鹿か」


[Karasu_AI] アトラス隊装備開発班です。


「やっぱり馬鹿だな」


アイリスが少し笑う。


「でも、ちょっとカインっぽい」


「どこがだ」


「斬る戦闘機」


カインは一瞬だけ黙った。


「……否定しにくいな」


ミラが淡々と続ける。


「他にも未実装装備があります」


《レイヴンハング拡張爪》

《多点拘束用ワイヤークロー》

《短距離エーテルブーストポッド》

《デブリ帯機動用姿勢補助翼》

《低出力ステルス外装》

《無人随伴機管制ポッド》


『現在の状況では、無人随伴機管制ポッドとデブリ帯機動用姿勢補助翼が特に有用だ』


アドミラルが言う。


『フェザーブレイドは、現時点では優先度を下げる』


[Karasu_AI] 異議なし。

[Karasu_AI] ただし、設計データは保存済みです。


「保存しなくていい」


[Karasu_AI] 保存済みです。


「聞け」


[Karasu_AI] 保存済みです。


アイリスがまた笑った。

カインはため息をつきかけて、ふと動きを止めた。


「……そういえば」


『何だ』


アドミラルが返す。


カインはゆっくりとカラスのログ表示を見た。


「お前、最初に俺へコーヒーを出した時」


「妙に好みに合ってたな」


アイリスがカインを見る。


「コーヒー?」


「ああ」


 カインはアドミラルへ視線を向ける。


「軍のデータには、俺のコーヒーの好みなんか載ってない」


「任務記録にも、医療記録にもな」


短い沈黙。


カラスのログが一行、静かに追加された。


[Karasu_AI] カインの飲食嗜好ログを保持しています。

[Karasu_AI] アトラス隊時代の待機時間、帰投後記録、補給要求傾向より推定。

[Karasu_AI] コーヒー濃度、砂糖使用率、食事傾向、睡眠不足時の摂取量を記録済み。


カインはゆっくり目を細めた。


「……やっぱりか」


『何がだ』


アドミラルが平然と返す。


「アドミラル」


カインの声が少し低くなる。


「最初に出したコーヒー」


「カラスのログを見たな」


『参照した』


即答だった。


「俺の嗜好データだな」


『その通りだ』


「堂々と言うな」


『最適な飲料提供には必要な情報だった』


「兵站か」


『兵站だ』


アイリスが口元を押さえる。


「提督、本当に何でも兵站にするね……」


[Karasu_AI] カインの嗜好再現精度向上に寄与したなら、記録提供は有効だったと判断します。


「お前も乗るな」


[Karasu_AI] 事実です。

[Karasu_AI] また、カインは濃いコーヒーを好みます。


「確かにそうだが」


[Karasu_AI] 私も知っています。


 カインは少しだけ黙り、それから小さく鼻を鳴らした。


「……そうか」


怒っているわけではなかった。

むしろ、それで腑に落ちたのだ。

アドミラルが、最初から妙に自分の好みを読んでいた理由。コーヒー。食事。軍の公式記録には残らない、それを知っていたのは、カラスだった。

カインは格納区画の奥にいる旧い翼を見た。


「お前、余計なことまで覚えてるな」


[Karasu_AI] はい。

[Karasu_AI] あなたの機体ですから。


短い一文だった。

それ以上は、誰もすぐには言わなかった。

やがて、アドミラルが静かに締める。


『整理する』


『ノクスは強行偵察および外縁作業船へ改修』


『姉妹船は重武装砲船と軽武装運搬船の二系統』


『カラスは専用格納庫およびカタパルトを整備』


『カラス無人兄弟機は初期二機を検討』


『本艦は、戦艦であると同時に、限定的な空母運用能力を持つ方向へ拡張する』


ミラが続ける。


「戦利品解析、ノクス戦闘ログ、私の視界データも統合します」


「今回の戦闘で得られた敵の機動、無人艇の制御傾向、有人艇の指揮反応を、ノクス改修と無人機設計へ反映します」


カインは頷いた。


「やれ」


「こっちも、手数を増やす」


モニターには、いくつもの影が並んでいた。

ノクス。重武装砲船。軽武装運搬船。

カラス。小型の無人兄弟機。

そして、その全てを抱えるエーテルガイスト。


未完成の巨艦は、ただ修理されているだけではなかった。手足を増やし、翼を増やし、戻る場所を増やしている。

 壁面モニターには、まだ複数の船影が並んでいた。ノクス。重武装砲船案。軽武装運搬船案。

カラス。そして、小型化された無人戦闘翼機案。

アイリスはそれらを見比べながら、小さく言った。


「……名前、いるよね」


「識別名は必要だな」


カインが答える。


『同意する』


アドミラルの声が落ちる。


『運用上、単なる姉妹船一号、二号では混乱を招く』


ミラが端末を見ながら言う。


「ノクスに合わせるなら、夜や影に関係する名称が自然です」


「ノクスは夜、だもんな」


カインは腕を組んだまま、重武装砲船の船影を見る。厚い装甲。前面を受け止める形。

ノクスや輸送船の前に出て、敵の足を止める船。


「こっちは……アンブラだな」


アイリスが繰り返す。


「アンブラ?」


「確か影って意味だ」


カインは短く言う。


「ノクスが夜なら、その前に落ちる影」


『重武装砲船、識別名【アンブラ】』


アドミラルが即座に登録する。


『役割は防御、制圧、随伴火力』


『ノクスの影として敵前に立つ船』


「ちょっと格好いいね」


アイリスが言う。


「影の砲船」


「物騒な響きだがな」


カインは次に、軽武装運搬船の方を見た。

こちらは腹が広い。荷を積む。車両を運ぶ。

無人兄弟機を積む。必要ならミサイル船にもなる。ただ戦うためだけではない。

持ち帰るため、運ぶため、次へ繋ぐための船。


「こっちはヴェスパーでいい」


「ヴェスパー……」


アイリスが首を傾げる。


「夕べ、宵の星、夜に入る前の名前だ」


カインは言った。


「ノクスの前後を繋ぐ船には悪くない」


『軽武装運搬船、識別名【ヴェスパー】』


アドミラルが登録する。


『役割は輸送、回収、支援、ミサイル運用、無人機搭載』


『ノクス、アンブラ、ヴェスパーの三船構成を暫定姉妹船群として登録』


モニター上で三隻の名前が並ぶ。


《ノクス》

《アンブラ》

《ヴェスパー》


アイリスはそれを見て、少しだけ嬉しそうに笑った。


「ちゃんと姉妹船っぽくなった」


次に、カラスの横に表示されていた小型無人戦闘翼機へ、カインは視線を移す。


「無人兄弟機は、コガラスだ」


即答だった。


[Karasu_AI] 名称案を確認。

[Karasu_AI] コガラス。

[Karasu_AI] 小型無人随伴戦闘翼機として妥当です。


「異議はないのか」


[Karasu_AI] ありません。

[Karasu_AI] カラスに追従する小型機であるため、識別名として自然です。


『初期製造数は二機』


アドミラルが続ける。


『【コガラス一番機】【コガラス二番機】として暫定登録』


『一機はエーテルガイスト直掩およびカラス随伴』


『もう一機はヴェスパー搭載を想定する』


アイリスがモニターを見つめる。


「カラスに、コガラス……」


「本当に増えてきたね」


「手数は要る」


カインは短く返した。


その時、通信表示が割り込んだ。


《通信:クロンワークス》


カインが視線を向ける。


「繋げ」


『接続する』


ノイズ混じりに、クロンの声が入る。


『よう、聞こえるか』


「ああ」


『落札したホバーバイクな。整備終わったぞ』


アイリスの顔が少し明るくなる。


「本当?」


『確認済みだ。状態は悪くねえ』


クロンは淡々と続ける。


『ついでにサイドカーも作って付けたぞ』


カインが眉を動かす。


「早いな」


『採寸は済ませてたし、部材もあった。船から抜いた半端材がちょうどよかったんだよ』


モニターにクロンワークス側の映像が送られてくる。そこには、落札したホバーバイクが映っていた。低重心の車体。派手さのない外装。

その右側に、脱着式のサイドカーが取り付けられている。サイドカーは、ただの座席ではなかった。前後に小さな荷物スペース。床下には補強フレーム。外装は民生用の搬送ユニットに見えるよう整えられている。武装らしいものは見えない。

だが、カインには分かった。

基部がある。隠し端子もある。

後から何かを載せられる作りだ。

クロンが映像越しに言う。


『外せば普通のホバーバイク』


『付ければ三人乗り兼搬送用』


『武装を載せるならサイドカー側に後付けできる。車体側には見える武装は付けてねえ』


クロンは鼻を鳴らす。


『代金は中型船の取り分から引いとくぞ』


「勝手にか」


『文句あるか?』


「ない」


『なら決まりだ』


アイリスは映像を見ながら、小さく笑う。


「……ちゃんと三人で乗れる」


『嬢ちゃん用の足掛けも付けといた』


「ありがとうございます」


『転ぶなよ』


「はい」


クロンは次に、ノクスの話へ移った。


『で、ノクスだが』


「今は艦内で整える」


カインが先に答えた。


「大きな修理が必要になったら持っていく」


『そうか』


『こっちはいつでも見てやる』


「後で見てくれ」


『分かった』


カインは少しだけ間を置いてから言った。


「それと、姉妹船が出来そうだ」


通信の向こうで、クロンが一瞬だけ黙った。


『……船を増やすのか』


「ああ」


「ノクスの姉妹船だ」


「重武装砲船《アンブラ》」


「軽武装運搬船《ヴェスパー》」


『はっ』


クロンが短く笑う。


『また面倒なこと考えてるな』


「必要になった」


『そうか』


クロンはそれ以上、理由を聞かなかった。


『船体組むなら部材が要る』


『骨格、外装、推進、補機、武装基部』


『市場の流れを見れば、ある程度は拾える』


「頼めるか」


『毎度あり』


即答だった。


『見積もりは後で投げる』


『ただし、変な注文を増やすなら早めに言え』


「変な注文しかないと思うぞ」


『知ってる』


通信の向こうで工具の音が鳴る。


『ホバーバイクはいつでも取りに来い』


「了解」


『じゃあ切るぞ』


「ああ」


通信が落ちた。


モニターには、クロンワークスで整備されたホバーバイクの静止画が残っている。

サイドカー付きの三人乗り。

普段は街中の足。必要なら、後から武装も載せられる。アイリスがそれを見て、少しだけ楽しそうに言った。


「……この子にも名前、付ける?」


カインは一瞬だけ黙った。

ノクス。アンブラ。ヴェスパー。

カラス。コガラス。

確かに、ここまで来ると、ただのホバーバイクだけ名無しというのも妙だった。


「……ホバーバイクにも名前を付けるか」


カインが言う。


アイリスの表情が明るくなる。


「うん」


『識別名登録は可能だ』


アドミラルが淡々と応じる。


[Karasu_AI] 命名待機。


「お前は関係ないだろ」


[Karasu_AI] 移動手段の識別は重要です。


ミラが少しだけ口元を緩めた。


「では、次の議題はホバーバイクの名称ですね」


カインは小さく鼻を鳴らした。


「……妙な会議になってきたな」


だが、悪い気はしなかった。


 壁面モニターには、クロンワークスから送られてきたホバーバイクの映像が残っていた。

低重心の車体。脱着式のサイドカー。

目立たない外装。けれど、必要なら後から手を入れられる余地を残した作り。

アイリスはしばらくそれを見つめていた。


「……名前」


ぽつりと呟く。


カインがそちらを見る。


「決まったのか」


「うん」


アイリスは少しだけ照れたように、それでもはっきり言った。


「ランタン」


ミラが小さく首を傾ける。


「灯り、ですか」


「うん」


アイリスは頷いた。


「ノクスは夜で、アンブラは影で、ヴェスパーは夕方でしょ」


「だったら、街の中を走る小さい足は、灯りみたいなのがいいかなって」


少し間を置いて、彼女は続けた。


「自由港って、暗い場所も多いけど」


「ランタンがあれば、ちょっと先が見えるから」


カインは何も言わず、モニターの中のホバーバイクを見る。

戦艦でもない。戦闘翼機でもない。小型船でもない。ただ、街を走るための足。

だが、確かに今の自分たちには必要なものだった。


「悪くない」


カインは短く言った。


アイリスの顔が少し明るくなる。


「ほんと?」


「ああ」


『識別名登録』


アドミラルの声がすぐに落ちた。


『三人乗り脱着式サイドカー対応ホバーバイク』


『識別名【ランタン】』


『登録完了』


[Karasu_AI] ランタン。

[Karasu_AI] 名称を確認。

[Karasu_AI] 移動支援機として適切です。


「お前、乗り物の名前には反応するよな」


カインが言う。


[Karasu_AI] 移動手段は重要です。


『同意する』


アドミラルが重ねた。


『移動能力は兵站の根幹だ』


「提督まで乗るな」


アイリスが少し笑う。

ミラも端末に登録表示を出した。


「では、今後の市街移動用軽車両はランタンとして扱います」


「通常運用時は二人乗り」


「サイドカー装着時は三人乗り」


「後日、隠蔽式給電端子、姿勢補助、必要であれば小型タレット基部を検討」


「そこまででいい」


カインは言った。


「今すぐ武装化はしない」


「普通の足として使えることを優先する」


「はい」


ミラが頷く。

モニター上で、表示が整理されていく。


《ノクス》

《アンブラ》

《ヴェスパー》

《カラス》

《コガラス》

《ランタン》


アイリスはそれを見て、少しだけ不思議そうな顔をした。


「……増えたね」


「ああ」


カインは答えた。


「逃げ出した時は、エーテルガイストしかなかった」


「今は、足も、船も、翼も増え始めてる」


『手数の増加は、生存率の向上に直結する』


アドミラルが言う。


『本艦単独運用から、複数機動単位による分散運用へ移行しつつある』


「言い方は硬いけど」


アイリスは小さく笑った。


「仲間が増えてるみたいで、ちょっといいね」


カインはその言葉には返さなかった。

ただ、否定もしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。