表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリニティ・ガイスト:亡霊と少女と軍神の航跡  作者: ベルシア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/55

第47話:提督の保険

クレイドル地表区画。

白い霜に覆われたカリストの荒野へ、赤い警告灯が断続的に明滅していた。地下深部で施設放棄プログラムが始まっている。外部シャフトの一部は閉鎖。昇降機は停止。滑走路脇の整備区画にも、すでに無人退避命令が走っていた。その中で、一機だけ、取り残された機体があった。


旧式高機動戦闘翼機――【カラス】。


 機体表面にはカリストの細かな氷塵が薄く積もっている。キャノピー内の補助灯が低く点り、計器盤には待機表示。最低限の動力は維持されている。主操縦者の帰還を、律儀に待ち続ける軍用機の姿だった。コクピット内部、静かな電子音とチャットログ。


[Karasu_AI] 待機を継続しています。


[Karasu_AI] パイロットの生体反応、機体外にて最終確認。


[Karasu_AI] 帰投予定時刻を超過。


[Karasu_AI] ただし、任務継続中の可能性を考慮し待機を継続します。


返事はない。吹きつける氷塵だけが、機体の外装を擦る。その時だった。滑走路脇の照明塔が一瞬だけ明滅し、遠くの格納庫外壁に黄金色の走査光が走る。次いで、雪煙を切り裂くように、無音の小型作業機が三機、地表の影から現れた。通常の整備ドローンではない。外装にクレイドル標準の識別色がなく、信号も最低限。むしろ、意図的に“見えないようにしている”動きだった。ドローン群がカラスの周囲へ回り込む。だが強引な接触はしない。最初に走ったのは、通信だった。機体内部スピーカーに、聞き慣れない低い声が入る。


『応答を要求する。カラス』


数秒の沈黙。


次いで、Karasu_AIが起動応答する。


[Karasu_AI] 識別信号不明。


[Karasu_AI] 当機は連合軍所属機です。未登録外部接続を拒否します。


『妥当な応答だ』


声は落ち着いていた。

感情は無い。だが、無遠慮でもない。


『こちらは創世級試作実験艦(エーテルガイスト)・艦載知性アドミラル』


[Karasu_AI] 該当データなし。


[Karasu_AI] 接続権限を要求します。


『権限はない』


『だが、時間もない』


ドローンのうち一機が、機体後部の補助接続口へ細いケーブルを伸ばす。だがまだ触れない。許可を待っている。


『カイン・ウォーカーは現在、クレイドル内部にて逃走中』


カラスの簡易AIの内部表示が一瞬で切り替わる。


[Karasu_AI] 生体反応を再要求します。


[Karasu_AI] パイロットの状態を提示してください。


『提示はできない』


『ただし、生存中だ』


『そして本艦は、彼の脱出支援を最優先事項の一つとして行動している』


ほんの短い間。

カラスの機内灯が一段階だけ明るくなった。


[Karasu_AI] 根拠を要求します。


『不要だ』


『根拠を示している時間はない』


『この施設は間もなく崩壊域に入る』


『君がここに残れば、崩落により失われる可能性が高い』


遠くで低い振動が走った。地下深部から伝わってくる崩落の前兆だ。滑走路の端で、細いアンテナ塔が一本、音を立てて折れる。


[Karasu_AI] 当機の任務はパイロットの帰還待機です。


[Karasu_AI] 離脱は任務放棄に該当する可能性があります。


『訂正する』


黄金の声が、わずかに強くなる。


『残存しなければ、待機は成立しない』


『生存は待機の前提条件だ』


Karasu_AIは黙った。

おそらく演算している。


地表に吹く氷塵がさらに強まる。地下施設の一部ハッチが自動閉鎖し、周囲の警告灯が赤から白へ変わる。それは、もう人間を守る段階を終えた色だった。


[Karasu_AI] 質問。


[Karasu_AI] 回収後の扱いは。


『秘匿』


『ビーコンを停止する』


『連合軍記録上、君はカリストにて喪失したものとして処理する』


[Karasu_AI] 理由を要求します。


『君が軍用機である以上、残存信号はカインの位置を売る』


『私はそれを容認しない』


その一言だけ、少し冷たかった。


『君を回収する』


『パイロットが生き延びた場合、再会の可能性を残すためだ』


Karasu_AIの応答が、今度はわずかに遅れた。


[Karasu_AI] ……確認。


[Karasu_AI] パイロットとの再接続可能性を保持するための回収であると認識しました。


『そうだ』


[Karasu_AI] 条件付きで受諾します。


[Karasu_AI] 機体損傷を最小限に抑えること。


[Karasu_AI] 内部記録の保全を優先すること。


[Karasu_AI] パイロット関連ログの無断消去を禁止します。


『受諾する』


[Karasu_AI] 了解。


[Karasu_AI] 臨時管理対象として接続を許可します。


 その瞬間、ドローンのケーブルが後部端子へ接続された。カラスの機体表面を薄い保護光が走る。主ビーコン表示が黄色へ変わり、次いで消える。


[Karasu_AI] 外部送信停止。


[Karasu_AI] 連合軍標準ビーコン、無効化。


[Karasu_AI] 現在より沈黙待機へ移行します。


『妥当だ』


アドミラルの声と同時に、周囲へ展開していた三機の作業ドローンが動き出す。ひとつは脚部固定。ひとつは翼端保護。ひとつは機体下部へ搬送支持アームを差し込む。だが、その直後だった。

地下側シャフトの出口で爆発。白い閃光が霜の地面を照らし、遅れて衝撃波が来る。カラスの機体がわずかに揺れた。


[Karasu_AI] 崩壊進行を確認。


[Karasu_AI] 地表区画残存率、急速低下。


[Karasu_AI] パイロットの帰還経路維持は困難と判断します。


『同意する』


『回収を急ぐ』


作業ドローン群は一斉に推進を吹かし、カラスをゆっくりと浮上させた。機体下部のスラスターは使わない。あくまで外部保持による静音搬送。

古い翼が、雪煙の中でわずかに持ち上がる。

主を失ったまま、だが完全には失われずに。

地表格納区画の影に、黒く開いた搬入口があった。クレイドルの公式図面に載っていない、補助資材搬送路。アドミラルはそこへ誘導する。


『格納経路を確保した』


『以後、本機は秘匿保全対象とする』


[Karasu_AI] 確認。


[Karasu_AI] 問い合わせ。


[Karasu_AI] パイロットが帰還した場合、通知は行われますか。


数秒だけ、応答が遅れた。


『帰還したなら、行う』


『帰還できなかったなら、保留する』


[Karasu_AI] ……了解。


[Karasu_AI] 待機を継続します。


雪煙の向こうで、地下施設の一角が崩れた。

赤い警告灯が白へ、白が消灯へと変わっていく。

その中を、カラスは静かに運ばれていく。

連合軍記録の上では、カリストで失われた英雄の翼。だが実際には、消えていなかった。

未来の器の腹の中へ、ひそかに回収されていく。

誰にも知られず。まだ、カインにも知られず。

そしてその時、地下深部では――血を流し、左腕を失いながら、カイン・ウォーカーがアイリスを抱えて走っていた。黄金の艦載知性は、二つの救出を並行して進めていた。一つは今、逃げている人間。もう一つは、その人間がいつか再び飛ぶための翼だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ