第41話:3箱
隔離解析区画は、艦内でも特に音の少ない場所だった。外の自由港の喧騒も、艦内改修の作業音も、ここまでは直接届かない。
厚い隔壁。
透明度の高い遮断ガラス。
遠隔操作用の多関節アーム。
床面に刻まれた搬入レール。
そして中央には、先ほど市場から回収された三つのコンテナが並べられていた。
箱はそれぞれ、外側からさらに灰色の封印フレームで固定されている。
クロンワークス側で付けられた搬出タグと、エーテルガイスト側の隔離識別タグが重なっていた。
『一次解析を開始する』
アドミラルの声が落ちる。
同時に、隔離区画内の遠隔アームが静かに動き出した。
箱の表面をなぞるように走査光が流れ、削られた識別番号の跡、固定具の規格、塗料の層、輸送中の擦過痕が順に読み取られていく。
壁面モニターに、三つの外観データが並んだ。
『一、結晶性制御ユニット』
『二、共鳴導体系部材』
『三、混成補機コア』
淡々としたアドミラルの声に続き、別の画面が開く。
『なお、別件報告』
「何だ」
『ロイ経由の廃棄船部材は、予定分の搬入を完了した』
アドミラルが言う。
『偽装外装の追加装甲化は淀みなく進行中だ』
カインは短く頷いた。
「中型船の部材は?」
今度はミラの声が通信越しに入った。
背後に工房の音が薄く混じっている。
「B-17の貨物区画二から抜く部材は、間もなく第一便が出ます」
「搬送フレーム、補助電源セル、旧式隔壁材、耐熱配管を優先しています」
「了解」
カインが返す。
その直後、別の通信が割り込んだ。
表示名はクロンワークス。
『よう、ちゃんと聞こえるか?』
「聞こえてる」
カインが答えると、クロンの声が少し荒い雑音混じりで返ってきた。
『B-17の中型船は今日中に主要部を抜く』
『使えるもんを抜ききるのに一日。外面を整えて“部品取り用ジャンク船”として見せられる形にするのに、早くて二日、余裕見て三日だな』
「売るまで含めると」
クロンは即答した。
『買い手次第だな』
「頼んだ」
『言われなくてもだ』
クロンの声が少しだけ真面目になる。
『俺は船をバラして、使う物を抜いて、残りを金にする』
「助かる」
通信が切れた。
隔離解析区画に、再び静かな機械音だけが戻る。
カインはガラスの向こうを見た。
「始めろ」
『了解』
遠隔アームが一つ目の箱を開く。
内部に収まっていた半透明の結晶性ユニットへ、細い走査光が重なった。結晶は光を受けるたび、青とも白ともつかない鈍い色を返す。
その周囲を、人類製の制御ケーブルと冷却ジャケットが絡みつくように囲んでいた。
『純粋なエーテリアン遺物ではない』
アドミラルが言った。
『軍規格の制御部材へ、エーテリアン系に類似する結晶構造を接続している』
「無理やりか」
『そう判断する』
ミラの声が続く。
「変換器、もしくは中継器に近いと思われます」
「エーテル反応を、人類製システムへ読ませるための部材です」
アイリスが小さく眉を寄せる。
「……機械の通訳みたいなもの?」
『概念としては近い』
アドミラルが答えた。
『ただし、安定性は不明』
次に二つ目の箱が開かれる。
細い骨組みに沿って走る導体。
通常の配線束に見えなくもないが、芯材は光を吸うように黒く、ところどころに細かな結晶片が埋め込まれている。
『共鳴導体系部材』
「エーテルの伝達効率が高いです」
ミラが言う。
「ミサイル誘導、無人機制御、あるいは遠隔同期系に応用された可能性があります」
「使えるのか」
カインが聞く。
『使用は可能』
アドミラルが答えた。
『ただし、即時組み込みは推奨しない』
「理由は」
『何に使われていたかを把握する前に組み込むのは危険だ』
カインは小さく鼻を鳴らした。
「当然だな」
三つ目の箱が開く。
そこで、アイリスの肩がわずかに強張った。
球体に近い混成補機コア。
金属フレームの内側で、薄い結晶層が眠るように沈黙している。
生き物ではない。
だが、ただの部品にも見えない。
カインはアイリスを横目で見た。
「どうした」
「……やっぱり、嫌な感じがする」
アイリスは小さく言った。
アドミラルの声が少しだけ低くなる。
『箱三、混成補機コア』
『前回交戦した無人艦内部の接続構造と類似点あり』
壁面モニタに、かつて撃破した無人艦の内部画像が重ねられた。
旧式軍用AIコア。エーテリアン系に似た共鳴炉。
人類製フレームへ後付けされた不自然な接続部。
その加工痕と、今回のコアの接続基部が、赤い線で結ばれていく。
「一致か」
『完全一致ではない』
アドミラルが答える。
『だが、これも設計思想は近い』
「同じ系列か?」
『断定は不能』
ミラが補足する。
「ですが、少なくとも同じ技術系列に属する可能性は高いです」
カインは腕を組んだ。
「つまり、何かしら関連があると」
『そうだ』
『前回の無人艦と、同じ技術源を持つ可能性がある』
どれも単独で完結しているようには見えない。
むしろ、何かの中に組み込まれ、何かと何かを繋ぐための部品に見えた。
「アドミラル」
『何だ』
「解析データから仮想モデルを作れるか?」
アイリスがカインを見る。
「仮想モデル?」
「こいつらが何をする部品なのか試す」
カインは言った。
「いきなり繋いで事故でも起きたら敵わん」
「実物を動かすよりは安全だろ」
『妥当』
アドミラルは即座に答えた。
『外形、端子配置、材質反応、共鳴波形を基に、仮想モデルを構築可能』
ミラの声も続く。
「完全再現ではありませんが、用途推定には十分です」
「入力、出力、信号変換、共鳴反応の流れを仮想環境で確認します」
「やれ」
『了解』
壁面モニタの表示が切り替わった。
三つの部材が、現物ではなく青白い線で再構成されていく。
結晶性制御ユニット。
共鳴導体系部材。
混成補機コア。
それぞれの外形。
端子位置。
内部構造の推定線。
信号の入り口と出口。
エーテル反応の流れ。
やがて画面の中で、三つの仮想部材が一本の系統として並べられた。
『仮想接続を開始する』
アドミラルの声が低く落ちる。
エーテルの反応を拾う。その反応を遅延なく運ぶ。それを軍規格の制御系へ渡す。
その先に置かれたのは、前回交戦した無人艦の旧式AIコアモデルだった。
次の瞬間、壁面モニタに警告が走った。
《疑似同期成立》
《制御補助系として機能する可能性》
《用途候補:無人機群制御/飛翔体誘導補正/混成炉制御》
アイリスが息を呑む。
「……これは」
「繋ぐための仕組みか」
カインが低く言った。
『そうだ』
アドミラルが答える。
『三つは単独部材ではなく、セット運用を前提にした構成である可能性が高い』
「無人艦を動かすためか?」
『無人艦に限らないと推定する』
アドミラルの声が少し重くなる。
『無人機群、誘導兵器、混成炉、強化外骨格』
『あるいは、生体共鳴器官を利用する兵器制御にも応用可能』
アイリスの表情がわずかに曇った。
「……夜明け計画……」
カインはアイリスを一度見た。
だが、それ以上は聞かない。
今ここで掘るべき話ではない。
代わりに、モニタへ視線を戻す。
「実物を動かさなくて正解だったな」
『同意する』
アドミラルが言った。
『仮想環境上でも外部信号発信の傾向を示した』
「発信?」
アイリスが聞く。
「どこかへ知らせるってこと?」
『可能性だ』
『起動した場合、未知の親機、施設、または制御網へ反応を返す恐れがある』
カインは小さく舌打ちした。
「厄介だな」
『そうだ』
壁面モニタの用途候補が再び表示される。
《無人機群制御》
《飛翔体誘導補正》
《混成炉制御》
《強化外骨格補助》
《生体共鳴器官連動兵装》
最後の項目で、カインの目がわずかに細くなった。
「……なるほどな」
彼は低く言う。
「使い道はいくらでもありそうだ」
アイリスは何も言わなかった。
ただ、胸元へ無意識に手を寄せていた。
カインはそれに気づいたが、やはり何も言わなかった。
「何か手掛かりになりそうな物あるか?」
カインが聞くと、アドミラルは一拍置いた。
『箱三内部の記録層に、輸送ログ断片あり』
画面に文字列が走る。
完全な航路ではない。
欠けた番号。
中継点らしき座標。
古い形式の航路タグ。
そして、いくつか読めない記号。
『前回の無人艦データに残っていた座標断片と、一部一致』
カインの目が細くなる。
「どこだ」
『現時点では候補宙域までだ』
『精度は不十分』
ミラが続ける。
「外部記録との照合が必要です」
「古い航路記録、サルベージ報告、宙域記録、軍の記録」
「そういったものと合わせないと、意味のある位置にはできません」
カインは短く言った。
「オールドスパイン向きだな」
『同意する』
アドミラルが答える。
『ただし、今回も渡す情報は制限すべきだ』
「分かってる」
カインはガラス越しに三つの部材を見た。
「物は出さない」
『当然だ』
「保管場所も言わない」
『当然だ』
「艦の解析能力も出さない」
『推奨する』
カインは続けた。
「渡すのは照合用データだけ」
「外観スキャン、部材形状、接続規格、共鳴反応パターン、無人艦との類似点、仮想モデルの用途推定概要、座標断片」
「それだけでいいな」
『妥当だ』
アドミラルが答えた。
「オールドスパインには、前回の無人艦データも渡してある」
「今回の三箱で、線が増えた」
「なら照合してもらう価値はある」
ミラが通信越しに言う。
「照合用パッケージを作成します」
「生データではなく、特徴量と比較用断片に落とします」
「出所や保管場所を推定されにくい形にします」
「頼む」
壁面の別窓に、データパッケージ生成の表示が出る。
箱一。
結晶性制御ユニット。
箱二。
共鳴導体。
箱三。
混成補機コア。
無人艦データとの比較。
座標断片。
それらが整理され、不要な情報が削ぎ落とされていく。
アイリスは静かにそれを見ていた。
「…これを持って、オールドスパインに行くの?」
「ああ」
カインは答えた。
「話すのも必要な分だけだ」
「うん」
アイリスは頷いた。
「でも、あそこなら……何か分かるかもしれないんだよね」
「少なくとも、古い記録はある」
カインは言った。
「俺達だけだと、この座標断片が何なのか分からん」
『オズワルド・グレインおよびセピアは、前回の無人艦データをすでに解析している』
アドミラルが言う。
『照合先としては適切だ』
そこへ、再びミラの通信が入った。
「クロンワークスより追加連絡です」
「B-17の貨物区画二、第一便の搬出を開始」
「中型船由来の部材は、順次ドライドックへ送られます」
「クロンさんから伝言です」
少しだけ間が空いた。
「“船の方は任せろ。箱の方はそっちで勝手に悩め”とのことです」
アイリスが小さく笑った。
「クロンさんらしい」
「そうだな」
カインもわずかに口元を動かした。
自由港の人間。踏み込まない。だが、仕事はする。
その距離感が、今の彼らにはちょうどよかった。
『照合用パッケージ生成完了』
アドミラルが言う。
『携行媒体へ転送可能』
「ブラッドハウンドへ」
『了解』
カインの右目に、微かな熱が走った。
視界端に短い表示が浮かぶ。
《照合用データパッケージ受領》
《対象:三箱一次解析 / 無人艦比較 / 座標断片》
カインは軽く瞬きをした。
「行くぞ」
アイリスが頷く。
「うん」
「ミラは」
「私は引き続きクロンワークス側の搬出処理と、ドライドック側の部材受け入れを並行して監督します」
通信越しにミラが答える。
「三箱は隔離解析区画で封印維持。異常があれば即時通知します」
『解析は継続する』
アドミラルが言う。
『今は外部記録照合を優先すべき段階だ』
「分かった」
カインは隔離解析区画を一度だけ振り返った。
自由港の市場で拾った三つの箱。
ただの部品ではない。ただの密輸品でもない。
クレイドル、無人艦、エーテリアン。
そして、まだ見えないどこかの宙域へ続くかもしれないもの。
「オールドスパインへ行く」
カインは短く言った。
アドミラルの案内灯が、艦内通路の先へ伸びる。
外では自由港が動いている。内ではエーテルガイストが改修を続けている。その狭間で、カイン達はまた一つ、知らない扉を開けようとしていた。




