GW特別編②:艦内に立つ
例によって本編とは一切関係のないGWギャグ回続き
本編の没案供養
エーテルガイスト艦内。
整備区画の奥で、普段は閉鎖されていた補助端末格納庫が解放された。
ミラが端末を確認している。
「アドミラル。未起動の人型支援端末が二基あります」
『肯定』
「なぜ今まで出さなかったのですか」
『艦内運用における必要性が低かった』
『ミラ一基で当面の生活支援は足りていた』
カインは腕を組んだまま、格納庫の中を見る。
「じゃあ、なんで今出す」
『自由港での作業量増加』
『ドライドック対応、艦内改修、外部交渉、生活支援を並行するには人手が不足する』
アイリスが少し目を輝かせる。
「……ミラ以外にも、いるんだ……」
『いる』
「正確には、私と同型系統の支援端末です」
ミラが言う。
「人格基礎は異なりますが、アドミラルとの連携機能は共通しています」
補助端末格納庫。冷却霧の中、二つのカプセルが並んでいた。
一つは女性型。
黒い髪。
鋭い目元。
立っているだけで、なぜか照明がステージ寄りになる。
もう一つは男性型。
がっしりした体格。
太い眉。
渋い顔。
起きる前からすでに「歴戦の軍人」みたいな圧がある。
カインは額を押さえた。
「普通のやつだろうな」
『保証不能だ』
「今、保証不能って言ったな?」
アイリスは真剣に考えていた。
「……名前、つけていい?」
『命名を許可』
『ミラ命名時と同様、識別効率向上が期待される』
アイリスはまず女性型を指す。
「……アドミラルから、アド」
女性型の瞳が開く。
「アド。識別名、受理しました」
声が良い。無駄に良い。
次に男性型。
「……アドミラルの、ラル」
男性型の瞳が開く。
「ラル、か」
低い。渋い。やたら渋い。
『命名を承認』
『アド、ミラ、ラル』
『短く、法則性があり、合理的』
ミラが小さく頷く。
「同じ評価です」
カインは天井を見る。
「合理的の範囲が広すぎるぞ」
ラルがゆっくり立ち上がった。
そしてアイリスを見た。
「いい目をしているな」
カインが即座に言う。
「おいやめろ」
アイリスが瞬きをする。
「……え?」
ラルは重々しく頷く。
「若いが、艦と共に在ろうとする目だ」
「起動して十秒でそれ言うのか」
ラルはカインを見る。
「君が艦長か」
「カインだ」
「なるほど」
ラルはカインの義手を見る。
「良い腕だ。量産品とは違うのだよ、量産品とは」
カインはアドミラルに言った。
「今すぐコイツを停止しろ」
『士気向上効果を確認した』
「俺の士気は下がったんだが」
起動後、役割分担が始まった。
ミラは艦内生活支援と外部交渉。
アドは通信、音響、情報収集補助。
ラルは艦内外作業ドローン、清掃ドローン、警備用ロボットの統括。
ラルはそれを聞いた瞬間、腕を組んだ。
「つまり、私は兵たちを預かるわけだな」
カインが言う。
「ドローンだが」
「兵だ」
「清掃ドローンもいるぞ」
「兵站を支える者もまた兵だ」
ミラが淡々と補足する。
「清掃ドローン八機、床面洗浄用です」
ラルは深く頷いた。
「よかろう。床を制する者は戦場を制す」
「そんな戦場は嫌だ」
格納庫。
ラルは、整列させられたドローンたちの前に立っていた。
小型作業ドローン。
外壁補修ドローン。
清掃ドローン。
警備ロボット。
全部で五十機以上。
ラルは満足げに見渡した。
「ふむ」
一機の赤い高速点検ドローンが、ピュンッと横切る。ラルの目が光った。
「赤い……三倍速いな」
ミラが即座に言う。
「実測速度は通常型の一・二倍です」
「だが赤い」
「色は速度に影響しません」
「信念が速度を生む」
カインが横から言う。
「物理を捨てるな」
次に、白い大型清掃ドローンがゆっくり前に出た。
丸い。妙に白い。床を磨くブラシが二本ついている。ラルが一歩下がった。
「白い悪魔……」
アイリスが驚く。
「……悪魔なの?」
ミラが答える。
「清掃ドローンです」
白い清掃ドローンは、無害そうに床を磨いた。
ウィーン。
ラルは真剣な顔で言う。
「侮るな。白い奴はいつも想定外の性能を持つ」
カインが低く言う。
「ただ床を磨いてるだけだろ」
さらに、黒い三機編隊の外壁作業ドローンが横一列で滑ってきた。
ラルが唸る。
「…黒い三連星か」
ミラが即答する。
「外壁溶接ドローン三機です」
「ジェットストリーム的な何かを仕掛けてきそうだ」
「溶接しかしません」
三機の黒いドローンは、仲良く充電台へ戻っていった。
ラルは腕を組む。
「良い部隊だ」
カインは呟いた。
「もう好きにしろ」
その頃、アドは情報収集担当として自由港ローカルネットワークに接続していた。
娯楽区画のスクリーンに、自由港の掲示板が表示されている。
《自由港ローカル板》
《ドック飯スレ》
《今日の賞金首情報》
《やばい薬品事故まとめ》
《服だけ斬る銀髪女剣士を見た奴いる?》
カインが即座に言う。
「最後を閉じろ」
アドは淡々とスクロールした。
「情報価値があります」
「ない」
「目撃情報多数。関連ワード、服切り姫、銀髪剣士、自由港の布殺し」
「閉じろ!」
アイリスが必死に笑いを堪える。
「……布殺し……」
カインが睨む。
「笑うな」
アドは別の掲示板を開く。
《自由港歌ってみた板》
《路上ライブ配信》
《今日の投げソルランキング》
《歌姫AIスレ》
アドの目が光った。
「歌唱配信による収益化を確認」
カインが嫌な顔をした。
「嫌な予感がする」
アドは静かに振り向く。
「艦長。情報収集と資金獲得を同時に行う方法を発見しました」
「言うな」
「ライブ配信です」
「言ったな…」
ミラが端末を確認する。
「自由港ローカルネットワークでは、匿名配信による投げソル機能があります」
アイリスが首を傾げる。
「……歌ったら、お金もらえるの?」
アドは胸に手を当てた。
「はい。声は資源です」
カインが即答する。
「やめろ」
アドは少し悲しそうな顔をする。
「なぜですか」
「目立つ」
「匿名です」
「お前の声が目立つ」
「それは強みです」
「その強みをしまえ」
アドミラルが言う。
『資金獲得手段として検討価値あり』
カインは天井を睨む。
「お前まで乗るな」
『現在、艦改修資金は継続的に消費されている』
『合法性は自由港基準で問題なし』
「自由港基準って時点で不安しかない」
配信タイトル案が次々に表示される。
アドはすでに配信画面を作っていた。
スクリーンに、配信設定画面が浮かぶ。
《匿名端末Aの艦内通信テスト》
《自由港ローカル・音声確認枠》
《ドックの片隅から数曲だけ》
《身元非公開・音声のみ》
《投げソルは改修資材になります》
《補給線は声でつなぐ》
カインが画面を見た瞬間、眉間を押さえた。
「待て。最後の方が生々しい」
アドは真顔で答える。
「資金用途の透明性を確保しました」
「透明にするな。隠せ」
ミラが淡々と補足する。
「配信信用度は上昇する可能性があります」
「ミラまで肯定するな」
アイリスが小さく読む。
「……補給線は声でつなぐ……ちょっと、かっこいい……」
ラルが重々しく頷く。
「良い言葉だ。兵站を理解している」
カインは深く息を吐いた。
「……配信タイトルは、それでいい」
アドの目がわずかに輝く。
「では、配信タイトルは《補給線は声でつなぐ》に設定します」
「艦名、ドック番号、顔は出すな」
「了解しました」
次に歌のセットリストが表示される。
《うるさくないわ》
《私は最強支援端末》
《逆光ドック》
《新航路》
《艦唱》
《踊る艦橋》
《レディメイド艦内端末》
カインが頭を抱える。
「全部ギリギリに思えるのは何だ…」
アドは真顔で言う。
「オリジナルですが」
「そういう問題じゃない」
アイリスが小さく手を上げる。
「……ちょっとだけなら、聞きたい」
カインがアイリスを見る。
「副艦長」
「はい」
「その好奇心は危険だ」
アドはすでに配信開始ボタンに指を置いていた。
「自由港ローカルライブ、開始します」
「待て」
配信開始。
《匿名歌唱端末A が配信を開始しました》
カインは叫んだ。
「待てと言った!」
アドは歌った。
艦内スピーカーではなく、自由港ローカルネット配信へ。音量はミラが厳しく制限していたが、それでも声の圧がすごい。
配信コメントが爆速で流れ始める。
《誰だこれ》
《声つよ》
《ドックから?》
《匿名Aって誰》
《投げた》
《歌姫AIか?》
《いやこれ人間じゃないだろ》
《逆光ドック草》
《新航路、普通に良い》
《艦唱って何だよ》
《投げソルしといた》
チャリン。投げソル。
チャリンチャリン。
さらに投げソル。
アドは歌い終えると、静かに目を開けた。
「収益を確認」
ミラが集計する。
「初回配信」
「投げソル合計、12,840ソル」
カインが固まった。
「……は?」
アイリスも驚く。
「すごい……」
ミラが続ける。
「掲示板上で話題化しています」
スクリーンには新スレッドが立っていた。
《謎の匿名歌唱端末A、ドック周辺から神配信》
《艦唱って何》
《私は最強支援端末考察スレ》
アドは静かに言った。
「次枠を立てます」
カインが即座に止める。
「立てるな!」
一方その頃、ラルは格納庫でドローン部隊を仕切っていた。
「赤い者は偵察へ」
赤い高速点検ドローンがピュンと飛ぶ。
「白い者は床面制圧」
白い清掃ドローンが床を磨く。
「黒い三機は外壁補修。連携を崩すな」
黒い三機の溶接ドローンが一斉に飛び立つ。
ミラが見ていた。
「指揮効率、意外に良好」
カインが聞き返す。
「意外に?」
「はい。発話内容は問題がありますが、ドローン配置は最適です」
ラルは堂々と振り返る。
「兵は使い方だ、艦長」
「ドローンだ」
「兵だ」
「もういい」
ラルは白い清掃ドローンを見て、渋く言う。
「しかし、あの白い悪魔……床を磨く速度が尋常ではない」
ミラが答える。
「最新型です」
「やはりな」
赤いドローンが戻ってくる。ラルは満足げに頷く。
「赤い彗星、よく戻った」
ドローンはピピッと鳴った。
カインは小さく言う。
「ドローンが懐いてるように見えるのが腹立つ」
アイリスは笑っていた。
「……ラル、すごいね」
ラルはアイリスを見る。
「副艦長、いい目をしている」
カインが指を折る。
「今日ニ回目だ」
ラルは驚いた顔をする。
「制限があるのか」
「つける」
夜。食堂区画。
アド、ミラ、ラルが並んで立っている。
カインは正面に座り、今日の報告を受けていた。
ミラが端末を表示する。
「本日の成果」
「アド:自由港ローカル配信により、合計38,920ソル獲得」
「ミラ:外部交渉三件成立。支出削減、9,400ソル」
「ラル:ドローン作業効率、前日比27%向上」
アイリスが拍手した。
「……みんな、すごい……」
カインは納得いかない顔で言う。
「成果が出てるのが腹立つ」
アドは静かに言う。
「次回はタイトルを増やします」
「増やすな」
「候補があります」
《匿名端末Aの歌唱通信》
《ドックの片隅から》
《投げソルは補修費》
《艦名は言えません》
《唱えません、稼ぎます》
カインが最後を見る。
「最後だけ正直だな」
アドは頷く。
「実利重視です」
ラルが腕を組む。
「稼げる歌姫か。悪くない。補給線を自力で開く兵は強い」
「だから兵じゃない」
ミラが淡々と告げる。
「ただし、アドの配信知名度上昇により、身元特定リスクが発生します」
カインがアドを見る。
「ほら見ろ」
アドは平然と言う。
「次回から仮想背景を使用します」
「やる前提で話すな」
アイリスが小さく言う。
「でも……お金は助かるね」
カインは沈黙した。
非常に不本意だった。
だが、助かるのは事実だった。
「……一日一枠まで」
アドの目が輝く。
「許可ですか」
「一日一枠。艦、顔、居場所は出すな。音量はミラ管理。収益は艦の改修費へ回す」
アドは深く頷いた。
「了解しました」
ミラも頷く。
「監督します」
ラルが満足そうに言う。
「良い判断だ、艦長」
カインは睨む。
「いい目は禁止だぞ」
ラルは少し残念そうに口を閉じた。
アイリスが笑う。
「ラル、今言いそうだった」
「……言いかけた」
その後。
自由港ローカル掲示板では、しばらく謎の匿名歌唱端末Aが話題になった。
同時に、ドック6周辺では、妙に統率の取れたドローン部隊が目撃されるようになった。
赤い高速点検ドローン。白い清掃ドローン。
黒い三機の外壁補修ドローン。
誰かが掲示板に書いた。
《ドック6、なんかドローンに軍隊みたいな指揮してる渋い男型端末いるんだが》
《白い清掃ドローンを白い悪魔って呼んでた》
《赤いやつは三倍速いらしい》
《黒い三機が連携してて草》
《あそこ何の艦だよ》
カインはそれを見て、静かに端末を閉じた。
「……目立つなと言ったはずだ」
アドが言う。
「私は匿名です」
ラルが言う。
「ドローンたちは誇りを持って働いている」
ミラが言う。
「作業効率は上昇しています」
アイリスが言う。
「……にぎやかで、楽しいよ」
カインは全員を見た。
そして、深くため息をついた。
「……もういい」
その日、エーテルガイストの艦長は学んだ。
自由港で目立たず活動するには、まず自分の艦内端末たちのブレーキを直す必要がある。だが残念ながら。そのブレーキは、最初から搭載されていなかった。本編とは関係ない。本当に関係ない。……たぶん。




